第104話 魔王の秘密
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その塊は気が付けば魔王の側に移動していた。
ゆっくりと黒い霧が晴れていき、塊の本体が見えてくる。
……人形、いや人形のような少女だ。
その人形……いや少女は不思議な美しさを保っていた。
人形に着せるようなゴスロリ風の服に包まれた少女は、目を閉じたまま立っている。
まるで普通の少女がお洒落をして佇んでいるだけだと言っても信じたかもしれない。
体を鎖で縛られて、顔や首、手に縫い合わせたような跡がなければな。
その手は僅かだが傷ついている。
さっきの悪魔を倒した一撃。……もしかして、もしかしてだが。
本当にただ殴っただけか?
「あっ……ああ!!! もしかして……。本当に……?」
「リッちゃんどうした、落ち着け。おい身を乗り出すな!」
今までに見たことのない狼狽ぶりだ。
なんだ? リッちゃんはアレを知ってるのか?
リッちゃんが見ているのは先程まで暴れまわっていた影、今は魔王の側に佇む一人の少女だ。
「ファーちゃん!」
「何っ!?」
リッちゃんが大声を上げる。
おい、ファーちゃんって……。
「男爵、そして砦の人間どもよ。気に入ったぞ。死の際に刮目して見るがいい。これが余のもつ最強の人形。代々の魔王に継承されし最強、初代魔王ファウストの死人形である!」
初代魔王。
はるか昔に死んだはずの伝説がそこにいた。
「ファーちゃん! ファーちゃん!」
リッちゃんが叫んでエリーがなだめようとしている。
アタシも構ってやりたいが今は駄目だ、目の前の相手がヤバ過ぎる。
そんな魔王二人の前に立ちふさがったのは子供悪魔だ。
さっきまでのようなヘラヘラと笑って相手をなめていた様子はまるでない。
「魔王さあ……そんな隠し玉があるなんて酷くない?」
「これは秘中の秘。それに乱打はできぬ」
「酷いなあ。本当の秘密はもっと深くに隠して……おごぉっ!」
一瞬で移動した少女……魔王ファウストが悪魔の体を貫く。
「戯言は要らぬ。消えよ」
子供悪魔をアタシ達に見せつけるように掲げると、空へ投げ飛ばす。
「おい、何をする気だ?」
「まて、他の悪魔達も放り投げてるぞ!」
かろうじて生きていた防壁と騎士の悪魔も捕まえられ、空へ放り投げ出される。
空にいる悪魔たちに向って、魔王は両手を掲げた。
……おいおいマジかよ。詠唱も無しで魔力が両手に集まっていくのがアタシにも分かるぞ。
「がはっ……。こんなにあっさり……僕を消すの……? これが侯爵や公爵を集めて作ったといわれる伝説……」
「悪魔とは永遠。形が滅び、記憶が消えても呼び声に応じてまた生まれるもの。男爵よ、新たに性質が定まるその時まで根源の淵で眠るがいい」
ファウストの両手に集まっていた魔力が光を発し、空へと放たれた。
「う、うわああああぁぁぁっっ……」
閃光が拡散し空にいた悪魔達を焼き払っていく。
そして、ほんの僅かに遅れて爆風が砦を襲う。
……衝撃の余波でこれだと!?
なんて狂った威力だ!
