第128話 作戦発動
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「怪獣決戦だね……」
「ああ」
リッちゃんに同意だ。
桁違いにサイズのでかい奴らはいないが、どいつもこいつも大の大人より二回りは大きい。
派手なパワー同士のぶつかり合いで音が響く。
そこで子爵がコホン、と咳払いをした。
「さて、人間ですらない彼らが街のために頑張っているというのに、人間である君たちは味方を放置して去っていくというのかね?」
「うっ……」
「いや、そういうわけじゃ……」
一部、及び腰だった奴らが言葉に詰まる。
魔族をダシにされるとキツイな。
オネエ魔族達と子爵は利害関係が一致しているから戦いに参加したのは分かる。
だがそういう裏事情を知らない奴らが見たら、魔族が戦ってるのに人間側の冒険者が尻尾巻いて逃げた、なんて判断しかねない。
どの道半ば強制的に依頼が発生してんだから戦うしか方法は無いワケだが、それを自覚してない奴らにはいい薬かもな。
……一応、聞いとくか。
「子爵。あるんだよな? 勝つ方法が」
「ある。我が策は未だ大筋から違わず。核となるのは味方の魔族、兵士、そして勇者リュクシーである」
「わ、私なのですか?」
おい、リュクシーも聞いていなかったようだぞ?
子爵はその様子を見ても驚きはせず頷くだけだ。
「もしも貴公ら冒険者が恐れを知らずにすぐ動いていれば、勇者リュクシーのスキルで迫りくる敵を無力化出来たであろう。そうすれば味方の魔族達によって逆に撃破も含めた選択肢を選べた。街が囲まれる可能性も少なく済んだはずだ」
淡々と状況を伝えてくる子爵。
暗に冒険者の失態をつつかれてるな。
淡々とした物言いがかえってキツイ。
「しかし今、貴公らが尻込みしたことで魔族同士がぶつかる必要が出てきた。勇者リュクシーのスキルは味方にも効果がある故、使いどころを考える必要があろうな」
「しかし兵士のように使われるのは……」
「兵士か。……よい。そろそろである。我が策、とくと見よ」
子爵が赤い玉のような魔道具を取り出し、空へ放り投げる。
すると赤い玉は大きく煙を出しながら空中で停止した。
停止したままひたすらに煙を吹き上げ続けている。
なにかの合図……か?
いったい誰に対して……ん? なんだ?
悪魔にやられた兵士達が起き上がってるぞ!?
「な、何……?」
「死霊術の類か?」
冒険者も知らないようだ。
一体何が起きてる?
「冒険者たちよ。落ち着くが良い。これはわが領地にいる将軍のうち一人のスキルである。その名も『集団疑死』、そして別の将である『軍団硬質化』と合わせて被害は皆無に近い」
やっぱりスキルか。
擬死って事は……。死んだふりかよ!
もしかしてスキルだから本当に死んでたのと大差なかったのか?
まさか、悪魔達を欺くほどのスキルがあるなんてな。
「これからが本番である。集団で行う魔術の到達点、とくと見よ」
兵士達は起き上がると即座に陣形を組み直す。
そして、兵士達の一部……魔法部隊らしき奴らが呪文を唱えると地面から壁がせり上がり始めた。
ゆっくりと、土魔法による巨大な1枚の岩壁が生成された。
……ありゃ崩すのに相当骨が折れるぞ。
「これぞ我が土魔法の一点を極めし者たちが使う魔法である。その名も『岩壁』。さあ冒険者よ。お前たちが心配していた兵士達なら息災である。突如現れた防壁により敵も分断し、戦う相手も見えている。他に不満はあるか?」
戦場で悪魔相手に死んだふりとか、復活後にいきなり即席の壁を作ったりとかメチャクチャだ。
広域魔法に巻き込まれる可能性もあるのによくやるぜ。
もし気が付かれたら一瞬で全滅……。
そう簡単に気が付かれないからこその策、か。
「兵士があそこまでの魔法を使えたとはな……」
おやっさんも驚いている。
作戦の核は聞いていなかったのかもな。
だが、岩壁のお陰で敵を二分できたな。
敵が逃げるにしても岩壁を迂回しなきゃ戻れない。
この策はキレイに決まった。
もう異論を唱える奴はいないようだ。
ここまでお膳立てしてくれたんだ。
コッチも負けずに行くとするかね。
「お、おいアイツ……戦場に行く気か!?」
「くっ、私達も行くよ!」
アタシが敵の方へ向けて歩くと、他の冒険者もどうやら行く気になったようだ。
残念だが一番槍はアタシ――。
「ふはは! もう行って良いのだな? マリー、悪いが先に行かせてもらうぞ! とうっ!」
「姉ちゃん待つんよ!」
「おおっ。二人とももう先に行ってしまいましたか。私も参りましょう!」
……『オーガキラー』が先に飛び降りて行ってしまった。
ま、まあ元気があるのは良いことだ。
ここで尻込みしてる奴らはアイツの爪の垢でも煎じて……。
いや、これ以上バカになっても困るし飲まなくて良いや。
「たしか……マリーであるな。一足先に戦場に向かうその心意気や良し。しかしそなたには別の策にて依頼を頼みたい故、しばしここに残るが良い」
子爵に呼び止められてしまった。
しょうがない。
アタシ達は残り、他の冒険者は色街の魔族達を支援しに下へ降りていく。
アタシ達のチーム以外で残ってるのは同じように呼び止められた勇者ちゃんだけだ。
「で、頼みたいコトってのはなんだ?」
「ふむ……。まずは詫びを一つ、かつての我が家臣が無礼を働いた。魔族ではあったが忠義な男であった」
男……?
