第119話 連携魔法
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「……ただの雑魚かと思ったが俺の部隊を突き抜ける程度の力と小賢しさはあるようだな」
「そりゃ中に深くまで突っ込んでるんだ。危険を避ける準備は色々とシてるモンだろ?」
「ええ。ですがマリーに手を出しては行けませんよ〈魅了〉」
エリーが会話の途中で魔法を掛けてくる。
「無駄だ。精神を汚染する魔法は別の精神補助のスキルなどで防げる。俺もスキルの副作用で僅かに高揚の精神補助を受けるのでな……。さて、我が声を聞くが良い。〈奇声ヌ者〉」
隊長格が妙に甲高く叫ぶ。
うるせえ奴だ。
耳がキーンとして……。
ん? 何も聞こえないぞ?
「エリー、大丈夫か?」
「……」
駄目だ。聞こえない。
周囲を見回すが敵も同様に聞こえなくなっているようだ。
さっきのスキルか。
アタシは喉に手を当てて声を出してみる。
……震えはあるな。
てことは聞こえないだけか。
さてどうやってエリーとコミュニケーションを……。
そこで通信具から通信が送られてきた。
……エリーからだ。
そうか。これなら振動で通信するからコミュニケーションが取れるな。
なになに……。
エリー、です。魔法が、封じられました。
おそらく、敵も、同様でしょう。……か。
アタシは魔法が使えそうだが……エリーが魔法を封じられてるって事は……。
くそっ。
広範囲に発動して魔法を奪うのか。
厄介なスキルだ。
タイミング次第じゃ戦線が崩壊しかねないぜ。
こんなもん使われて急に襲われたら助けすら呼べずに死ぬぞ。
こいつら奇襲部隊の類か?
「!!」
「っあぶねえ!」
敵が棍棒で殴りかかってきた。
下品な笑いをしやがって。
勝ったつもりか。
再び大きく構えてきた。
随分と大振りの構えだな。
「安易に近づきすぎだぜ。自由を奪ってからしか口説けないとか男失格だな。刻むぜ」
「っ!? !!! !?」
アタシは振り下ろしてきた大きめに棍棒を避けると、猪顔を二本の刃で刻んでやる。
猪顔がなんか叫んでいる。
悪いが聞こえないし聞きたくもない。
「お前……戦闘能力は大したことないだろ。スキルの優秀さで上に上がったタイプだな。魔法が使えない女になら勝てると思ったか? 残念だったな」
声は聞こえなくても、猪顔の顔がこわばるのがなんとなく分かる。
アタシの声は聞こえるようだな。
逃げるかどうか迷ってるのか?
「そう固くなるなよ。出すもん出してスッキリしな。女と部下を前にして逃げるなら構わねーけどよ」
「……! っ!!」
アタシが煽ると戦うことを決めたようだ。
チョロいな。
さっきの首なし魔族が相手だったら少しヤバかったかもしれねえが、コイツなら問題ない。
とはいえ、こっちもエリーを無防備に近い状態にしているからな。
流石に時間をかけるとまずそうだ。
手の内を少し見せる形になるが仕方ない。
一気に畳み掛けるぜ。
アタシは右手に魔力を溜め、不用意に突っ込んできた猪顔のデカい口に拳を突っ込む。
「弾けろ。鳳仙花!」
「っ! …………ぁああ! 隊長が!」
相手が死ぬと同時に、音が戻ってくる。
ダメージで解除されるタイプだったか?
まあやっつけたから良しとするか。
周囲を見渡すが皆固まっていて動こうとしない。
唯一動いているのは、さっきアタシの目くらましを見破って力任せに暴れていた奴くらいだ。
まだ幻覚にかかっているのか岩を殴り続けている。
……攻撃を受けたら幻覚が解除されるはずなんだがな。
「マリー、幻覚魔法を使います」
「頼む。一気に突き抜けるぞ。しっかり捕まってろ」
「はい!」
流石に潮時だな。
アタシは再びエリーを背負う。
今は不意打ちと勢いで押してるが、正気に戻られたら押しつぶされるからな。
そうなる前にさっさと逃げるぜ。
「ま、まて! おい、逃がすな!」
「しかし副隊長があの状態では……」
「別部隊に応援を要請中だ! それまで引き止めろ!」
グダグダとうるさい。
まあ混乱してる今がチャンスか。
追いかけてくる奴もまばらだし、さっさと戻らせて貰うぜ。
「逃げるぞ! 追いかけろ!」
「おいおい、女のケツを追い回すもんじゃないぜ。フラッシュ」
アタシは目くらましで驚かせたあと、一気にリッちゃんのいる所まで戻る。
「マリー! 敵が来てるよ」
「まだ追いかけて来たか。すまねえ、撒く事が出来なかった。悪いが早く移動を……」
「いえ、ここは私にお任せ下さい」
立ち上がったのはメイだ。
「メイ……。何か考えがあるのか?」
「はい。このままではご主人様の転移魔法を見せる形となります。私のスキルで一度この場に籠城いたしましょう。私のスキルなら見せても不利益が少ないので」
「……アレだけの数だぞ?」
「たったアレだけ、でございます」
言い切ったな。
確かにリッちゃんの魔法がバレると色々と痛い。
それは避けたいし任せてみるか。
「敵が隙を見せたらすぐに撤退だぞ」
「お任せ下さい。我がスキル〈サ・守護主〉はご主人様から十歩以内の距離に不可視の壁を作ります。この壁を破れる者は……もうこの世におりませんので」
メイがスキルを展開する。
なるほど、これが不可視の壁か。
「追い詰めたぞ!」
「仲間もいるぞ、囲んで潰せ!」
敵が五、十、二十と、どんどん増えていく。
こいつらから本当に守れるのか?
