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第136話 『魔王』

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「お慕いしております。お父様……」


ファウストがリッちゃんにそう言葉を伝えると、光が消えていく。


「ファーちゃん……」

「お姉さま……」


ファウストの身体は灰のような色になり、少しずつ砕けていく。

崩れ行くその顔はどこか満足そうだ。


そうか。

ファウストが本当に封じていたモノ。

それは力でもなく、魔力でもなく、ただのリッちゃんへの想いを……、


「笑止。ただその言葉だけを封じるためだけに膨大な魔力を遊ばせていたというのか。初代魔王とは予想以上に愚かだな」


魔王が手をかざすとファウストから靄のようなものが吸い寄せられる。

だがそんな事はどうでもいい。


……てめえ。今なんて言った?


「これで魔力を得ることが出来た。愚者も存外に役に立つものだ」

「愚者、だと?」

「何を激昂している? この膨大な力があれば君臨するなど容易かったであろう。それを使いこなせずに置いておくことなど愚か以外の何物でもない」


集めた霞は魔王の体内、心臓部に吸収されていく。


「伝えられなかった想いを千年かけて伝えるのが愚かだと、そう言うんだな?」

「くどい。もう貴様に構う必要はない。死ぬがいい〈カオスブレード〉」


先程より巨大な空間の歪みがアタシを襲う。

ボロボロのアタシじゃ躱せないと踏んだか。


……お前は何も見てねえんだな。


「……何故生きている!」

「お前には分からねえよ。ファウストが残した想いも、そしてエリーがアタシに向けた想いも、なんにも見えてねえお前にはよ」

「……まさか、防御に原初の力を使ったというのか!?」


ああ。エリーがあのギリギリの中で、アタシを庇うために奇跡的に使った技。

アレを見たお陰で剣だけじゃなく、防御もコツを掴めたんだ。


「もう終わりにするぜ」

「小癪な。死人形共よ我を庇え」


たくさんのアンデッド達が壁になって魔法を唱え、魔王を守ろうとする。

だがよ。遅えんだ。

今のアタシは怒ってんだよ。


「邪魔だ」

「剣が……伸びただと!?」


アタシは目の前のアンデッド共をまとめて両断する。


“練気”は想いに反応する。

母リラの言った言葉だ。


今の状態なら分かる。

正確には“練気”の大元……原初の力って奴がアタシの想いに反応して強化されてるんだ。


今の“練気”で強化した身体に原初の力で作った剣、二つがあれば雑魚の群れなんてまとめて斬れる。


「くっ。〈デッドボ――〉」


再びアンデッドを爆弾にして身を守りたいようだな。

だがもう遅い、ここはアタシの間合いだ。


アタシは“練気”で全身を強化し駆け抜け剣を振るう。


「落ちな」

「なっ……!? 貴様、いつのまに背……後……」


魔王の首が少しずつズレていく。

斬られたことに気づいた魔王は驚愕に歪み――。


椿の花のように、その首を地面に落とした。


同時にアンデッド共もどんどん倒れていく。

……やったか。

何を企んでたのか知らないが、あっけないもんだな。


「マリー、勝ったのですね」

「エリー……。無事で何よりだ」


アタシがスキルを二重でかけたからな。いつものエリーの姿に戻っている。

大丈夫だと分かってはいたが、実際に元気な姿を見ると安心するな。


あとはリッちゃん達だ。

リッちゃんは崩れた灰を掬っていた。


「リッちゃん、ファウストは……」

「ごめん、マリー。ちょっとだけ待ってて……」


そうだよな。

流石に一言だけ会話してすぐに終わりじゃやりきれねえよな……。


ん? 灰の中から何かを見つけたのか?

そのエメラルド色の宝石はなんだ?


「あった! やっぱりだ! 核はまだ完全に壊れてない!」

「流石ご主人様です! これなら魔力を用いて復活も……どうされました?」


一瞬だけ喜んだリッちゃんだが、その顔は段々と曇っていく。


「駄目だ、破損が進んでる……。魔力の絶対量が足りないや……。これじゃあ長く持たないよ」

「おい、魔王がさっきファウストからなんかを吸ってただろ。あれが魔力じゃねえのか」


さっき魔王自身が魔力は死体に残るとか言ってただろ。

吸い取った魔力をなんとか戻す方法があるんじゃないのか?


