第53話 助っ人
向こうは幽閉された長男だかなんだかを救うらしい。
リッちゃん経由なので情報が少し怪しいのが難点だ。
今アタシ達は出張から帰ってきたおやっさんと話し合いをしている。
「おうマリー。例の依頼受けたのは、お前達らしいな。話は聞いているな?」
「おやっさん久しぶりだな。ある程度は聞いてるが……。正直なにがなんやら訳が分からん」
「ああ、俺達もこの件でかかりっきりになってる。最悪だ」
おやっさんが珍しく悪態をついているな。
「この件、依頼主はドゥーケット子爵だ。伯爵家の令嬢と厄介事を持ち込まれて困っているから追い返してしまいたいらしい」
伯爵か子爵かの貴族様だと思ってたが……
やっぱりそのレベルか。
厄介事はあの石のことだな。
「意外だな。もっとガッツリと欲出して、石を持ってこいとか言うと思っていたが」
「召喚石の事も聞いているか。話が早い。子爵は他所の領地にある財宝をわざわざ奪おうだとか、そういう強欲さは持っていない」
子爵は自分の財産を渡すのが嫌いなだけだ、そうおやっさんは続ける。
なるほど。ある意味で冷静、ある意味で残念な思考の持ち主なんだな。
「情報を共有しておくぞ。これは子爵から伯爵家に非公式ながらに伝えている事だ。『なるべく令嬢と石を探して奪取するが、状況によっては領地内の治安を優先するため、石は破壊する。了承できない場合は協力できない』だそうだ」
「子爵は伯爵家より格が下なのに強気の交渉だな」
おやっさんがため息をつく。
「伯爵家は先代の時点で事業に失敗しすでに衰退気味だった。今回の騒動で伯爵家の格は地に落ちたと言ってもいい。公になってまずいのは伯爵の方だな」
「つってもこんだけ人が死にまくってりゃ王都も動くだろ」
「それも時間の問題だな。それでも誤魔化せるだけ誤魔化したいんだろう」
なんつーか、手遅れ感がすごいな。
嘘を隠すために嘘をついてる、嘘の不良債権状態だぞ。
「子爵は色街にもある程度顔が利く。それで石を手に入れたら破壊していいと伝えたそうだ。値段と効果をあえて一緒に伝えた上で、な」
「それだと奪い合いにならねーか?」
裏稼業ってのは目先の金にガメつい奴らがなるもんだ。
オネエ組長みたいに性欲基準で動いてるなら別だがな。
「そのとおりだ。色街では石を奪って売り飛ばしたい勢力、面倒事はごめんだと破壊したい勢力、静観する勢力に別れて抗争になっている。最終的にはこの件を利用してマフィアが力を持ちすぎないように削る事が狙いだな」
子爵は破壊したがっている方にこっそり肩入れしているみたいだが、とおやっさんは続けてくる。
……子爵はもしかしてドケチなだけで有能なのか。
「子爵は俺達ギルドを経由して表側からも探るように依頼してきた」
それでおやっさんが動いていたと。
「さらに別口でマフィアからの依頼だ。表向きは飲食店の総元締めだから断るわけにもいかねえ。流石に軽々しく人を頼める案件じゃねえからいったんこっちで止めていたんだがな」
おっさんがため息をつく。
じゃあなんでアタシ達のトコに回ってきてんだよ。
「ポン子が何も考えず仕事を冒険者に放り投げたと聞いた時は肝を冷やしたぞ。受けたのがお前らでよかった」
またあいつか。
ポン子の奴、とんでもない地雷をキラーパスしてるんじゃねえ。
一人で爆死してろ。
「アタシ達は肝が冷えてるよ。エリーの事、知ってんだろ?」
「それも含めて幸運だった。こちらには伯爵家の容姿なんて知ってるやつはいないからな。顔を知ってる奴が直接探しに行ってくれるのはありがたい」
「コッチはリスクだらけだ。場合によってはエリーは裏方に回してアタシだけで動くぞ」
おやっさんは問題ないと頷いてくれた。
なんかギルドにとって都合よく話が転がってるな。
「こっちでは引き続き他に誰かいるかどうかの裏取りと領地から出た人間の中に怪しい奴がいないか監視を行なう」
「じゃあ、アタシ達は茶髪女の周りをうろちょろしてる白髪女を探る。そっちも頼んだぜ」
さて、エリーはどうしたもんか。
長女が実際に隠れてて、見つかると警戒されたり面倒臭そうだが、顔を知ってるのもエリーだけなんだよな。
あまりワガママも言ってられないか……
その時までとりあえず保留だ。
再び風俗店『探索者』に来ている。
いや表向きは茶屋だっけか?
今日の看板は『ホロ酔い馬車で馬乗り一撃必中!』と書かれている。
毎回書き換えてるのかこれ。
ご苦労なこった。
店に入ろうとすると客が受付をしていた。
少し待つか。
よく見ると前回あったサリーとやらが受付をやっている。
あの兄ちゃんはどっかで寝てるのか?
