第99話 本体
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「エリー! あの雷魔法を頼む!」
「ムリムリ。焼こうが凍らせようが戻るし。ちょっとびっくりしたから、ちゃんと溶かしてアゲルねー。たーだーし!」
アタシの顔をエリーとリッちゃん、二人の方へ無理やり向けさせる。
くそっ、力が強え。
「あの二人が殺されるのをドロドロに溶かされながら見てるんだよー!」
「ふざ、け……。うぐっ!」
「粘るねー、まあ無駄だけど」
身体を出そうともがくが、スライムの沼からは出してくれそうにない。
全身に弱い雷を覆うように流しているからか、かろうじてスライムが食い込んではいかないが。
……雷の傷はすぐに治っているようだ。
ヤバイな。どっかに隙は……。
そこで、コイツの体に一部火傷らしき跡が残っている事に気がつく。
焦げてるのはアタシを捕まえてる奴だけじゃない。
他の三体も同じように、まったく同じように焦げている。
火傷がつくような攻撃をしたのは……リッちゃんか。
だがリッちゃんが攻撃したのは他の二体だけで、肝心のコイツはこっそり隠れていたはずだ。なんでコイツも怪我してやがる?
……カマをかけてみるか。
「おい、お前。リッちゃんの……アタシの仲間の炎で手が焦げてんぞ」
「あっ、いっけなーい。……もしかしてバレちゃった?」
この状況でアタシとリッちゃん、違うことがあるとすれば……。
「複数攻撃……だな?」
「大当たりー。最後だし、バレたんなら教えてアゲる。あたしのスキルは『ナカヨ肢コ良肢』。アタシとまったくおんなじ姿をしたモノをベースにして、怪我しても元の姿に戻せまーす。すごいでしょ?」
元に戻せる、か。
つまり自分の体をベースに自分を修復していたってことか。
全員が本体とは予想外だったが、やっと攻略の糸口が見えてきたな。
「ここにいるのは全員あたしなんだよ! あたしの身体はスキルで作ったあたし自身全てに適用されるの! 身体が一つしかない人間は大変だねー」
「はっ、一人だから違う誰かを大切にできるんだぜ」
「口だけは達者ー。で、も! これならどうかなあ?」
まとわりつくスライムの肉片がより一層アタシを締め付ける。
「ぐっ……がっ……。ウザっ……てえな!」
アタシは再び暴れまわる。
暴れて暴れて、懐に入れていた薬や道具をいくつか地面に落とす。
足元に落ちた薬品やらは割れ、液体が流れていた。
「暴れても無駄だしー。なんか落っことしたよ? 買ったものでしょそれ? もったいなーい」
「……たいしたものじゃねえよ。筋力強化薬に、そしてタダの液性の着火剤さ」
かろうじて首すじ部分に隙間を作ることができた。
コイツは気がついていないようだ。
これで、会話と呼吸が少し楽になる。
「ふーん、まあキミは溶かされるんだしどっちでも良いよねー。無駄な努力しないでさー。さっさとあたしと一つになろうよ」
「残念だがアタシをトロけさせるには役者不足だな」
「あっそ、じゃあ絞め殺されちゃえば?」
再び締め付けが強くなる。
もうちょっとだ、もうちょっとだけ時間を稼がねえと。
「アタシはな。自分の魔法範囲については割と疑問だったんだ。手から離すことはできないが、炎や風を鞭みたいにすることで遠くに伸ばせる。霧の魔法なんかもそうだ」
「それがどうしたの? 今から溶かされるのが怖くておかしくなっちゃった?」
ジワジワと締め付けが厳しくなっているな。
早く、もう少しだ。
「霧ってのは隙間があるよな? それでも操れるんだ。色々試してな。大事なのは魔力の経路らしい。経路さえ確保できていれば操れるってことさ」
「なんの話よ! いい加減に――」
「落とした瓶の液体はどこにある?」
「はぁ? 知らないよ。いちいちウザいなー。もういい! 全身の骨を折られて、内臓溶かされながらあの二人が死ぬのを眺めてて」
スライム女はアタシを締め付けて殺そうとしてくる。
……だが先ほどとは違い、締め付けることはできない。
「はぁっ!? なによそれ!」
アタシの力が増していることに気がついたんだろう。うまくいかなくて急に慌てた顔をしているな。
「水は霧になるんだぜ? そして、霧は水になる。アタシは魔法薬を霧状にして飲んでたのさ」
使っていたのは風魔法に音魔法、そして水魔法だ。
風魔法で懐のマジックポケットから瓶を取り出し、落としたフリをして割る。
次に耳に聞こえない、超音波レベルの高振動とでひたすら水を震えさせて細かくしていた。
水魔法だけだと状態を変化させるのが難しそうだったからな。
後は口の中まで誘導、凝縮させて飲み込むだけだ。
魔法を無から生み出すときはゼロ距離から始めねえとイケないが、水なんかの元々あるもの魔力を通すことで操れるんだよ。アタシの魔法はな!
