第139話 決着
本日二話投稿します。
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――えますか?
――聞こえますか?
聞こえてるよ。うるせえなあ。
――良かった。ついに私の声が聞こえたのですね。あなたが原初の力に近づくにしたがって声をかけていた甲斐がありました。
誰だよ。どっかで聞いたことある声だけど……会ったことあるか?
――いいえ、直接はお会いしていません。
じゃあ、知らないやつだな。
メイに言って追い返すぜ……メイ?
そうだ! 魔王は!?
――落ち着いて下さい。目が覚めれば貴方は再び戦場にいる事を知るでしょう。これは夢のようなものです。
……なんだ、テメエは?
どっかで聞いたことある声だな。
――私は精霊王と呼ばれた存在……。あなたが原初の力に近づいた事で、私も原初の力を通じて貴方に干渉できるようになりました。
精霊王……? あの魔王と戦って消えたってやつか?
ちょうど良かった。あの魔王を倒してくれ。
アタシじゃちょっと辛そうだ。
――残念ですが、それはできません。私は存在が根源に近くなり、もはや現世に干渉する事はできません。
なんじゃそら? アタシじゃアイツを倒すのは無理だぞ?
前の戦いで精霊王が倒しきれなかったんだから責任とって戻って戦ってくれ。
――いいえ、貴方にはできます、エリー。根源と心が混ざり合う事で生まれた貴方だけの力があれば。
なんだよそりゃ。
つか、その声……、思い出したぜ。
お前、アタシにスキルの発動を教えた声だな?
――はい。あれは私の声です。
生き物はスキルを具体化して使う術がありませんでした。故に私はスキルに名前を付けて方向性を示し、使い方の基礎を心の深くに刻み込むことにしたのです。
それが私の魔法……。いえ、祝福の一つでした。
そうか。スキルの話は分かったぜ。
でも今はそれどころじゃないからよ、アイツを倒す方法を教えてくれねーか?
――もう答えは貴方の心の奥深くに刻んでいます。心に聞いてください。
いや、さっさと言えよ。
――説明するには時間が足りません。もう、貴方は目覚めます。貴方の心は既に知っていますよ。
おい待て!
そこが一番重要だろうが!
――どうか、どうか私と対になるあの子の苦しみを終わらせて下さい。異界のあなたの魂から具現化したその……で……。
何を言って――。
アタシは目が覚める。
ほんの一瞬だが、気を失ってたみたいだな。
眼の前には魔王が立っていた。
なんか訝しげな顔をしてるな。
「ほんの少し、『光』の気配がした気がしたが……」
「夢の中であったぜ。無駄話ばっかりするもんじゃねえな」
「……あの攻撃で生きていたのか。私は無駄話が好きだよ。話せば話すほど相手が絶望するからね」
アタシもボロボロだ。
魔王はアタシの頭を掴むと、そのまま宙に持ち上げた。
ずいぶん力持ちじゃねえか。
「精霊も潰え、君が刃を突き立てるも虚しく私は立っている。ほら、私が魔法でも肉体の力でも、どちらかを込めるだけで頭が潰れてしまうよ。この絶望は? 怖いかい?」
「へっ、今から……お前を絶望させてやるよ……」
とはいえ、手段がわからねえ。
精霊王は教えたと言った。
考えろ。落ち着いて考えるんだ。
「……絶望させられるものなら絶望させてみるといい。私は今から十秒かけて君の頭を握り潰す。どっちが絶望するかのゲームをしよう」
そう言うと、魔王はゆっくり力を込め始める。
「一、ニ――。」
「離しなさい魔王! 〈ホーリーカーテン〉」
「〈真・炎蛇陣〉」
リッちゃんとエリーが魔法を唱えてくるが、相変わらず効いている様子はない。
締め付けが厳しくなって来た。
アタシも力任せに手を剥がせないか試すがピクリともしない。
ヤバいな。
「三、四、五――」
締め付けの痛みがどんどん増してくる。
……そういえばこいつ、最初になんでメイを狙った?
簡単だ。スキルを使うからだ。
……さっきスキルは干渉できないとか言ってたしな。
もし魔王の力がスキルに干渉するなら、さっき魔法に干渉したみたいにスキルを狂わせて破壊すればいい。
って事は……。
まさか!
「六、七――。どうした? 頭まで狂ってしまったかな?」
アタシが笑った事で魔王の動きが止まる。
「……一つ聞かせてくれ。もしも魔王の呪いが解けたら魔法が使えるようになるのか?」
「時間稼ぎかい? まあいいよ。仮に呪いを解いたとしても、精霊王の祝福を受けなければ呪いが再度降りかかってすぐに魔法を使えなくなるだろうね」
そうか。
つまりそういう事だな。
「じゃあなんでアタシは古代の魔法とやらが使えるんだ?」
「謎掛けかな? 最前線で敵と戦い続け力を吸収したのに加えて何かしらスキルで切っ掛けを見出した……と言った所だろう? ……何を笑っているのだね?」
「お前を絶望させる方法が……見つかって、な!」
「そうかい? でも君が私を傷つける様子はないが……? ほらもう時間がないぞ? 八――」
傷つける?
