第118話 奇襲
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アタシは今、簡易ポータルを使って転移、敵の中腹部分に来ている。
山の中にある森から隠れるように見下ろしているが……中々に壮観だな。
いくつかの塊でそれぞれ部隊が作られて、陣形を保ちながら移動している。
一つの塊に居る魔族はニ、三種類、規模は……塊の大きさも魔族の個体差もデカくて計算しにくいが、三百から五百ってとこか。
それがズラズラと移動してんだから魔族もスゲえな。
「うわっ、敵がいっぱいだね」
「ああ、リッちゃんはここで帰るための準備をしておいてくれ」
「うん、任せてよ!」
「私はご主人様の守護に当たります」
「おう、メイも気をつけろよ」
魔王軍が動き出してからそれなりに時間は経過している。
そろそろ味方部隊との睨み合いが始まる頃だろう。
まあアタシ達も近隣からの兵士が来たり土木屋達も一丸となって全力で陣地を構築しているからな。
そう簡単には抜けないはずだ。
敵の総数は……万を余裕で超えそうだな。
地形もあって奥のほうが見えないが……十万とかじゃない事を祈るぜ。
「ここまで近いのに探知魔法は使わないんだね」
「隠密スキル持ちを探すのは手間がかかるからな。雑魚数匹相手に消耗を強いるくらいなら無視してるんだろうさ」
だからこそアタシ達の無茶が効果を発揮する。
基本は軽く殴りかかって撤退するヒット&アウェイ方式だ。
目的は奇襲して疲弊させる事、できれば敵が変身を使ってくれると御の字だな。
「エリー、魔石は……」
「ええ、しっかり持っていますよ」
「僕はもう設置を始めてるよ!」
よし、準備は万端だな。
リッちゃんは撤退用の簡易ポータル設置、起動に回すから戦力として使えないのが痛い。
リッちゃんが攻撃できたならもうちょい深く切り込めるんだが、都合よくはいかないみたいだな。
「じゃあ移動中はアタシがエリーを運ぶぜ」
アタシはエリーを背中に背負い、風魔法で覆って固定する。
これで簡易版高機動スタイルの出来上がりだ。
「よし、じゃあいくぜ。揺れるから気をつけるんだ。気分が悪くなったら言ってくれ」
「ふふっ、大丈夫ですよ。お姫様だっこが良かったのですが仕方ありませんね」
エリーが冗談っぽく伝えてくる。
すまねえな。流石に両手が塞がるのはまずいからな。
戦いが終わったらちゃんと抱きかかえるさ。
「行くぜ……」
「はい、〈幻覚〉!」
アタシは空中を蹴って跳ぶ。
目標は敵陣中央だ。
「ボス、女達が空を飛んでいます!」
「は? 何だアレは!? 複数!? いや偽物か! 撃ち落せ!」
「悪いがアタシを射止めらるのは一人だけだ」
魔族達が矢や魔法を放ってくる。
おうおう、偽物のアタシ達に矢を射るとはご苦労なこった。
生憎だが雑魚に構ってる暇はないんでな。
アタシがやるのはちょっとしたイタズラさ。
ついでに指揮官の首も狙うけどな。
とりあえず雑魚には炎をぶつけとくか
「くそっ、あいつ炎で攻撃してきたぞ」
「慌てるな! よく見ろ! いきなり飛び出したとはいえ、実際に攻撃してくる本物は一騎だけだ。周囲に警戒をしつつ距離を取れ! 遠くから魔法と矢で押し潰せ」
お、いたいた。
冷静な判断ありがとよ。
アンタが指揮官だな。
「エリー、アイツだ!」
「はいっ! やります――〈魅了〉」
どうだ? 効いたか?
「うっ……グッ……。ナニを……している。早く殺せ。〈変身〉だ! 〈変身〉をつかえ!」
「し、しかし大部隊でもない相手に変身を使うなど」
「構わん、やれ! 全ての魔石で〈変身〉を使うのだ! 軍規を乱すつもりか!」
魔族たちが慌てて姿を変えていく。
よしよし、これで嫌がらせ成功だな。
「エリー計画どおりだ!」
「それでは次ですね。――幻覚を動かします」
エリーの魔法で生み出した偽物の陰を一度本体のアタシのトコに集める。
シャッフルさせて分かりにくくするためだ。
そして、一気にあちこちに散らばる。
これで更に的を絞りにくくなった筈だ。
もちろんアタシが攻撃される可能性はあるが、こっちは〈絶対運〉のエリーがいる。
普通より当たる可能性は低い。
それに――。
「くそっ! 敵が散らばるぞ!」
「何もさせるな! 隊長の言うとおり全力で押しつぶせ!」
「待……テ! 一時待機だ! 念には念をいれろ!」
「た、隊長。しかし……いえ、分かりました!」
良し。
もう一つ、〈魅了〉で仕掛けた罠が発動してるな。
今回〈魅了〉でかけた命令は二つ。
一つは〈変身〉させる事、そしてもう一つが攻撃せずに待機させる事だ。
どうやら部隊長は〈魅了〉の魔法にしっかりかかってくれているようだな。
わざわざ自分達の部隊を足止めをしてくれている。
助かるぜ。
今回、嫌がらせの目的は魔石を消耗させることだ。
前の砦の戦いで魔族にとっても魔石が貴重品だってことが分かった。
魔族の〈変身〉はタイミング次第で戦況をひっくり返される切り札になるからな。
先に切り札を潰せるだけ潰しておく。
最初は部隊ごとに指揮をしてる奴を見つけてエリーの〈魅了〉をかける。
うまく行けば今回みたいに魔石を使って〈変身〉を誘発させる。
