第121話 深夜の奇襲
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多少小競り合いはあったものの、大局では互いに睨み合ったまま日が傾き一日が終わる。
多少ぶつかりはしたがこちらに大きな損害は出ていないようだ。
冒険者の奴らも深追いする事なく戻ってきた。
流石冒険者だな。
弱みにつけ込んで突撃するのと少しでも不利になりそうならすぐに逃げる足の速さは一級品だ。
アタシ達は仮眠から起きて食事に向かっているところだ。
「はっはっは! 今日は楽しい戦いだったぞ!」
「姉ちゃん突撃しすぎなんよ! ある程度戦ったらちゃんと引くんよ」
「まあまあ、そこがルビー殿の素晴らしいとこでもありますから」
……『オーガキラー』の三馬鹿がいた。
やべえな逃げないと。
ダンはボスの所に戻って街の人間を逃したり、別の仕事をするらしいからここにはいないが、この三人だけですでに厄介だ。
こんな所で敵に会うとはな。
予想外だ。油断していた。
見つかる前にさっさと距離を置こう。
「おはようマリー」
「おう、リッちゃんにメイもちゃんと起きられたか?」
「僕が弱いのは朝だけだよ。夜は元気いっぱいさ」
完全な夜型か。
まあ適度に寝てくれたようで何よりだ。
「アタシ達は軽く食べて、もう少ししたら出発だ。向こうは筋肉にふさがれて駄目だから回り込んで食事を受け取ったほうがいい」
「え? うん分かったよ。……あれ? エリーは?」
「ベッドでまだ寝てたな。もう少ししたら起こしに行くさ」
昼間はアタシの背中で気を張ってたからな。
流石に戦場を駆けながら戦うのは慣れないだろうし疲れたんだろう。
「あ、マリー! ちょっと助けて欲しいのですよ!」
呼ぶ声がしたので振り向くと、勇者ちゃんがいた。
なんか揉みくちゃにされてるな。
「あ、マリーさんだ!」
「今日のアイドル、勇者リュクシーちゃんに加えてマリーちゃんやエリーちゃんまで来るなんて!」
「流石ギルド! 俺たちが何のために働いて何をして喜ぶかわかってる!」
大分騒がしいな。
話を聞くと今日魔族に打撃を与えて反撃のきっかけを作ったリュクシーちゃんにファンがついたらしく、それで揉みくちゃにされていたらしい。
こりゃ、アタシまで巻き込まれそうだな。
エリーの手を引っ張って距離をとる。
「悪いな。アタシはこれからまた仕事だからな、勇者ちゃんを助ける術はない」
「そ、そんなぁ……酷いのですよ!」
まあ良いじゃないか。
そいつらだって悪気がある訳じゃないさ。
しばらく揉みくちゃにして満足したら離してくれるだろ。
さ、武器の手入れと準備でもしていくか。
深夜。
冒険者達は夜の部隊が展開して守りを固めている。
昼に暴れた奴らは元気よく爆睡中だ。
休むのは大事だからな。ゆっくり休め。
戦いが激しくなったらおちおち休めもしないだろうからな。
アタシ達は今、転移で潜り込める最奥まで来ている。
後方だと言うのもあって敵の気が緩んで……、いや、なんか物々しいぞ。
皆武器を持って殺伐としている。
誰か攻撃を仕掛けてる奴でもいるのか?
……奥の方が明るいな。
昼のようにエリーと突撃してもいいが……。
不意打ちしようにも予想外の事が起きていると困るからな。
まずはアタシ一人で様子をみるか。
アタシは高く飛んで明るい方へ近づく。
誰かが戦っているな。
戦っているのは冒険者か?
