第101話 正面突破
7-101-116
人間の守る砦の近くまで来た。
残念ながら砦の前には魔王軍が陣取っている。
「…駄目です。向こうはこちらに気がついていないようですが迂回は難しいかと。数は二千ほどでしょうか」
流石に砦近くに陣取ってる奴らを迂回するのは難しいか。
簡単に回り込める地形に砦なんて作らねえだろうし、回り込んでる間にさっき通り過ぎた魔族と挟み撃ちになるのも不味い。ヤバイな。
二千超えの兵隊と正面から直接ぶつかるのは避けたいからとりあえず囲まれにくそうな場所に移動してるが…。
「エリーちゃん、前のアレを頼める?」
「幻惑して…逃げる…」
ポリーナ達から砦で集団に使った魔法のオーダーだ。
「ええ、魔法は大丈夫です。ただ魔石がそろそろ尽きてしまいますね」
「じゃあ僕の魔石を分けてあげるよ、僕は今回あんまり使ってないからね!」
リッちゃんからエリーに魔石がいくつか渡される。
用意した魔石の数もだいぶ減ってきてるな。
流石に次で尽きるだろう。
まあゴールはここを抜ければ眼の前だ。
「それでは再び幻覚を作りますね」
よし、それなら前回同様に混乱させて一気に抜けるか。
ポリーナと地味子、そして勇者ちゃんに合図を送り、幻覚を作って前進する。
「何だあ? おい! お前ら、どこの部隊だ!?」
「待て! こいつ等が伝達にあった魔法かもしれない」
「確かに…。おい、索敵隊! あいつ等を調べろ」
「あいつ等の方向から敵の反応があるぞ!」
おいおい、もうバレたのかよ。
…しっかりその辺りの情報も伝えていたみたいだな、あの大将。
「ポリーナ、予定変更だ。スキルをぶっ放す準備をしといてくれ」
「分かったわ。任せてね。あ、リュクシーちゃんは私達の後にお願いね」
「任せるのです。英気を養っておくのですよ」
「敵、有能…。私も、準備する」
「僕も準備を進めておくよ」
それぞれが準備体制にはいる。
バレるなら仕方ない。
だがそれでもできるだけ、できるだけ近づいてやる。
「止まれ! さもなくば攻撃する! 二度目はない!」
クソっ、近づけるのはここまでか。
エリーの魔法で魅了するにしても、ネタがバレてるんじゃ効果は半減だ。
それに魔法をぶっ放す時間も欲しい。
…なんとかしねえとな。
アタシは空中へ駆け出す。
空を跳び回り空中へ移動し、雷撃を頭上から落としてやった。
「敵だ!」
「砦の方で暴れまわってるっていう奴らの仲間か!」
「捕まえろ! 無理なら殺しても構わん!」
「そっちは連絡を受けている、幻だ! 構うな!」
「おうおう、たった一人相手に夢中になっちゃって怖いね」
…エリー達に注意が行く様子はない。
てことは、敵の索敵能力は距離は遠くまで調べられるが細かい人数までは分からない、精度低めの魔法かスキルってところか。
集団で戦うなら精度より大まかな位置を遠くから把握できた方が良いだろうから、軍隊向けに最適化されてるのかもな。
まあ好都合さ。
アタシも今回は真面目に戦う気なんてない。
下手に攻撃して〈変身〉されても面倒だからな。
大事なのは敵を一箇所に集めることだ。
「ほらほら、アタシのサインが欲しいんだろう? 刃物で刻んでやるから並びな」
「舐めたことを…! 囲め! 圧殺しろ!」
「魔法隊は奴を空中から叩き落とせ!」
中々のカオスだ。
さあ、暴れてやるか。
「アタシに熱狂してくれてアリガトよ! 砦には行かせないぜ! ファイアローズ!」
「ぐっ…。こいつ、早いぞ!」
