第98話 吸収合併
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「おい、睦まじく愛し合ってるトコ悪いがその吸血鬼から手を放しな」
「そーもいかないんだよねー。三対一を少しでも有利にするためにはこれしかないしー」
「なら悪いがその吸血鬼はこっちに引き渡してもらうぜ。サンダー――」
「もう無駄だよー。……いただきます」
「マリ…………モ……」
スライム女が吸血鬼を抱きしめたかと思うと、吸血鬼の体が体内に沈んでいく。
それに応じて、スライム女が倍くらいに膨れ上がった。
アタシは膨らんだ身体に雷撃を打ち込むが、やはり効果がない。
一瞬だけ焼け焦げたがすぐに元に戻ってしまった。
……さっきもこんな感じで再生してやがったのか。
「ごちそうさまーっと。じゃー排出しますか」
スライム女は膨らんだ体を切り取り、近くへ投げ捨てた。
分離した肉片は徐々に動き始め、徐々に大きくなっていく。
その肉片はスライム女達と同じ姿になった。
……だが上半身が作られただけで下半身は生成されそうにない。
半分だけの体が不気味だ。
……念の為に距離を離しておくか。
「キャハッ! やっぱり男は駄目だねー。いくら途中で攻撃されたとはいえ、消化も悪くて作れたの半分だけだし。これじゃ魔法しか使えない失敗作じゃん。仕方ないかー」
途中から作られた四体目も同じように話し出す。
……完全に本体と同期してるようだな。
どんな能力だ?
「なに? あたしの能力、気になる?」
「……ああ、後学のために教えてほしいな」
「んー……。ホントは駄目だけどー、まあいっか、どうせこの部屋から出られるのって、あたしか君たちかの片方だけだし」
今サラッととんでもないこと言いやがったぞコイツ。
逃げる方法はないって事かよ。
逃げる気も逃がす気もねえが、選択肢が減るのは厄介だな。
「私たちマザースライン族は人や魔族を食べて消化して、自分自身を作れるんだよ。あ、スキルは秘密ねー」
予想以上にろくでもない能力だ。
つまり、アタシたちの仲間が食べられる可能性もあるって事じゃないか。
しかもスキルは別にあるだと?
「まあ作るって言っても、この子みたいに失敗しちゃう時もあるし、即席で作ったなら一日もあれば崩れちゃうけどね」
一日だと?
ずいぶん長い寿命だな?
しかも攻撃が効かない、完全に無敵ときてる。
……なにかカラクリがあるはずだ。
なんにせよ取り込まれるのはマズい。
「エリー、リッちゃん。こいつとは距離を取って戦うんだ。攻めるのはアタシがやる」
「分かりました、エリーも気をつけて、〈全体強化〉」
「僕は魔法で攻撃するね」
二人とも敵が一筋縄で行かないことに気が付いているようだな。
リッちゃんとエリーがそれぞれ牽制と強化をおこなってくれる。
「うんうん、せいかーい。でも実際に出来るならやってみなよ」
「めんどくさい女やネチッこい奴は嫌いなんだよ!」
そう言うと、スライム女が一体だけ襲いかかってくる。
攻撃されても問題ない体なんだろうが不用意だ。
「マリー! 撃つよ! 〈炎蛇陣〉」
「合わせるぜ! ファイアローズ!」
炎の蛇と炎の鞭がそれぞれ相手に絡みつく。
絡みついた炎は敵の体を焼き焦がすが、スライム女の体は即座に再生している。
スライム女の分体は焼かれることで一瞬だけ足を止めるが、またこちらへと向かって歩き始める。
「おいおい、効果ねえのかよ」
「そんなもの無駄なのにウケる。さあ溶け合おうよー【流れる血は水、玉となり相手を穿て】〈水弾〉」
飛んできたのはシンプルな水魔法だ。
向かってきた魔法を躱し、時には手持ちの刃で切り捨てて無効化する。
魔法に気を取られてる間に距離を更に詰めてきていた。
……アタシも取り込むつもりか。
「悪いがアタシが心から溶け合う相手は一人だけなんだよ」
「えー、じゃあアタシに乗り換えなよ。ほらほら、もう抱きしめられるよ?」
「悪いが無理やり来るやつはキライなんだ。それに再生力がすごいって言ってもよ。これならどうだ? 略式・鳳仙花!」
アタシは身体に触れるか触れないかのところで、炎を爆発させる。
スライムのぷるぷるボディならこの爆撃でかなりダメージを受けるんじゃねえのか?
