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利己主義者のパラドックス


 このゲームのいわゆる“パーティメンバー”は最初から最後までソルとヒロインの二人だけだ。

 レサトを初めとしたゲストキャラは登場するが、その立場はあくまで“協力者”である。


 二人の戦闘スタイルは、ソルが主人公らしい万能型。ヒロインはヒロインらしからぬ超攻撃型だ。

 いやそういうヒロインもいないことはないだろうが、元王女様を何もここまで脳筋パラメータ&メンタルに仕上げなくても、と画面の前でしょっぱい気分になった記憶がある。


 しかし一応弁解しておくと、ヒロインとて最初からそんなふうだったわけではない。


 ゲーム序盤はまさにTHE・王女な言動をしていたのだ。

 だが王都襲撃後、身分を隠して逃亡中なのにそれはまずいということで、彼女はまず一般人らしい口調をなんとか習得した。その結果があの少々わざとらしいまでの女言葉である。


 そして次に、復讐のための力を求めた。

 元々勝ち気で責任感の強いタイプだったので、ただソルに守られているだけというのは性に合わなかったのだろう。その結果があの物理特化脳筋プリンセスである。


 そうして彼女は旅の中で、王者および戦士としての頭角をめきめきと現していったのだ。もうこのが主人公でいいんじゃないかな、とプレイヤーが遠い目になるほどに。


 そんな主人公より主人公気質だからこそ猪突猛進なヒロインの陰になり日向になり、彼女の成長を押し上げる役目を担った存在こそ、我らが主人公ソルである。


 故郷を滅ぼされ、王都襲撃に遭い、王女と命がけの逃亡生活、と若くして悲惨な人生を送りつつも、根っこにある真っ直ぐな心を失わずに育った青年は、一般常識に疎い王女を時に諫め、支える。

 そしてソル自身もまた彼女の生き様や覚悟に触れて、復讐にとらわれていた己の心と向かい合い、打ち勝つ強さを得た。


 彼らはお互いがアクセルでもあり、ストッパーでもある。


 だから要するに。

 何が言いたいのかというと。


「私達に協力してほしいの」


 ――――助けて主人公ストッパー


 アクセル全開のヒロインと向かい合った俺は、蛇に睨まれた蛙のような気持ちで内心ソルに助けを求めた。

 しかし当の主人公は先ほどから黙々と茶菓子を食べていて、こちらのSOSに気づく気配もない。


 ジュバは我関せず。レサトはどさくさに紛れて消えた。

 どこからの助けも期待出来ないことに軽く絶望して、俺は渋々片手をあげた。


「いくつか質問していいか、王女様」


「いいわよ。どうぞ」


「まず、俺達は何をしてる?」


「お茶会よ。見れば分かるじゃない」


 そう。

 俺はなぜか主人公組とお茶会を楽しんで(?)いた。


 意味が分からない。そこからもう全く意味が分からない。

 牢屋に連行されたのはガロットとシメールだけで、俺とジュバはなぜか王城内の一室に通され、人払いされたその部屋でなぜか主人公組にもてなされている。


 優雅なティータイム専用と言わんばかりのアンティークテーブルに俺とソルとヒロインが顔を突き合わせて座り、でかいジュバは少し離れたところにあるソファを独り占めしてくつろいでいた。


「なんで俺とお前らがお茶会する事になってんだよ。おかしいだろ」


「何もおかしくないわよ。私言ったじゃない。疲れただろうし、『ちょっとお茶でも飲んでいかない?』って」


「まさかそのままの意味だとは思わねぇだろうが!」


 どう考えてもあれは「ツラ貸せ」とか「逃げられると思うなよ」とかそういう流れだった。

 しかしヒロイン的には言葉通りのお誘いのつもりだったらしい。


「まぁ、百歩譲ってそこはもういいとしよう。終わったことだしな。それで? 次が? なんつった?」


「だからね、私達に協力してほしいのよ」


 聞き間違いの可能性にかけていた俺の心がたった今敗北した。


 首輪が作動しているわけでもないのに痛む頭を押さえつつ、ちらりと対面を伺う。

 するとヒロインだけでなく、今度はソルまでも真っ直ぐにこちらを見据えていた。これは冗談や罠などではない本気の提案なのだと、二人の真剣な表情から否が応にも伝わってくる。


