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閑話 彼女の想い

9-X-154


彼女が異変に気がついたのは何時だっただろうか。

最初は自らの愛しき主人へのプレゼントとして隠し持つだけだった。


今まで見たことのない最上級の召喚石。

黒龍の残骸より見つけたそれは、吸い込まれるように黒く、しかし輝いていた。



研究者でもある愛しき人への告白をする際に渡そうとしていたそれは、いつしか彼女の心に静かに悪意を振りまいてく。


――ひょっとしたら人から嫌われてるんじゃないの?

――……疲れているのかしら。下らない事を考えてしまったわ。


最初は気が付かず、しかし心にゆっくりと悪意の声を届けていく。


――もしかしたら君の事など眼中にないかもしれないね?

――どうして私の心がこんなにざわつくの……


強大な力を持つ彼女にとって召喚石から受ける影響など些細なものでしかないと考えていたが故に、病が体の中で静かに進行するように、心を蝕んでいった。


――もし君よりメイドの事が好きだったら?

――その時は……身を引くまでです。あの子とは話しをしましたもの……。


最初はゆっくりと。しかし確実に。

自ら石を手放すという事に意識を向けさせないよう、狡猾に。


――もしかしたら失敗して距離を置かれるかもしれない。

――う、うるさい! 黙りなさい!

――君はどうするの? 愛してくれる彼のいない世界は耐えられるの?

――うぅ……。

――でも大丈夫。僕が慰めてあげるよ。

――あなたは……誰?


何度も何度も静かに心を蝕んでいき、その効果が出たのは彼女の告白が失敗した時のことだった。


いや、正確には告白すらしなかった。


その時には彼女の心はかなり汚染されており、失敗がまるで世界の終わりかのような錯覚を覚えていた。

故にその恐怖で告白を躊躇い、自らの主人の夢を聞いたとき告白する事が出来ないと諦めてしまった。


――ほらね。いっその事、君が愛しき人を殺してしまうのはどうだい? そうすれば彼は永遠に君のものだ。


正気であれば受け入れないであろうその言葉すら甘美な響きに聞こえるほど彼女の心は汚染されていた。


彼女は混乱し、泣きながら、しかし殺す事はできずに主人を封印する。

それさえも石は利用した。


――ほらほら、君のご主人が戻ってきたらなんて言うかな? 君を蔑んだ目で見るのかな? それとも失望するのかな?

その前に、君が作った魔族を使って殺させるように仕向けたらどうだい?


石は彼女を追い詰める。

精神的に不安定になっていく彼女の味方のように振る舞いながら。


――人々が君を蔑んでいるよ。そんな奴らはどうしようか?

――殺してしまえば良いんですよ。

――そうだね。たくさん苦しめて、たくさんの混沌を撒き散らそう。


彼女は敵となる。

人類の最強最悪の敵として創造主である主人の研究を真似、魔族達を大量に作り上げた。


初期に作られた魔族達はやはり不完全であり、魔族達は魔力を求めて魔物を、そして人間を襲う。


気がつけば人と魔王ファウストとの間に、決定的な溝ができていた。


そして時は流れる。

しばらくの時を暴れまわっていた彼女だったが、彼女を滅ぼしたのは他でもない、彼女が作りし魔族の末裔だった。

思うように力が振るえず、十重二十重に巡らされた罠により彼女は追い詰められていく。


――ようやくだ。君が死ねば君の魔力を吸収できる。君くらいの力があれば私も復活できる。


死の淵にあって召喚石の影響が弱くなり、僅かな間だけ己を取り戻した彼女は自らの精神が汚染されていた事を自覚する。

そしてこの石が混沌を撒き散らそうとしている事を。


今ここで死ねば彼女の自我は失われる。

その想いさえも。


――させ……ない!