最悪ケースで空中から叩き落とされるような場合は戦わずに撤退だな。
「そうだ! 待機だ! 待機しろ!」
よし、最初の奇襲は上手く行ったか。
後をつけられてる様子もないし、戦場を移動するか。
「あ、お帰りー。どうだった?」
「こっちは上手く行ったぜ。リッちゃん達はどうだ?」
「バッチリだよ! じゃあ一回帰ろっか?」
「ああ。まだ疲れてないからな、すぐに出るぞ」
「オッケー、じゃあ戻るよ」
リッちゃんの魔法で本陣に転移する。
疲れていればここでアタシがスキルを使って回復するって寸法だ。
今回は完璧に上手く行った。
疲労も少ないし色々とバレて作戦が台無しになる前に続けて行くか。
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「貴様どこから……」
「お前に会いたくて飛んで来たんだ」
「〈魅了〉。マリーばっかりに見とれては行けませんよ」
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「アイツを撃ち落せ!」
「アンタに落とされるほど安くはねーぜ」
「〈魅了〉。ええ、マリーは私が射落としています」
その後も森から、山から、どんどん場所を変えて二度三度と攻めては引いてを繰り返していく。
部隊によっては魔石を持ってる奴らが少なかったりもしたが嫌がらせとしては上々だろう。
「さあ、まだまだ行くぜ」
「また敵中央のほうにある簡易ポータルでいい? もっと遠くにしよっか?」
「そうだな……。もう一回だけ試してみよう」
アタシは再び転移する。
リッちゃんの簡易ポータルは使い捨てだがあちこちに設置しているからな。
あと十数回はアタシ達だけで嫌がらせが出来る。
「さて、ここの部隊は……」
「む? アイツだ! アイツが撹乱をしてる元凶だ!」
いきなり魔法と矢が飛んでくる。
あぶねえ。距離があったから防御と回避ができたけどもう少し近づいてたらやばかった。
あの猪面した一つ目がここのボスか?
「別部隊の情報では〈変身〉を使わされたそうだ。おそらく幻覚系のスキルか魔法だろう。命令だ! これから1時間、俺がどんなことを言おうと決して〈変身〉するな!」
そこまでバレてるのかよ。
魔族の奴ら優秀だな。
……だが、〈変身〉を使わないならこっちにも方法がある。
「エリー、作戦変更だ。突撃するぜ」
「はい! マリーに任せます、〈守護〉」
さあ首取りだ。
「こっちに突っ込んでくるだと!?」
「かまわん、叩き落とせ」
「くそっ、ちょこまかと……。ふぎゃっ! てめえ!」
アタシは身体を霧で覆い、適当に近くの魔族を踏みつけながら突進する。
相手から攻撃の的を絞らせないようにするためと、もう一つ――。
「ふざけ……。なんだ? 体が痺れ……」
「踏まれて興奮しちまったか? 悪いが放置プレイさせてもらうぜ」
「な、なぜ私まで痺れ……?」
なーに、ただの雷魔法を直で流し込んでるだけさ。
霧を操作して周りの奴らにも雷が通るようにしてるって訳だ。
「くそっ、アイツはスキルをいくつ持ってるんだ!?」
「落ち着け! ただの魔法だ! 魔法部隊に応援を寄越せ!」
魔法なのを見破ったか。
まあこんだけ連発してればしょうがないか。
「そこだ!」
怒号と共に槍が飛んでくる。
早いな。身体を捻って躱し……やべっ、エリーに当たる!
「ちぃっ!」
「マリー、大丈夫ですか!?」
「ああ大丈夫だ。かすっただけさ……ふざけた真似してくれるな」
「ふん、よくも好き勝手してくれたね。叩き潰してやるから覚悟しろ」
随分とデカイ身体の女騎士――。
首から上は無く、胴体だけで喋っている変な奴が立ちふさがる。
胸から声出してるのか?
「私は目が見えなくても気配で相手を捕まえられる。さあ、ここは通さんぞ」
「へっ、ダンスの誘いは間に合ってるぜ」
こいつはソコソコに強そうだな。
戦士としてまっとうに戦ってやりたいが……今はムリだな。
「エリー、頼む」
「構いませんが効くかどうか……。〈幻想幻惑〉」
エリーの幻覚が音や触覚にも作用するなら大丈夫だろう、多分。
「むっ……何だこれは!? 敵の気配が増えていく……?」
「悪いがアンタは無視して行くぜ。放置プレイを楽しんでくれよな」
「くそっ、させるか!」
アタシがエリーに頼んだのは、一人だけに幻覚を見せる魔法だ。
とは言っても顔が無い奴に効くかどうかは賭けだったが……効果はあったみたいだな。
周りにいる味方をアタシ達だと思いこんでいる。
「落ち着いて下さい! それは味方です!」
「おのれ戯言を!」
まあこの魔法も消費が激しいから控えたい。
本命は〈変身〉を削る事だしな。
「はあっ! クソっ、真面目に戦わないか!」
「おい、暴走したぞ!」
「誰か止めろ!」
いい感じに混乱し始めたな。
悪いが戦争なんでな、真面目に戦ってたら身が持たないんだ。
次に出会うことがあったらアタシより良いやつを紹介してやるよ。
アタシは風魔法を解除してエリーを降ろす。
エリーは守護壁を張ってすぐに他の魔族が介入できないようにしてくれた。
さあ、隊長格は目の前だ。
あの猪面をぶっ飛ばしてやるよ。