「焼かれないように防御を固めろ! 慌てるな! 敵は一人だ! 威力も弱い!」
「たった一人に〈変身〉は使うな! 温存しろ!」
敵も一人での攻撃に混乱しているのか、罵声が飛び交っている。
威力が弱いのはアタシがわざとやってるからだ。
あんまり強い技ぶっ放して〈変身〉されても困る。
「クソっ! 降りてこい!」
「いいぜ雑兵ども」
「本当に降りてきやがった! 馬鹿め、囲んで…何っ!?」
アタシは降りると同時に周囲の地面を泥に変えてやる。
膝までずっぼりとご苦労なこって。
「高嶺の花を捕まえようとして泥沼だな? サービスタイムは終わりだぜ?」
「くそっ、まてっ!」
アタシは再び上へ舞い上がる。
…大分動き回って、いい感じに敵も集まって来たな。
これなら残りの敵を叩けそうだ。
アタシは更に高くへ浮上して、エリー達のいる方に声をかけた。
「今だ! 頼んだ!」
「任せて! まずは僕からだよ!〈虹色陣・拡〉」
七色の光が雷や炎、冷気を無差別にバラ撒いていく。
リッちゃんが広範囲を攻撃できるように改良した技だな。
「くっ、なんだこの威力は!」
「〈変身〉しろ! 敵は複数いるぞ!」
戦闘部隊が慌てて姿を変えはじめる。
だがもう遅えよ。
「なんだ急に寒気が…」
「まずい、体温が奪われているぞ!」
「貴様ら陣形を整えろ! このままだとやられる…ぐわっ!」
指揮官っぽい奴に雷を落として邪魔をしてやる。
生憎だがこっちも余裕が無いんでな。
ちょっとでもヨソに気を取られるなら不意打ちでボコらせて貰うぜ。
…一通りリッちゃんの魔法が吹き荒れたあと、次に強い冷気が襲いかかる。
ポリーナが熱を集めているな。
「おまたせ! 【極灼の炎は我が手にあり!】〈フレアストーム〉」
「【地獄…の、雨はすべてを、溶かす】〈死蝕雨〉」
ポリーナが魔法を唱えると、炎の竜巻が敵陣へと迫っていく。
さらに炎の竜巻を周囲を覆うようにして雨が降り出す。
…酸の雨だな。
炎に焼かれ、逃げ惑う敵はそのまま自分から酸の雨に逃げ込み、溶かされていく。
…何あれエグい。
更には攻撃範囲から逃れたやつももがき苦しんでいる。
酸の雨が蒸発して内部から侵食してるのか?
随分とエゲツない技だがこれならこのまま押し切って…。
「甘いぞ人間!」
いくつかの咆哮が聞こえると、空に向かって衝撃波が放たれる。
その衝撃波は酸の雨と炎を散らした。
現れたのは十体をこえる魔族達だった。
全員が全員アタシの三倍から五倍の身長だな。
〈変身〉されたか。
揃いも揃って怪獣みたいな姿しやがって。
「くそっ! 我が部隊がこんなところで全力を出す羽目になるとはな! さあ!貴様らまとめて…」
「甘いのですよ! 『吸魔』!」
魔法が消えると同時に勇者ちゃんは走り出していた。
勇者ちゃんが突撃して直接剣で斬りつけると、巨大な魔族の体がどんどん縮んでいく。
「がっ…。馬鹿な、〈変身〉が…、魔法も使えぬだと!?」
流石勇者ちゃんのスキルだ。
巨大化した魔族が一気に縮んで行きやがる。
ここはある程度戦えるアタシも支援しねえとな。
「マズイっ! くそ、貴様だけでも…」
「そう縮こまるなよ。本番前に縮むなんていくらデカくたって台無しだぜ? 〈略式・鳳仙花〉」
「ウガアアァッ!!」
アタシは横っ腹に魔法を叩き込み失神させる。
よしっ、やっぱりゼロ距離なら威力は落ちるが魔法が使えるな。
「マリー! 助かるのですよ」
「良いってことよ。そんなことより今の一戦で敵が怯んだ、一気に駆け抜けるぞ」
