閑話 その頃のリッちゃん
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時は少し遡り、エリー達が里へたどり着く少し前の事。
「うわー……町だねえ」
「町ですねえ」
リッちゃんとメイは吸血鬼やエルフなどの魔族が隠れ住んでいるという場所へとやってきていた。
そこは獣人の里とは反対に古くから人の町としてあり続け、王都から遠くともそれなりに発展を遂げている町だ。
「ここが私達の一族が収める土地ですわ」
「人間の町とそう変わらないね」
「実際ここにいるのはほとんどが人間でしてよ。魔族が住んでいるのは領主の館と奥の森くらいのものですわ」
吸血鬼のフィールはどこか誇らしげに胸を張っている。
ここが彼女にとって想い出深い土地なのは間違いないのだろう。
そこてリッちゃんはふと思い出したようにエルフの少女、アルマに質問を投げかける。
「アルマの住んでる場所もここなのかな? もっと森の方かと思ってたよ」
「私達が住んでるのはもっと奥、領主の館の背後にある森なんだ」
アルマ達エルフ族の住処は領主の館のさらに奥、立ち入りが禁止されている森の中に住んでいる。
エルフという種族が露見することを警戒し、その耳が外部の人間に見られないよう定められた古い風習のためだ。
しかし、時の流れと共に風習は風化していくものである。
「でも私達魔族は隠れていれば見分けが中々つかないからね、隠すものは隠す必要があるけどよく街には出ているよ」
「そうですわね。私も領主の一人娘という身分。牙こそ隠せば私も人として認識されておりますわ」
無い胸を張って元気よく答えるフィール。
その様子はどこか誇らしげだ。
「でも安心したよ。俺さ、フィール達の住んでいる場所に行っても溶け込めないんじゃないかって不安だったんだ」
ほっとため息をつくカリン。
どうやら魔族が住む土地と言うことで、おどろおどろしい空間を想像していたようだ。
予想をいい意味で裏切られた事に安堵しているのだろう。
「でも貴族の一人娘ってことは色々と厳しくて大変なんだろ? 俺には真似できないなー」
「ええ、僭越ながら伯爵の地位に恥じぬよう努力しております」
カリンの質問に対して凛とした態度で答えるフィール。
そこに町の人が通りかかった。
「お! おてんばお嬢様じゃないか! 最近見なかったけどどうしたんだ? おい、そこの姉ちゃんも耳を隠さないとバレるぞ?」
「あらあら失礼しましたわ。ありがとうございます」
メイの耳を指摘されると、フィールはどこから取り出したのかフードを取り出して耳を隠した。
その様子に男は満足したようだ。
「良いって良いって。この町ならともかく、外に出たら気をつけないとだぜ。館の人にもよろしくな。それじゃあまたな!」
去っていく村人を見送ると、再びフィールは皆に向き直る。
「私達の秘密はそう簡単には露見しませんわ」
「……」
「えっと……もう町の人は知ってるよね?」
「そ、そんな事はさておいて館に行きますわよ! 事前に手紙は出しておりますの!」
色々と前提が崩壊していたようだが、フィールはそれを無視して無理矢理押し切り館へ向かう。
「フィール、ただいま戻りましたわ」
館に着くと執事が出迎えてくれる。
「お帰りなさいませお嬢様。話は手紙で伺っております。 ……目的の方とその主人を見つけたと聞きましたがそのお方でしょうか」
鋭い目でメイを見てくる執事。
「ええそうですわよ……。なんですの! その目は!? もしかして偽物を連れてきたとでも!?」
「いえ……。分かっているかと思いますが、百年もの間我らが秘密裏に探せども見つけられなかったお方です。いきなり現れたと聞いて信じる方が難しいかと」
「もう! それならどうやって証明しろと言うんですの!?」
それについては後ほどお伝えしましょう、と伝えた執事は他の者に視線を移す。
「隣の方々はご友人ですかな?」
