第131話 援軍
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魔族が突撃して十分くらいが経過しただろうか。
いまアタシは岩壁を背にしてチマチマ敵を削っている。
正直、アタシ一人の力じゃどうしようもないからな。
適当に嫌がらせをして後退する予定だったがハシゴやらをかけて岩壁の上に登ろうとする敵をぶん殴ってたら逃げ時を見失ってしまった。
こっちも攻め手が足りねえ。
これじゃ破られるし、防御の兵士達もすり潰される。
(――……リーよ)
ん? なんか聞こえたような……
気の所為か? 最近空耳が多いな。
(マリーよ。聞こえているか。味方が来た。これより攻撃に入る。これにより作戦は完成だ。一旦引け)
「んわっ!? イキナリ頭の中に話しかけんじゃねえ!」
急に念話が飛び込んでくる。
子爵の声だ。
イキナリ話しかけられて焦ったが、撤退しろと言うなら喜んで撤退するぜ。
アタシは空中へ跳ね上がると、岩壁を思い切り飛び越える。
さて、エリーのいる場所に一回戻るか。
「あ、マリー! 連れて行ってほしいのですよ!」
勇者ちゃんがシナシナになってヘバリながらも声をかけてきた。
「悪い! アタシも消耗が激しいから無理だ! 一旦回復して来るから待ってろ!」
「ああ、そんなひどいのですよ。私はここで捨てられるのです……」
おい。人聞きの悪い事言うな。
勇者ちゃんのノリが良いのは構わないが周りの兵士達にあらぬ誤解を与えてそうだ。
心なしか兵士の目が冷たい。とりあえず勇者ちゃんは後で説教だな。
アタシは一人、街の防壁まで移動する。
途中、下の方に目をやるが、〈変身〉して襲ってきていた魔族達は大半が倒れていた。
概ねこっちが有利なようだな。
「ん? 影……?」
いくつかの影が、アタシの上空を駆け抜けていく。
なんだ? 何がアタシより高くを飛んでんだ?
見上げると、いくつもの魔獣が空を駆け抜けていた。
数は……千に満たないってトコか。
「あ、あれは……」
「知っている……。あれこそが王国が扱う最高戦力、ペガサス騎士団だ」
「まさかこれ程の数がいたとは……。聞いていたよりだいぶ多いぞ」
下から兵士や冒険者達の声が聞こえる。
ペガサス騎士団……。王都に行ったとき見かけた気がするな。
「お疲れ様です。マリー。大分消耗したようですね……。それにリュクシーちゃんの姿が見えませんが?」
「ああ、勇者ちゃんなら岩壁の方に置いてきた。魔法の砲撃なら盾にもなるしな」
勇者ちゃんが無事だと伝えるとエリーがホッとしていた。
防壁の上に戻ると、エリーが出迎えてくれる。
子爵のオッサンもいるな。
「エリーよ。ご苦労であった。しばらく休んで王国精鋭部隊の実力を見ているといい」
王都の精鋭部隊か。
確かにペガサスに乗って空を飛ぶ兵士達の戦いなんてそうそう見れるモンじゃない。
騎獣の育成や躾、専用の兵士たちの選別と訓練、どれをとってもコストがバカ高いしな。
お手並み拝見といこうか。
その前にアタシ自身が回復してからだけどな。
スキルを使って体を回復させてから戦地に戻るとペガサス隊が空を自由に駆け回っていた。
ペガサス隊の攻撃は分かりやすい。
まずは高いところから矢で射撃を行う。
次に討ち漏らした敵や〈変身〉して強くなってるやつには急降下し、相手の射程ギリギリから爆弾のようなものを投げつけて攻撃して倒している。
同じように空を飛べる魔族達が応戦しているが、ペガサス騎士団のほうが動きが早くて連携に優れているようだ。
ペガサス隊は動きをペガサスに任せて魔法を唱えるのに集中できるのも強みの一つだな。
弓と魔法で応戦された敵は、なす術なく倒れていく。
「凄いですね……」
「ああ、かなり訓練されているな」
この状況でコレは有り難い。
気がつけば日も傾き夕暮れになっている。
もう少しすれば完全に日が沈むな。
そうすれば夜に特化した魔族達が出てくるが、これならその前に片付けられそうだ。
上手く行けば夜の敵とは戦わなくて済みそうだ。
「我と宰相殿が必死で詰めた策略である。なかなかの余興であろう?」
「ああ。予想外の成果だ」
