閑話 深夜密会
暗い空が白み、夜から朝へと切り替わる時。
それは色街の住人にとって仕事の終わりを告げる時刻。
一人のフードを被った影が『探索者』の店前に立っていた。
店でサリーと呼ばれていた少女は、その姿を見ると嬉しそうに近寄っていく。
「ごめん、最後のお客が長引いちゃって……。待った!?」
「いや、大丈夫だよ、いつも大変だね」
「んふふー、そうなんだよー。えっと……」
フードの下で目が紫色に怪しく輝く。
「私の名前は知らなくていいよ。そうだろう?」
「……あ、そっか。そうだったね。大好きな男の人なのに、ごめん。私ったらうっかりしてて」
「いいんだよ。こうして何度も会うことが大事だからね」
フードの下の目が更に怪しく光ると、サリーと呼ばれた女性の目はだんだんと虚ろになっていく。
フードを脱ぐと男の……いや、女の整った顔が現れる。
「ところで私の髪の色は何かな?」
「きん……いろ?」
「違うよ。私のこれは特別でね、灰色って言うんだ」
「はいいろ……? そう、そうだった。はいいろ、だったね」
フードを脱いで自らの髪を尋ねる女性に対し、サリーのほうは言われるがままに髪の色を灰色と認識していく。
「そう、もしも灰色じゃなくて、金色の髪を探してる人が来たらどう答える?」
「王都のほうに……。いったって、こたえる」
「良い子だ、さあ最後の確認をしよう。お腹を見せてくれるかな」
「はい……」
下腹部には、複雑な模様が描かれている。
特殊なインクで書かれたそれは精力を魔力へと変換する術式だ。
「……いい感じに魔力が貯まっているな。もういいか」
彼女はもともと出稼ぎで王都の方に行く予定だった。
バレッタ領を出て、一緒に乗りあわせたこの女性と出会った後、なぜか気が変わってこの街で働いている。
「これで、赤ちゃん、だいじょうぶなの?」
「ああ、この魔法が書かれている限り、子供は作れないよ。もう少ししたら、この魔法も解けるけどね」
「そっかー……」
まるで理解していないような虚ろな表情でこたえる彼女を、うっすら笑みを浮かべながら見ている女。
「さてそろそろ取り出すとするか。私は君の彼氏だ。彼氏にその体を見せるのは普通だ。そうだろう?」
「おいそこの姉ちゃん」
女がサリーの服を脱がそうとしているその時、背後に現れた人物より声をかけられる。
目出し帽をかぶっている男は手に刃物を持っていた。
「……なにかな? できればちゃんと顔を見せて話をしてほしいものだね」
「俺はダンっていうんだ。悪いが話すことなんてねえよ」
そう言うと男は手に持っていた短刀を思い切り腹に突き刺した。
……だがその短剣は受け止められ、血は出てこない。
「なに!?」
「いきなりのご挨拶だね。黙って刺されてたら、ちょっとまずかったよ」
「テメェ……! なんだぁ!?」
「君は知らなくていいことさ。私はただの冴えない男だよ。そうだろう?」
そう言うと、先程まで女性の目に宿っていた紫色の淡い光が一層強い光を放つ。
強い波動に当てられたのか、あるいはその紫の光から解き放たれたためか、近くにいたサリーが倒れる。
男も目眩と同時に世界が歪んだような錯覚をおこし、数歩後ろに下がってしまう。
「うっ……。なんだ、テメェ……」
「残念だったね。君が探していた、さっきの男の人は向こうに行ってしまったよ。そうだろう?」
「……ああ、そうだな。くそっ、取り逃した」
「今ならまだ間に合うよ。さあ、あっちの方へ行くんだ」
「わかった……」
金色の髪を持つ女性の言葉はまるで真実であるかのように、ダンは示された方向へフラフラと歩いていく。
ダンがいなくなると、女性はたちくらみを起こしたのか、壁によりかかった。
「ふぅ、そろそろ潮時だな……。そろそろ石を回収して送り届けないと」
ふと、彼女は遠ざかる影に気が付いた。
ぶかぶかの服を着ており、背丈から察するに子供のようだ。
「しまった……。見られていたみたいだな。子供とはいえ騒がれると面倒だ、スキルを使わせてもらうよ」
彼女は子供の影を追いかけて走り出す。
子供が道をよく知っているのか、奥へ奥へと入っていく。
だが、女性は金髪の髪をたなびかせながら、素早く距離を縮めていく。
行き止まりにたどり着くと、少年は足を止めた。
「坊や。何を見たんだい?」
「……」
「やれやれ、顔も見ずにだんまりか。こっちのほうを向いてくれないかい」
「……スキルを使うのですか?」
「へぇ、よくスキルだって気がついたね。冒険者になりたいのかい?」
声は柔らかだ。
だがもし少年が目を合わせていれば、その表情に笑みはないことに気がついただろう。
「私の目を見てくれるなら、君は無事に家に帰れるよ。君のお父さんやお母さん、兄弟たちと今まで通り仲良く暮らせるんだ」
彼女が優しく諭すように言うが、男の子の表情は変わらない。
「お父様もお母様も亡くなりました。兄弟も行方が分かりません。 ……家族はおりますが」
「だったら、残された家族を探すためにも早く帰らなくちゃ。正直ね、私も誰かを殺したりするとなかなかに面倒なんだ」
この街ではあまり殺人は行われない。
それは裏稼業であっても同様だ。
裏稼業の産業として色街が収益の中心であり、街を利用する者は大半が一般人を占める。
殺人などが起きるとしても裏稼業同士で闇から闇へ内々に処理され、表立って話題になることはまずなかった。
ゆえに事件などが起きると念入りに調査され、彼女の目的を阻害する可能性があったのだ。
「申し訳ありませんが、あなたの意見は聞けません」
「悪い子だな。しつけのために何発か殴らせてもらうよ。私のスキルは攻撃には向いてないからね。その綺麗な銀髪が汚れるけど構わないよね」
そういうと、ゆっくりと脅すように、怖がらせるように近づいてくる。
瞬間、氷塊が金色の髪を持つ女性を襲った。
「構うに決まってんだろ。アタシの大事な弟だ」




