第96話 乱戦
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「だよねー。じゃあ私達もひと暴れしますか! この弱い魔族達は私達二人に任せてよ!」
「すでに……魔法は、待機済み……」
「ジーニィちゃんお願いね!」
「任せて……【敵を、蝕み、犯す、は、魔障の、毒、吹け、厄災の風】〈毒風〉」
毒々しい緑色の風があたりに吹き荒れる。
毒魔法だな。かなり強力だ。
今まで同士討ちをしていた魔族が手を止めた。
敵も他にいる事に気がついたようだがもう手遅れだ。
「よし、じゃあアタシもツッこ――」
「ダメダメ! 危ないよ! あの風はジーニィちゃんのスキル宿してるからね」
「私の……スキル、は〈状態不変〉……しばらくは、毒、消せない……」
地味子の説明にポリーナが補足してくる。
スキルで攻撃された相手は一定時間、身体にまわった毒や酸が身体を蝕み続けて消すことができないらしい。
なにそれエグい。
…ストームローズで霧を避けながらツッコもうかと思ってたけどやめとこ。
ここはお言葉に甘えて見物にまわるぜ。
「な、なんだ! 毒……?」
「ゲホッ、ゲホッ、魔法毒だ! 早く解毒剤持って来い」
「いたぞ! あいつら……ガファッ」
「解毒剤が……効かな……」
魔族達が悲鳴を上げながら倒れていく。
対処方法は毒が身体にまわる前に感染箇所を切り飛ばすしかないそうだ。
霧みたいな形で送り出してるから防ぐには……肺を切り取れってか。
毒に耐性のないやつは即死だな。
その時、魔法と矢が左右から降り注ぐ。
「チッ! 上だ!」
高台に弓を持った奴らが移動してる。
あそこまでは霧が届かない。
アタシが上に飛んで倒すか?
だが、そこに細目が降りてくる。
「正々堂々戦えぬこと、誠に申し訳ない。しかしのしかし、油断する手合にも問題あり。〈空間交代〉」
「は? な、なんで俺たち空中に……!?」
「せっかくのせっかく、拙者の仲間が生み出した毒霧だ。しっかり味わっていただこう」
「うわっ!? お、落ちる!?」
弓を放っていた奴ら、魔法を使っていた奴ら、ソイツらがまとめて空中に放り出され、叩き落とされる。
落ちた先は毒霧の中だ。
……こりゃアタシの出番はねーな。
一応、リッちゃんにも攻撃を控えるよう伝えておく。
下手に魔法で攻撃して毒を拡散させるわけにはいかないからな。
次々と魔族が倒れていく。
増援はこない。戦力はこれだけなのか?
「霧……晴れた……。スキルも、終わり……」
「アタシやリッちゃんの出番がなかったな」
何はともあれ〈変身〉を使われる前に倒せたのは良かった。
アレを数体が使ってきたら勝ち目が薄くなるからな。
まあ
……砦にいたのは多く見積もっても三百名ってとこか。
砦の規模から見て、三千は滞在できるはずだ。
てことは攻めで出払ってるのは二千から二千五百くらいか
……もしかすると戦闘能力の高い奴は砦の攻めにまわってるのかもな。
向こうは大変だろうが頑張ってくれ。
こっちは戦いにもなってないが代わりに大将首を取ってくるからよ。
「〈探知〉……やはり砦の中央、建物内の一番奥に八から十、敵の反応がありますね。まったく動きはありません」
「エリーちゃんの魔法とこっちを警戒してるのかな? それとも私達に震えちゃってるかな?」
ポリーナが冗談めかしてそう言うが、アタシには震えてるとはとても思えねえ。
「敵が少数精鋭だと分かったなら逃げるか慌てふためくはずさ。逃げないどころかまったく動かねえ。位置を隠したりする事もしてない。って事は待ってくれてるんだろうよ」
つまり罠を仕掛けてるってことさ。
一応、建物の壁を魔法で変化させられるか試してみる。
……魔法の効きが悪い。変化はするがゆっくりだ。
砦の建材は元ダンジョンかなんかの土やら石やらを利用して焼き固めてると聞く。
本当みたいだな。これじゃ奇襲は無理だ。
「もう僕たちは奥にいる人たちを無視してさ、扉ごと塞いじゃったら駄目かな?」
「それだと隠し通路なんかから逃げられたらお終いだ。不意打ちでリッちゃんが後ろから襲われてもいいならそうするが」
「うっ、それはちょっと……」
なかなか良いアイディアが出ない。
目の前の扉は虎の口と大差ないからしょうがないか。
「皆の皆がお困りの様子。よろしければ拙者が偵察と一番槍を努めよう」
細目も空中から降りてきたか。
確かに細目のスキルならヤバくても後ろの空間と交代して逃げられるな。
「そうねえ。ストルスちゃんにお願いするね」
「お願いするのです!」
細目も含めて皆で軽く打ち合わせをする。
作戦はシンプルだ。
細目が一人砦の奥に向かい切り込む。
