第130話 原初の刃
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悪魔はアタシ達の数倍はありそうな大岩を串刺しにして持ち上げ、勇者ちゃん目掛けて叩きつけようとしてくる。
「ンン……魔力消費ガ大きイネ。この子のセイかナ?」
「させねえよ!」
「ン? 割と速いネ。まア良いヤ。間に合わナいネ」
アタシは加速して近づく。
だが距離が少し足りない。
このままじゃ間に合わず潰される。
それなら……。
「あ、足元が! 落ちるのですよ!」
「安心しな。アタシが今作った穴だ。……間に合ったな」
アタシは地中の奥深くを土魔法で操って、アタシごと勇者ちゃんを穴に落とした。
落ちた勇者ちゃんに引っ張られる形で悪魔も体勢を崩し、穴に引きずり込まれる。
悪魔が持ち上げていた大岩は勇者ちゃんに当てられず、地上の穴を半ばふさぐ程度にとどまった。
……だいぶ下の方に穴を開けたつもりだが、勇者ちゃんの影響で魔力の消費が大きいし効果も弱い。かなり魔力を失ったな。
だがそれはさっきから棘を生成してる相手も同じはずだ。
……悪魔と我慢比べとかやりたくねえな。
「気持ちワルイ奴ネ」
悪魔は不愉快そうな顔を隠さなくなってきた。
爵位持ちかなんか知らねえが随分と余裕がねえな?
「そのままもう一回、勇者ちゃんに抱かれてイっちまいな」
「威勢いいネ。ダケど私ノ攻撃終わっテナイヨ?」
その時、頭上の岩にヒビがはいる。
そのヒビ割れがどんどん大きくなって崩れ始めると、アタシ達の頭に降りかかってきた。
マズいな。
生き埋めになる。
降りかかる岩……。いや、崩壊して砂だなこりゃ。
この砂から見を守るため、アタシは攻撃を中断し勇者ちゃんを全力で引っ張ると、“練気”で強化された脚力で壁を無理やり駆け上がる。
……ヤバかった。ギリギリだった。
アソコで勇者ちゃんと生き埋めになったら今の魔法じゃどうにもならねえ。
勇者ちゃんのスキルはとことん共闘するのに向いてないな。
「オやおヤ。人間は弱点ダラけデ悲しイネ」
悪魔が土の中からヌルリと這い出てくる。
マズイな。
“練気”で強化できるとはいえ、直接殴り合ったら瞬殺されるぞ。
「私の魔法ハ崩壊ヲ司ドるヨ? 私が突き刺したモノは確実ニ壊せルネ」
……つまりあの針で突き刺されたら体が崩壊するって訳か。
厄介な魔法だな。
「勇者ちゃん。あとどのくらいで吸い切れそうだ?」
「分からないのです。多分もう少しだと思うのですよ」
分からない……か。
悪魔の魔力を測ろうってのも無理な話だな。
「よし、作戦だ。さっきの魔法を――」
「お喋リ楽しソウネ。デモ駄目ヨ」
悪魔が一瞬で距離を詰めてくる。
狙ってきたのはアタシだ。
のんびり話もさせてくれねえってか。
「オ前、マだチカラを使えなイ内に倒すネ」
「くっ……迫ってくる時と場所をわきまえな!」
アタシは足に“練気”を纏わせ蹴りつける。
蹴りは僅かに悪魔の肉体を削り取り吹き飛ばした。
……少しだけ距離を取ることができたな。
「ソのチカラにモ原初の力、混ざってルネ。危険」
「危険危険うるせえな。危険な日に女の子に迫ってくんじゃねえ」
距離を取ることができたが……、このままじゃジリ貧だな。
「勇者ちゃん。一気にカタをつけるぞ、二人で突撃するんだ。アタシの合図で魔法を解放して直接ぶつけてくれ」
「魔法を解放……。わかったのです! 分の悪い賭けは嫌いじゃないのですよ!」
よし、やりたい事が伝わったようだ。
分かってくれて嬉しいぜ。
普段から分の悪い賭けをやってる奴は一味違うな。
こういう時賭けに勝ってくれるならいくらでもカジノで負けていいぞ。
「いくぜ!」
「ハイなのです!」
アタシ達二人で突撃する。
「ン? 攻めテ来るノ? 手間ガ省ケるネ」
棘が勇者ちゃんを目掛けて……途中で曲がりアタシに向けられる。
勇者ちゃんを狙うフリして、アタシを狙ってきたか。
そりゃ身体が自由なら攻撃が通じない勇者ちゃんよりアタシを狙うよな?
「甘いぜ」
肉体を“練気”で強化して、アタシは悪魔野郎は急速に距離を詰める。
「かかったネ」
「マリー!」
直接拳で殴りかかってきた。
拳には棘がビッシリだ。
最初の棘は囮ってワケだな。
だけどよ、こっちも読んでんだよ。
それくらいはな。
そのために勇者ちゃんと二人で突撃したんだからよ。
……ここだ!
悪魔が拳を振り下ろしてくる。
コイツは前に戦った精霊より少し動きが遅いが、それでも捉えるのは至難の技だ。
そしてマトモに当たれば即死級の威力。
……だからこそ、あえて躱さない。
そのまま拳がアタシの顔に近づき貫こうとして――。
悪魔の拳が砕けた。
「エッ……。なんデ?」
「お前らが言う原初の力っていうのは、よく分からねえがお前たち悪魔の天敵なんだろ? それを発したのさ」
正確には出したのはただの魔力だ。
感覚はつかめてきているが原初の力とやらをいきなり使うのはリスクがあるからな。
実際、さっきからそれで攻撃しようとしてるが“練気”と混ざっちまってる。
だけど魔力なら、混ざっても勇者ちゃんが取り除いてくれるよな?
