第129話 第三の波、そして四の波
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兵士たちの足音を聞いてリッちゃんはうんうんとうなずいている。
「うん! 転移門はちゃんと機能してるみたいだね!」
「リッちゃんは流石ですね」
「えへへ……」
エリーがリッちゃんを褒め、頭を撫でる。
「むう。ご主人様の頭は私も……」
リッちゃんが嬉しそうに笑ってる傍でメイがなんか言ってるが無視しとこ。
実際、今回はリッちゃんの手柄が大きい。
転移門の作成から設置までかなりの突貫工事だったからな。
何回も連続使用に耐えるだけの耐久性を確保するのが難しかったらしい。
「流石に魔重なんちゃらってのも止まったみたいだな。アタシ達も出て攻撃を――」
「いや、まだだ。よく聞け。敵は攻撃を緩めていない」
おやっさんが集音器の音量を調節して魔族の声を拾う。
「――このままでは第四の波が撃てんぞ! 第三の波を街の壁ではなく、今作られた防壁の破壊に使え!」
……まだ攻撃が失敗したわけじゃないのか。
少なくとも第三の波とやらは壁を破壊する力があるらしいな。
「さて、マリーよ。そして勇者リュクシーよ。出番だ。門前の魔族共を殲滅し、第三の波への対処を依頼する。依頼金については我は支払わぬが王都が払うように手はずを整えよう」
しれっと依頼金を王国に擦り付けやがって。
まあいいさ、どのみち出る予定だったしな。
「任せな」
「頑張るのですよ」
あの壁をぶっ壊せるくらいの奴だ。
なんかしらヤバイ事をしてくるんだろうが、勇者ちゃんなら魔族共ぶっ飛ばしてくれるさ。
壁まで結構距離がある。それに下は乱戦状態で下手に巻き込まれたくない。
「今回は勇者ちゃんと二人で飛んでいく。エリー達は他の冒険者を援護してやってくれ」
「任せてよ!」
「分かりました。……〈守護〉、〈身体強化〉。……気をつけて下さいね」
エリーが魔法をかけてくれる。
アタシは頷くと勇者ちゃんを背中に抱える。
リッちゃんは他の魔法使いと共に攻撃をするようだな。
さて、アタシ達も行くか。
「行く前に一つだけ。もうすぐ王都の兵も来る。攻撃に巻き込まれぬように注意せよ」
「分かった! 行くぞ勇者ちゃん!」
「任せるのです!」
「勇者ちゃんは味方の魔族ごと攻撃するなよ!」
「き、気をつけるのです!」
空を駆けて、目標地点まで一気に近づく。
さっきまで死んだふりをしていた兵士達は空にいる魔族と地面にいる魔族、両方からの攻撃に耐えていた。
流石に硬いとはいえ攻撃を受け続けてるとキツそうだな。
「よう兵士さんたち。さっきは助かったぜ」
「お前は冒険者マリー!。……まさか飛んできたのか!?」
「まあ、そんなトコだ。さあ、反撃するぜ」
アタシはサンダーローズを空の魔族たちに撃って牽制する。
こいつらが第三の波ってわけじゃないだろう。
どっかにきっかけがあるはずだ、戦況を変えるほどの大きなうねりを引き起こすきっかけが。
「勇者ちゃんはしばらく兵士と一緒にいてくれ! アタシが敵を釣り出す!」
「分かったのです!」
アタシはそのまま下へ、岩壁で動きが制限された魔族がうじゃうじゃいる方へ降りた。
「なんだ? アイツ落ちて……」
「いや、空中で止まったぞ!」
「ちっ、この間から暴れてる女ってのはアイツか!」
魔族達がやかましいが、構っている暇はない。
適当に雷と炎で牽制してやる。
魔族による直接攻撃だけじゃないだろう。第三の波とやらはどんな手で攻めてくる気だ……?
ん?
あそこで魔法を唱えてるあの魔族……まさか悪魔召喚か!?
もう一回悪魔で叩くのが第三の波って訳か。
よし、アイツをぶっ叩いて攻撃を中断させてや――。
「今だ! 第三の波、発動!」
その時だ。敵の掛け声とともに、遠くで魔力が大きくうねるのが見える。
あれが第三の波……?
まさか、こっちの悪魔召喚は囮か!?