次に仕掛けられているであろう罠をスキル『空間交代』で回避、その後にリッちゃんとポリーナが室内をまるごと攻撃、アタシ達が殴り込むってわけだ。
変身のために魔力を溜め込んでる奴らがどれだけいるのか知らねーが、用心するに越したことはないからな。
アタシ達は敵が集合しているであろう部屋の前に立つ。敵がいる扉を開けると、細目は一気に中へ突撃した。
「それでは早速一番槍。いきなりのいきなりだが、拙者のスキルにて――」
「甘いぞ侵入者ども! 我がスキル! 〈ヨ迷イ子ト〉により分断してやろう!」
突然の大声が響く。
それとともに異常は起きた。
細目が突撃した扉が急に小さく、いや距離が離れていく。
「マズイ! スキルでなにかされているぞ!」
「! 扉、が!! 床も……!」
「ジーニィちゃん!」
アタシ達が入った扉も離れていく。
更には地面の床の色が変わったかと思うと、壁が生えるように突き出てきた。
「エリー! リッちゃん! 離れ離れになるな!」
「はい!」
「うん、うわわっ、ふう……」
アタシは二人の手を掴むと、自分の側へ引き寄せ抱きしめる。
……随分と凄まじいスキルだな。
攻撃性能はないみたいだが、完全にポリーナ達と分断されてしまった。
気がつけば見知らぬ男が一人、そして男のそばには同じ顔の女が三人立っている。
男の方は七三分けでかっちり頭がセットされている。服装も貴族被れのような格好だ。
対象的に女は派手な服をしている。
肌の色がドギツイピンク色で半透明に透けている以外は人間とそう変わらなさそうだ。
女魔族三人ともが同じ背格好をしている。
「この状況は同胞のスキルだ。お嬢さんたちの戦いは見せてもらったよ」
「うふふふ、私達の手にかかって死ねるなんて幸福ねー」
この状況、やっぱりスキルかよ。
だがコイツらのスキルじゃないみたいだな……。
「そっちから出向いてくれるとはありがたいな。ちょいと質問に答えてくれ。あとついでに出口までエスコートしてくれても良いんだぜ?」
その言葉に女魔族は眉をひそめた。
……三人とも全く同じ表情だな。
「コイツ生意気ー。今から死ぬアンタをエスコートしたってしょうがないでしょ」
「まあいいじゃないか、マリモネ。ここは迷路の一室。我らを倒すまで出ることはできないのだから多少は質問に答えよう」
「バーラムってば余裕ー。でも司令官さまの言葉は守らなくちゃ駄目よ。速やかに、謹んで、だよね?」
「むぅ……」
ちっ、情報を引き出そうと思ったが、そう上手くは行かないな。
……さっきから気になっていたが、女魔族三人ともまったく同じに口が動いている。
声もそうだ。
ブレがなくて気がつかなかったが、まったく同じ音質、音声で話をしている。
男の方はそうでもないが、コイツはなんかヤバそうだ。
「そうだったね……。じゃあ簡潔に。君たちの戦いは遠隔より魔法で見ていたよ。危険そうな彼らは同胞のスキルにより分断した。そして今から私達の能力で君たちを殺す。以上」
「アンタたちは何もしていない雑魚だから余裕だよねー。あたしが出るまでもないかも?」
なんだこいつは?
アタシたちをナメきってやがる。
「本当にアタシ達が雑魚だと思ってるのか?」
「えー、だってアンタたち、上から貰った強い奴らのリストに載ってないし?」
「彼女の言う通りだね。分断したチームの情報はすでに手に入れているよ。さっきの彼らはA級冒険者の『ラストダンサー』だろう? 一人は情報がなかったが……、まあたいした相手じゃないということさ」
こっちの情報を知られているのか。
一時は敵が潜入していたからな。
その時に漏れたのか?
……だが深くまで情報を集めきれてはいないみたいだな。
アタシ達の情報が無いのは好都合だ。
「君たちのような美味しそうな女性たちに出会えて幸運だよ。若い女の血を生きたまま啜るのは美味しいからね」
「へっ、アタシ達の体液を舐め回したいとか、とんだ変態野郎だな」
「ふっ、強がりはよしたまえ。しかし本当に幸運だ。向こうはトラップを大量にしかけているから血が飲めないかもしれなかったのだよ」
「そうか……ならたっぷり味わいな!」
アタシは会話中、こっそり溜めていた魔法をぶつけるため加速して突撃する。
「食らうのはアタシの攻撃だけどな! 乙女の味は知らないまま終わらせてやるよ。〈変身〉する前にな! 鳳仙――」
「ん? ……ふはは! 馬鹿め!」
「マリー! 影です!」
「何っ!」
七三野郎の背中から黒い影が出て、巨大な拳を作るとアタシ目掛けて叩きつけてくる。
……ギリギリだ。
エリーの声掛けのお陰でストームローズで無理やり方向転換をして回避することができた。
……奇襲は失敗か。