彼女はこの凶悪な力を次代に残さぬため、彼女自身であるために己に封印を施す。

自らの命を用い、その身に宿った魔力……己自身と石を全力で封印した。


だが死に際で用いた彼女の魔法では封印は不完全であった。

封印できたのは膨大な力の大半と消えゆく生命の欠片のみ。

肝心の召喚石そのものは魔力こそ手に入れられなかったものの、封印を免れる事に成功していた。


そして何より不幸な事に、ファウストを討ち取った魔族――。二代目の魔王はネクロマンサーでもあった。


その魔族は自らの強さを誇示するため、さらなる戦力強化のため、力の大半を封印し抜け殻となったファウストを戦う死体として利用した。


その魔王はファウストの記憶を読もうとし――。


心を、汚染された。



そうして石は歴代の魔王を渡っていく。

だが石は歴代の魔王達がファウストほどに力を持たず、自らが復活するには取るに足らない事を知っていた。

故に意図的に混沌を撒き散らしたファウストの時と違い、静かに力を蓄える方向に動く。


そうして石は歴代の魔王達に受け継がれる。

代々の魔王の心を汚染して、死に際にその力を奪い、少しずつ力を溜めて。


しかしこのままでは、力を得るまであと数千年は少なくともかかるだろう。

それよりは初代魔王ファウストに封印されし膨大な魔力を解放したほうが効率的だ。

それがあれば自らを顕現させるに足る魔力を集められる。


そう考えた悪魔は何度か歴代の魔王を操り魔王をネクロマンサーに仕立て上げた。

そうしてファウストの肉体と己自身を継いでいく。

封印を破る機会を待つために。


最初の魔王から約千年、幾度も世代交代を重ねデルラと呼ばれる女性が魔王になった時、ついに転機が訪れた。


いかなる行為でも決して綻びすらみせなかった封印が、冒険者達との立会いで初めて揺れたのだ。


魔王デルラは思考する。

他の冒険者達が何やら声をかけていた。

何かしらきっかけがあったのだろうか、と。


……いや、千年解けぬ封印がただの声掛けで揺らぐはずがない。


理由は分からないが、あのマリーという冒険者がなにかをしたのだろう。

そう考えた魔王デルラは再びファウストとマリーを対峙させようと画策する。

陽動として人の領地に魔族を送り込み、暴れさせている間に開拓村を襲ったがマリーは見つからず失敗に終わった。

だが送り込んだ魔族達より探している者と容姿が似ている者が暴れていると聞き、急遽龍に乗り単騎で敵の領地にいる魔族達と合流した。


魔族達はほぼ劣勢であったが彼女には問題ない。

卓越した死霊術を用いて劣勢を逆転させると、封印を揺らしたあるマリーを、いや封印を真に揺らしていた者を見つけてファウストをぶつけることに成功していた。


―――



戦場でリッちゃんとメイはファウストと対峙している。

リッちゃんとメイの目的は二つ。

一つはファウストを押さえ込み無力化すること、もう一つは本当にファウストが死んでいるかの確認だった。


本来ならば生きていることなどありえないはずだが、声をかけ、縁のある攻撃をするたびにファウストは動きを止めていた。


……もしかすると、その膨大な魔力でわずかに意志を残しているかもしれないと考えて彼女たちは語り掛ける。


「ファーちゃん、黒龍を倒したときは楽しかったね」

「その後に山を一部吹き飛ばしたことで王国から怒られましたが……」


リッちゃんとメイ、二人は防御の壁越しに話しかける。

先ほどまで魔法も使っていたが、今はもう語りかけるだけになっている。


「ほらファーちゃん、よく寝る前に読んで聞かせたよね『わるいあくまとひかりのかみ』のお話。僕は覚えているから読んであげるよ」


リッちゃんがおとぎ話を読み始めると、攻撃をしていた手が完全に緩む。


「――。」



それからリッちゃんは歌うようにおとぎ話を聞かせていく。



――むかしむかし、世界に『こんげん』しか存在しなかったころ。『こんげん』は自分のからだを二つにわけました。


ひとつはひかり、ひとつはやみ、それぞれが混ざりあって、時には分けあって世界がつくられました。

くさも、木も、人さえも二つを混ぜ合わせて作ったのです。


ひかりはかつりょくとゆうきを与えて人をみちびき、やみはあんそくと終わりを与えて命を休ませ、ときに消しさりました。


あるとき、やみとひかりに心がうまれます。

やみとひかりはそれぞれ悩みました。


『どうして僕らは光のように輝いていないの?』

『僕だって君みたいに安らぎを与える事はできないよ。僕だけなら皆ねむれなくて疲れちゃうよ』


いろんなところでいろんな生き物達が心を持ち始めます。

心を持った人々は光と闇をおそれ敬いました。


たくさんの心から湧き出るたくさんの想い。

それが闇と光にも影響を与えます。


光は秩序をまもるようになりました。

闇は混沌をもたらして世界をかき混ぜる役割を担いました。


のちに光と闇から派生したかれらは『精霊』や『悪魔』と呼ばれました――。



もはやファウストは攻撃していない。

リッちゃんが話を聞かせている間、ファウストの動きは完全に停止していた。


「ファーちゃん、やっぱりそこにいるんだね……」

「ご主人様……。近づいては……」

「ううん、大丈夫。スキルを解除して」


リッちゃんはスキルを解除させると彼女へと近づいていく。


「ファーちゃん……」

「ァ……」

「ごめんね。待たせちゃったね。ただいま」

「ア……ああ……。お父様……」


永く封じられた心に、懐かしい声が届く。


懐かしき声、懐かしき物語を聞きながら彼女は僅かに眠りから覚めた。

本来ならありえるはずのない、死者の身体と生命の不和。


その不協和音により肉体は急速にひび割れ、ファウストは自らが在るべき姿、在るべき場所へと還り始めたのを理解する。


この滅びゆく体に時間はほとんど残されていない。


だが。

だからこそ。


最後に残された時間で、伝えねばならない。


それは言えなかった言葉。

伝えそこねた想い。


――消えゆく前にこんな事を伝えるのは失礼だろうか。


その事が少しだけ頭をよぎるも最後くらいはワガママを言って甘えよう。


「お慕いしております。お父様……」


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