第110話 獣人格闘術
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風呂場でリッちゃんとやり取りして確認したところ、どうやら吸血鬼一族の協力を取り付ける事に成功したらしい。
なんか元々国から依頼が来ていたようだ。
この機会に非公式だった魔族としての地位固めをする予定だとか。
なんにせよ円満に終わったようで良かった良かった。
さて、後はコッチだな。
アタシとエリーは二人風呂から上がって母リラと向き直る。
「皆さん、お湯加減はいかがでしたか?」
「ええ。いいお湯でした」
エリーがお湯の感想を伝える。
ここのお湯は大満足だ。
特に寝転び湯ってのが良かった。
仰向けになって半身だけ浸かるやつだが、外が少し寒いから長く浸かってものぼせないのが気に入った。
エリーと手を繋いだまま少し寝落ちしてしまったくらいだ。
「ところで話はどうでしょうか?」
「それが……やはりなかなかまとまらなくって」
エリーの問いに苦い顔をする母リラ。
まあずっと隠れてやってきてたもんな。
隠れてた理由も魔王から逃げるためとかそんな感じだろうし。
「やっぱり皆さんのおもてなしには川魚か獣肉かで揉めてまして……。どちらがよろしいですか?」
いや何の話してんだよ。
「アタシ達が聞きたいのは戦いに向けて力を貸してくれるかって事なんだが」
「ああ、そっちですか。それは私と……あとは行ける人だけ行くという結論になりましたので大丈夫ですよ」
それ来ないときの言い訳じゃねえか。
不安しかねえ。
「どれくらいの人数が――」
その時、鐘の音が響き渡る。
なんだ?
「獣だ! いつもの奴が侵入してきたぞ!」
「あらあら、お話中にすいません。ちょっと行ってきますね」
母リラが真剣な表情になると人を呼びに行く。
途中、ルルリラが起きてきたが外に出ないように伝えていた。
「おう、アタシ達も力を貸すぜ?」
「いえ、これは里の問題ですから。お客様は休んでいて下さいね」
そうは言ってもなあ。
万が一何かがあると気まずいし、一応戦える用意はしておくか。
敵がいるという場所にたどり着く。
すでに大人の獣人達が辺りを囲んでいた。
そこらへんにいる獣人のおっさんに様子を聞いてみるか。
「敵ってのはどんなやつだ?」
「ん? ああ、アンタ達は噂の客人か。敵……ってのはちょっと違うな。迷い込んできたのは獲物だ」
「獲物?」
なんかよく分からんな。
人混みをかき分けて獲物とやらを見に行くか。
「グルルルッ!」
「よっしゃ! とっ捕まえろ! 新鮮な肉だ!」
「囲め囲め!」
攻撃されているのは一匹の猪だ。
ただサイズがでかい。
……母リラの家よりデカイんじゃないのかこいつ?
「あらあら、お客様のおもてなしが決まりましたね。今日は美味しい猪鍋にしましょう。確か血抜きのスキル持ちが――」
「お、おう……。アタシ達の食事よりも里のことを気にした方がいいんじゃないのか?」
「大丈夫ですよ。いつものことです。今回はちょっと大きいですけど」
本当にちょっとかよ。
いつもこのサイズの獲物がやってくるとかおちおち眠れもしないだろうに。
「ここ十年で一番の獲物だ!」
「前年を上回るサイズだな!」
「いや五十年に一度の獣だろ!」
「おい! アレを見ろ! もう数体くるぞ!」
奥の森から、同じように巨大な鹿や猪が数体現れる。
何が五十年に一度だ。大量生産されてるじゃねえか。
しかしなんだこの里?
こんなのが日常なのか?
「あらまあ……。ここまでたくさん大きい獣が出てくるのは初めてですねえ」
「しゃーねえな。アタシが片付けてやるよ」
「あ、大丈夫ですよ。皆さんはお客様ですからゆっくり休んでください。……私が出ます」
母リラは拳を作るとデカブツ達の方へ歩いていく。
「族長! 族長が来たぞ!」
「皆離れろ! 巻き添えを食らうぞ!」
慌てて母リラから距離をとる獣人達。
いったい何をする気だ?