子爵のおっさんも見物に回っている。
しかしこのオッサンも意外とやるな。
結果だけ見れば敵の攻撃を封じて壁で分断、高所からの一方的な攻撃だからな。
貴族のデキる事なんて平民相手には威張って、仲間内では茶飲み話をしながら足元を踏みつけあう遊びをしてるだけかと思ったぜ。
「悪いがアンタを誤解してたようだ」
タダのケチなオッサンだとしか思ってなかった。
ここまで戦略を練れるなら優秀なんだろう。
「良い。此度の戦は金が王都持ちであるのでな。唯一、土木隊……ゴホン、兵士達を失うリスクがあったがそれも山場を超えたと言える」
おい。今、兵士の事を土木屋扱いしようとしただろ。
街の補修工事でちょくちょく兵士がこき使われてるって噂があったが本当だったのかよ。
「お前、貴族のくせに金の事ばっかりだな?」
「ふむ? 変わった事を言う。金無くして領地は回らぬ。貴族は確かに金の事に関して配下に投げる者も多い。しかしそれこそ金の無駄と言うものだ」
何言ってるんだこいつは。
その道のプロに頼むのが道理だろうが。
代替わりした貴族が下手に口出しして産業を崩壊させるなんてよく聞く話だぞ。
「分からないと言う顔をしているな。ならばドゥーケット家の家訓を教えよう。『自分でやれば金はかからない!』だ」
「……は?」
「詰まるところ算術に明るい者や戦術家を雇わなくても幼少より己が身に叩き込んでしまえばコストをかけずに相応の成果を出せるというもの」
なんだその貧乏時代についた癖がそのまま家訓になったような座右の銘は。
普通は効率悪くて途中で諦めるだろうによくやるぜ。
「領地経営も同様である。金はなるべく自分から出さず無駄を省き、できうる限り自分でこなす事で他者に依頼する際も知識と経験を持って当たる事が出来る。これがドゥーケット流節約術である!」
つまり事実上の英才教育を受けて育ったと。
心構えは立派だが、貴族はガンガン金使ってアタシ達を潤わせろ。
一方でメイとリッちゃんが隣で感心している。
「上に立つ者が徹底した自己鍛錬で己を磨くなんて……なんて立派なんでしょう……」
「そうだね、こんなに立派な人が領地にいるなんてラッキーだねぇ」
リッちゃんはともかく……メイ、お前ご主人様であるリッちゃんと比較して感動してねーか?
子爵の会話中、ちょっと羨ましそうにしてただろ。
リッちゃんはリッちゃんで頑張って……、頑張って……?
うん、まあとにかく一生懸命にオヤツ食べたりメイに甘えたりゴロ寝して頑張ってんだよ。
一応、趣味の研究もよく没頭してるし。
うん、頑張ってる頑張ってる。
「さて冒険者チーム『エリーマリー』よ。再度の一働きしてもらおう。岩壁を乗り越えてくる魔族達をペガサス隊と連携して追い払ってほしい」
子爵のオッサン曰く、ペガサス隊は補給のためにどっかに停泊する必要があるらしく、そう長く攻撃は続かないらしい。
そのため、補給隊が来るまで戦線が崩壊しないようフォローをしてほしいそうだ。
「別に構わないけどよ? さっきみたいに悪魔を召喚されたら岩壁ごと破壊されるぜ?」
「相手にその勇気があればな。先程悪魔を撃退した冒険者マリーと勇者リュクシーの姿があればコストのかかる悪魔や精霊を迂闊に出せぬだろう」
つまりアタシや勇者ちゃんが顔見せするだけで警戒する、と。
確かに敵もノーリスクで召喚してる訳じゃないか。
魔族にも顔が覚えられて光栄だぜ。
今の勇者ちゃんは砦で干からびてるけど、それさえバレないようにしとけば大丈夫だな。
エリーやリッちゃん達と共に移動する。
街の防壁から岩壁までにいた敵はほとんどが倒されていた。
一方でこちらの被害は軽微だ。
「勇者ちゃん、待たせたな。仲間を連れてきたぞ」
「あ、マリー! 遅いのですよ! 何度か魔族たちが攻撃してきたのです!」
勇者ちゃんが少し元気になっていた。
だいぶ体力が回復したようだな。
もう少しで戦えるか。
「そりゃすまなかったな。あとはアタシ達に任せ――」
「その必要はないぞい」
ん? この声は宰相のおっさんじゃねーか。
どこにいる?
「上じゃ、よく見んかい」
上?
上なんてペガサス以外何も……。
なんだありゃ?