「この店のオススメですか? あたしです! 今なら特別料金で良いですよ!」
そういって客と店の奥へ入っていった。
受付は良いのかよ。
代わりに眠そうな兄ちゃんがあくびをしながら出てくる。
……客と入っていったなら、しばらく聞き込みするのは無理だな。
アタシは店の裏側へ回る。
直接店に入って兄ちゃんと話ても良いが、話が堂々巡りするのは目に見えているしな。
それに聞き取り調査ってのは、周囲の人間から情報を聞くのがセオリーだ。
訳ありの人探しはセオリーに乗っ取ろう。
この場合適当なのは……。
いたいた。
片付けをしている十歳くらいのガキンチョだ。
色街では家庭にワケ有りの子供や身寄りのない孤児たちが雑用と引き換えに養われている。
この子供ももその一人だろう。
今回はこいつから話を聞くことにする。
「おい坊主。ちょっといいか?」
「なんだい? お店で働きたいのかい? それなら表に回って店長と話しなよ」
「いや、違う違う。最近入った茶髪のお姉さんが気になってな。アタシ達と同郷なんだ。昔のよしみで話でもしようかと思ってね」
「うーん、残念だけどオイラには答えられないな。店の人のことは口止めされててるからね」
お、意外と躾がなっているな。
ここで働いている子供にしては珍しい。
「でもここだけの話だよ。茶髪のねぇちゃん、サリーっていうんだけど、『エリーマリー』っていう冒険者のファンがお客さんとして指名してくれるから結構儲かってるんだ」
「へぇ……」
……前言撤回だ。
秘密を喋りたくて仕方ないタイプだな。口の軽い子供だ。
食いもんか金で釣ろうかと思ったがその必要もなさそうでよかったぜ。
「へへへ、いいかい? 絶対にここだけの秘密にしてくれよな! 万が一『エリーマリー』に知られたら店ごと燃やされるって店長が言ってたからさ!」
「安心しな。ここだけの話だ。アタシ達の口からこれ以上は広がらねえよ。むしろ広げさせねえ」
落ち着いたら店長と一度しっかり話をする必要がありそうだ。
火災保険の有無とかも含めてな。
……冒険者はともかく、リクドウのおっさんは、こっそり通いつめてたりしねえよな?
「そのサリーの仕事はどうだ? やっていけてるか?」
「まあまあだね。前の領地にいた時も、それなりに稼いでたみたいだぜ?」
前の領地ってことは、こういう店で働いて長いんのか?
バレッタ領主関係の付き人じゃなさそうだ。
「へえ、ほかに友達はいるのかい? 金髪の女の子とか」
「そこは知らないなあ。詳しく聞いたことないや。あ、そうだ。友達は知らないけど、彼氏は居るんだぜ! 前も姉ちゃんと同じようにこの店に来てたんだ!」
……彼氏か。
「どんな奴だ? ちゃんとした職業のやつか? 公務員とかならいいが冒険者なんて認めないぞ?」
「姉ちゃん達だって冒険者だろ? 何してるかは知らないよ。彼氏は灰色の髪の兄ちゃんだったよ」
「灰色の髪の……兄ちゃん? 姉ちゃんじゃなくて?」
「えーっ!? 前にあった時兄ちゃんだって言ってたし、姉ちゃんってのはないよ」
なんかやけにすごい自信だな。
「その兄ちゃんとたまに会ってるのか」
「会うのはね……。仕事の終わりかけ、日が昇る前の一番暗い時さ。オイラは大体寝てるけどね。そんなこと聞いてどうするんだい? 彼氏を奪いに行くのか?」
なんでそんなドロドロした痴情のもつれに参加しなきゃいけねえんだ。
「その辺はもう間に合ってる。サリーのために、アタシ達が信頼できる人物か見極めてやるのさ」
子供に別れを告げると、いったん宿へ向かう事にした。
深夜までそこで待機だ。
宿に戻ろうとする途中、柄の悪い兄ちゃんがこっちに向かってくる。
「おいあんた等が噂のマリーか?」
「噂? 知らねーよ。ドコの誰だテメーは?」
「俺はオネエ組のダンっていうんだ。よろしくな。あ、女には興味ねえから安心しな。好きなのはショタだ。ボスとは趣味が近い」
お、おう……
そんなにはっきり言われるとコッチが困るんだが。
……とりあえずエリクの姿は絶対見せないようにしよう。
「ボスからついていくように言われた。そろそろあの女の周りにいる誰かと接触する事だろうからってな」
コイツが前に言ってた助っ人か。
やけに頭が悪そうだが大丈夫なのか?
「もし誰かと接触するようなら最初に俺が接触する。良いな?」
「なんでお前が一番最初なんだ?」
「うちのモンも探っているんだが、入ってくる情報が支離滅裂だ。相手はスキルを使っている可能性が高い、それがボスの意見だ」
スキルか。
確かにその可能性は考えていたが、そこを疑いだすとキリがなくなるからな。
あえて除外していた。
「そこで俺が突撃して相手を血祭りに上げる。そうすれば相手もボロを出すだろう」
「おい、いきなり血祭りにすること前提にすんじゃねえ」
血の気の多いやつだな。
「……ところでモノは相談なんだが」
「どうした? 顔は拳で直せるが柄の悪さは直せねえぞ?」
「いや、ボスが言ってる言葉の意味が分かんねえから丸暗記したんだが、今話しててもさっぱりわからん。お前ら、どうすればいいか指示を出してくれ」
それだけ説明できていてなんでわかんねえんだ。
ああそうか、お前もアホの仲間か。