「あ! お母さんが戦うんだ!」
「久々に叔母さんの戦い見れるじゃんよ」
おっ、ウルルにルルリラじゃないか。
さっきまで寝てたと思ったが……この騒ぎで起きてきたのか。
「マリー姉さん! 見てて下さい! これからお母さんが作った『獣人流格闘術』が見れますよ!」
「すごいんだぜ! 俺もアレを使いこなしたいじゃんよ」
格闘術か。
人間の格闘術は対魔物向きじゃないから冒険者で使うやつは少ない。護衛や兵士はそれなりに学んでるみたいだけどな。
魔物と戦う場合は、どうしても皮や脂肪を貫くのに武器が必要だからな。
剣術やらの武器の使い方を学んだ方が効率的だ。
だけど獣人ならどうだろうな。
「ふふふ。お客様の手前、恥ずかしいところ見せられません。……行きます」
母リラは最初の大猪に向かって駆け出す。
「破っ!」
飛び上がり猪の頭に掌底を打ち込むと、頭の中で何かが爆発したかのように猪の目玉が飛び出した。
そのまま流れるように弧を描き、爪で首の動脈をか掻き切っていく。
「ごめんなさい、脳みそは珍味なのですが……。とりあえずスキル持ちが料理をする前に血抜きだけしておきますね」
……動きに無駄がない。
静から動への予備動作もなく、激しく動いてるのに静けさすら感じるな。
こりゃ強いぞ。
「次は……向こうから来てくれましたか」
母リラの言うとおり、巨大な牡鹿がツノを構えて突進してくる。
巨体の割に早いな。
流石に母リラも正面からの撃ち合えないだろう。
さあどうやって躱す?
「太くてたくましいのは好みですが……力量の差を分からないとは野生動物失格ですね。……えいっ」
突進してきた鹿のツノ。
母リラはそれを撫でるように優しく受け流した。
突進の方向を変えられた鹿は、近くの木に激突する。
「ごめんなさい。私、攻めるより受けのほうが得意なんです」
鹿の首をよく見ると、傷がつけられて血が流れ出ている。
……受け流しながら爪で切ったのか。
「すいませんがこの里ですと魔力を貯蔵するのがなかなかに難しくて……〈変身〉はお見せできません」
「いや十分だ。伊達に族長をやってないな」
正直母リラは強い。
これが獣人の族長か。
「ふふ。ありがとうございます。あとは残りの獲物達を片付けるだけですね」
母リラは残った蛇や獣達に攻撃してうごけなくする。
次に大きく息を吸うと、犬の遠吠えのような鳴き声をあげた。
その声に応じるように、周囲から魔獣達があつまり、巨大な蛇やらに食いついていく
「この森は私の支配下です。魔物達は私のスキル『統ケ番』にて統率されて、私の手足のように動いてくれます。最もこうして定期的に餌を与える必要がありますが」
てことはスキルも使わずにさっきのデカイ獣とやりあってたのか。
「身体強化魔法と獣人ってのは食い合わせがいいな。あそこまで洗練された技で攻撃されたらひとたまりもないだろうよ」
「あー……。私が使ったのは魔法よりもっと原始的なものですね。私は生命力そのものを練ったものと言うことで“練気”と呼んでいます」
ん? なんだそりゃ。
魔法を使わずにあそこまでの力が出せるのか?
……でも確かに詠唱してなかったな。
「私が使っているのは生物が本来持っている力そのものです。魔法になる前の力を身体強化用に練ったとでも言いましょうか」
「基礎魔法とも違うのか?」
アタシは炎を作って見せてやる。
「あ、惜しいです。それをもう少し物理的な攻撃に寄せた感じです」
「……ちょっと詳しく教えてくれねーか?」
これは前に精霊の奴が言っていた古代の力と関係している気がする。
是非とも詳しく聞いておきたい。
「とは言いましても……かなり感覚的な部分なので口で説明するのは難しいですねえ。想いの強さも威力に関係しますし……。そうだ! 風呂上がりの方にこう言うのもなんですが、差し支えなければ私と軽く打ち合ってみませんか?」
模擬戦か。
悪くないな。
確かに直接殴りあったほうが理解は早そうだ。
「よし、風呂は改めて入らせてくれよな」
「決まりですね。それではすぐに準備しましょう」