「……連携魔法『山喰い』」
誰かが発したその声に応じるように魔族たちが慌てて飛び退く。
退いた場所から次第に地面がひび割れ、大きな溝を刻み込んでいく。
くそっ、地割れで岩壁を砕くって事か。
マズイな。魔法の速度は遅いが対処する方法がない。
「任せるのですよ! スキル〈吸魔〉発動なのです!」
勇者ちゃんが飛び降りて来ると、スキルを発動させる。
すると、地割れは勇者ちゃんを飲み込む寸前で急停止した。
……スキルで魔力を吸い取ったのか。
「クソっ、あれほどの魔法でも妨害されるのか。このままでは……」
「……仕方ないっ! このまま作戦を続けろ! 第四の波発動!」
まだあるのかよ。
いい加減にネタ切れでもいいのによ。
魔族の掛け声とともにさっきまで呪文を唱えていた敵が急に押し黙る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「【――常闇の盟約よりこの地を破壊せん】〈召喚・男爵級悪魔タチ・バローネ〉」
くっ、囮と見せかけて本命だったのか。
マズい。
空の色が変わり、世界から隔離された事を理解する。
この空間はどこまで続いている?
アタシ達を超えて……岩壁まで範囲に入っているようだ。
マズいな。
悪魔の進行を止めなきゃ壁が破壊される。
出てきた一人だけ。
黒髪で一見普通の男性のようだ。
体はマントに隠れて見えない。
「ンー、契約だからキタけド、ナニスればイイの?」
「悪魔タチ・バローネよ。眼前の壁を破壊しつくせ」
「リョーかイ」
よりによって爵位持ちかよ。
マズイな。
これじゃそのまま叩き潰される。
どうにか裏を書いて……。
「私に任せるのです!」
「おいまて、勇者ちゃん!」
勇者ちゃんが一人、悪魔に向かって駆け出していく。
マズイ、勇者ちゃんは前の悪魔との戦いで油断しているのか?
アイツらはそんなにヤワじゃないんだぞ。
「ンー、馬鹿が一人……。はいサヨナラ」
悪魔の体……マントの陰から棘が鋭く伸び、勇者ちゃん目掛けて突き刺さる。
――早い!
アタシは慌てて駆け出すが、凄まじい速度で棘は伸びていく。
くそっ、間に合わ……。
「無駄なのです!」
「ン? ナニ、おマエ?」
悪魔の棘は、勇者ちゃんの身体に刺さる直前に、黒い霧となって消えていく。
「勇者ちゃん! 無事か?」
「心配ないのです! 私のスキルは悪魔にも通用するのです! 訓練で学習済みなのですよ!」
そうか、勇者ちゃんのスキルは悪魔の魔力も吸収するのか!
こいつは朗報だ。
「エッ、嫌なスキル……。私の身体、一瞬コの世界から消えタヨ? ウソみたいなヤツ……」
悪魔の身体は魔力を使ってこの世界に顕現している。
大元の魔力が無くなれば、この世界にいられなくなる。
分かっていたからイキナリ突っ込んだんだな。
勇者ちゃんがそのまま突撃して、悪魔の身体に触れると、一気に体が崩れる。
「あらラ……身体が持たナイ……?」
「私のスキルは魔力を吸うのですよ! 悪魔の体の魔力を吸う事で、貴方をこの世界にいられなくするのです!」
勇者ちゃんが思い切り悪魔に抱きつくと、悪魔の体が黒い霧となり大きく崩れていく。
……だが、悪魔はまだまだ健在だ。
「魔力量が……多い、のです!」
「……このママじゃ、マズいネ。体ガ、崩れル前に倒さナいとネ」
勇者ちゃんでも吸い切るまでに時間がかかるか。
その間の時間は稼がねーとな。
そこで悪魔が拳を作り大きく振りかぶる。
悪魔の奴、体が崩れるより早く打撃を与えるつもりか。
悪魔の力は強大だ。
このままマトモに食らったら勇者ちゃんでも吹っ飛ばされる。
「ジャ、死んでネ」
「ま、マズいのです!」
「させねえよ」
アタシは二本の刃を金属魔法で一つにし、悪魔の拳にぶっ刺して地面と縫い付けた。
「ンー? おマエ、ナニ?」
「教えねえよ。女の子には秘密が多いんだ」
炎や雷は使わない。
勇者ちゃんが吸収してしまうからな。
あえてそのまま思い切り顔面を蹴りつける。
……やっぱりあんま効かねえか。
「面白イ人間ネ。ムダな努力ヨ?」
「アタシはお前を邪魔できればそれでいいんだよ」
「ムだだヨ。お前、先に死んデ」
悪魔の髪の毛が数百本、棘になってアタシに向かってくる。
……さっきより早いな。
「武器を捨てタおマエ悪イネ。おマエ、串刺シだヨ」
思い切り右に飛んで躱したが、交わした方向に棘が曲がる。
ちっ、ファイアローズで焼いて……、勇者ちゃんに近すぎるな。
駄目だ、威力が弱すぎる。
とりあえず何でもいいから牽制を……。
アタシはやぶれかぶれで体内の魔力を練り上げ、そのまま放出する。
すると光の波が放出され、迫りくる棘をへし折り吹き飛ばした。
「んあっ!?」
「アらラ……?」
……おいおい、なんだこりゃ?