いや、他にも王国の兵士たちがいたようだな。
すでに倒れて息は無いようだが……。
残った僅か三名の冒険者も周りを囲まれてかなり劣勢だ。
ん? あの冒険者は――。
「くっ、ここまでかい。他の味方と合流できればまだチャンスもあったのにね」
「どんどんと敵が増えて来ます。ここまでですか……。最後はフーと一緒に……」
「フェフェフェ……。儂ら『パンナコッタ』の意地を見せてやるわい」
誰かと思えば、前に一緒に戦った『パンナコッタ』のメンバーじゃないか。
リーダーのフーディを筆頭にみんな集まっている。
魔族に囲まれて多勢に無勢ってとこか。
「ふん、貴様ら人間には同胞が痛い目に合わされているからな。貴様らは我らの慰み物に――」
「悪いな。そいつはアタシの知り合いなんだ。自分で慰めててくれ。ファイアローズ!」
余裕ブッこいて語っている魔族の頭に炎と刃を突き立ててやる。
頭の沸いた奴にはしっかり火を通してやらねえとな。
「……ようフーディ。元気にしてたか?」
「マリー!? どうしてここへ!?」
「助かりました……」
「フェフェフェ……また死に損なったねえ」
相変わらずシリアスだな、『パンナコッタ』の奴らはよ。
……アタシがいきなり現れた事で魔族も驚いているな。
いきなり空からズドンだから仕方ないか。
「な、なんだ!? いきなり何処から現れた!?」
だがチャンスだ。
いきなりのことで魔族も反応できていない。
「一人で空から!? ……まさかコイツ、昼間に軍の中央付近で暴れていた人間じゃないのか!?」
「だが報告では倒したとされていたはずだが……」
「どちらでもいい! 囲め!」
うるさい魔族達だ。
サンダーローズで近くの敵を攻撃して、少し静かにさせてやる。
「脳天までシビれてるトコ悪いがお触りは禁止だぜ」
「く、クソっ。ふざけたマネを……」
「ファイアローズ・極彩」
アタシは懐から着火剤を取り出し、砕いて霧状にしながら炎で周囲を燃やしてやる。
敵がひるんだすきに筋力強化薬を、続けて魔力強化薬を飲み込んだ。
ちょっとおクスリ漬けになるのは良くないが仕方ない。
「さあ殿はまかせな! 後ろから突かれねえように守ってやるよ!」
「アンタはどうする気だい!」
「アタシは素早いからな。すぐ追いつくさ」
魔族は勢いが削がれて狼狽えてるな。
だがすぐに立て直してくるだろう。
その前にさっさと『パンナコッタ』を逃さねえとな。
今回は奇襲失敗だが知り合いを助けられただけでも良しとするか。
とりあえずエリー達には通信具で連絡しとこう。
アタシは数体の魔族を切り伏せるとフーディ達に向かって道を指し示す。
「向こうの森までまっすぐだ。行けば分かる!」
「分かった! 死ぬんじゃないよ!」
「当たり前だろ」
アタシがエリーをおいて死ぬわけがないだろう。
さあ、軽く喧嘩でもするかね。
「ふざけたマネを……!」
「コレだけの数に勝てると思っているのか!」
「ヤッてみりゃわかんねえだろ。何事も経験さ」
「馬鹿にしおって!」
魔族が集団で襲ってくる。
アタシも真面目にやりあったら潰されかねないからな。
いくつか手札を切らせて貰う。
「女に見惚れて足元が疎かになっちゃだめだぜ」
「なっ!? 足元が急に!?」
「沈む!?」
「クソっ何だこれは!」
大したことはしてねえよ。
後退しながら土魔法で足元を柔らかくしただけだ。
「動けなくなったな。じゃあ切るぜ」
「なっ!? 待てっ……ぐぁっ!」
「畜生、このアマ……ぎゃっ!」
アタシが一気に反転して刃で動けなくなった敵を斬りつけると、魔族たちも警戒して距離を取った。
「クソっ、何故アイツは地面を舞うかのように動ける!?」
「魔石持ちはもういないのか!?」
「ほとんどは前線の方に移動しています! こちらには僅かな数しか……」
おうおう、たった一人の女の子に騒がしいねえ。
敵さんは数で押し潰すことに決めたようだな。
足元の泥を気にもせず無理やり突き進んでくる。
アタシは今、地面スレスレを飛んでいる。
それがアタシが沈まない理由だ。
効率よく地面を柔らかくするには一瞬だけ地面に触れる必要があるからな。
フーディ達の事を考えると動きを鈍らせておかないと、高く飛びすぎてもマズイ。
あとは風魔法で左右に大きく移動しながら、広範囲を柔らかくしてジワジワ後退してるってわけだ。
「ええい! 埒が明かん! 魔法隊!」
「【……よ。炎の槍となり敵を貫け】〈ファイアランス〉!」
おっと。
魔法が飛んできた。
さっきまでは近接主体だったが……。
捕獲から殺す方向に切り替えたか。
さすがに遠距離から連続で魔法を受けるのは良くない。
アタシは土魔法でそこいらの岩を地面から取り出してやる。
……結構デカイな。
盾にはちょうど良いか。
「な!? あんな巨石を……」
「狼狽えるな! さっき薬を飲んでいるのを見た、その効果だろう」