ああ、前に戦ったあの執事か。
「構わねえよ。今は過去を語ってる余裕もねえ」
「話が早いのは良い事だ。早さは経費を下げる。本題に戻ろう」
子爵は頷くと、話を続ける。
「単刀直入に言おう。宰相の作戦が発動するまでの間、敵に睨みを効かせて貰いたい」
「作戦の詳細について知っているのか?」
「左様。あの赤き玉は王国の兵士たちに対して合図も兼ねている。既に来て待機している兵士達、今から来る兵士達の両方にな」
煙を見ると空高くまで上がっているのが分かる。
……あれならアタシの館からでも見ることができそうだな。
子爵のおっさんは懐から通信の魔道具を取り出すとアタシに手渡してきた。
「これは既に来ている兵士達に通じている。さあ繋いでくれ。伝える合言葉は……『渡り鳥と共に演奏を』だ」
「いきなり急だな?」
「時間は金に勝る数少ない資本である。今更、伏兵たる彼らの説明が必要かね?」
「いや……別にいいさ」
伏兵についてはアタシも知っている。
その為に厄介払いも兼ねてアイツを送り出したんだからな。
そろそろアイツも音を上げる頃だろう。
送り出したは良いが、何かやらかしてないか不安だったしな。
アタシは通信具を起動した。
「うわあああああん!! 誰か助けて下さいいい!」
いきなりうるさい。
この声はポン子だな。
「ようポン子、そっちの様子はどうだ?」
「この声は! マリーさんですか!? 何ですかこの兵士達! 聞いてないですよ!」
「そりゃ言ってないからな」
アタシ達の館周辺は今、王国兵士達の溜まり場になっている。
ポン子はさっさと出ていってしまったから分からないだろうが、お化け達は王国の兵士を迎え入れるための準備を整えていた。
その数は最低でも五千。
リッちゃんが前に王都に作った転移門を改造して、王都の魔術師達が魔力を供給する事で動いていた。
簡易ポータルほどじゃないが転移門にも人数などの制限はある。
だが、その辺りは運用と膨大な魔力てゴリ押しする事でカバーしたらしい。
激しい魔力消費は常時魔力を転移門に補給する部隊を別途編成して賄うという話だ。
もちろんそれだけじゃ渡りきった時点でヘロヘロになってるからな。
最低でも一日、できれば二日は魔力回復のために養生する必要があった。
ポン子に渡した手紙には魔力を消費して疲れ切った兵士達の手伝いやらなんやらをするように書いておいた。
ポン子と違って可愛いお化け達が兵士で消耗すると可愛そうだからな。
代わりに消耗してくれて良かった。
「酷いですよ〜。こんな事なら戦場のほうがまだ楽だった……」
「お前、戦場でそれ言ったら刺されるぞ」
まあ五千人以上の精鋭を看護したりもてなしたりするのは大変だろうけどな。
だがポン子、お前が望んだ事だ。
「悪いがポン子に用はないんだ。宰相からの伝言を責任者に伝えてくれ。えーと……『渡り鳥と共に演奏を』だそうだ。繰り返してくれ」
「うう……分かりました。渡り鳥と共に演奏を! 渡り鳥と共に演奏を!」
ポン子が半ばヤケクソ気味に叫ぶ。
おい、作戦開始の合図だぞ。雑に扱うな。
しばらくすると、ポン子の代わりに別の人が通信に出てきた。
「君……今の通信は……」
「おう、出てきたか。アタシも詳しく知らねえが宰相からの合言葉だとよ」
「なるほど、分かった。すぐに出る」
向こう側でガチャガチャと鎧のようなものが擦れる音がする。
多分だが出撃する準備を始めたんだろう。
一瞬反応がなくなったあと、ポン子に切り替わった。
「マリーさーん。良かったらそっちに戻して下さい!」
「今、悪魔が召喚されたり魔族が〈変身〉してるがそれでも良いなら――」
「全身全霊でこの館を守ります! 兵士の皆さん大好きですから!」
相変わらず切り替えの速いやつだ。
兵士が待機してる時点で館も戦場の一部なんだが……、また駄々をこねられても困る。
黙って放置しとこう。
「総員! 奇襲を仕掛ける! 転移門に入れ! 無駄にするなよ!」
隊長らしき人の号令が聞こえてくる。
次にたくさんの足音が聞こえ、その足音は少しずつ少なくなっていく。
恐らく兵士達が転移しているんだろう。
今回、宰相からの依頼で魔族の進行経路近くにある北の森に転移門を設置していた。
数は一つだけ。
ただし簡易ポータルのように使い捨てじゃない。
魔力さえあれば行き来できるタイプの門だ。
今回はその転移門を軸に作戦の一つを組み立てたそうだ。
とは言っても作戦そのものはシンプルだ。
正面に集中した所で敵軍の腹に噛み付く、ただそれだけの作戦に過ぎない。
噛み付く味方は王国正規兵、噛み付く場所は敵軍中央、北側からだ。
アタシ達が嫌がらせで奇襲していた時、ひたすら南側から攻めたのも北側に意識を向けさせないためだ。
転移して敵軍の横っ腹をつついてる間に味方の立て直しを行い、別の王国兵士で敵を薙ぎ払う。
それがアタシの聞かされていた内容だ。
もちろんアタシも作戦の全てを知ってた訳じゃない。
特に子爵の兵士達がブッ飛んだスキルと魔法の運用をするってのは知らなかった。
だが、これでようやく全貌が見えてきたな。




