#2 告白
どこ……って……。
慌ててケティの胸元から視線を外す。
同時に、リテルのケティへの想いで、胸がぐっとしめつけられる。
もちろん俺の胸の方が。
親しい人の恋人をイヤラシイ目で見るヤツ、みたいな気にさせられる。
いや、ケティは俺の好きな子なんだから……。
心の中での正当化は、自分でも空々しく感じられる。
昔から姉弟みたいに育ったケティは、いつでもなんでも俺より秀でていた。
プリクスさんの鍛冶仕事を手伝ってもいたケティは腕力も強く、腕相撲では一度も勝てていないんだよな。
俺にとっては頼れるかっこいいお姉ちゃんだった。
そんな憧れが、好意が、恋へと変わったのは三年前。
テニール兄貴がお嫁さんを連れて町から戻ってきた時だった。
結婚式を村であげたんだ。
テニール兄貴の連れてきたお嫁さんが着ているドレスを見たケティのうっとりとした表情を見て、そのとき俺は初めて魂を揺さぶられる感情を覚えた。
ケティがあんな衣装を着る時、その横には俺が居たいって思ったんだ。
だからその後すぐ、村で唯一の狩人、マクミラ師匠に弟子入りした。
うちは農民ではあったけれど、土地を持っていて村の中では裕福な方。
だけどそのうちを継ぐのは長男のビンスン兄ちゃんだ。
俺は次男だからいずれ家を出る。
雇われ農民になる未来よりも、腕さえ良ければもっと稼げる狩人になろうと思ったんだ。
一生懸命、体を鍛えている俺を見て、テニール兄貴が斧を使った戦い方を教えてくれた。
狩りに出られる日は領主さまに決められているから、狩りのない日は門番をしたりもする。
それに森には魔物も出るし、戦い方を覚えておいて損はないって。
それからは自分を鍛えることに夢中になった。
ケティよりもたくましくなってから告白したかったから。
脈はあると思っていた。
ケティが、最近一緒にいられないね、なんて言ってきたことがあったから。
そのときに約束したんだ。
十五歳になったら、ケティに伝えたいことがあるって。
とっても大事なことだって。
なのに。
いざそのときが来たら、言葉が出てこない。
俺自身が利照なのかリテルなのかわからないとかそういう理由じゃない。
ただ単に緊張で。
だいたい利照、彼女いたことないし。
普段は女子と口きくこともないし。
こ、告白ってどうすればいいんだっけ?
なぁ、リテル……おいってば!
「ね。何か言うことあるんじゃなかったっけ?」
「……」
ある、って答えたはずなのに、俺の口からはカヒューとかすれた音が漏れただけ。
「リテルの……ドキドキしているのが、伝わってくるよ」
バ、バレてる。
俺は視線をケティの方へ戻そうとして、また胸元が目に入る。
ドキドキが加速する。
「ね。そっちじゃなく、私の顔を見て」
そっちもバレてる……あっ。
ケティは手を伸ばし、俺の顔を両手で優しく包み込むように自分の顔の方へと向けさせる。
顔が近い。
胸もあたってる。
ケティの匂い、いい匂いがする。
テンパった俺を追い詰めるように、ケティの声はまた俺に近くなる。
「何を、伝えてくれるの?」
「……す」
「す?」
言え、言うんだ! 俺!
俺はケティの肩へ手をのばす。
ケティが俺の両頬に手をそえているように、ケティの肩に手をそえようと思ったから。
「……ん」
肩には一瞬、触れたんだ。でも。
ケティが思わずもらした甘い声に驚いて、手を引っ込めてしまった……その手を、ケティは優しく握った。
「驚いただけ……でも、リテルは触ってもいいんだよ」
握られたまま俺の手は、ゆっくりとケティの胸元へと運ばれてゆく。
いいのか?
本当にいいのか?
利照が……俺の大事な人に触っても?
「ほら、私も、ドキドキしている」
ふ、不可抗力だよ……これはケティが触らせたから……。
自分自身に対して言い訳をしながらも、ケティの胸に置かされた手を、俺は離せないでいた。
手のひらに感じる温もりと鼓動と、日常の中では決して触れることなどない柔らかさ。
こみ上げてくる想い。
リテルの想いが、俺の中にじわりと沁みてゆく。
今、利照が言わなかったなら、俺は一生後悔することにならないか?
ケティの頬は赤らんでいる。
熱が引いたはずの俺の顔もやたら熱い。
リテル、伝えるぞ?
