第39話 黒幕
光が収まると、そこにはアタシのほかには眼帯女とヒゲのオッサンしか居なかった。
辺りを見回すがこんな大広間は見たことがない。
エリーもリッちゃんも見当たらない。
「マリー、無事かい?」
「こっちに怪我はない。一体何が起こった?」
「我々は嵌められたのだ」
オッサン、口を挟むのは良いが誰に嵌められたか主語を言え。
嵌められただけじゃ分からんぞ。
「状況が状況だ。簡単に説明するよ。このダンジョンに先客がいる。先にこのダンジョンを乗っ取ってるやつさ。ダンジョンにあるくだらないギミックは、そいつが考えた可能性が高い」
「おいおい。ダンジョンの支配者とか、レアケースにも程があるぞ」
「私も冗談であってほしいと思ってるさ」
マズイな。
ダンジョンマスター相手によく知らない二人と共闘して闘わないといけないのか。
「どうも失敗したのう」
「誰だ!?」
立ち回りを考えていると、少し高いところから声が聞こえた。
上を見上げると一人の女性が空中に浮いている。
……ケバいオバさんだな。
化粧が濃すぎる。それに香水がきつい。
夜の娼婦で朝になると絶望するタイプのババアだ。
ババアの背中には羽根が生えており、頭からは2本の角が生えている。
……人間じゃねえな、魔族か?
だとすると上半身は服じゃなくて自前の毛皮か?
なんでこんなところにいやがる。
こいつらの支配領域、最短でもあと二つは領地を超えた所だろうが。
「本来ならばお前たち人間をみんな巻き込んで、ここの大広間で始末する予定だったんじゃがなあ」
「なにを言っている?」
「妾の失態じゃ。うっかりしておった。転移の範囲を指定し忘れるとはのう」
なかなかフザけたババアだ。
ちったあマトモに答えやがれ。
「試練を突破したお主らのうち、宝物に触った一人だけしか運べないとはのう。やはり久しく使わぬ機能は駄目じゃな。然るべきときに使えるよう、手入れと事前に試験を行わなくては」
「そろそろこっちの質問にも答えてくれないかい?」
眼帯女がイライラしたように問いかける。
「おや? 答えておるではないか? 主らを皆殺しにしようとしたのが妾じゃ。妾は粗忽者故、宝物に触った一人だけしか呼び出せなかったのが此度の失態じゃな。お陰でこちらも戦力を分散せねばならん」
「そうではない! お前は何処の誰だと聞いている!」
ヒゲのオッサンもキレたか。
先にキレてくれる奴らがいると、代わりに冷静になれて助かるぜ。
「妾か? 自分達が名乗るのが先であろうに、礼儀のなっていない小童たちじゃ。じゃがよい、名乗ってやろう」
ケバい魔族は姿勢を正して穏やかに答えた。
魔族の影が激しく震える。
「妾は魔王軍工作部隊隊員、中級召喚士のイルス。ダンジョンを拠点として支配し内側から切り崩せ、とのお達しを受けた者じゃ」
魔王軍……だと?
なんで、ここに潜り込んでやがる?
