第133話 亡者
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……かなり距離があるのに届くのかよ。
「これで良い。貴様らのガラクタはハエが湧いて鬱陶しいのでな」
一応、更に後方にある空中船は無事だ。
残った僅かなペガサス隊もそこに逃げ込んでいる。
だけどこれじゃ近付けねえな。
「さあマリーよ。余の遊びにしばし興じて貰おう」
「悪いが相手は間に合ってるんでな。一人で慰めてくれ」
アタシの言葉には答えず、魔王が指を鳴らす。
それとほぼ同時にファウストが構える。
「おいおい、自分は高みの見物とか――」
アタシが言葉を言い終える前に、ファウストが一瞬で間合いを詰めてくる。
飛び退く暇もない。
マズイ、手刀の構えだ。
ファウストは手を大きく振りかぶると――。
手を振り下ろす途中で攻撃が弾かれ停止する。
……メイのスキルで防いだのか。
「お姉さま……。そのような姿になっても攻撃前の癖は変わらないのですね」
メイが優しく語りかけてくる。
だが目に見えた反応はない。
「お姉さまの攻撃は……私が防ぎきります」
「ああ、それじゃ行くぞ。エリー、最悪はアレを使うぞ」
「分かりました。ですが今は眼の前の事をなんとかしましょう」
仲間達とやり取りしつつ、宰相のおっさんに目配せをする。
おっさんは頷くと、気付かれないように少しずつ兵を引かせていく。
ペガサス騎士団も街の方にいった。
多分だが街の中で暴れてるゾンビ共の駆除に行ったんだろう。
実際、兵士達が居ても邪魔なだけだ。
それなら他の場所を支援させた方が有用だ。
「なかなか作戦通りには難しいね……」
「ご主人様……。ですがこれはチャンスでもあります。こちらから攻めましょう」
最初の作戦では魔王と対峙したとき、リッちゃんとメイがファウストを惹きつけてアタシが魔王に切り込む予定だった。
だけどアタシを狙ってくるなら作戦を変えないとな。
「ほう……? これほどの防御とは、中々に面白い能を持つ。これなら殺す心配もなく攻撃できるというもの」
「残念だがファウストはアタシの前に先約があるんでな。アタシばっかりに構ってると嫉妬されるぜ?」
強がってみるが正直ヤバい。
今の攻撃も正直見えなかった。
メイが防壁を張ってなきゃ初撃で終わってたんじゃねえのか?
だがチャンスはある。
なんか知らねえが、コイツはアタシを狙ってきているからな。
だったら誘いにのってやるのが一番だ。
アタシは“練気”を全身に使い、エリーに身体強化の魔法をかけて貰う。
「メイ、次にアタシが合図したらスキルを一旦解くんだ」
なぜか知らないがアタシを殺すつもりはないみたいだからな。
逆手に取らせてもらう。
ファウストが何度か攻撃をして手を止めたその時――。
「今だ!」
アタシの掛け声とともにメイがスキルを解除する。
さあ、行くぜ?
まずはファウストを抑え込む。
そのために――。
あえて、魔王デルラを狙う。
空中を駆け上がり、一気に詰め寄る。
“練気”を使いこなせるようになったお陰で身体能力が強化されている。
動きが軽い。
一撃で敵を倒すにはコレだ。
アタシは両手に魔力を溜め、鳳仙花を放つ態勢に入る。
「落ちな」
上手く行けば一撃で落としてやる。
だが、そうはさせねえよな?
――攻撃を仕掛けた手はファウストによって防がれた。
……まさか振り抜く途中の手を掴むとはな。
完全に出し抜いたつもりだったが、反応が早い。
「残念だが貴様ごときに余は取れぬ」
「だが、ドラゴンは落とせそうだな?」
「何っ?」
魔王が視線を移す。
アタシのキレイな片手に見惚れて、ドラゴンがおろそかになってたか?
最初っから首を取れるなんて思っちゃいねえよ。
まずは足を止めねえとな?
「弾けな。鳳仙花!」
アタシは片手の魔法をファウストに、もう片方の魔法をドラゴンの首をめがけて魔法放つ。
「さあ、また落とされるな? 二回も墜落するってどんな気持ちだ?」
「下郎が……。【昏き者の魂は呪詛によって繋ぎ止められん】〈アンデッド・ヒール〉」
アタシが魔法で吹っ飛ばすも、魔王が何やら呪文を唱えると千切れかけていた首が停止した。
……首の皮一枚で繋がったってトコか。
だったら追撃を――。
いや、完全には回復してないようだ。
「この人形をも潰すとはな。忌々しい。しかし打ち合うも今だ変わらず、か……。偶然だったか? それとも他に理由が……?」
「なんの話をしているのか知らねえが、アタシ達の攻撃は終わってないぞ?」
エリーとリッちゃん、二人の準備ができたようだぜ?
「【……光の衣は鎖を断ち切らん】〈ホーリーカーテン〉」
「〈真・炎蛇陣〉」
光のカーテンと炎の蛇が同時にファウストをめがけて突き進む。
エリーの魔法はかつてダンジョン攻略でも使った対アンデッド用の魔法だ。
アタシには利かないが……。
ファウストとドラゴンはどうかな?
