第106話 夢
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――こうして、わるいあくまは勇者たちと精霊によって倒されました。
――あくまによって傷ついたひかりのかみは消える直前に存在を力に変換し、私達を祝福しました。
――そして今でも私達の生活を見守っているのです。めでたし。めでたし。
……変な夢を見たな。
たしか……おとぎ話の『わるいあくまとひかりのかみ』……だったか。
懐かしい夢を見たもんだ。
あの魔王と戦ってから数日。
アタシ達は勇者ちゃんや『ラストダンサー』と別れ、館に戻ってきている。
久々にベッドの上だ。
平穏な日常ってのはいいもんだな。
皆より少し早く目が覚めたがまあいい。
エリーの温もりを感じながら二度寝を……。
「……さん! マリーさん! お元気ですか! 起きてたら玄関を開けてください!」
玄関口の方から聞いたことのある声がする。
騒がしいな。誰だ……? せっかく気持ちいい朝に浸っていたのに……。
そういえばギルドに報告しに行ったあと、人をよこすとかいってたな……。
まったく、エリーの目が覚めるだろうが。
……しょうがない、出るか。
「うるせえな朝っぱらから。……ポン子じゃねえか。なにしに来たんだ? 問題児なら間に合ってるぞ?」
「私は問題児ではありません! 皆様のお陰で借金のないキレイな身体になりましたのでお礼にと!」
「いやチャラにはしてねえよ。勝手に借金を無くすな。ちゃんと払えよ?」
「うっ……。そ、それでですね! 本日付けで『エリーマリー』専属のギルド員として誠心誠意心を込めてご奉仕をするよう私に辞令が――」
「チェンジで」
とりあえず玄関のドアを閉めておくか。
鍵もかけとこう。
……朝っぱらから不吉な話を聞いた。
だいたい専属ギルド員なんてのはギルド員の中でも優秀なやつが、冒険者の依頼で金を払って付くもんだろう。
ポン子には一つも当てはまらない。
むしろアタシたちが苦労するのは目に見えている。
「開けてくーだーさーい! 私は可愛い美人受付嬢ですよー! このままだと借金なくなりますよー!」
問題児がうるさい。
勝手に押しかけて何言ってんだ。
帰れ帰れ。
ウチは問題児は間に合ってるんだ。
面倒だからメイにぶん投げて放置して……。しまった。
メイはしばらくリッちゃんの部屋にいるんだったな。
リッちゃんが落ち込んでたから、メイが癒やすためにしばらく朝の仕事を免除したのを忘れていた。
魔族っ娘達にポン子を相手させるのも可愛そうだし……。
しょうがない、ポン子の対応はアタシがするか。
玄関を開けて改めてポン子と話をする。
「サラッと借金をチャラにしようとするんじゃねえ」
「いいじゃないですか! 払えない借金はないのと同じなんですよ! むしろマリーさんはお金を返してくださいと頭を下げるべきです!」
ほう、金を借りるだけでは飽き足らず喧嘩を売りにくるとは面白い奴だ。
「ちょうど色街に知り合いがいるんだ。万年人手不足らしいから……」
「調子にのってすいませんでした! どうか、どうか金持ちのイケメンに玉の輿するまでは保留にしていただけないでしょうか!」
一瞬で土下座をしてくるポン子。
玉の輿とか何言ってるんだ。
魔法やファンタジーじゃないんだからよ。
さては朝だからコイツも寝ぼけてるな。
「メルヘンな夢を見るのは勝手だが、そろそろ現実も見ような? 現実から目をそらし続けると痛い目に会う……もう会ってるか。とにかくお金は少しずつでも返すんだぞ」
あとギルドの服装で土下座をするとヒップラインが浮かぶから注意したほうがいいぞ。
「ううっ、どうして私がこんなことに……」
それはお前がアタシ達の貞操を賭けようとしたからだろ。
自業自得だ。
「少しずつでも返して人としての信用を築いていこうな? 大丈夫だ。未来は夕日のように明るいぞ」
「それもう沈む前提じゃないですか! ううっ……。そ、そうだ! マリーさんは存じないかもしれませんが借金というのは信用の現れなんです。私の価値こそは借金の額と言っても差し支えありません!」
「ギャンブルの借金に信用なんてハナからねえだろ」
いきなり取ってつけたような知識で話しやがって。
価値があるのは金持ちの借金だけだ。
金持ちの借金ってのは同等以上の価値のあるものと交換した結果なんだよ。
ポン子みたいに一方的に発生した返すアテのない借金に価値があるわけないだろ。
「しかし使いを向かわせると聞いていたが……悪いがよそに行ってくれ。ウチはもう間に合ってる」
「私もそうしたいのですが、その……部長も怒り心頭で……。ギルドが私の借金を肩代わりしない、借金を返すまでマトモに仕事はさせないって言うんです! あんまりじゃないですか!?」
あんまりなのはお前の頭だ。
クビにしないだけ有情だろうが。
ポン子をリコールするため、後でおやっさんに話をしにいくか。
「おう、そろそろ来る頃だと思ってたぜ。今日は一人か?」
ギルドでは親父さんが待ち構えていた。
来るのは予想済みだったらしいな。