「ええ! こちらは私の友人カリンに、魔王ファウストの創造主、リッちゃんですわ!」
「えっと……俺は……、コホン。私はカリン。はじめまして、ふつつか者ですがよろしくお願いします」
「僕も初めましてだね! 昔は魔王をやってました! メイの母です。リッちゃんって呼んでね」
執事はリッちゃんの名前を聞くと、途端に眉をひそめた。
「魔王ですか……。失礼ですがお名前は昔からリッちゃんのままで?」
「え? 昔のこと? 昔は我こそは偉大にして魔術の深淵を目指す者、リッチ・ホワイトって名乗ってたよ」
リッちゃんの不必要に長い名乗りを聞いた途端、執事の顔が更に険しくなる。
「魔王リッチ・ホワイト様……ですか。やはり……。いきなりで申し訳ありませんが、男爵様に会っていただく前にひとつ、手合わせをお願いします」
「え? え?」
執事が合図をすると、どこからか武器を持ったメイド服の女性達が現れ周りを囲む。
メイド達の耳は尖っておりエルフであることをうかがわせた。
「待って皆! この魔王はわるい魔王じゃないの! いい魔王なの! ほら『友人は森の手元と共にあり』」
アルマが叫ぶが緊張状態が解ける様子はない。
「アルマ、それはあくまでも外に探しに行った者たちが仲間同士でやり取りするために取り決められた合言葉今回は意味がないものですよ」
「あっ! お母さん! なんで皆、戦おうとしてるの!?」
何が起こったのか分からず混乱する『森林浴』のメンバー達。
話しかけてきたエルフはアルマの母のようだ。
武器を構えた皆の前へメイが一歩出る。
「武器を収めなさい。こちらにいるのは私達の主人。ひいてはあなた達の創造主でもある方に対して無礼極まりありません」
「メイ様。私たちエルフの友人としてこちらに来ていただいたこと、まことにありがとうございます。ですがその意見を聞くわけには参りませんわ。リッチ・ホワイトという人物が古い伝承の人物であればそれは私達の驚異という事でもありますの」
アルマの母が毅然とした態度で返す。
そのアルマの母に対して、リッちゃんが近づいて行く。
その様子に一瞬緊張が走るが、リっちゃんは気付いた様子がない。
「どうしましたか魔王リッチ・ホワイトよ? 申し訳ありませんが停戦の申し出は……」
「あの、初めまして。アルマちゃんのお母さんですね。これお土産です。どうぞウチのメイが作ったお菓子です」
「え? ええ……。ありがとう、ございます? あらまあ、これはこれはご丁寧に……。とても美味しそうですわね」
笑顔で渡すリッちゃんに対し、丁寧にお礼を伝えるアルマの母。
「そうなんだよ! 王都のお菓子にも負けないくらい美味しいんだ!」
「まあそれはそれは……」
「あの、今は戦闘直前ですので……」
執事が間に入る事でなんとか雰囲気を元に戻そうとするが、一度崩れた雰囲気はなかなか戻らない。
「……コホン。ちょっと仕切り直しても?」
「いいよー」
「さて、伝承にすら記載されぬ魔王よ。貴様が邪悪な存在か、あるいは……もういいんじゃないですか?」
「諦めないで下さい! 本当に伝承通りなら魔王ファウスト様をも超える災厄となるのです! そのような方を男爵に合わせる訳には行きません!」
気分が削がれたのがアルマの母はどうでも良さそうな顔になる。
その母にたいして執事は激励をするが効果は薄いようだ。
「頭が固い方ですねえ。そういう訳です。すいませんがちょっとだけ相手してくださいませ」
「うん、いいよ!」
元気よく言うリッちゃんにたいして、メイドの一人から矢が放たれた。
しかしその矢は途中で勢いを失い、最後には何かに弾かれるようにして落ちてしまう。
「あら、これは一体……?」
「これは私のスキル、〈サ・守護主〉です。詳細はお伝えできかねますが、皆様がどれほどの力を持っていようとこれを破ることはできません」
凛とした態度を崩さないまま、メイは語る。
その態度に武器を構えた者たちは僅かに動揺する。
