第94話 偵察
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そうこうしてるうちに決行当日になった。
本来なら日中移動して深夜にこっそり忍び込むところだが、敵は夜を得意とする種族がいるらしい。
そのため、夜明け前の空が白む時間に突撃できるよう動いている。
細目のオッサンは先行して偵察しているので今は不在だ。
「さ、さあ行くのですよ。ガッツリ暴れるのです!」
勇者ちゃんが緊張しているな。
……しゃーない。緊張を解してやるか。
「ふにゅっ!? 何ふるのれすか!?」
「ほっぺた伸ばし運動だ」
「マリー、それただ引っ張ってるだけだよね……」
リッちゃんはほっぺた伸ばし運動の効果を知らないよようだな。
「リッちゃん、ここだけの秘密だがな、ほっぺた伸ばし運動は……ほっぺたが伸びる」
「見てたら分かるよ? それに無理やり伸ばしてるだけで別に伸びないからね?」
ついでに心ものびのびさせる運動だし別に良いじゃないか。
ちなみに伸ばしている方も幸せになれるぞ?
「うう……。ほっぺたがびろーんってなるのです。酷いのです」
「悪いな。その怒りは魔族にぶつけてくれ」
「分かったのです! おのれ魔族……良くも私のほっぺをびろーんしたのです」
「リ、リュクシーちゃん? オネーさんね、魔族は関係ないと思うなー」
「リュクシー、単純……」
ポリーナ達がなんか言ってるが勇者ちゃんのやる気が上がったみたいだし良いじゃないか。
あとなんかエリーが対抗してアタシの頬をぷにぷにしてきた。
ついでにアタシもエリーのすべすべの頬をぷにぷにしとこう。
「マリー達は相変わらずだねえ。僕もぷにぷにされたいよ」
リッちゃんが寂しそうなのでとりあえずエリーと二人でリッちゃんをぷにぷにしておく。
今日のリッちゃんは元気だ。
リッちゃんは寝起きが悪いからな。
今回は夜通し起きて貰っている。
アンデッドなだけあってそこまで体調に問題はないらしい。
本人曰くおやつ抜きみたいな物、だそうだ、良くわからん。
「ふにゅ……。案外気持ちいいかも」
「リッちゃんもほっぺた伸ばしの良さが分かってきたようだな」
ついでに顔のマッサージも今度教えてやろう。
リンパに沿って揉みほぐす事でシワが目立たなくなるらしいぞ。
まあ、アタシ達には関係ないか。
「三人は、とても……仲良し……」
「仲が良いのは良い事なのです!」
「うーん、リュクシーちゃんの言うとおりなんだけど敵の目の前だしさ、ちょっとは控えよっか-」
ポリーナが指差したその先には、すでに敵の見張りが遠くに見えている。
こっちは木々の影に姿を隠してはいるが、確かに少しはしゃぎすぎだな。
「ストルスが先に行って様子を伺ってるはずだから合流して突入だね」
「噂をすれば、だな。もう細目の野郎が飛んで来たぜ」
空を転移しながら移動してくる影が一つ。
細目の野郎、あんな距離からよくアタシ達を見つけられるな。
実は視界広いのか?
「少しの少し、困ったことになったのである」
「どうしたの? 敵ちゃんの目が覚めてうるさいとか?」
「当たらずとも遠からず。敵が異様の異様に少ない。それにも関わらず相手は軍備を固めている」
は? アタシたちの存在がばれていたのか?
いや、それにしては包囲されている気配はない。
エリーも魔法で探っているが敵にそれらしい反応は無いようだ。
……細目の表情を見る限り続きがありそうだな。
「どうやら敵の大半は開拓村方面の砦に向かって駒を進めている模様」
「……ホント? てことはもしかして私たちってナイスタイミングで奇襲しかけちゃった?」
「うむのうむ。確かに思い返せば噂はあった。幸運にもすでに敵は道半ば。話を盗み聞く限り明日には砦を攻撃すると思われる」
なんだそりゃ。見つからないように迂回したとはいえ互いに気が付かずにすれ違ったのか。
本来なら二〜三日様子見てから奇襲するって話だったが……。
一気に予定が変わったな。
「……ねえ、ポリーナ。暴れて、混乱作戦、どうする?」
「うーん、どうしよっかー。疲れて帰ってくる敵を不意打ちしても良いんだけど……」
これはいい傾向だ。
暴れて砦を乗っ取るとかいう無茶ぶりも、今このメンバーならチャンスがあるかもしれない。
「確認だが、敵は確実に出払ってるんだよな?」
「然りの然り。ただし敵の総大将が砦へ向かっているかは疑問である」
「敵さんね、なんか凄い支援系のスキル持ちみたいなんだ。砦の奥に引きこもってるみたいで普段は近づけないから厄介だよねー」
てことは親玉はあの陣地のどっかにいるのか。
「アタシは構わねえよ。とりあえず暴れれば良いんだろ? 親玉がそっちにいるならそのまま突撃して暴れるだけさ」
敵が少ないのもいい。
このメンバーなら高確率で殺れそうだ。
「なるべく見つからないように忍び込んで、敵の頭を狙う。見つかったら大暴れして逃げる、それでどうだ?」
「それ、逃走経路、考えてない……」
敵と鉢合わせしたらって事か?
大丈夫だ、問題ない。
こっちには秘策がある。
「いいか? もし万が一鉢合わせした場合は――」
「お前ら! そこで何をしている!」
声をかけてきたのは魔族だ。
おそらく偵察かなんかだろう。
……まだ砦まで距離が離れてるが、ここまで見張りがきたのか。
まあいい、アタシに任せな。
アタシはストームローズで一気に距離を詰め、敵のクビを刎ねた。
体は土魔法で地面に埋める。
「やっるう! マリーちゃんはっやーい」
「ポリーナ達は超火力で暗殺向きじゃないからな。先行させてもらった」
「いいよーいいよー、その調子でどんどんやっちゃって!」
「しかしのしかし、偵察が戻って来ないならいずれ気が付かれよう。さてさて決断を急がねば」
確かにな。
説明をしなきゃならないだろうが……。
「悪いが説明は後だ。敵地にツッコむなら現地で秘策をお披露目させてもらう。一応、こっちには上手く逃げる算段があるがどうする? 砦にいくか? アタシ達は撤退でも構わないぜ?」
ポリーナに決断を迫ってやる。
今回のリーダーはポリーナだからな。
ポリーナが撤退すると言うなら潔く引くさ。
「ん〜。むむむ……。よし! オネーさんは決めたよ! 突撃決定! ただしリュクシーちゃんは万が一に備えて戦力を温存! ギリギリまでスキルを使わないこと! 分かった?」
「分かったのです! ふふふ、スキル抜きでもやってみせるのです」
承諾してくれたか。
良かったぜ。
「ところで本当に逃げる手段はあるの?」
「ああ、任せろ……と行っても実際にやるのはエリーだけどな」
アタシはさっき倒した魔族の首を拾う。
……コイツの頭タコみたいな色と形だな。
一瞬で倒したんで気が付かなかった。
「エリー。このタコ野郎を幻覚魔法で作れるか?」
その言葉にポリーナは納得したように大きく頷く。
「なるほど! そういう事ね! エリーちゃんの魔法で偽装しちゃえば確かに逃げるときに楽になるかも!」
「任せてください。……と言いたいのですが、体の部分が沈んでしまっているので引き上げて貰ってもいいでしょうか」
おっといけね。
速攻で身体を埋めたから掘り返さないと。




