第111話 "練気"訓練
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戦いの場はあっという間に設けられた。
と言ってもさっき猪が暴れまわった場所に焚火を用意してちょこっと整えただけの簡素なモンだ。
「族長殺すなよ!」
「人間の少女よ、死ぬなよ!」
「お姉ちゃんがんばえ〜」
周りには獣人達の見物が集まっている。
大人から子供までいるな。
「では私から行きますね。……私の名はクルル! ルルの氏族として族長を務めるもの。今宵は外の客人のため、舞を一つお見せする所存」
戦いの前の名乗りか。
ここに来て初めて母リラの名前を聞いたな。
……そういえばアタシも正式に名乗って無かったな。
「アタシは冒険者のマリー、今回は人間と魔王の喧嘩に参加する奴らを募ってここに来た。今は母リラ……クルルの胸を借りるぜ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
今回はエリーは後方で待機だ。
どっちかが怪我をした場合に備えて準備している。
「それじゃあお母さんとマリー姉の試合開始!」
フライパンとお玉で作った即席の鐘がなる。
鳴らしたのはルルリラか。
ウルルも隣にいる。
「そんじゃ行くぜ」
「どうぞ。全力で来て下さって結構ですよ」
それじゃあお言葉に甘えてっと……。
アタシは鷹揚に構えている母リラに向けて突撃する。
まずは様子見だ。
フェイントかけて背後に回り込んで……何っ!?
回り込むために加速した瞬間、母リラから拳が飛んできた。
防御はできたが、お陰でアタシは回り込む前に吹き飛ばされる。
「甘いですねー」
「……流石は族長だな」
「マリーちゃんも凄いですよ。里の者で今の回り込みを防げる人はいないんじゃないでしょうか」
現に防いだ奴が何言ってやがる。
しかしやべえな。
予備動作が無かったぞ。
獣人ってのはこんなに……いや違うな。
豹のおっさんはまだ動きが読めた。
母リラが単純にバケモンなのか。
「やるじゃねえか。どんな鍛錬を積んだんだ?」
「私も若い頃は人間の街にこっそり行っていろんな体験をしたものですから」
いたずらっぽく舌を出してきた。
後ろで見てる獣人たちから歓声が上がる。
「バックは弱いんですよ、私」
「アタシは面と向き合って攻めるのは苦手でな。出来ればバックからブスリとイキたいぜ」
「うふふ、気が合いますね」
「……ああ」
まったく、面倒な奴だな。
……ちょっとズルさせてもらうぜ。
アタシは手に炎を宿して見せつける。
「悪いが体術じゃ勝てそうにない。組み伏せられたくないんでな、魔法を使わせて貰うぜ。ファイアローズ!」
「あらあら。……では防御の“練気”の使い方をお見せしましょう」
母リラは弧を描くように手を回し、炎を受ける。
直撃したはずの炎はそのまま方向が逸れて射程外に流れると霧散した。
「……魔法を弾かれたのは初めてだ」
「これも“練気”の力ですね。うまく使えば高い防御力と攻撃力を併せ持つ切り札になりますよ」
なんじゃそりゃ。
無敵かよ。
「さっきの加速の時も魔法、使ってましたよね?」
……気づいてたのか。
確かにアタシはストームローズで加速したが、魔法を使うのを気が付かれたのは始めてだ。
「これも“練気”の応用ですよ。魔法や力の流れがなんとなく見えるようになるんです」
「……出来ればそのコツを教えて欲しいもんだ」
「それならやっぱり魔法を使うのはお勧めしませんよ。魔法を使うと“練気”が感じにくくなるので」
マジかよ。
体術だけで母リラに勝つとか無茶が過ぎるだろ。
「この戦いは勝つことが目的ではありませんよ。というか……さっきの魔法を受けて分かりましたが、使われたら私が確実に負けます。ただし“練気”も理解できないまま終わるでしょう」
そういえばそうだった。
つか“練気”って魔法と相性悪いのか?
……仕方ない。魔法なしでやるか。
「じゃあ改めて学ばせて貰うぜセンセイ!」
「はい。それでは回避は教えましたので、今度はこちらから行きます」
おいちょっと待て。
肝心な“練気”の認識すらしてないんだが今ので説明は終わりかよ。
いくらなんでも説明が短すぎ……、ってもう攻めて来やがった!
