第138話 敗北
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……アレをこっちに飛ばしたのか。
このままじゃ不意打ちで潰されるな。
「これ以上はさせねえよ」
アタシも原初の力で剣を作り攻撃する。
……躱されたか。
「おっと。流石にそれは危ないな。君たちの言葉で言うところの痛みを感じるからね」
「ならこれも食らうがいい」
次に動いたのは精霊だ。
地面から水が湧き出てきて魔王を飲み込む。
「私に水浴びは必要ないのだがね?」
覆っていたはずの水は、魔王が手で払うだけで一瞬で霧散した。
「やはり……。凡百の悪魔ならこれで圧殺するのだが……」
「無駄だよ。蘇ったばかりで魔力も十分だからね。この肉体を傷つけるには力不足さ」
精霊の攻撃をあっさり破るとか厄介だ。
……てことはアタシの作る剣だけが実質唯一の武器かよ。
「今度はこっちの番だよ。ほらほら、躱してごらん」
掛け声とともに数十の歪みがアタシめがけて襲いかかる。
……マズイ、数が多すぎる。
「させないよ!〈空鏡陣〉」
リッちゃんが陣を張ると、歪みが吸い込まれ、反射して魔王に向かう。
魔王は自分の魔法が直撃したのか防御の姿勢をとっていた。
「リッちゃん、助かったぜ。……今の魔法はなんだ?」
「マリーの空間魔法を再現したんだ。魔力消費が激しいから使わなかったけど……出し惜しみしてられないね」
そうか、アタシが前に使った空間魔法でカウンターをする奴か。
助かったぜ。
「……メイの様子はどうだ」
「僕が死なない限りメイも大丈夫だけど……ちょっと戦えそうにないね」
今はファウストの魔石とメイを共にエリーが見ているようだ。
……エリーも精霊を呼んだだけで限界だ。
ほぼ魔力が空だろうからな。
今は後ろで休んでた方がいいか。
「マリーよ。我が隙を作るからその剣で奴を切り裂くのじゃ」
「分かったぜ。リッちゃんも援護を頼む」
「任せて」
精霊が水の槍を作ると、その膂力を活かして魔王に思い切り振り下ろす。
「へえ……。それなら少しは痛いかな?」
魔王はかわそうともせず、そのまま手で攻撃を受け止めた。
……精霊の攻撃で地面が割れたが魔王は相変わらずだ。
「今だ! 〈氷結陣〉!」
リッちゃんが濡れた魔王の体を凍らせる。
よしっ! ここだ!
アタシは左右に動きを散らしながら、剣を喉めがけて突き刺してやるぜ。
「貰ったぜ!」
「でも君、凍ってるよ?」
何言って……剣が魔王を貫く直前で止まっているだと?
……いや、止まったのは剣じゃない。アタシの体だ。
体に氷が纏わりついて動きを止めている。
「なんでアタシの身体が凍っている!?」
「それは君の仲間が私を凍らせようとしたからだろう?」
意味が分からねえ。
それなら凍りつくのはアタシじゃなくてお前だろうが。
「少しだけこの空間を狂わせて対象を君にずらしたんだ」
滅茶苦茶だ。
空間を狂わせるとやらは知らねえが滅茶苦茶にも程がある。
……だが、油断したな?
アタシの剣は伸びるんだぜ?
アタシが剣を伸ばして魔王の喉に突き刺すと、大きく煙を吹き上げた。
「長さが足りねえなんて言わせねえぜ!」
「……おやおや。まさか刺せるとはね」
このまま断ち切ってやる。
アタシは炎で体を燃やして氷を溶かす。
そしてもう一本の刃を魔王の身体めがけて斬りつけた。
これで――。
「まずい! 離れるのじゃ!」
攻撃が当たる直前になって、精霊が叫ぶ。
アタシはその声に反応して慌てて魔王の身体を蹴って飛び退いた。
……なんだ?
「おい、何も……。おごぉっ!」
内臓がかき回されるような痛みが腹を襲い、口から血が出た。
……違う。“ような”じゃない。
実際に少し内臓をかき回されている。
「わざわざ空間を狂わせる事ができるのを見せたのに、そこに留まっていてはいけないよ」
「てめぇ……。アタシのナカを狂わせたのか……!」
「その通り。ほんの少しのイタズラ心だったんだが……人には強すぎたみたいだね」
とりあえず水魔法で体内を操作して緊急処置をしておく。
……よし、まだ戦える。
内臓が破裂とかしてたらヤバかったな。
くそっ、相手の攻撃は響いているのにこっちの攻撃は喉を突き刺しても駄目かよ。
「まあいいさ。てめえが死ぬまで刻んでやるよ」
「こっちも中々に痛かったよ。あと八十回くらい同じことをされたら私も倒れるかな?」
八十回だと……?
精霊の方を見るが静かに頷いている。
嘘は言ってないみたいだ。
近づいたら空間ごと内臓をかき回されるのにそんなのできる訳ねえだろ。
「さて、私も一発は貰ったわけだし、少し反撃しよう」
「は? テメエたった今攻撃してただろ……」
「危ないぞマリー!」
突如水が押し出してアタシを吹き飛ばす。
それと同時に、アタシがいたところの地面が一部消滅した。
拳大の穴が開いている。
……また訳の分からない攻撃を仕掛けてきやがったか。
「おや? 精霊が助けてくれるとは運がいいね」
「何をした?」
「たいしたことじゃない。そこの空間にあった物をすべて空気に変えたのさ」
なんだそれは……?