魔族の一人が剣を見えない壁に叩きつけてくる。
「死ね! ……なんだ!? 硬えぞ!」
「〈ファイアボール〉 ……ダメか」
「なら俺のスキルで……クソっ弾かれる!」
どうやらスキルが上手く機能しているようだ。
敵の魔法もスキルも全部まとめて跳ね返している。
「流石はメイだね!」
「ありがとうございます。相手もこれで引いてくれれば良いのですが」
「……残念だがまだまだやる気みたいだな」
攻撃はほとんどしてこなくなったが、戦意が失われる様子もない。
ただ遠巻きに囲む魔族の数だけが増えていく。
……何か待ってるのか?
「前線から飛行部隊が来たぞ!」
「よしっ、これで全方向から集中攻撃ができる!」
空を見上げると蝙蝠の翼や昆虫の羽根をまとったような奴らが数十人ほど宙に浮いていた。
……もしかして、空中専用の部隊もいたのか?
危なかった。
空飛ぶ奴らなんて少ないと思ってたからやってた作戦だからな。
このまま続けていたら空で囲まれるなんてこともあったかもしれねえ。
さっきの口うるさい魔族が得意げに語りかけてくる。
「彼らは魔法隊だ。近接戦では弱くとも、長距離では一日の長がある。見せてやろう。他の部隊との連携も済んでいる」
「口上がなげーよ」
口ばっかりペラペラと動きやがって魔族って奴はどうしようもねえな。
まあこっちもメイの防御頼みだから人の事は言えねえが。
「強がっていられるのも今のうちだ。部隊連携魔法を展開する!」
そう言うと、上空で待機しているやつらを除いて、魔族達は撤退していく。
一方でエリーの表情は固い。
「連携魔法……。少しまずいかもしれません」
「ん? どうしたエリー? 連携魔法を知ってるのか?」
「百年ほど前に王都で開発された魔法のはずです。魔法というよりは数十人の魔力を集束して、一つにする魔法技術だとか」
そんな魔法が作られてたのか。
……あれか? 冒険者がチームで魔法を重ねるのを更に発展させた奴って事か?
それを魔族が使えるって事は……。
王国から情報が漏れたか、盗まれたな?
「そっか……それぞれが弱くても魔法を集めて連携すればよかったんだね。……僕、魔法を使うときはメイやファーちゃんを除くと基本一人だったからなあ」
そんな事情は関係ないと言わんばかりに、リッちゃんが感心している。
強者の上から目線なのにちょっと悲しくなる話はやめるんだ。
そう言うのは平和になってから慰めてやるから今は敵に集中してくれ。
今はリッちゃんの過去よりどっからくるか分からない魔法に集中したいんだ。
「発射!」
遠くから聞こえたのはさっきのやかましい魔族の声だ。
同時に、炎の塊が押し寄せてくる。
凄まじく眩しいが……。
熱くはないな。
うっすらと目を開けると木々が焼けて、土が赤く熱を持っているのが見える。
それでも光しか通さないのはすごいな。
「……少し不味いかもしれません」
「どうした、メイ? まさか……スキルの限界が近いのか?」
なんせこれだけの火力だ。
ダメージが入っても仕方ない。
どうする……?
「いえ、そちらは全く問題ないのですが、ご主人様が飽きないかと思いまして」
うん、気の使い所が違う。
後ろで僕は魔法解析してて楽しいよーとか声が聞こえてくるが無視しとこう。
「少し真面目な話をするなら、ここから脱出するには一度スキルを解除する必要があります。それにこの炎が止まなければ戻ることもできません」
「なんだ、その辺りは気にしなくていいぜ。アタシの魔法で目くらましをしてやるさ」
アタシは魔法で霧を出す。
霧を上の方に集中させて、煙幕の代わりにしてやる。
「それにこんな攻撃はアタシ達みたいなのに使うには過剰すぎるさ。多分だが撃ち終えたら向こうも少し攻撃が緩むはずだ」
この辺の感覚は戦いに慣れていないと勘所がつかめないからな。
メイはやっぱり戦い慣れしていないんだな。
言っている側から光が消えて周囲がよく見えるようになってきた。
アタシ達を中心に木々が焼け焦げている。
中々に広範囲の攻撃だな。
少なくともアタシ達に使うような攻撃じゃない。
大分警戒されてるな。
「霧は出したぞ。これで姿が隠れるはずだ。さっさとリッちゃんの魔法で帰ろう。そうすればアタシ達は死んだと思わせる事が出来るさ」