「……駄目だ。今の僕じゃすぐに取り出せないし、上手く取り出したとしてもファーちゃんに封印されてた魔力だけじゃ全然足りないよ。もっと魔力がないと……」

「確かにこの魔力ではお姉さまを復活させるには……」


核からだと元々の肉体を再生させるのに必要な魔力が非常に多いらしい。


「それに、記憶部分にも傷がついてる……。これじゃ復活させても何も……」

「じゃあアタシのスキルを試して……駄目か」


スキルを使用したが効果がない。

アタシには効果があるから使えないとかじゃなさそうだ。


この核は魔石とかと同じで生物として扱われないらしいな。

……最低でも肉体が必要なのか。


くそっ、打つ手がないのか……。


「魔力を集めて壊れないように措置をするけど……回復までどのくらいかかるのかな……」

「魔力を集めて……? そうだ! アイツらから取ったらどうだ?」


アタシはやってきた勇者ちゃんや獣っ娘達がを指差す。

兵士達もこっちに来てるな。


「そうか! 皆の力を合わせれば少しは延命できるかも! 全部かき集めて一週間くらい延ばせればなにか治療法を……」

「よしっ、まずはアイツらに――」


その時、世界が歪む。


勇者ちゃんも、獣っ娘達もその歪みの中に飲まれて消えて行く。

いや違う。歪みに飲まれたのはアタシ達だ。


……何だこれは?


「な、なんだ!?」

「一体何が……?」

「この魔法は〈カオスタイム〉……とでも名付けようかな?」


魔王の死体から場違いな声が聞こえてきた。


「いやあ、危ない危ない。まさか魔法を使う間もなく一刀で切り捨てるとは。危うく私自身を外に出せなくなる所だった」


魔王の首なし死体が起き上がる。

周りの空間中から声が響いてきやがる。

……どこから声を出してるんだ?


「魔王てめえ……。生きていたのか?」

「ん? 少し違うね。説明しよう。私は君たちの知る魔王デルラではない。彼女は死んだ」


そう言うと魔王の体が膨れ上がっていき弾け飛ぶ。

吹き飛んだ場所には、一人の男代わりにが立っている。


燕尾服を着ているその男は涼し気な顔をしていた。

……態度もそうだが、纏う空気が酷く嫌な野郎だ。


アタシは簡易通信具を握り込み、二人に合図を送っておく。


「一応、人間の服装というのはこういう物だと見聞きして知っているが……、実際に違っていたらすまない。なにせ久しぶりなものでね」

「そんなことより、どこのどいつがなんの目的でアタシ達を閉じ込めたのか教えてくれねーか?」


アタシが睨み付けるが、男は意に介した様子もない。


「マリー、薄々気づいてると思うけど……」


リッちゃんが忠告してくれる。


ああ分かってるぜ。

こいつは人間じゃない。


コイツから情報を聞き出して逃げたいが……。周りの空間がめちゃくちゃに歪んでいる。

モザイクがかかったみたいなこの状況で逃げられるか……?


「そうだな……時間はたっぷりあるしどこから説明しようか。まずはこの空間。これは時間の流れを狂わせて世界から隔絶した空間だよ」


アタシが空間に目をやったのに気がついたのか魔法の説明をしてくれる。

ご丁寧なこって。


しかし時間を狂わせる……?

そんな魔法があるのか?


リッちゃんと視線を合わせるが、軽く首を横に振っていた。

リッちゃんも知らないようだ。

それを詠唱なしにやってのけるのは……。


「悪魔か? それもかなり上位のやつだな?」

「まあ……そんな所だね」


アタシのセリフに男は頷く。

やっぱりそうかよ。


……くそっ、なんで悪魔が召喚されてんだ。


「じゃあまずは自己紹介をしようか。私は君たちで言うところの悪魔だよ。名前はない。ただし昔の人間は私の事を『闇』とか『魔』と呼んでいたね」

「『闇』……? 『魔』……。まさか、神話の……!」


リッちゃんが驚いている。

知っているのか?


「……やはり私の事は殆ど忘れさられているようだ。少し長くなるが身の上話を聞いてくれたまえ」


自分から説明してくれとはご苦労なこって。

だが時間が稼げるのはありがたい。


「これは世界が始まった頃、神代の時代のお話だ――」


悪魔は語る。



世界の始まりの時。

『根源』は己から二つの対になる存在を生み出した。

一つは光や秩序、創造を司り、もう一つは闇や混沌、死や破壊を司った。


その二つの要素を重ね、混ぜ合わせて世界のあらゆる物が作られた――。


「どこかで聞いた話だと思ったら……おとぎ話の『悪い悪魔と光の神』だな? 悪魔が世界を壊そうとして全ての生き物に呪いをかけたとかいう話だろ?」

「気が早いね。私はもう少し語りたかったのだが……。概ねその通りだよ。悪い悪魔というのが私だ」


おとぎ話の存在が出てくるとはな。

……だが、そんなにヤバい圧は感じない。

そこまで強くないのか?