「そして……同じように細かくした着火剤はどこだろうな?」
「はあ? 一体何を……この匂い! もしかして!」
さっきから酒臭いのに気がついたようだな。
この着火剤はアルコールに魔法薬を混ぜたものだ。
魔法以外では火がつかないから安全性が高くて、よく燃えるんだ。
それが霧状になってアンタとアタシの周りに漂ってるのさ。
そして少し離れたもう一人にも風魔法で霧の着火剤を送り込んでいる。
少し距離が離れているが……。
ま、ギリギリ届いてるだろ。
「アタシは範囲攻撃が苦手でな。それを補うための方法だったんだが……まさかたった一人に使うなんてな。しっかり吸い込んだか?」
「や、やめっ……!」
「おいおい遠慮するなよ。この技はアタシの初めてだぜ? 味わってくれ。ファイアローズ・極彩」
霧状になったアルコールに炎が引火し、周囲を焼き尽くす。
そのまま広がる炎はアタシを捕まえている方のスライム女も飲み込み、肺まで焼き尽くした。
……しっかり霧を吸い込んでいたみたいだな。
遠くのスライム女の分体……、いや本体の一部も焼けている。
アタシは念の為にエリー達の所に移動して、周囲を見回してみる。
まずアタシを捕まえていたやつ。
コイツは再び元に戻ろうとしているが、完全に再生はしていない。
次に少し遠くにいて炎を浴びせた奴。
コイツにも広がった炎が届いたみたいだな。
全身が吹き飛んでしまうようなことはないが、派手に燃えている。
「うああぁぁぁっ! アツ……!」
「おう、いいメイクだな? 今の流行りのホットな奴か? 洒落てるぜ」
「ちくしょう、ちくしょう……」
話にならないか、まあいいさ。
こっちはスキルの全容がなんとなく分かったしな。
さっきリッちゃんの攻撃でマトモに攻撃したのは二人だけ。そしてできた火傷跡。アタシを攻撃しに向かってきた人数。そして今の攻撃。
これから推測できるのは……。
「一人だけが再生できるなら複数でまとめて向かって来れば良いもんな? でもさっきの傷と今の怪我を見る限り、数体が同時に傷つくとマズいんだろ?」
「ぐ、きぎぎっ……」
多分、全員ないしは過半数がやられたら傷がついているほうが本体の姿になるとかそんなんだ。
厄介なスキルだが、範囲攻撃が得意な『ラストダンサー』二人のトコに行かねえわけだぜ。
「このアタシが、なんでこんな目に……、クソっ、クソクソクソ! お前らみんな殺してやる! 【滝は剣となりて雨を降らし……】」
「少しだけネタバレしてくれたあんたに、アタシからもサービスだ。エリーは雷魔法は使えないんだ。アタシが使えない魔法をオーダーしたときは、その種類に応じて待機してくれってサインさ」
身体が三つに分かれた城の守り人さんよ。
アンタにも負けない、三身一体の連携技を見せてやるぜ。
「エリー、リッちゃん! アレをやるぞ!」
アタシはエリーとリッちゃん、二人に大きく掛け声をかける。
「任せてよ! 準備はできてる!」
「ええ万端です! 〈隔壁〉」
アタシは右手を高く掲げると、手のひらから上に〈隔壁〉で空間を作って貰う。
そこに風魔法と炎魔法で空気と火をひたすら送り込み圧縮していく。
「よし! 今だね!【真・炎蛇陣】」
「な、何を………ちくしょうっ! 【滝は霧を生み霧は集いて雨になる――】」
なにって?
なーに、アタシ達がやってるのはシンプルなことさ。
極限まで空気を圧縮しながら炎の蛇とファイアローズで押し込み、熱してるだけだ。
一人だと圧縮に限界があるが三人ならこんな立派な灼熱の蕾が作れるんだぜ。
「ひっ! なんなのそれ……。ち、【散れよ雨の刃、降り注ぎて敵を切り裂かん】〈豪雨刃〉」
「無駄だ」
アタシは極限まで圧縮した空間を敵のいる方向に向けてやる。
限界に達した〈隔壁〉の魔法は形を変え、蕾が花開くように変形し、圧縮された炎と風を解き放つ。
その名も――
「――アザリア!」
「ひぃっ! いいぃぃやああああ!」
灼熱の風と炎が超高温の衝撃波となって襲いかかる。
衝撃波は敵の魔法を飲み込み焼き尽くし、相手をすり潰した。
変形した〈隔壁〉のかげに隠れる様にしてアタシ達は熱波をやり過ごす。
魔法が消えたその後に残されたのは、すべてが抉られ、破壊された痕だけだった。
どうやらキレイに消し去ったみたいだな。
「良かったな。世界と溶けあえて一つになれたぜ」