「俺がどんな奴か分かってて言ってんのか」


「ええ、分かってるわ。たぶん貴方自身よりもずっとね」


「敵だぞ」


「そうかしら」


「…………」


 顔を顰める俺にヒロインは小さく笑ってから、王女らしい美しい所作で紅茶を口に運んだ。

 そしてひとつ息をついて、今までよりいくらか力強さの抜けた柔らかな表情を浮かべる。


「事情は分からないけど、自分の意思ではあの皇帝に逆らえないのよね? なら危ないと思ったらすぐこちらを切り捨ててくれていいわ。逃げられないあなたと違って、私達はどうとでもなるもの」


 だから、と彼女は続けた。


「私達と協力……いえ、利用してほしいの。あなたがあなたの意思で生きて死ねるようになるために、私達を利用しなさい、『血染めの食屍鬼』」


 ソル達と協力することに、メリットが無いわけではない。


 だがバタフライエフェクトだのイレギュラーだのを計算して動ける頭の無い俺としては、やはり“物語”は出来るだけ“原作通り”に進んでくれたほうが不安要素が少なくて済む。


 それに。


「……俺なんかの手を借りるまでもなく、お前らはいずれあいつの元にたどり着くさ。その途中で運悪くぶつかったときには手加減くらいしてやるよ」


 ()()()()()()()()()()と、頭の端で凡人の自分が悪態をついた気がして、思わず浮かんだ自嘲をごまかすようにひとつ息を吐く。


 おら帰るぞ、とジュバに声をかけて、ほとんど手をつけなかった紅茶をそのままに立ち上がる。

 ヒロインも予想はついていたのか、落胆するでもなく「なら今はそれでいいわ」と不適に笑っていた。なんか言動がいちいち攻撃力高めで怖い。


 しかし帰るとは言ったものの普通に帰してくれるだろうか。

 そう思っていたら案の定呼び止められた。さて今度こそ牢屋行きか、それともここで一勝負かと覚悟を決めた俺の前に、見慣れた二本のダガーが差し出される。


「これ、あなたの武器。返しておくわね」


「返すのかよ」


「? そりゃもちろん返すわよ」


 俺、敵、武器……まぁジュバのも取り上げられなかった時点で今更か。


「ありがとう、おかげで助かったわ。それと帰ったら皇帝に伝えて。私達が絶対にアンタをぶちのめしに……いいえ、お望み通り“遊び”に行ってあげるから、それまでにおうちの片づけでもして待ってなさいってね」


「……あんた、王女様だろ。城は取り戻したんだし、もう自分で戦わなくてもいいんじゃねぇの」


 シャウラが手元に戻ってきて気が緩んだのだろうか。ヒロインがあの場にたどり着くことを誰より待ち望んでいるのは自分のくせに、思わずそんな言葉が口をついて出たことに内心舌打ちを零す。


 しかし彼女は気負いもなく笑って、「そうもいかないわよ」とその提案を一蹴した。


「は、帝国うちが言えた義理じゃないが、てっぺんがのこのこ最前線に行っちまうんじゃこの国の奴らも大変だな」


「だってここまでコケにされたのよ? 直接殴らなきゃ気が収まらないわ。それにね、国については……ちょっと考えてることがあるの」


「何だよ」


「まだ内緒。ぜーんぶ終わって、あなたが自由になれたときに教えてあげる」


 幼い子供の約束のように口の前に指をひとつ立てて彼女が笑う。


 全てが終わったら。

 そのときは。


 胸の奥からこみ上げた苦みに小さく眉根を寄せた俺を、ソルがただ黙って見つめていた。


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