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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

満ちた人生

作者: はなた

⚠︎自殺描写あり


人の悪意に染められる人生


久しく見上げていなかった空は、昔よりも近くにあった。


不幸な人ほど他人に固執する。人の不幸を笑っている人も、きっとどこかに不幸を抱えていて、別の誰かに笑われた傷を抱えているのだろう。心の穴に見合わない数の栓を、人は取り合い傷つけ合う。不幸は連鎖だ。


僕の不幸は誰に連鎖するのだろう。


昔から鈍臭い子どもだった。「優心はおっとり屋さんだね」。小学生の頃、それは僕の個性だった。ゆっくりしているつもりはなくとも、いつも気づけば教室には、僕以外誰もいないことが当たり前だった。

その個性が、歳を重ねるにつれて欠点へと色を変えた。僕は何も変わっていない。それでも、僕を取り巻く環境は、当たり前のように変化していった。その変化は大人になるために必要なものだった。


『何事も事前にきっちりと。行動は5分前に。無駄な時間は無くしていこう。効率的に考えよう。これは集団生活の基本です。出来なくては大人になって苦労します。あなたの行動が、周りに大きな迷惑をかけます。ちゃんと周りのことを考えて。思いやりを持って。』


中学に上がったばかりの頃、当時の担任が何度も僕に諭した言葉だ。僕は僕自身が恥ずかしくなった。僕は自分のことしか考えきれない、いわゆる自己中な人間なのだと思い知った。鈍臭い自分が、みんなの和を乱していることをザクザクと自覚した。


周りは少しずつソレを身につけはじめ、ソレを常識とし、出来ない僕は荷物となった。みんなを苛立たせる、迷惑な存在へと変わっていった。


同じ係やグループになると誰もが嫌な顔をした。露骨に示す人、苦笑いをする人、陰で愚痴を溢す人。全ての行動が、僕の心臓を抉っていった。


本当に抉れてしまえば良かった。

僕にとっても、みんなにとっても。


周りに迷惑ばかりかける自分に、生きる価値はあるのだろうか。




栓が足りないのは、神様の暇潰しなんじゃないだろうか。みんながみんな、自分で穴を塞げたならば、わざわざ他人に、矛先を向ける必要もないのに。


何故人は、他人でしか満たせない心を持つのだろう。


僕に空いた穴は、これからどうやって埋まるのだろう。


己の痛みを忘れ、他人に同じ痛みを向けるのだろうか。


決して、そのことが悪だと言いたいわけではない。世界のバランスはそうやって保たれるように出来ている。


バランスに善悪は関係ないから。


誰かが悲しんでいようと、それで満たされ、保たれるのならば、それはバランスを維持するシステムの一部として在ることになる。


だから、仕方のないことだと、思ってる。




それでも。


人から人へ、受け渡すように紡がれてきた痛み。それがどこかで留まったら、どうなるのだろう。


僕の所に留まる分だけ、世界の痛みは減るのだろうか。痛みと栓の数が少しでも近づいたりするのだろうか。


全てが馬鹿みたいな、空想だった。


今思えば臆病が生み出した、自己に没頭する為の術、その一つだったのかもしれない。


当時の僕は、顔を上げ、周りを見るのが怖かった。世界はいつも僕を否定するばかりだったから。


世界は広くて大きくて、僕の手なんかには到底収まらない。


わかっていたことだった。


それでも、投げつけられた痛みを、別の誰かに向ける事は出来なかった。



そうやって、痛みは何年もかけて僕の中に積もっていった。




今僕は、選択肢の前にいる。


久しぶりに顔を少し上げ、視界を大きく広げてみると、足元の先に広がる世界は酷く小さく見えた。


駅から人が溢れるように飛び出していく。スーツを着た人々が、それぞれ迷うことなく淡々と歩みを進めている。


これから始まる1日を疑うことなく生きている。そしてきっと、多くの人は、いつも通りの何気ない1日を過ごし、今日という日を終えるのだろう。


そしてまた明日を生きていくのだろう。


この瞬間まで欲を見せた自分の心に自嘲した。


(羨ましいなんて)


僕から見える他人の人生なんて、結局は一部でしかない。これまで何度も自分に言い聞かせてきた言葉だった。


きっと誰もが見えないだけで悩みや痛みを抱えている。


不幸に大きさなんてない。


本人の受け取り方次第だから。そもそも僕が測れるものじゃない。だから自分だけが不幸なんてことはない。


『どうして』なんて、考えた所で答えは出ない。


肺の空気を隅から全て入れ替えるように、大きく息を吸って吐き出した。


期待と不安で胸が脈を打っている。


久しぶりの感覚だった。


自分の生を実感する。


気持ちが悪い。


生きていることが、気持ち悪い。


ふと過去のクラスメイトや職場の人達の顔が浮かんだ。


自分は場違いだと思った。


何を思って生きているのか、僕には全くわからなかった。それでも、彼らの人生は『正解』なのだろう。少なくとも、僕よりは適してる。


家族の顔が浮かんだ。


申し訳ないし情けない。


ごめんなさい。


僕は積もった痛みと共に

朱色の一歩を踏み出した。


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