そんなモン食らったらアタシもタダじゃ済まない。
つか戦いにすらなってねえ。
「マリー! 援護するよ!〈虹色陣〉」
「無駄だよ。……やろうと思えばこんな事もできるんだよ?」
リッちゃんの使った魔法が反転してリッちゃんに向かっていく。
「うわわっ!」
「〈守護壁〉……大丈夫ですかリッちゃん?」
「な、なんとか……」
反転した魔法はエリーが魔法を張ってくれたお陰で軽く済んだようだな。
しかし、魔法を反転もできるのか。
魔王の野郎、未だに余裕の表情を崩さない。
「へえ……。じゃあこれはどうかな?」
「させんぞ!」
精霊が魔王の足元に渦を作り攻撃を邪魔をする。
よし、ここでアタシも攻撃を合わせて――。
「おっとと……。君はやっぱり厄介だね。……ほらっ!」
……しかし、その水は途中で止まり、精霊に攻撃を仕掛けた。
その攻撃はアタシにも飛んでくる。
「ちっ!」
「うぬっ! ……まさか、攻撃を乗っ取るとはのう」
「流石に精霊の魔法に干渉するのは面倒だったよ」
喋りながらも魔王は空間を操っているようだ。
また空間が歪んでアタシたちに向けて攻撃が飛んでくる。
「く、〈空鏡陣〉」
「無駄だよ」
空間の歪みがリッちゃんの発動させた空間魔法に吸い込まれるが、反射させる様子はない。
逆にリッちゃんの作った魔法空間を突き破るようにしてそのままリッちゃんを攻撃した。
「うわあああっ!」
「リッちゃん! テメエ! 何しやがった!」
「書き換えたんのだよ。スキルそのものは無理でも発動した魔法に干渉すれば性質を狂わせる事は造作もないからね」
魔法の書き換えだと……?
リッちゃんが作った魔法を書き換えられるなら、どんな奴の魔法でも書き換えられるってことじゃねえのか?
くっ、リッちゃんもボロボロだ。
「さて、もうそろそろ決着もつきそうだ。精霊アプサラス、君も十分だろう? そろそろご退場願おうか」
精霊の方をみると、体のアチコチに穴が空いて光の粒が漏れている。
……さっきの魔法か。
「ふむ……。ここまでのようじゃな。マリーよ、後は頼んだぞ」
精霊が武器を構えると、魔王に向かっていく。
「無駄な努力を……。じゃあ私は空間ごと君を捻ろう」
悪魔が手を精霊に向けて捻る。
――次の瞬間には、体がバラバラに引き裂かれていた。
「霧は……残しておく……。頑張ると良いぞ……」
精霊の体が水になり、霧となって消えていく。
無茶だ。霧で攻撃が見えるのは一部だけで、殆どは見えない攻撃ばかりだぞ?
こんなもんどうしろってんだ。
「残るは君たちだけだね? ゆっくり殺してあげるから安心するといい」
くそっ、こいつが音を上げるまで斬り続けるしかないのか。
……先にこっちが音を上げるのは目に見えてんぞ。
「おい魔王。なんでアタシ達を執拗に狙うんだ? そこまで強ければ狙う必要もないだろうが」
「人間は身内とだけ仲良くして、気に入らないものは徹底的に遠ざけるからね。君たちが無残な姿になったあと、人々の反応が見たいのさ」
なんだよそりゃ。
とりあえずどうにかするために会話をしたが……何のヒントも得られなさそうだ。
「君たちを敬愛する人々が君たちの死体に憎悪や恐怖を抱く。形が違うだけで滑稽だと思わないかい?」
「そりゃそんなもんだろうが」
自分もそうなるかもって考えて恐怖するのは当たり前の事だろうが。
「いや滑稽だよ。結局君たちは生きる事を素晴らしいと思っている。だから死を恐れる」
……そういえばコイツ、『死』も司ってんだったな。
古代人からそう呼ばれてただけかもしれねえが。
「要するにお前を怖がる奴が気に入らないからぶっ壊したいってだけじゃねえのか?」
「……もう話は終わりだよ。おしゃべりの報酬は君の仲間から貰おうかな?」
「なっ――」
魔王が手を振ると空間の歪みが魔王の頭上に発生し、大きくなっていく。
マズイ。
「さて、誰にしようか……」
「させねえよ!」
アタシは魔王に剣をブッ刺した。
根本まで深く、深く刺してやる。
空間の歪みは……くそっ、キャンセルされない!
「おや、邪魔をするなら君からだね」
「へっ、その前に逃げて――」
剣を抜こうとするが剣が動かない。
……逆に刃が魔王の肉体に沈んでいく。
「逃げられないよ。 空間を狂わせたからね」
歪みがアタシに向けて襲いかかってきた。
「マリー!」
「危ない!」
アタシは原初の力で壁を作り、もう一本の剣を盾にして防御を固める。
……駄目だ、全方向から攻撃が飛んできやがる。
分かっちゃいたが防ぎきれねえ。
激しい攻撃でアタシの視界が暗転していく。
マ……ズイ……。