「あ、ああ……。ワシの悪魔達が……一瞬で……?」
「余波だけ、で……精霊の、守り、壊れた……」
「私の魔法も解けています!」
くそっ、ココはもう駄目だ。
今の一撃で完全に崩壊した。
砦はまだ形を留めているが、兵士も傭兵も心が砕けている。
あんなものに立ち向かおうと思える奴なんているはずがない。
「……なんて恐ろしいの。これほどの力があるなんて聞いていないわ。ジーニィちゃん! 撤退よ!」
「そうだ! 撤退だ!」
「早く逃げろ!」
くそっ、仕方ないか。アタシ達も……。
「駄目だ!」
皆が混乱しながらも逃げようとする中、リッちゃんだけが大きく叫んだ。
「リッちゃん、お前の子供を置いていきたくない気持ちは分かる、だが今は……」
「違うんだ! ファーちゃんのあの魔法は二連続で攻撃を放てるんだ! 早く防御を!!」
気がつけばファウストは空中に浮かんでいた。
手は同じく魔力を貯めたまま、アタシ達のほうを向いている
……たしか伝承では空も飛べるんだったな。
くそっ、手に集まっている魔力が拡散しすればアタシ達は骨も残らねえ。
防御を――。
駄目だ、貫かれる。
勇者ちゃんなら無効化できるかもしれねえが今は動けない。
攻撃は……。
一撃で仕留められる威力なんてすぐには無理だ。
そもそもあの速さじゃあ躱される。
ならアレだ!
「マリー!?」
「敵に突撃じゃと!?」
「馬鹿な!? 収束した魔力に突撃するのは自殺行為だ!」
ああ、そうだな。知ってるさ。
だけどあれは拡散型の攻撃だからな。
拡散される前に近づかないといけないのさ。
「無駄なことを……。絶対的な力の前に屈するがいい」
そうだ、こい。
この技で――。
そういえばこの技、名前をつけてなかったな。
即興だが今名づけるぜ。
「――ナルキス・ミラー!」
攻撃される直前、アタシは鏡のような空間を生み出した。
同時にファウストから閃光が放たれるが、そのまま閃光は鏡の中に入っていく。
そして、僅かにズレた位置にもう一つ鏡が現れ、吸い込んだ閃光を吐き出した。
「何っ!?」
「まさか!?」
魔王と味方から驚きの声が飛んでくる。
そうだよ。燃費が悪すぎて使ったのは過去一度しかない、空間魔法による一回限定のカウンターだ。
ファウストの魔力が放たれる瞬間に上手くタイミングを合わせることができたようだな。
できれば地面でふんぞり返ってる魔王を巻き込みたかったが、そこまでの余裕は無かった。
リッちゃんには悪いが、アレほどの威力だ、流石に魔王ファウストと言えども……。
……おいまじかよ。まだ空中に浮かんでやがる。
あの威力で原型を留めるのか。
「マジ……か。ヤバい、魔力が……使い過ぎ……」
ファウストがゆっくりと構えようとして……。
「ファーちゃん!」
……気のせいか?
リッちゃんの声で一瞬動きが鈍ったような……。
まあいい。今のうちだ。
力を振り絞って、かろうじて砦まで飛んで戻る。
ファウストはその後も微動だにしない。
彼女はしばらく空中に留まったままだったが、やがてゆっくりと地面に落ちていく。
……流石に、ダメージはデカかったようだな。
「我が人形の力を返すとは……っ!」
魔王が怒っているが煽る余裕はない。
アタシも魔力切れでキツいからな。
……そんな睨むように見つめたってこれ以上手札は出せねえよ。
「貴様、名はなんという?」
「……マリーだ」
「良いだろうマリーよ。貴様の行為に敬意を表しこの場は収めてやるとしよう」
魔王は手を叩く。すると、先ほどから動かなくなっていた竜が急遽動き出した。
体はボロボロで、もはやなぜ動いているのか不思議なくらいだ。
「……これは余が受けた恥辱でもある。人形の傷が治り次第、余が直々に貴様達人間を叩き潰しに行くと宣誓しよう。その時まで心して待つが良い」
魔王を乗せ、動かなくなった人形ファウストを足で捕まえて去っていく。
……かろうじて、かろうじて追い払う事ができたみたいだな。
早く魔力を補給しないと……。
「う、うおおお! 生きてる、生きてるぞ!」
「ありがとう、冒険者マリー!」
「アタ、アタシ達、ここで死ぬのかと……」
「凄いぞマリー!」
砦から爆音のような歓声が聞こえてくると、次々とよってたかってアタシを抱きしめ、抱えあげてくる。
「「マリー! マリー!! マリー!!!」」
ついでにアタシの名前でコールまでしてくれた。
マリーコールは嬉しいんだけどよ、頼むからエリーとキスさせてくれ。
キス経由で魔力を分けて貰わないと意識が飛びそうで辛い。
そこで砦の兵士が一人声をかけてくる。
「良かったのかい?」
「なんだ? サインなら悪いがあとにしてくれ、魔力切れだ」
「いや、あの魔王……。最後に格好いい事いってたけど……。あれ逃げただけだよね?」
……クソっ!