お前の気持ちを……だから、力を貸してくれ。
利照だけだと、うまく声が出ないんだ。
「……きだ」
目頭が熱くなる。
涙を出せるくらいなら、言葉だってきっと出せるはず。
俺は息を大きく吸い込んで、言い放った。
「ケティのことが、好き」
言い終わる前に、口を塞がれる。
胸とは違う柔らかさ。
そして温かい。
俺の両方の十五年間を通して初めてのキス。
ただ重ねているだけなのに、固く手をつないでいるよりもずっとずっとつながっている気がする。
これがキスってものなのか。
ケティが俺の手を放し、俺の背中へと回したから、フリーになった手が震える。
心の震えが手にまで出ちゃってるのかも。
密着した胸の奥で高ぶる互いのリズムが、同期を取り始めている気さえする。
俺は、意を決してケティを抱きしめた。
「……っんぅっ」
突然、キスは終わり、ケティが大きく息を吸い込む。
俺も呼吸を忘れていたことに気づいて、慌てて息を吸う。
すぐ近くに見えるケティの頬と瞳が嬉しそうで、それがたまらなく愛しくなって、離れたケティの唇を追いかけて、今度は俺から口づけた。
唇が触れている、ただそのことだけで、はちきれそうになる。
たぎる想いに背中を押されるように、俺は右手でケティのシャツをめくりあげた。
シャツは弾力のある何かにひっかかる。
何に……ああ、ケティは大きいから……。
そんな戸惑っている俺の手を、ケティの手が優しく握りしめ……そしてどこかへ誘導する。
手のひらに、しっとりと触れた肌は汗ばんでいた。
触れてていいのか?
利照が?
告白をして、キスをして……これ以上は、リテルがするべきことなんじゃないのか?
俺の中のリテル……何とか言えよ!
ケティからまた俺へキスをする。
キスの奥に、甘いケティの声がかすれるように幾度となく弾けて、それは俺を物理的には興奮させているけれど……同時に胸も軋ませる。
俺の胸を……キュンじゃなく、もっと濁音が混ざっている感じに。
ぎこちない俺の手がケティの胸から離れたけれど、そんな俺の指と指の隙間に、ケティの指が滑り込んでくる。
ケティのリテルへの想い。
リテルのケティへの想い。
俺はその狭間で、どうしようもなく揺れている……リテルやケティへの罪悪感と、体の底から湧いてくる思春期男子の真っ当な衝動との間でも。
不意にケティが俺のシャツをまくりあげた。
俺はうながされるままシャツを脱ぎ、再びケティの顔を見たとき、ケティもシャツを脱いでいた。
俺は、そんなケティに見とれてしまった。
だってさ、目の前にあるんだよ?
それに俺が脱がせたわけじゃ……自分の中のリテルに言い訳をするけれど、リテルは答えてくれない。
触りたい気持ちをぐっとこらえて、俺はケティの胸じゃなく、顔を見つめた。
正直、可愛い。
照れたときの顔はもっと可愛いし、テニール兄貴の結婚式を見つめていたときのうっとり顔はもっともっと可愛い。
だからこそ、俺が今ここでケティとどうにかなっちゃうのは違う気がする。
もしも、もしもだよ。
利照に、元の世界で大好きな幼馴染が居て、元の世界でリテルが利照になって、その幼馴染とイチャイチャし始めたら、そんなツライことってないじゃないか。
「リテルぅ……」
ケティが俺の名前を呼んだ。
確かにリテルは俺の名前だ。
でも、俺の自意識はいま利照の方にあって……あれ……なんだ、あた、まが。
「リテル?」
激痛が脳天をワサビみたいに突き抜けてすぐに消えた。
「……っつ……なんだったんだ、今の」
「大丈夫?」
慌てて俺に近寄るケティの、二つの先端が俺の胸元に……ヤバいヤバいヤバいって……俺の理性の最後の防衛ラインが……え?
俺は気付いてしまった。
さっきまで膝上短パンの内側に、渾身の力で主張していた俺の大事なモノが、情けないくらいに脱力していることに。
その後すぐに外が騒がしくなる。
俺は慌ててケティにシャツを着せ、俺自身もシャツを着る。
ケティは察したのかベッドから下りて壁際へと移動する……のと同時だった。
部屋の扉が開き、ビンスン兄ちゃんが入ってきたのは。
「ケティ、村長さんが呼んでいる……お、リテル、具合はもういいのか?」
危ないとこだった……。
ケティは俺のことを熱っぽく見つめ、それから部屋を出ていった。
一人に戻った途端、整理しきれない情報の多さに俺は思わず頭を押さえる。
そして改めて、ここがどこなのかということが気になり始めた。
居ても立っても居られなくなった俺も部屋を出る。
「リテルにーちゃんも村長さんのとこ、いくの?」
居間に居た猿が俺に話しかけてきた。
猿?
喋る猿?
顔は猿だけど、俺たちと同じ様な服を着ているし……いや、違う。
この子は猿じゃない。
俺の弟のドッヂだ。
ドッヂの横には、妹のソン。
ソンは普通の人の顔をしている。
こう見えても二人は双子。
ただドッヂが先祖返りなだけ。
「先祖返り」という言葉を思い出したことで、俺は目を背けていたことに向き合わざるを得なくなる。
この世界が異世界であるという確信に。
● 主な登場者
・利照/リテル
利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。
ただ、体も記憶もリテルなのに、自意識は利照のまま。
ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。わがままボディの十六歳。
・ビンスン兄ちゃん
リテルの兄で、部屋も一緒。
・ドッヂ
リテルの弟。先祖返り。
・ソン
リテルの妹。ドッヂとは双子。
・テニール兄貴
村の門番。傭兵経験があり、リテルにとって武器としての斧の師匠。