いや、そんな事しねえぜ?
むしろ治してやるよ。
アタシはもう、スキルを発動させている。
「九……。な!? 何だこれは? 一体何を……。この力……。馬鹿な!?」
余裕たっぷりの悪魔の顔が歪んでいく。
何かされたのに気がついたようだな?
悪いね、アタシの力は性別を変換するんだ。
会話中もずっとスキルを発動させ続けていたからな。
時間は十分のはずだぜ?
「と、止まらない! この私が干渉できないだと!?」
「お前が言ったんじゃねえか。スキルには干渉できないってよ。スキルってのは特別なんだろ?」
「スキル……だと……。私の身体を作り替えるこの力がスキルだと!?」
いや初めて魔王が狼狽してるのをみたぜ。
余裕たっぷりな奴の表情が崩れるのはなかなか良いもんだな。
おっと、狼狽して力が緩んでるぜ?
「どういう事だ! 私は魔王だぞ! 我々の存在すら書き換えるだと!?」
「想いの力は別の創造、なんだろ? ところで悪魔って性別がないんだよな? 性別を持つとどうなるんだ?」
性別を持たない奴が性別を得ると何が起きるんだろうなあ。
どうなっちまうんだろうなあ?
石のままで引きこもってれば良かったのによ、下手に肉体を持ったのが運のつきだったな。
「どうだい? アタシのスキル『TS』、意外と強いだろ?」
「このままでは……」
答える余裕もねえか。
もうスキルは完全に発動したみたいだな。
アタシは魔王の身体から手を離す。
「へっ、イケメンだぜお前」
「マズイ……存在が、存在の何かが崩れる……」
肉体が完全に変化したのか、顔が変わる。
アタシが手を離すと、悪魔の周りが黒く染まっていく。
さあ何が起きる?
「これは呪い……? 馬鹿な! 私が呪いの主だぞ!」
へえ、てことは魔法が使えなくなるっていう呪いか。
無差別にバラまいた呪いが自分自身を傷つけるなんてな。
「なぜ私が自分の呪いにかからねばならん!」
「そりゃあ、お前がすべての男に呪いをかけたからだろ」
「まず……い。肉体が……千切れ」
さあ何が起こる?
死んでもよみがえる悪魔とかいう不変の存在に、ありえない筈の肉体の変化。
それに加えて魔力でできた肉体にかかる魔法封じの呪い。
あらゆる矛盾を詰め込んだ結果はよ。
「この世界の不具合になった感想はどうだ? ああ、混沌とかそういったものが性質だったか? 良かったな。その最たるものになれてよ」
「馬鹿な……。貴様! 何をしたか分かっているのか! 私はいわば世界の一部! その私をこのような方法で!」
何もクソもあるか。
やらなきゃアタシ達が死ぬんだよ。
知ったことか。
大体よ。世界の一部だのなんだの立派な事言ってよ、やってる事は子供のワガママの正当化だろうが。
「精霊達は自分たちの性質に則って都合の悪いことも受け入れたんだろ? お前も受け入れろ。混沌だの死だの知らねーが最初に自分自身を殺せば良かっただろうが」
「あ……。ぐぁ……。」
魔王の体から何かが飛びだした。
……なんだ? 石か?
ん? 悪魔が狼狽えているぞ。
「ああ……。なぜだ、何故私がそこにいる!?」
「てめえ、何を言って……」
「あれは……? マリー! その召喚石をこっちに!」
リッちゃんが石をみて大きく叫ぶ。
召喚石って事は……まさかバグった影響で世界が分裂したのか?
アタシは石をぶん投げて、風魔法でリッちゃんの所に運ぶ。
「待て! 私に触るな!」
「お前はこっちにいるだろ。ファイアローズ」
「うあああっ! 熱い!? 馬鹿な! 私が熱さを感じるだと!?」
軽く目くらまし程度に放った炎が意外なほどに効いた。
……肉体が変化した影響か。
リッちゃんは石を調べて頷いている。
「……分かったよマリー! これは召喚石だけど、召喚石じゃない、悪魔の魔力、そして混沌と破壊の性質だけが詰まった超高純度の魔石だ!」
「それは……魔王という存在と、魔王の持つ力が分離した、と言う事でしょうか……?」
エリーの問いにリッちゃんは力強く頷いた。
じゃあ今のアレは残りカスみたいなモンって事か?