今までに無い現象だぞ?
悪魔も驚いているな。
「原初のチカラ……? 使えル人まだいタんダ? 危険カナ?」
「さあ何のことだ? アタシはいつもどおりやってるだけだ」
さも知っている風を装ったが……。
効果はあんまり無さそうだな。
悪魔が騒ぐこの力……。
これは母リラの使ってた“練気”って奴とも少し違うはずだが……。
アタシはこっそり手に“練気”を使ってみる。
よし、“練気”も感覚として捉えきれてるな。
……下手な魔法が勇者ちゃんに吸われるお陰で身体の中にある力を捉えやすくなっている。
少し分かってきたぜ。
体の中に魔力とも“練気”とも違う何かがあるな。
これを魔力にして使うとアタシの魔法に、別の力に変換すると“練気”になる。
そしてそのまま“何か”を使ったのが光の波だ。
多分だがこっちが原初の力ってやつだな。
……これは“練気”と魔力、両方知らないと使えないんじゃねーのか?
「相変わらズ危険なチカラネ。昔ノ様にハさせないヨ」
悪魔がハリネズミのように棘を全身から生やす。
しかし、その棘は勇者ちゃんを突き刺す事なく、吸収されるように溶けて無くなってしまう。
「魔法ガ吸わレて動きが遅いネ……。私、ジカンナいのにコイツも危険。ドッチから……?」
意識が勇者ちゃんに向かうと面倒だ。
正直今の不安定なアタシより、勇者ちゃんのスキルを頼りにしたい。
アタシは地面を思い切り踏んで加速し、そのまま悪魔に“練気”の蹴りを入れる。
「浮気はいけねーぜ? そういう奴は蹴飛ばされても文句言えねーよな?」
「ナッ、早……」
悪魔の顔を当初狙っていたが、身体が異様に軽い。
エリーの身体強化魔法より強化されてねーか?
お陰で狙っていた顔じゃなく肩に攻撃が当たってしまう。
この身体強化も“練気”の力って奴のお陰だな。
だが、さっき出せた光に比べると効きは悪いようだ。
「借り物ジャない力で肉体強化まデ……。決めたネ。マダ基礎しか使えてないウチに、お前ダケでも殺すネ」
よし、結果的にアタシをターゲットにしたか。
「悪いがチクチク野郎が熱烈アプローチしたって抱きしめてやれないぜ?」
「私が抑え込むのですよ!」
おっと、例外的に勇者ちゃんだけは悪魔を抱きしめられるな。
抱きしめると相手が溶けちまうが。
「ム……。厄介だネ」
悪魔が再び棘をだす。
おいおい何度やったって無駄だ。
勇者ちゃんが吸収して……。
どこを狙っている?
悪魔が狙ったのは地面……。いや違う。
狙っているのは岩だ。岩を串刺しにして持ち上げやがった。
その大岩でアタシを殴るつもりか?
仕方ない。少し離れて距離を……。
ん? なんか変だぞ?
狙っているのはアタシじゃなく……。
ちっ、また勇者ちゃんか!
「テメエ! さっきのはハッタリかよ!」
「今更気キヅイたネ? オソいヨ? マずハ邪魔モノから払うネ」
「ま、マズいのです!」
クソっ、悪魔みたいな絶対的な強者がセコい嘘つきやがって!