「参りましたね……。これでは力量が測れません」
「困りました……。出来れば少しだけでも手合わせ願いたいのですが」
その間もエルフ達から散発的な攻撃は続くが、メイのスキルを貫ける様子はない。
「スゲーなこれ! リッちゃん姉を守る壁か?」
「ええ。ただスキル発動中はご主人様が動けなくなりますが」
「そうなのか? じゃあ代わりに俺が反撃を……。いてっ! ……俺もぶつかるのかよ!」
額をさすりながらスキルで生み出された不可視の壁を叩くカリン。
「なあ、これどうやって俺達は出れば良いんだ?」
「カリン、このスキルは護りのスキル。内からも外からも破壊は不可能ですよ」
「だめじゃねーか!」
彼女の持つスキルにより膠着状態へと陥り戦闘にならない事を悟った執事は困ったような顔をしている。
「申し訳ありませんが皆様程度に傷を付けられるものではありません。ここは一つ魔王らしく卑怯な手段に出るとしましょう。カリン、ここへ」
カリンを呼び寄せてこっそりと耳打ちするメイ。
カリンは一瞬顔を赤らめたが、意を決したように真面目な顔になった。
「お前ら! 武器を降ろさないとお前たちの大事なフィールやアルマがどうなっても良いのか!」
その言葉にエルフ達に一瞬緊張が走る。
「ほう……、何をなさるおつもりで? 事と次第によってはタダでは済みませんが」
「あれ? 僕たち悪役になってない?」
状況をよく理解できていないリッちゃんを他所に、圧力をかけてくる執事とメイドたち。
その圧にカリンは少し狼狽える。
「そりゃ……、アレだ……。その……キス、とか……。耳をハムハムしたり、とか――」
顔を真っ赤にしながら答えるカリン。
そのセリフは最後まで語られる前にフィールとアルマによって遮られる。
「まあ! なんて素晴ら……恐ろしい! 私の事は気になさらず、是非とも攻撃の手を緩めないで下さいませ!」
「そうだよ! 私達の事はどうなってもいいから!」
エルフ娘アルマと吸血鬼娘のフィールは口だけは拒否をしているが、二人共その顔をカリンに近づけており、その様子にカリンは顔をますます赤くしていく。
「そんなカリンちゃん、手を繋ぐのですらためらってたのに! みんな、カリンちゃんは悪い子じゃないんです! 魔王リッチ・ホワイトの名に誓って良い子なんです!」
唯一ズレた回答をしているリッちゃん。
彼らの様子に面食らったのか、執事たちは再び動きを止めてしまった。
「ねえ……ジョルジュ。もう良いんじゃないかしら。本当に伝承通りの邪悪ならここで反撃しているでしょう?」
「そうですね……。しかし、ふふ……。参りました。お嬢様たちをキズモノにするにはいけませんしここで終わりにしましょう」
そう言うと執事とメイド達は武器を下ろす。
「そんな、執事の皆様! もっと抵抗してくださいまし!」
「そうだよ! あきらめないで! あなた達はやればできるんだから!」
「え? え?」
魔族娘の二人が騒いでいるが最早執事達は戦うつもりはないようだ。
唯一、リッちゃんだけが状況を理解できずにキョロキョロと辺りを見回していた。
「さて、色々とご迷惑をおかけしました。いきなり武器を向けた事、失礼いたします」
「理由を教えていただきたいものですね」
「もちろんそれについてもお話しいたします。私達には二つの言い伝えがございました」
そう言うと、ひと呼吸おいて執事はゆっくりと語りだす。
「一つは魔王の友人と我らの始祖ダルクールより伝わるお話。そしてもう一つはエルフを閉じ込める原因となった魔王の創造主の話です」
一つは吸血鬼一族に伝わる、リッチ・ホワイトという人物が魔王ファウストや初めてのエルフ、メイの創造主であったという伝説だ。
そしてもう一つが魔王ファウストによって滅ぼし、あるいは封印した邪悪なる存在がいたという話。
魔王ファウストが全身全霊を込めて封印することしかできなかったというおとぎ話の話だった。