へぇ。よく見てるな。
さて、飛んできた魔法も防げたし反撃と行くか。
「魔族がアタシに注目してくれて嬉しいぜカタいのは好きか?」
土魔法で地面を操り、岩を敵に向かって構える形にする。
次に岩の下にある地面を一気に盛り上げ、その反動で空中へ浮かせた。
大きすぎて距離は出せそうにないな。
……まあやりようはあるさ。
アタシは岩の後ろの部分に、ひっそり両手に溜めた魔力を炸裂させる。
「鳳仙花・二連」
岩石が爆ぜる。
砕けた岩は鳳仙花の威力を引き継ぎつつ敵に向かって飛んでいく。
即席の散弾だ。
敵を倒すなら直接鳳仙花をぶつけたほうが早くて強い。
ただアタシは広範囲攻撃は苦手だからな。
少し威力を落とした小細工さ。
「ぐっ、小賢しい真似を!」
「土魔法が使えるものを連れてこい! 地面を戻せ!」
ついでに散らばった岩が邪魔して進行速度を遅らせてくれるだろ。
一方でアタシは爆発の威力を利用して後ろに跳び、魔族達と距離を取る。
チラリと後ろを見ると、『パンナコッタ』の奴らは大分遠くまで移動していた。
……十分時間を稼いだか。そろそろだな。
「余所見をしたな! 我らを舐めたことを後悔させて――」
「甘えよ」
数体の魔族が飛び跳ねてこっちに向かってきた。
スキルかなんかだな。
だが力の差も理解していない雑兵が数人きたところでどうって事はない。
「略式鳳仙花・連」
アタシは溜めた魔力を解放する。
まずは右手からだ。
片手に溜めた魔法が弾け、敵を攻撃する。
その間にもう片方の手で魔力を充填だ。
そして、交互に撃ち出す。
これで近づいてくる敵を一掃だな。
「なっ!?」
「くそっ、これほどの攻撃を連続できるだと!?」
魔力増幅薬のお陰で溜めの時間が短縮されているからな。
威力があって連発できるんだ。
時間制限付きだからさっさと戻らねえとまずいけどな。
近づいてくるなら焼き払い、集団で攻めてくるなら距離を取って岩で攻撃だ。
薬が効いてる間は勝てもしないが負ける気もしない。
さて、完全に動きが鈍ったようだな。
地面を柔らかく耕しながらフーディ達を誘導するか。
「お帰りマリー」
「お疲れ様です。……フーディさん達がどうしてここに?」
「それは私達のセリフだよ。ここは敵だらけさ。 これからどうするんだい?」
互いが挨拶をし、互いに疑問を投げかける。
悪いが全部説明してる暇がない。
「あー、説明が面倒だからとりあえず移動するぞ。リッちゃん、この人数だがいけるか?」
「んー……。うん、ギリギリ大丈夫だと思うよ」
「そうか。じゃあ『パンナコッタ』のメンバーは、この魔法陣の中に入ってくれ」
「……なんだいこれは?」
渋るフーディ達に説明は後だと伝えてさっさと簡易ポータルに入って貰う。
なに、ついた先は味方のところさ。
おっ、その表情を見るに驚いたようだな。
「こんな魔法が……。助かったよマリー。どうして私らのいる場所が分かったんだい?」
「偶然だ。なんであんな所にいたんだ? アタシ達は――」
アタシは嫌がらせで魔石を消費させるために奇襲を仕掛けていた事、そして偶然『パンナコッタ』を見かけたことを伝えてやる。
「そうだったのかい……なにはともあれ助かったよ。こっちは魔族の動きを封じるために伯爵領から男爵領の方向に向けて攻めてたのさ」
「ん? 男爵領からだいぶ距離があるが……ずいぶんと移動が早くねえか?」
「私達に来た依頼は魔族たちが守っている転移門とやらの破壊だったんだよ」
話を聞くと、他の兵士達の協力もあって、なんとか転移門とやらを割り出し、攻め立てて破壊したそうだ。
だが破壊した瞬間に光が漏れ出し、最も近くにいた兵士達――。フーディ達も含めて多数がそれを浴びたそうだ。
「そしたら急に飛ばされて、気がつけば敵陣のド真ん中さ」
「大変だったな。まあ命があって何よりだ」
「んー……魔力が充填された状態だったのかな? 暴走して中途半端に転移装置が発動しちゃったのかも」
リッちゃんが推測を語ってくれる。
「あ、でもこれの原理を解明すれば応用して一方的に送るだけなら……」
「考察モードに入ってるトコ悪い。今はおやっさんの所にフーディ達を連れて説明に言ってくれないか?」
「そうだね。今は戦争中だし理論構築はまた今度にするよ」
アタシは魔法理論についてはよく分からないので、リッちゃんとメイで推測を含めた事情を説明してもらえるよう頼んでおいた。
これで宰相のおっさんまで連絡が伝われば、フーディ達がとばされた事と召喚石を破壊できた事が伝わるだろう。
アタシ達は敵に動きがないことを確認してから休憩に入ることにした。
アタシも時間切れだ。
流石にスキルを使って回復しないとヤバい。
フーディ達が暴れまわったお陰で敵も警戒してそうだ。
奇襲も難しそうだし、今回はここまでだな。