「本来ならダンジョンの仕掛けで一芸に秀でた優秀な冒険者をひっそり狩り取るはずじゃったが、たいした戦果も上がらないどころか集団を刈り取る仕掛けも使えない状態になるとはのう……。ああ失敗じゃ」
「つまり、ダンジョンはアンタが作り変えたって事でいいんだね?」
眼帯女の問いかけに、魔族は然り、と頷いていた。
「冒険者を釣り出すところまでは上手くいったのじゃがのう。意外と主らがしぶとくて困ったわ」
「あの骨野郎もアンタの仕業か?」
……少し気になっていた。
あの骨野郎、力の道と言いつつ単純な力で攻めて来なかったからな。
むしろタイプ的には魔法が主体のはずだ。
「力の道に仕掛けたやつかの? アレもそうじゃ。核にそれなりの装飾品を用意したのにイマイチ働きが良くなかったからのう。力の道の門番として捨て置いたわ」
妙に回りくどい方法で力の証明をすると思ったらそういう事か。
元々、そういう役割じゃなかったんだな。
「そして今ではアレの代わりに戦力として保管しておるのがこいつらよ」
そう言うと影から這い上がりように人型の怪物が現れる。
その体は鈍い銀色に輝いていた。
まるで出来の悪い人形のようだ。
顔には赤い点のようなものが光ってる以外は何もついていない。
両手も物を掴むような形ではなく、子供が悪戯で人形の手を槍につけ変えたような形をしている。
全身がツルツルとしたなめらかな金属人形。
それが出てきた化け物に抱いた印象だ。
「こやつらは歩兵級悪魔達、名も無き悪魔共じゃ。短い間じゃが覚えていてたもれ」
なんか嫌な感じがすると思ったら悪魔だと。
前の奴ほどヤバい感じはしねえが……
「早速じゃが死んでおくれ。上の奴らは召喚トラップを発動させておる。主らも後から追いつく予定じゃ」
……気になる事を言ったな。
召喚トラップだと?
「くふふふ……、上が気になるかの? まあ仮に気にならなくとも、無理にでも気になるようにしてやるまでの事」
魔族が指を鳴らすと、空中にエリー達の様子が映し出された。
彼女達は大量のスケルトンやアンデッドオーガに囲まれている。
「てめぇ……!」
「ほら、早うせぬと皆死んでしまうぞ? ほれほれどうする?」
「騙されるんじゃないよ! 上には他の仲間たちもいる!『オーガキラー』だってね」
怒りで我を忘れそうになったアタシ達を眼帯女が一喝して場を整える。
「悪魔と魔族のコンビとか、珍しい化物と戦えるもんだね。冒険者稼業をやってみるもんだ」
そう言うと眼帯女のフーディーはサーベルを取り出した。
「マリー、ダレス! 私は中近距離での戦いがメインだ! アンタたちはどうだい!?」
「俺は近距離専用だ」
お前らも接近戦で戦うタイプか。
「残念だがアタシもメインは近距離だ。あと支援魔法や回復魔法が使えないからそっち方面には期待するな」
「チッ、どいつもこいつも揃って攻撃型って訳かい……。短期決戦で仕留めるよ」
そう言うと眼帯女はかけていた眼帯を外した。
その様子を魔族が笑う。
「格好つけかの? 外したら強くなると言う奴か?」
「燃えな! 『炎眼』」
「むっ? なっ! おのれっ!」
眼帯女の片目が赤く輝くと、悪魔と魔族が燃え上がる。
燃えているのはアイツらだけで、他の物は少しも燃えていない。
魔眼系のスキルか。威力はあるが誤爆しやすいタイプのスキルだな。
いつもつけてる眼帯は誤爆防止のためか。
「おのれぇっ! 影よ!妾を喰らえ!」
魔族女の足元の影が伸びて彼女の体を包みこむと、身体が影の中に沈み込み消えてしまう。
その場には奇妙なことに影だけが残っていた。
やがて影が素早く動き出すと少し離れたところで止まる。
すると影の中から魔族女が再び姿を現した。
「はぁっ、はぁっ……。ナメた真似をしくさりおって! 嬲り殺してやるから後悔するがいい!」
魔族女が距離を取ると、詠唱を開始した。
あれは……こないだの召喚士の婆が使っていた悪魔召喚の詠唱に似ているな。
「まずいぞ、あの女また何かを呼び出す気だ!」
「だったら私がこの眼で焼く! あんた等、しばらく悪魔たちの相手を頼んだよ!」
悪魔は炎で燃やされているが怯んだ様子はない。
黒い霧を吹きながらも、淡々とこちらへ向かってきていた。
魔眼女は、その悪魔たちを飛び越えて魔族女の所に向かう。
悪魔達は髭オッサンと二人で迎え撃つか。