ちなみにリッちゃんはメイとイチャイチャさせてるし、エリーは姪の代わりとして買い物に行ってもらっている。
「まあな。来るのがわかってたなら、アタシの言いたいことも分かるだろ?」
「おう、それに関してはこっちも詫びなきゃならねえ。ポン子の借金だがな。俺達が一括で返すには色々と無理があってな」
「分かってる。個人が勝手に作った借金の肩代わりなんで出来るわけないからな」
ギルドが深く関わっているならともかく、ポン子が勝手に戦いを挑んで勝手に作った借金だからな。
こんなモン肩代わりする理由がない。
「とはいえ、カジノの設立に派遣していたのは俺達ギルドだ。ミイラ取りがミイラになったがな。返済を無視するわけにもいかん」
別に構わないのに律儀だな、おやっさんは。
本来ならルールを作って冒険者がのめり込みすぎないようにしたり、うまく共存して行く術を模索していたらしい。
……ただ何故かポン子自身がカモから毟る立場になってた事で大問題だとか。
「ギルドの受付嬢が冒険者に借金があるというのもまずいからな。そこでポン子を表に出さず、裏で支払いにあてるための落としどころを考えたってわけだ」
「いや、正直いらないんだが。返品するぜ」
寄越すならもっとまともなやつをくれ。
余ってるからってポン子を送りつけてくるな。
「まあ待て待て、最後まで話を聞け。前に魔王と戦った時、お前んとこの奴が初代魔王を見てショック受けてたんだろ?」
リッちゃんの事か。
確かにショック受けてたが……。
「で、前の報告の時に聞いた話だとお前のとこのメイドも知り合いだそうじゃねえか」
「確かにそうだが……何の関係があるんだ?」
「ポン子を雑用に使えば、お前んとこにいるメイドの負担が軽くなるだろ? 二人をしばらく一緒にさせたらショックも和らぐんじゃねえのか?」
つまりメイとリッちゃんを長く一緒にして精神を回復させる、と。
もう既にやってるが……そこまで考えてくれたか。
「だが色々とギルドも都合があるだろうに。ギルド員に雑用を任せて大丈夫なのか?」
「その辺りはそっちの自由にしていいぜ。……アイツは借金がチャラになるまでお前達の所有物として扱ってくれ。ギルドの依頼はアイツに投げればいい」
とは言えなあ。
あの時カジノの件、後でオカマ組長経由で金額が届いたが凄いことになってるぞ?
勇者の武器や道具やらの価格をポン子の一日分として無理やり換算したからな。
正直マトモに払うより色街に永久就職したほうが楽じゃないか?
「なに、難しく考えるなよ。あいつは色々抜けてるが、意外と細かい仕事はできるほうだ。ギルドのお使いやらを任せてパシリにしてもいいぜ」
だがポン子はなあ……。
ポン子なのがネックだからなあ。
うーん。
「……リッちゃんが立ち直るまでの間だけ借りとくぞ」
とりあえず部屋の一室を割り当てて……。
いや、それはそれで面倒そうだ。
敷地の外に掘っ立て小屋でも立てて貰おう。自力で。
「おう。決まりだな。ところでこれから本題だが……」
「まだあるのか」
「そう言うな、王都からの指名依頼だぜ? 『隠れた魔邦人の協力を得るために、そちらの従者を通じて話をしてほしい』だとよ」
魔邦人。
要するに魔王派閥じゃない魔族のことだ。
協力というのは……魔王との戦いだな。
おやっさんは通信用魔道具と報酬の書かれた紙をテープルに置く。
通信用の魔道具はそれぞれの魔族に渡せってことか。
報酬は……恐ろしく破格だ。
「分かった。チビッ子達を連れて離れるが構わないな?」
「ああ、危機が迫ってるんだ。細かいことは言わねえ。こっちで何とかする」
ギルドのほうは大丈夫なのか。
て事は『オーガキラー』の奴ら、育成に成功――。
「頼もう! 依頼をクリアしてきたので報酬を受け取りに来たぞ! ……むむっ! この気配は!」
……やかましいやつの声が聞こえた。
あの声はルビーだな。
出会うと面倒くさそうだ。
「おやっさん。これで用事は済んだな? 悪いが先に帰らせてもらうぜ」
「おいちょっと待て。そっちは窓だ。ちゃんと表口から出て行け」
嫌に決まってるだろ。
こういう時はアイツと鉢合わせしてロクでもない事になるんだ。
だったら窓から帰った方がいい。
その時、扉が急に開いた。
開けたのはルビーだ。
……なんで一直線にこっちに来るんだ。
受付で全部済ませろよ。
「おお! やはりマリーも来ていたのか!
導きに従って正解だったな!」
「おい、ここは打ち合わせ中だ。勝手に開けて入ってくるんじゃねえ」
「ふはは! 良いではないか! 伝説の最強と戦い勝利したそうだな! 早速手合わせを願おう!」
これっぽっちも良くねえよ。
つか伝説の最強って初代魔王ファウストだろ。
その最高に頭の悪そうなネーミングなんだよ。
「すまないが今大事な話をしてるんだ。さっさと帰……っておい! 武器を抜くな」
「良いではないか! 互いに体でぶつかり合って成長を語り合おう!」
クソっ、このバカ本当にここでやり合うつもりか?
ならこっちも全力で切り刻んで……。
「お前ら、じゃれ合うのは外でやれ」
……部屋から追い出されてしまった。




