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きしのしょけん


 特に、理想やこころざしがあったわけではなかった。


 自分はいわゆる戦災孤児というやつで、そういった子供たちは王国の支援のもと、各地の教会で面倒を見てもらえることになっている。

 しかし激化する戦争でどんどん孤児が増える中、すでにある程度の年齢だった自分は早々に教会を出されることになり、どうやって生きていくかとなったとき、衣食住が保証された兵士という職業は都合がよかったというだけの話であった。


 昔から運動神経もよく、体も丈夫だった自分は、兵士の仕事にすぐ馴染むことが出来た。

 上の言うとおりに敵を斬ればいいだけの簡単な仕事である。これで給料まで出るのだから楽なものだ。


 着々と戦果を挙げ続けた結果、自分は軍の中でも腕利きを集めた精鋭部隊“王国騎士団”の一員となった。


 そつなく騎士としての生活を送っていたある日、同じ部隊に騎士見習いの子供が入ってきた。自分が世話役を任された。


 その子供は未熟で、青臭く、しかし強い意志を宿した双眸で日々がむしゃらに特訓していた。自分とは正反対だと思った。


 よくそこまで必死になれるな、と半ば呆れて告げた自分に対し、子供は入隊当初から使っている腰元のポーチにそっと手を添えて、「……強くなりたいから」と迷いのない声で言った。


 そんな子供をしばらく間近で見ていたせいで、きっと魔が差したんだろう。


 王国軍がひどい負け戦をやらかした、とある戦線で、


「自分はここで敵の足止めをする、お前達は逃げろ」


 ……なんて、ありがちにもほどがある台詞を吐いて敵の軍団長に立ち向かって行ってしまったのは。


 別に死ぬつもりはなかったし、何なら勝てるだろうと思っていたのだが、連日戦い通しでさすがの自分も弱っていたらしい。見事に負けて捕まった。


 それからは酷いものだった。


 拷問、拷問、拷問。


 人を痛めつける方法とはこんなにあるのかと逆に感心してしまうほどの日々がどれだけ続いたのか。

 正直途中から記憶が曖昧で、期間についてはよく覚えていない。ただ自分はこんなになっても生きているのだなぁとぼんやり思った。体が丈夫で損をすることがあるとは思わなかった。


 それでも徐々に意識が飛ぶことが多くなってきて、体の感覚がなくなってきて、いよいよ死ねるのかと思ったときだ。


「お前、服装からして王国騎士だったんだろうな」


 ああそうだ。

 理想も誇りもない、ろくでもない騎士だった。


「わりぃな。墓場が故郷じゃなくて、こんなクソみたいな国の下で」


 別にいい。死ねばどこも同じだ。

 間もなく訪れるだろう終わりに身を委ね、ゆっくりと意識を手放そうとする。


「恨めよ」


 すべてを諦めるその間際、耳に届いた静かな声に、ふと思考が巡った。


 恨め。恨めだと。恨んでいいのか。

 こういうときは、恨むなよ、とか言うものじゃないのか。


 そもそもお前は誰で、自分は何について恨めばいいんだ。

 それを教えてもらわなければこっちだって祟りようがないだろう、名前と住所くらい言っていけふざけるな。


 後から思い返すと、まるで訳の分からない逆ギレであった。


 人間いざ死に際になると意外にどうでもいいことを考えてしまうようだ。もしくは拷問漬けの日々でとっくに頭がおかしくなっていたのかもしれない。


 何にせよその怒りは火事場の馬鹿力となって、気付けばその何者かを、力の限り掴んでいた。





「おい団長、こいつ目開けたぞ」


「はぁ? 嘘だろバケモンかよ、あの傷で死なねぇのか」


 次に意識が戻ったときに見たものは、悪党らしき男が二人、こちらをのぞき込んでいる光景だった。


 褐色の肌に鋭い目つきの男と、とにかくでかくて厳つい男。

 一瞬、なるほどこれが地獄の鬼か、と思ったのも仕方ないことだろう。


「なぁコレどうやって巻くんだ。こうか」


「団長それだと血止まるぜ」


 自分はどうやら生きていて、奴らはなぜか自分を助けようとしているらしい、と事態を把握するまでには少し時間が掛かった。

 なにせ奴らの治療ときたら大ざっぱでいい加減で、自分じゃなかったらとっくに死んでるぞ、と苦言を呈したくなるほどのものだったからだ。新手の拷問か。


「しかし、しぶといもんだな。王国騎士ってゾンビなんじゃねぇの」


「ゾンビと食屍鬼グールで仲良くなれそうじゃねーか」


「ざけんな。お前だって鬼人オーガとか呼ばれてるだろうが」


 その二人が悪名高い『血染めの食屍鬼』と『皆殺し鬼人』であると知ったのは、さらに少し時間が経ってからのこと。


 実際に戦場で出くわしたことは無かったが、敵も味方もお構いなしの狂った化け物どもだと聞いていた。

 しかし目の前でだらだらと喋る二人を見ていると、こいつら頭おかしいと思う部分は多々あれども、噂ほど、話の通じない化け物というわけでは無さそうだった。


 怪我のせいで動けず声もろくに出ない自分は、奴らの観察くらいしかやることがない。


 だからそのくだらない会話を、たまに発生する乱闘を、治療を施す際の大ざっぱでいい加減な……けれど確かに自分を労ろうとする不器用な手つきを。


 自分は何くれとなく眺めながら、それからしばらくの日々を過ごした。


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