「くっ……。聖魔法か。【黒き衣よ。人形を覆い隠せ】〈ブラッククロス〉」
ドラゴンの身体は聖魔法を浴びてあきらかに動きが鈍くなった。
一方でファウストは体に黒いオーラを纏わせて攻撃を防いでいるようだ。
「ドラゴンの身体が焼けて苦しそうだな? アタシのもついでに受けてくれ」
今度は刃を構えて斬りかかるが、ドラゴンが大きく羽ばたき後退する。
まだそんな力が残ってたか。
「〈雷槍陣〉! ファーちゃん、悪いけど僕も本気で行くよ……」
そこでリッちゃんから魔法の追加攻撃が来る。ナイスだ。
十数本の雷の槍が、魔王とドラゴン、そしてファウストに突き刺さる。
この攻撃には流石の魔王も守りに入る。
ファウストも同時に動きを止めたようだ。
これくらいなら反撃してくるかと思ったが……。
「厄介な攻撃だ。……しかし、揺らいだな。とすると原因はマリーではないのか?」
「? なんか知らねえがもっと攻めてやるよ」
「マリーよ。貴様が原因でないのなら見極めが必要だ」
「さっきから何言ってやがる? 説明しろ」
魔王がそれに答える様子はない。
目的が分かれば隙を突けるんだが……。
「何がきっかけで余の人形が揺さぶられているかを見極めてやろう。ここへ来るがいい」
魔王の奴、更に奥へ引っ込みやがった。
逃げるつもり……いや違うな。
アンデッド達が蠢くど真ん中に降りると、魔王はドラゴンの上に座りなおす。
……さっきのリッちゃんの攻撃でドラゴンに限界が来たのか。
そして魔王が鎮座する少し手前、空中にファウストが浮かんでいる。
太陽も落ちて薄暗くなり始めている。
一部の魔族も出てきたようだ。
魔王の周りを囲うように集まってくる。
「余を倒さねば死者の歩みは止まぬ。死者と永遠に戯れるか、余の首を獲ろうと無駄に足掻くか選ぶが良い」
音声魔法で拡大されて、声が届く。
つまり、魔族とアンデッドの混成部隊、そしてファウストを乗り越えて刃でクビをはねろ、と。
……分かりやすい解決方法ありがとよ、クソが。
「エリー、味方と連絡できるか……?」
「さきほどから試していますが……どこも乱戦状態、もしくは混乱状態のようです」
状況を確認する。
宰相のおっさんと兵士達は撤退してる。
岩壁を壊されたらヤバいが、アンデッド達にそこまでの知能はないようだ。
だがファウストが一撃でも魔法を撃ち込んだら壁ごと吹き飛ばされて敵がなだれ込むのは間違いない。
そうなったら一気に戦いが傾く。
岩壁があるお陰でこちらのアンデッドの大半は街へたどり着けない。
そして相手もこっちに何かを仕掛けさせたいみたいだな。
眼の前には大量のアンデッド部隊。
さてどうする……?
「私に任せるのですよ! 私のスキルで敵から魔力を吸い取るのです」
「勇者ちゃん……。逃げたんじゃなかったのか」
「逃げていないのです! 横になって力を休めていたのですよ!」
ぷりぷりと勇者ちゃんが怒っている。
すまんな。敵に夢中で気が付かなかった。
勇者ちゃんを魔王にぶつけて……。
駄目だ。敵が多すぎるし、途中にファウストがいる。
メイやリッちゃんがファウストに当たるにしても魔法が使えないんじゃ話にならない。
「ちなみにファウストの魔法は吸収できそうか?」
そう聞いてみると勇者ちゃんは難しい顔をする。
「打ち込んでくる魔法は吸い込めると思うのですよ。ただマリーの使う魔法に少し似ているのです。完全には消しきれないかもなのです」
そういえばファウストの魔法は魔力を固めてぶつけているだけだったか。
ある意味アタシが使う基礎魔法の超強力版だからな。
消しきれず余波でダメージを受けるのも困る。
アタシ達が魔法を使えないなら一方的に削られるだけだ。
「じゃあ勇者ちゃんが最初に道を作ったら、後は……」
「私の魔法で浄化しましょうか?」
「そうか。エリーの魔法があったな」
エリーがさっき使った聖属性魔法なら今回の場に適任だ。
あとはメイのスキルとリッちゃんの魔法で押し込む……行けるか?
「数が多いな……」
「だけどここまで来て引くわけには行かないよ」
「ええ、ご主人様の言うとおりです。ここで逃げたならお姉さまに笑われてしまいますから」
二人ともやる気は十分のようだ。
……だったら決まりだな。
「よしっ、勇者ちゃんは突撃して道を切り開いてくれ。アンデッド達やファウストの攻撃はそのまま魔法を吸収して無力化だ」
「任せるのですよ!」
「次にエリーは勇者ちゃんの効果範囲を抜けたら聖魔法で敵を攻撃してくれ」
「分りました」
あとはリッちゃんとメイにも移動しながらの魔法と状況に応じたスキルを使うように伝えておく。
「それでは行くのです!」
勇者ちゃんが敵陣へと単騎突撃する。
流石勇者ちゃんだ。