それならたっぷり力を込めて悪魔にぶつけるだけで良いんだからよ。
「礼を言うぜ。お前と勇者ちゃんのお陰でアタシは練気と……“原初の力”を使えるんだ」
「私……ノ、セイ? 私ガお前を強ク? 訳分かラないネ」
まあ、すぐに使えるってわけじゃないがな。
勇者ちゃんのスキルで吸収されない魔法のようで魔法じゃないチカラ。
魔法と練気、そして原初の力。
その二つを認識することでそれぞれ少しだけ操れるようになったのは確かだ。
この悪魔との戦いが無けりゃ、もう少しモノにするまでに時間がかかっただろうよ。
……驚いて動きが固まったな?
「勇者ちゃん!」
「任せるのです! 魔法を放つのですよ!」
勇者ちゃんが悪魔に触り、今までに溜めた魔法を放つ。
すると悪魔の体に一気にヒビが入り、大きく裂ける。
「ナ……ニ? コレ……ハ……?」
「タダの魔法さ。数百人か数千人分か知らねーが、それを徹底して集約した……地面ごと防壁を砕くような、それだけの魔法だ」
さっき魔族共が使ってた、地面をかち割る魔法を直接叩き込んだんだ。
たしか『土喰い』だったか? それを食らって流石に無事って訳には行かねえだろ。
「コレは……身体……裂けル? マズいネ……」
「そしてアタシからの駄目押しだ。受け取りな」
アタシはさっき悪魔に刺したあと放置されて転がっていた刃を拾い、元の二本に戻す。
そして、腹と顔面の両方に刃をねじ込んだ。
「ア……ア……」
「普通に魔法を使うと勇者ちゃんに吸われかねないからな。中でイってくれ」
アタシは炎で中から焼く。
だが、これもすぐに勇者ちゃんに吸われてしまうようだ。
……効率が悪いな。“練気”を刃に通してみるか。
“練気”を通したその時、刃が震える。
ん? 何が……。
「マリー、武器が変化しているのですよ……」
武器を見ると、包丁サイズの二本の刃から伸びるように光の刃が飛び出し、悪魔の身体を貫いた。
……これは“原初の力”ってやつじゃねーのか?
「そんナ、原初のチカラで刃まデ? ソノ武器のオカゲ……?」
武器……?
そうか、この刃は基礎魔法しか通さないと思っていたが……“練気”も通さないのか。
それがフィルターみたいになって“練気”は通さずに基礎魔法の根本になってる“原初の力”だけを通した、と。
こいつは便利だ。
「身体に刻み込んでやるよ。特別にな」
アタシはそのまま武器を動かし、悪魔の身体を十字に切り裂く。
切り傷からは黒い霧が激しく漏れていき、それも勇者ちゃんに吸われていく。
……致命傷だな。
悪魔が抵抗をやめたのか、急にひび割れが大きくなる。
「う……ア……やルね」
「お前もな。悪いがそのまま消えてくれ」
「……悪魔ハ消えナイヨ。またドコかの魔石を使って生まれ変わル。世界の一部だカラね」
「おい、そりゃどういう事だ?」
「……語ラないヨ。悔しイからネ」
「おい、お前――」
ひび割れから霧を吹き出すと、体は本格的に崩れ、跡形もなく霧散していった。
空の色が元に戻っていく。
……どうやら倒したようだな。
「マリー! やったのですよ!」
「ああ……。一応の勝利だな」
勝ったのに不完全燃焼感がある。
何か知っているなら全部吐いてから死ね。
「疲れたのです。そろそろスキルが解除されるのですよ……」
勇者ちゃんも限界か。
だが、まだだ。
「勇者ちゃんは使い物にならなくなる前に自力で岩壁を登ってくれ」
「エリーはどうするのですか?」
「気にすんな。さっさと行くんだ」
アタシは近づいてくる敵をぶっ飛ばすからな。
これ以上の攻撃がないと信じたいが、万が一の場合はヘロヘロのヘッポコになった勇者ちゃんを守りきれる自信がない。
「ま、まさか爵位持ちの悪魔が破れるとは……」
「これでは最後の波を発動させても……」
「……ええい! もうここまで失敗続きなら、どのみち魔王様に消されるわ! 全軍突撃、発動だ!」
魔族達のやり取りが聞こえる。
なんかヤケに聞こえがいいぜ。
これも“練気”で強化してる効果か?
まあいいや。
全軍突撃だろうとなんだろうと、抗えるだけ抗ってやるさ。
「そ、それでは……最後の波、発――。そ、そんな!? 大変です! 後方から敵が奇襲をしてきました! かなりの手練れのようです!」
「何!? どうやって回り込んだ!? おのれ……」
「このままでは我々も……」
「部隊を分けて敵に当たらせよ! 全軍突撃は中止だ!」
敵の動きが鈍った。
……どうやら兵士達が奇襲攻撃を仕掛けてくれたようだな。
これでこっちへの攻撃も緩む。
魔力が少なくてもなんとかなるかもな。