……予想通り、分体スライムの上半身は爆撃で弾け飛ぶ。
これなら再生も――
「キャハハ! 無駄だよ!」
だが、飛び散った肉片はまるで逆再生するかのように元に戻っていく。
……マジでバケモンかよ。
「くそっ、なんのスキルだ?」
「秘密だよー。乙女の秘密を聞くなんてヘンターイ」
煽るような口調で話しかけてくるスライム女。
うざってえ。
だが少しだけ分かった。
否定しないって事はやっぱりスキルなんだな。
じゃねえとこの回復力は異常だもんな。
しかしどうしたもんか。
魔法で一瞬だけ足止めできたとしてもすぐにこちらへ向かって歩いてきやがる。
土魔法が使えれば沈めてやるんだが床もスキルで作られた空間に覆われているのが厄介だ。
だったら……。
「リッちゃん! 分体は駄目だ! 本体を叩く!」
「分かった!」
「キャハハハ! させないよー」
「いやだね。偽物はしばらく凍ってな」
アタシは地面を蹴飛ばすと、足先から氷を生み出す。
生み出された氷は蔦のように相手の体に絡まりつくと、スライム女を締め上げ始めた。
更に絡まった蔦から成長するように生まれた薄い氷の葉は刃のように鋭い。
スライム女が動くたびに体を傷つけ続ける。
その名も――
「アイビーフリーズ」
これは敵の動きを封じるため、速攻で使えるよう開発した技だ。
似た技でアイスピオニーがあるが、アレは溜めが必要な上に威力が過剰すぎて縛るのには不向きだからな。
「うっわー……砕いても砕いても纏わりついてくる、なにコレ、キモいんだけど」
「へっ、縛られるのが似合うとか変わったやつだな」
よし、初めてお前の不快な顔が見たぜ。
もっと不快にしてやるよ。
「マリー、あの魔法を使います!〈幻覚創造・分身〉」
「ナイスだマリー!」
突撃する際にエリーがアタシの分身を作ってくれた。
コレでアタシを絞り込むのは難しいだろ。
「はぁ? 急に増えるとかマジキモいんですけど! 【水よ刃の鋭さを持ちて敵を切り裂け】〈水刃〉!」
「おいおい。浮気したって本命のハートは射止められねえぜ?」
変則的に上下左右に動き回る数体のアタシを見分けることはほぼ不可能だろうがな。
「ファイアローズ!」
幻覚に気を取られている間に、近づいて炎を叩き込む。
……どうやら効果がないようだな、次だ。
「もう! ホントウザい! 【水よ刃となりて……】」
「マリー、避けてね! 【火球陣】!」
「熱っ! なんて事すんのよ!」
「リッちゃんナイス援護だ!」
数十発の火球がスライム女をまとめて攻撃する。
リッちゃんの魔法に怯んでくれたな。お陰で相手の魔法を邪魔されてキャンセルできたようだ。
これで一気に近づける。
さて、怪我が治ってないやつは……。
そいつか!
「まさかさっき生み出した奴が本体とはな……。騙す女はキライだぜ。鳳仙花!」
アタシは上半身だけになったスライム女に強力な一撃を浴びせてやった。
……体が弾けとび、再生しない。
「あ、あ、そんな……」
「まさか本体がちっこいのだとはな。うっかり騙されたぜ」
さあ、他の分体はどうなる?
一、ニ……。さっき動きを封じたヤツがいねえな。
「溶けたか?」
「違うマリー! 後ろだよ!」
「なに!?」
「はい残念でしたー。キャハハハ、騙されててウケるー」
「クソッ、放せ!」
この野郎、アタシ達が目をそらした隙に、体を液状に変形させてたのか?
それでこっそり近づいて後ろから抱きつきやがったと?
コイツを振り払うため、体を左右に振るがガッチリくっついて離れようとしない。
「さっき倒したのはカタチが違いすぎてスキルも少ししか適用できなかった失敗作でーす。騙されちゃったねー。私達全員、本体でーす!」
「マリー! 離しなさい、〈魅了〉! ……精霊魔法も効かないのですか!」
「今助けるよマリー! 【炎蛇陣】」
「【水刃】。残念でしたー。ここで魔法使うのは予想済みでーす。これ以上変な動きしたらこの子を殺しちゃうんだからね!」
リッちゃんの攻撃も三連続で放たれる魔法と相殺されてしまう。
くそっ、どれか一つだけが本体じゃなくて全部が本体だと?
アタシに一杯食わせるとはふざけた野郎だ。