「これが攻撃に転じた“練気”です。よく防御できましたね」
「……ずいぶんと重くてカタい一撃だな」
「私はおカタいのが好きですので」
「アタシも嫌いじゃねえが相手は選ぶぜ」
「ふふ。そこは残念ながら好みの分かれるところですね」
厄介だ。
母リラの予備動作がほとんど無い。
お陰で反応がワンテンポ遅れる。
受け身を取るのが精一杯だ。
だが食らって分かった事がある。
拳が金属のような……異常な硬さだ。
「マリーちゃんは可愛らしいのに歴戦の戦士ですね。受け身を取る時、無意識に魔法使ってましたよ」
「すまねえな。戦い方に魔法を組み込むのが癖になっててな」
「いえいえ、禁止してませんので使っていただいて結構ですよ。ただし、ちゃんと感じるトコロは感じてくださいね」
使っても良いが“練気”を感じ取れと。
面倒だな。
「もう一回だけ試すぜ。サンダーローズ! そしてアイビーフリーズ!」
「何度やっても同じですよ……。あら?」
母リラは最初の電撃を先ほどと同じように受け流した。
薄々感づいていたが、属性関係なく受け流せるみたいだな。
だが本命は氷の蔦のほうさ。
「あら……。拘束系の魔法ですか。縛られるのは嫌いじゃないですがこれはちょっと窮屈ですね」
蔦から氷の葉っぱが生えて母リラに突き刺さろうとするが、身体を傷つけることはできずにそのまま砕けていく。
「常時強化されてるのか」
「ちょっと違いますよ。“練気”は常時の強化には向いていません。一時的にぐっと力を込めてガッっと使うのが普通です」
うん、グッとかガッとか言われてもなんの参考にもならない。
これだから天才肌は。
「なにはともあれ、この状態だと気を張ってて窮屈なので一旦外しますね。……破っ!」
母リラの掛け声とともに氷の蔦がバラバラに砕け散る。
アレを一瞬で外すか。
「さて、今度はお返しも兼ねて再び攻撃をお見せしましょう。……死なないで下さいね」
「死ぬほどの攻撃かよ」
母リラが攻めて来るが距離を多めに取って避ける。
よし、躱し……。痛っ!
確実に攻撃をかわしたと思ったが、手にうっすら切り傷が刻まれている。
「攻めの“練気”とは全てを弾く不可視の盾を一点に凝縮し、武器とする技です。不可視の爪として斬りつけましたがどうですか?」
「……もしアンタが敵なら全力でぶっ飛ばしたい気分だ」
「その意気ですよ。それでは続けて攻撃しますので諦めないで理解して下さいね」
上等だ。
コッチも全力でワザを覚えてやるさ。
母リラの拳や爪の軌道を読んで回避しようとするが、予備動作がない上に攻撃の途中で軌道が変化する。
なんて読みにくい攻撃だ。
一方でアタシの攻撃は受け流され、さらに“練気”とやらに阻まれて薄皮一枚の所で止まる。
アタシの攻撃は通じず相手の攻撃だけがうっすら通りやがる。
……あれ? これ魔法なしだと詰んでね?
「どうやらこのままだと私が押し倒してしまいそうですね」
「悪いがアタシが押し倒される相手は決まってるんでね」
「あらあら。素敵ですね。ならその方に慰めて貰えるように威力を少し上げますね」
母リラがそう言うと、攻撃の速度と威力が上がった。
おい、ただでさえいっぱいいっぱいなのに更にギアを上げてくるのかよ。
魔法を使わないとマズい。
だけど魔法を使うのはなんか気分的に負けた気がして嫌だ。
「練気を破るには練気しかありませんよ。マリーちゃんの攻撃は物理戦闘に見えて魔法寄りですね」
「アタシも練気とやらを使いたいんだがな、まだ気配すらつかめねえんだ」
「ふふっ。私も感じ取れたのは子供を五人くらい作ってからですよ。体の中に別の命があって、それを護ろうとした時、練気の存在を感じ取れましたから」
ルルリラ達以外にも子供がいるのかよ。
つかそんなシチュエーションでしか気が付けないってどういう技だよ。
……クソッ、こうなりゃヤケだ。
後先とかペース配分とか考えるのはやめだ。
相手の攻撃を受けてこっちも攻撃を返す。
それだけに集中する。
「良いですね。それじゃ行きますよ。はああぁぁぁっ!!!」
「くそっ!」
攻撃を流されては殴り返され、こっちも負けずに蹴りでさらにお返しをする。
相変わらずアタシの攻撃は一発も相手に届かない。
じりじりと押されているが、それすらも考えずにひたすら打ち合う。
打つ、止まる、殴り返される。
……どれくらいの時間が経っただろうか。
やがて音が聞こえなくなり――。
――……ますか?
ん? 誰か、何か言ったか?
どっかで聞いたような――。
「……マリー! 頑張ってください!」
打ち合いが続いていく中、エリーの声で意識を取り戻す。
……どうやら半分意識を飛ばしてたみたいだな。
改めて行くぜ。
アタシが再び攻撃をすると、歯車が噛み合うような感触を覚える。
何かわからねえがそのまま撃ち抜くぜ。
一撃を撃ち込むと母リラは数歩後ろへ下がる。
……どうだ?
「痛たた……。マリーちゃん、今のですよ! 今のそれが練気です!」
そんなに効いてないのか。
練気で防御したのか?
「マリーちゃんは凄いですね。たった一度の立ち会いで僅かながら使えるようになるなんて」
「……なんだか実感がわかないな」
初めてですよと言われたが、もう一度使えと言われても使える気がしない。
つか使えないこと前提だったのかよ。
「あら不満そうですね。それなら体に教え込むためにもう一度攻めますよ。昔の人はそれで使えるようになった人もいるそうです」
「おいまだ準備が――」
その時、遠くから激しくぶつかるような爆音が聞こえて互いの動きが止まる。
「敵だ! 敵襲だ! 里を襲っている奴がいるぞ!」
里のアチコチから鐘の音がなる。
くそっ、せっかく楽しんでたのに邪魔しやがって。