態度が堂々としすぎて気が付かなかった!
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アタシ達は城まで戻ってきて事の顛末を宰相の爺に伝えている。
ちなみに今はアタシ達『エリーマリー』だけだ。
『ラストダンサー』は細目が一ヶ月の療養のため先に見舞いに行くそうだ。
勇者ちゃんはまだ動けるらしく訓練に励むと言って訓練場へ行った。
「なんという……まさか初代魔王の悪夢が続いていたとは……」
「それだけじゃないぜ。魔王のやつ攻め込んでくると宣言しやがった」
「むむむ……」
「でもアレだけの怪我だから……特別な事情がなければ回復に半年、いや最低でも四ヶ月はかかると思う」
四ヶ月……。
個人で準備を整えるぶんには余裕だが軍を動かすにはどうなんだろうな。
「リッチよ。その情報は確かか?」
「うん、ファーちゃんの体は悪魔や精霊に近くて、魔力での自然回復しか受け付ないんだ。それは今も変わらないと思う」
「四ヶ月……。最低で保証された期間がそれだけか……」
しばらく宰相は考え込んでいたが、やがてこうしてはいられんとか言って慌てて出ていく。
「今回はアタシ達も怠けたいとか言ってられなくなったな」
「そうですね。まさかこれほど大事になるとは思いませんでしたが」
「ほんとに、予想外なことばっかりだよね……」
今は立ち直っているが、リッちゃんは道中かなりヘコんでいた。
無理もないか。
「ファウストが生きている可能性もあるのか?」
「体内にある核の部分が無傷なら大丈夫かもしれないけど……無理だと思う。肉体は完全にネクロマンシーの術で制御されてたから」
つまり、魔王ファウストは死んでいて、肉体だけを魔法で人形として操られているってことだそうだ。
一瞬だけリッちゃんの呼びかけに反応した気がしたが、気のせいか……。
「あの、二人共……。お願いがあるんだけど」
そう言って頭を下げてくるリッちゃん。
「どうかファーちゃんを救うため……。ううん、寝かせるために力を貸してください」
「頭を上げな。水くさいぜ」
「リッちゃん。私達はいつだって味方ですよ」
「それじゃあ……手伝ってくれるの?」
エリーとアタシ、二人共頷く。
「悪いやつはしっかりとぶっ飛ばさないと、だろ」
「ええ、全くです」
「ありがとう、二人共。本当にありがとう。……待っててね」
最後の呟きはファウストに言ったものだろうな。
魔王はリッちゃんの因縁の相手だ。
今度あった時には必ずお返しをしてやらねえと。
「だけどあれほどの強さ、流石は元魔王だ。対策を考えないとな」
「……でもファーちゃんは昔ほど強くなくなってるよ。昔なら最初の一撃で砦ごと壊れたんじゃないかな。全盛期の半分……四割くらいの威力だと思う」
あれで四割か。
全力なら灰も残らなかったんじゃねえのか?
「て事は手加減されたのか?」
「ファーちゃんはそんな器用な事できないよ。多分だけど全力であの威力なんだと思う」
なにかが理由で全力は出せない、と。
……よし、これ以上はアタシ達の手に余る。
ギルドを巻き込むか。
「爺からもギルドに連絡が行くと思うが、とりあえずは獣っ娘を連れておやっさんにも報告だな」
「僕は先に館に戻って話しをしてくるね」
リッちゃんはメイに相談するため、先に転移して館へ戻っていく。
転移門はアタシ達だけでも使えるようにしてくれているらしい。
さて観光どころじゃなくなったが獣っ娘達を連れてアタシ達も帰還するか。




