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「そうか。で、磯野と小野田は、どうだった?」
「二人とも僕をじっと見ていたんで声をかけたら、慌てて走ってどっかに行っちゃったんだ……」
千石が笑った。
顔面だけ軟体動物の動き。
一日に二回も見たのは、長い付き合いだが初めてだった。
何度見ても見慣れるということはないのだが。
「そんなん、あたりまえだろう。おまえ、なんもわかってないようだから、俺がはっきり言ってやるよ。おまえ、もう死んだんだよ。崖から落ちてな。死んだやつに声をかけられたら、たいがいのやつはそりゃ逃げるだろう」
たいがいのやつから外れた千石がそう言うと、小久保は目を大きく見開いた。
「ええっ!」
「ええっ、じゃねえだろう。おまえもう、おっ死んでんだよ。おまえみたいなくずにうろうろされたら、目障りだ。とっととあの世とやらに行ってしまえ!」
「……」
小久保は動かなかった。
じっと固まり、ただ千石のにやけ顔を見ていた。
が、やがて大きく見開いていた目がゆっくりと、実にゆっくりと閉じられてゆき、やがて今までの小久保では見たことがないほどの細目になり、そこで止まった。
その目は、気弱で千石に一切の抵抗が出来ない小久保のものとは思えないほどのものになっていた。