「あ……ああ。私という存在と心が分離した……? この肉体には人間のような僅かな力だけしか……。駄目だ、私は『混沌』……。違う、私は……なんだ?」
「混乱してるとこ悪いけどよ。お前はここで終わりだ」
アタシがそう言うと今まで見た事がないくらいに魔王の顔が歪む。
「認めないぞ! まだ僅かに繋がりがあるうちに! 私は本来の私と合流する」
魔王は自らの胸をえぐる。
こいつ、何を考えて……。
「私は滅ばない! 死ねば存在を魔石に移すのみ!」
「い、石の魔力が変化していく……! まさか、この石に再び宿るつもり……?」
「そのとおり……だ。その石の……魔力を利用して……再び蘇って見せよう」
なるほど、悪魔の『死んでも別の石に宿る』って性質を利用しようってんだな。
させねえよ。
アタシのスキルで回復させて――。
「もう一度スキルを使うかね? いいとも。次は女性にするのかね!?」
そうか。
精霊王の祝福を受けたらアタシ達みたいに魔法が使えてしまうか……。
「さあ、このままでは私は死んでしまうがどうする? 私はどちらでも構わないがね?」
「……いや、どっちも選ばねえよ。お前はここで終わりだ」
アタシは回復薬を投げつけて、魔王の傷を少しだけ治す。
「……一時しのぎかね? 無駄な事を――」
「リッちゃん! 石をファウストに使えるか!?」
「……そうか! できるよ! これならなんとか足りる!」
「何を……?」
「破壊と創造は対になる存在、だったか? 最後の最後でアタシは幸運だぜ」
力だけはあるが心のない石ころ。
心は宿っているが力のない核。
ちょうどパズルのピースみたいによ、ピッタリハマると思わねえか?
リッちゃんが魔法陣を描くと、ファウストの核が目に見えて修復され、肉体を形作っていく。
……その姿はかつてのファウストに比べて大分小さい。
魔石も、ファウストの核も無くなり、三歳くらいの子供がリッちゃんの腕で静かに眠っている。
「やった! 成功だよ! 核が傷つきすぎて元通りには出来なかったけど……それでも子供の状態には出来た!」
「やったな!」
狼狽えていたのは魔王だ。
……随分と余裕がなくなって人間らしい顔をするようになったじゃねえか。
まあ人でも悪魔でも無いんだろうけどよ。
「……魔王としての存在はファウストに引き継がせた。お前はここで消えるんだ」
「つ、繋がりが消え……た? 馬鹿な……。私が消えた今、ここにいる私は何者だ……?」
「気にするな。誰でもない元魔王さんよ。消えるのは今からだぜ」
もう良いだろ。
神話の時代から生きてきたんだ。
心を持って歪んじまったお前が消えるのはよ。
「馬鹿な! 私はまだ世界を壊していない! 混沌と破滅に世界を……そして私を遠ざけた人々に復讐を ……!」
「そうか、やっぱりそれが本音か。本能だのなんだの立派な能書きたれてよ、結局は子供のワガママって事だな?」
アタシは“原初の力”で魔王を包む。
「ファイアローズ! そして、サンダーローズ!」
「あ……が……何を……?」
「逝かせてやるよ。人でもなく、魔でもない、何者でもないお前をあるべき所にな。……リッちゃん! エリー!」
「分かったよ!〈炎蛇陣〉」
「任せてください、〈ホーリーカーテン〉」
アタシ達は残り少ない魔力を使って、それぞれの魔法を魔王にぶつけていく。
ぶつけた魔法は“原初の力”で乱反射して魔王に幾度も当たる。
まだまだだ。
アタシとリッちゃんは雷や炎のほか、氷、土、毒、水魔法など、ありったけの属性の魔法を打ち込んでいく。
名付けて――。
「百花繚乱!」
「う……ぐ、貴様、この私をこの程度の魔法の乱打で倒せると……」
「いや、まだだぜ」
アタシは空間をそのまま原初の力で覆い閉じる。
今の魔王には反撃する力は残っていないようだ。
打ち込んだ魔法は魔王の魔力や他の属性と共鳴、反射して増幅し、時に打ち消す。
千変万化するその空間はそのまま魔法を反射し続けた。
さあ止めだ。
……力を使い過ぎたのか、よろけちまった。
少し立っているのが億劫だ。
「マリー、手伝いますよ」
「エリー……ありがとな」
エリーが手を添え、体を支えてくれる。
原初の力で生み出した刃。
その刃をケーキを切るように二人で持つ。
「……! ……、……!」
魔王が魔法の嵐の中で騒いでいるようだが、悪いな。
音は遮断されてんだ。
「あばよ、魔王でも人でもない、何者でもなくなったお前が次の生を楽しめることを祈っているぜ」
アタシはエリーに支えられて、刃を振り下ろす。
多様な属性が絡み合い、切り裂いたところからあらゆる属性が吹き出し、一つの華を咲かせた。
これでこの技は完成だ。
百花繚乱改め――。
「万華鏡」
「あ……。あああああぁぁぁっっっ!!!」
両断された魔王が悲鳴を上げ、その体がゆっくりと崩壊していく。
「私が……死ぬのか?」
「ああ。もう石になる必要もないぜ。……人から拒絶される理由もな」
「……そうか。私は……死ねるんだな」
一瞬だけ魔王が笑った顔になると体が崩れ落ち、周囲の歪んだ空間と共に消えていった。
「……次の魔王はアタシ達がたっぷり愛情を注いでやるよ。歪まねえようにな」