〈変身〉するだけの魔力を蓄えていたアイツらは、部隊長とかの偉い奴らのはずだ。
さすがにあのクラスが一瞬でやられたら動揺してくれたようだな。
まあ実際は一回限りの大技だから手品の種が割れるとマズい。
本来なら変身した奴らをとっ捕まえて宰相のおっさんに高値で売りつけたいが…。
そうも言ってられないな。
「突っ切るぞ」
「道を切り開くのです!」
周囲から集めた魔法をぶっ放す先陣を突撃する勇者ちゃん。
隊長格をぶっ飛ばしたおかげで、敵の行動も乱れている。
みんなビビったのか、こっちに向かってくる奴らはまばらだ。
遠距離からの魔法も勇者ちゃんのスキルでかき消され、魔法を返される。
近づいてきた奴らを片っ端からぶっ飛ばしていくと敵も向かって来なくなった。
敵の部隊とも距離を離すことができたし、あとは砦まで一直線だ。
「ふぅ…これで山場は切り抜けたのです…。スキルも限界なのですよ」
「ああ、ゆっくり休んでてくれ。ゴールまでもう少しだ」
アタシは倒れ込む勇者ちゃんを抱えると、そのまま背負った。
もう、魔族たちとの距離は大分離れている。
このまま逃げ切れそうだ。
「しかし凄いわねえ。倒しただけでも四百人くらいはいるわ。このメンバーだけでそこまでやれちゃうなんて」
「まあ、勇者ちゃんや『ラストダンサー』の超火力あっての物だな。お陰でなんとか――」
瞬間。爆発音が聞こえ、アタシとポリーナは同時に後ろを振り向く。
…砦のあった方向からだ。
だがアタシが振り向いたのは音が原因じゃない。
気配だ。おそらくポリーナもそうだろうな。
濃密な死の気配が砦から漂って来ている。
…魔族達も感づいたのか、アタシ達より後ろの気配に釘付けだ。
お陰で追いかけていた魔族達も立ち止まっているな。
「マズイわね…」
「ああ、アレはヤバい。逃げるぞ」
「マリーちゃんはリュクシーちゃんを担いだままで大丈夫?」
スキルの副作用の事か。
今は気配が動いてないからいいが、確かに万が一近寄られるとマズイ。
「リッちゃん。出発する前に渡しておいた寝袋を出してくれ。それに勇者ちゃんを詰める」
「え? 担がないで詰める? え? え?」
分かってないようだが説明する時間が惜しい。
万が一が起きたとき、勇者ちゃんを抱きかかえてたら戦えないからな。
魔族の兵士達も含めて向こうに気を取られている今がチャンスだ。
何をするのかは直接見せるから、とだけ伝えてさっさと寝袋やらを出してもらう。
「ほらほら、入った入った」
「横暴なのです! こんな狭いところに…あ、フカフカで気持ちいいのです」
「おう、もっと気持ちよくしてやる」
アタシは寝袋に勇者ちゃんを詰め込むと、風魔法の要領で寝袋ごと勇者ちゃんを浮かせた。
「おお…揺られて気持ちいいのですよ。これは今後もやってほしいのです」
「こんな緊急事態以外は難しいな」
まったく、のんびりしてるな。
まだ気配が砦の方向から動いていないから大丈夫だが、早く移動しないと。
「マリーはなんでリュクシーちゃんに魔法が使えるの?」
「勇者ちゃんは今の状態なら指一本の距離までなら魔法が使えるんだ。それ以上近づくと吸われるがな」
前に検証したのはこの辺りの距離感を測るためでもあったんだ。
つまりフカフカの寝袋でくるんでやれば、風で寝袋を浮かせられるって事だ。
ただ、風が寝袋の中に入り込むと魔法が消えてしまう。
やっぱり少しは魔法が吸われているようだな。
あんまり燃費が良くないのでさっさと移動しよう。




