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感動への乗り遅れにご注意ください


 案内されてやってきたのは、裏路地にある一件の娼館だった。

 そこに当然のような顔で入っていく姫様の絵面けっこうインパクトあるなと思いつつ扉をくぐると、入ってすぐのところにいた数人が俺を見てぱっと表情を輝かせる。


「リーダー!」


「おかえりなさいリーダー!」


「レサトならまだ戻ってないわよぉ」


「もうすぐ着くと思うけどね。どう? それまで私と遊ばない?」


 際どい服を着たきらびやかな女に囲まれて、ソルとヒロインが目を白黒させている。俺はひとつ息を吐き、絡みついてくる女達を引きはがした。


「遊ばねぇし、お前らのリーダーはもうレサトだろうが。俺のことはなんか別ので呼べよ」


「えー。でもレサトちゃんもリーダーいないとき、リーダーのことまだリーダーって呼んでるよ?」


「まじかよ」


 初耳だぞ。何やってんだあいつ。


 一連の会話から分かるように、ここにいる連中はスラム時代の仲間達である。今はレサトのもとで働く彼女らもまた腕の良い情報屋だ。この地獄のような街を生き延びてきただけあってメンタルも逞しい。

 特に娼館で活動しているメンツは美女の皮を被った大怪獣のようなもので、敵に回せば厄介なことこの上ないが、味方にすれば非常に頼もしい存在だ。


「こらお前ら、アニキは大事な用で来てんだからあんま引き留めるなよな」


 すると店の奥から出てきた従業員の男が、女達にぶーぶー言われつつも持ち場に戻るよう促して、改めてこちらに向き直った。


「お疲れ様ですアニキ、姫様たちも。そっちがソルと王女すね。レサトから聞いてます、奥へどうぞ」


 先導して歩き出した男に続いて、俺達も店の奥へと進んでいく。

 その途中でヒロインが小首を傾げながら男に問いかけた。


「あなたは、彼の兄弟なの?」


「え? ああ、俺がアニキって呼んでたからすか。血縁かってことなら違いますね。ただアニキは昔からなんかアニキ!って感じだったもんで、結構呼んでるやついますよ」


「……昔……、どんな、ふうだった?」


「アニキすか?」


 ソルの問いかけに男はぴたりと足を止めて、記憶を探るように腕を組んで唸りをあげる。


「うーん、あんま変わんないっすよ。昔からめちゃくちゃ強くて、大人相手でも全然引かなくて、何だかんだ言いながらいっつも俺らのこと守ってくれてましたね。だから今度は絶対俺らがアニキの力になるぞって、ぁいて」


「……いいからとっとと案内しろ」


「へへ、うーす」


 俺にはたかれた後頭部をさすりながら、男が歩みを再開した。


 まったくこれだから地元は。いらん話がぽんぽん飛び出してくる。

 街一番のヤンキーがおばあちゃん子だったのが判明した時みたいな空気を背後に感じつつ通されたのは、至って普通の応接室だ。

 知らない人間が目にしてもまさかここが女帝のアジトとは思わないだろう。そういう“平凡さ”がアジト選びで一番のポイントなのだとレサトは言っていた。


 全員がテーブルにつき、案内役の男が退室したところで、まず姫が口を開く。


「ソル様、ルーナ王女、このような遠方までご足労頂きありがとうございます。わたくしは皇帝の妹にして帝国の姫、リエナと申します」


 酒場で一通り自己紹介は済ませたのだが、姫は改めてそう告げると、皇族らしい凛とした雰囲気で二人を見据えた。


「単刀直入に申し上げます。お二人にはどうかわたくしどもに協力して頂きたいのです」


 彼らはそんな姫の眼差しを、言葉を、ただ黙って受け止めている。

 二人にしてみれば家族を失う原因となった男の身内だ。思うところが無いわけはないだろう。


「本来ならわたくし自身の手でけじめをつけねばならないものを、この期に及んであなた方に頼ろうとする身勝手は重々承知しております。けれどわたくしには、何に代えてでも為すべきことが……成し遂げたいことがあるのです」


 しかし明確な謝罪を口にしないまま話を進めていく姫は、おそらく分かっているのだろう。


 謝ることならいくらでも出来る。しかしそうして軽くなるのはこちらの気持ちだけだ。彼らが失ったものは、もう戻らない。

 だから奪った側に立つ俺達にここで果たせる責任があるとすれば、それは、きちんと“恨ませてやる”ことくらいなのだと。


「お願いします。圧政に苦しむ民を救うため、グール様を呪縛から解放するために、どうかお力をお貸しください」


「………………え? 俺?」


 半分くらい傍観者みたいな気持ちでいたところに不意打ちをくらって思わず素の声が零れる。


 高額な税の取り立てや帝国軍の横暴で、民の生活もそろそろ限界が近い。姫はそれを見かねてとうとう行動を起こすことにしたのだろう、と思っていたのだが、そこに自分が食い込んでくるのは全く予想外だった。


 するとソル達は顔を見合わせて笑みを浮かべ、その太陽と月の瞳で真っ直ぐに姫を見据えた。


「ええ、任せてちょうだい。私達はそのためにここにいるのよ。皇帝はぶっ飛ばすし、彼だって絶対自由にしてみせるわ」


「みんなで、頑張ろう……リエナさん」


 ふたりの返事を聞いた姫は、一度深々と頭を下げて目尻に浮かんだ涙をぬぐうと、花が綻ぶような笑顔とともに顔を上げた。


「ソル様……ルーナ様……ありがとうございます」


 そんな光景をぼんやり眺めながら、俺は呟く。


「当事者のはずなのに色々置いてけぼりなんだが」


「じゃあそのまま置かれといてください。あんた何でもすぐ自力でやろうとするから面倒くさいんですよ。少しはこっちにも回せって話です」


「いや、……いや、つってもだな、なんか良い話っぽくなってるが、要するにこれクーデター……」


「グールさんの計画には反さないでしょう?」


「反しませんけども」


 俺の目的はソル達が最終決戦の場にたどり着くことである。

 このクーデターはそれを後押しするわけだから、むしろ有利に働く形になったのかもしれない。


 でも帝国の姫によるクーデターとか確実にイレギュラーだろう。そんな斜め上の展開があったらさすがに覚えている。

 どうしたらいいんだコレと内心頭を抱えつつ、とりあえずもう少し話を聞いてみることにする。


「……なぁ姫、あんたのやりたい事は大体分かった。でも具体的にどうすんだ?」


 俺の問いに答えようと、姫が口を開きかけたその瞬間。

 部屋の扉が大きくバンと音を立てて開いた。


「もっちろん! 正面突破だよグールくん!」


出たな女帝。


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