たしかおとぎ話だと人間の勇者達と光の精霊が協力して悪魔と戦い倒したはずだが……。


そこで悪魔がニヤリと笑う。


「もう少し話をしたい所だが……。君たちはもう持てなしの準備ができているようだね。さあ何をしてくれるんだい?」


くそっ、バレていたか。

だがその余裕を奪ってやるよ。


「マリー! 準備は出来てるよ!〈虹色陣〉!」

「私も呼び出します!」


リッちゃんの攻撃が悪魔に放たれる。

あらゆる属性の攻撃が悪魔に襲いかかった。


「やった! 直撃だ! これで……」

「ふむ……。スキルを用いて“根源”から効率よく力を借りてるね」


そこから悪魔が現れる。

僅かに黒い霧が出ているが……ほぼ無傷か。

あれだけの魔法でたいして効いてないのかよ。


だがまだだ。

最後の切り札を使う。


「【……顕現せよ】〈召喚 アプサラス〉」


エリーが召喚魔法を唱えると、光の渦が生み出され、そこから一人の女性が召喚された。

……かつて戦った精霊、アプサラスだ。


「ふふ……。我を呼び出すとは気が変わったのか? 人の心は移ろいやすいものだな」

「悪いがそれどころじゃなくなった。アイツを倒してくれ」


悪魔とかいう理不尽には精霊と言う理不尽をぶつけるのが王道だろう。

精霊は悪魔を見ると驚きの表情を浮かべる。


「まさか……。蘇っておったか。意外と早かったの」

「君は……かつての大戦の時戦ったね。確か……精霊アプサラスだったかな?」


おいおい知り合いかよ。

どうなってやがる。


「マリーよ。こやつの事をどれだけ知っておる?」

「本人が言うには神話の悪魔で世界と戦ったんだろ?」

「うむ。こやつは我らが精霊達の最高位である精霊王と対となる存在じゃ」


精霊王?

リッちゃんは本当に実在して……とか言っているが、アタシが知るわけない。


「……そうか。もうこの呼び名も使われずに久しいか。精霊王とは人の子らが勝手に決めた区分に合わせた呼び名よ。公爵より上、王という意味を込めた呼び名じゃ。かつては『秩序』や『光』と呼ばれておった。」


精霊の王だから精霊王か。なるほどな。

……待てよ。

ソイツと対になる存在って事は……。


「私の事は理解してもらえたかな? それでは改めて始めまして。私は君たちで言うところの『魔』の王。君たちがかつて悪魔王とか、“魔王”と呼んでいた者だよ」

「魔王……?」


さっき戦った奴の事だろ、それは?

コイツも魔王だと?


「マリー、神話には魔王も精霊王も出てくるよ。僕が魔王を名乗ったのも、元は神話から取ったものなんだ」

「なるほど分かったぜ。土産物屋の元祖と本家みたいなモンって事だな」

「え? う、うん? それで良い……のかなあ?」


良いんだよ。

厳密には間違ってるんだろうがざっくりと分かればいいんだ。

リッちゃんを始めとして代々の魔王が名前をパクりましたって言うよりは色々穏やかだしな。


「てことは精霊の王様もいるんだろ? そいつは今も石になってんのか?」

「精霊王はこの世界の何処にでもいて何処にもおらぬ。そこの悪魔が乱した世界を修正するためにその身を根源に溶かしたからの」


また分かりにくい事を言いやがって。

もう結果だけ教えてくれ。


「そこの悪魔……魔王がかつて人々に呪いをかけたのじゃ。原初の力を使わせぬためにの。その対抗措置として精霊王は世界に溶け人々に祝福を与えた」


呪い?

呪いってなんだよ。

それに祝福とか受けた記憶ねーぞ。


続きを促してみるが、精霊からの反応はない。

代わりに返事をしたのは悪魔……魔王だった。


「人々に呪いをかけた、というのは少し違うな。私がかけたのは、この世界の男性……いや全ての雄さ。“魔法を封印する”という魔法……呪いをかけたんだ」

「呪い……? 男は元々魔法が使えないはずだろう」


アタシのセリフを聞いて魔王が心底嬉しそうに笑う。


「それこそ違う。人々は皆魔法が使えた。ただあの時私に戦いを挑んだのは、すべて魔法が使える男たちだったんだ。彼らを中心に呪いをかけたんだ」


魔法が使える男たち……?

リッちゃんに目をやるがリッちゃんも知らないのか首を横に振っている。


「てことは男も本当は魔法が使える……のか?」

「正確には『使えた』だよ。私が呪いで世界の一部を書き換え、男たちから……いや、肉体を持つすべての雄から魔法を奪ったんだ」


てことは……男が魔法を使えないのはコイツのせいって事か?

それだけの規模を……、いやそもそも何故そんな事に?


「ふむ……。理解が及んでいないようだ。精霊よ、語ってみてはどうかね? この空間では時間は無限にある」

「……良いじゃろう。これは我らが生まれ、人が生まれ、そして自我を持ってからの話じゃ」


精霊アプサラスと悪魔は話をする。

人と精霊が共にあった神代の時代を。


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