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「その時は毎日泣いてる俺に、幽霊になってでも謝りに来いよ」

ろく(完)



 三井くんは去年と同じように屋上へと足を運んだ。


 幸い天気も崩れることなく、今日は絶好の流星群日和だと心も躍ったことだろう。これも去年と同じように、早い時間に一度屋上へ行き望遠鏡を組み立てて、警備の人の死角になる場所に隠しておく。羨ましいことに将棋部は屋上に一番近い部室なので、行き来も楽だ。そして警備員の見回りの時間になったら、将棋部で隠れてやり過ごす。教室と違って物がたくさん置いてある部室なんかは、隠れる場所が山ほどある。わたしもこの部屋で警備員をやり過ごしたことは一度や二度ではない。


 警備員が完全にいなくなったのを確認したら、いよいよ観測だ。屋上から見える夜空いっぱいの流星群を想像しながら、足取り軽く屋上への階段をのぼる。扉を開けて隠していた望遠鏡を持って来ようとしたところで、三井くんは気がついた。


 ――――おや、人がいる。


 屋上には照明が無い上に、周囲の明かりもそこまで届かない。(それが観測に適しているのだ)人影が見えても、三井くんの疑問はすぐ解けただろう。わたしだと思ったに違いないのだ。だって、去年約束をしたのだから。いや、きっと彼もわたしと同じで、約束なんかわざわざしなくても自然とあの場所に集まるだろうと根拠のない確信があったに違いない。だからこそ一年ぶりの挨拶をしようと、彼はそのベンチに座る人影に近づいていく。

 

 そして、近づいて気が付く。

 その『カップルシート』と呼ばれるベンチには、人が二人座っていることに。

 

 ぼんやりとした薄明りの中で、人を判別出来る距離まで近づいた三井くんはかなり驚いたはずだ。『カップルシート』に座っていたのは、こっそり夜中に流星群を見ようと屋上に忍び込んだ初々しいカップルではなく、――――男女としてそこに存在する、教師と生徒だったのだから。


「おいおい、そりゃあ推理っていうより妄想じゃねーか?」

「男は二年五組の担任、秋元先生。女は秋元先生が顧問をしているバスケ部の部員、神崎さんです」


 わたしは携帯電話を取り出し、用意していたスクリーンショットを開いて刑事さんに見せた。


「何だ?」

「見ればわかります」


 刑事さんは眉をひそめて画面を覗きこむ。


「……何だ、こりゃあ」


 画面には若者に人気のSNSのスクリーンショットが映っている。自信のあるアングルからの自撮りや誰かわからないくらい加工されたプリクラをアイコンにしたこの学校の生徒が、隠す気もなく好き勝手呟いていた。


『今日A元と女バスのK崎がカップルシート座ってたの見たって!』

『あの二人付き合ってるらしーよ』

『バスケ部の部室で抱き合ってんのみた奴いるって』

『それってバレたらやばくない? 超ウケるんですけど』


 他人の色恋沙汰と苛めの話は、学校という閉じた空間の中では圧倒的スピードで周囲へと拡散されていく。面白おかしく取り上げられて、しばらくしたら捨てられるのだ。


「三井くんは間近で、この二人が男女として振る舞っているのを目撃してしまったのでしょう。あまり想像はしたくありませんが、夜中に二人きりでやることなんて想像に難くないです。そして、三井くんが相手の顔が見える距離にいるということは、勿論相手からも三井くんの顔がわかるということです」


 ましてや、秋元先生は三井くんの担任だ。

 恐らく二人はその状況を誤魔化そうとしたが、明らかに誤魔化しきれない状況だったのだろう。見知った生徒だったが故に口止めをしようとしたが、彼はそれを聞こうとはしなかった。完全に想像でしかないが、三井くんはその場を離れようと走りだしたのだと思う。


「秋元先生は神崎さんを置き去りにして、三井くんを説得するために走って追いかけました。将棋部で細身の三井くんは、体育教師でバスケ部顧問の秋元先生にすぐ追いつかれてしまいます。そして、説得を試みたものの秘密にする様子のない三井くんに、秋元先生はやってはいけないことをしてしまいました」

「……口止めをしようとして、口封じをしちまったってわけか」


 洒落にならない話だった。


「きっと着ていた上着とか、もしかしたら持っていたタオルとか。とにかく跡が残らない物で首を絞められて殺されてしまったのだと思います。我に返った先生は、三井くんが将棋部だったことを思い出して、将棋部で自殺に見せかけることにしました」


 凶器となったロープはどこにでも売っている物と言っていた。体育教師である秋元先生には馴染みのあるものだろう。体育倉庫で何かを固定していたロープを拝借したのかもしれないし、予備の物を使ったのかもしれない。


「そうして自殺に見せかけられたと安心したのも束の間、とある疑問が秋元先生を襲います。――――どうして三井くんは、こんな時間に屋上に来たのだろう、と」


 慌てて彼女を置き去りにした屋上に戻って、何か変わったことがないか探し回ると、自分達からも死角になっていた場所からあるものが見つかった。

 それが、天体望遠鏡だ。


「昨日がオリオン座流星群だというのは勿論知っていたでしょうから、それが三井くんの持ち物で、彼もまた流星群を見に来たのだという結論にすぐ思い当ったと思います。焦ったでしょうね、理科教師でもない逞しい身体が自慢の先生には、上手くそれを解体することが出来なかった」


 でも、どうにかしてそれを仕舞わなければいけなかった。

 その結果、酷い仕舞われ方をした天体望遠鏡が将棋部で発見されたということだ。そしてその際に、屋上にレンズキャップを落としてしまった。暗がりの中、黒くて小さなキャップを落としたところで、動揺して手も震えていたであろう先生には気が付かない。


 ブレザーのポケットから取り出したレンズキャップを刑事さんに手渡した。


「もしかしたらそのキャップから、秋元先生の指紋が出るかもしれません。望遠鏡のどこかからも見つかるかもしれませんし、三井くんの首から、最初の絞殺で使った秋元先生の服かタオルかの繊維が出るかもしれません。完璧な証拠があるわけではありませんが、可能性としてはゼロではありません。それに、神崎さんに話を聞いてみたらもしかしたらあっさり話してくれるかもしれませんし。……長くなりましたが、以上が、わたしが考えたこの事件の真相です」


 そう締めくくると、部屋内に沈黙が訪れた。

 一気に話して喉が乾いてしまった。


 本当はポカリスエットを飲みたい気分だったが、そんなに都合よく常備されているわけはないのでわたしは仕方なくいつもの甘いミルクティーをコップに注いだ。一口飲んで、喉の渇きを潤す。

 全てわたしが一人で過ごしていることによって培った想像力による壮大な探偵ごっこ、妄想に過ぎない。だから、口をぽかんと開けて呆然としている刑事さんには申し訳ないが、自信満々に解決篇を演じたわたし自身、このお粗末な推理があっているとはあまり思っていなかった。


 でもわたしは、お粗末でも見当はずれでも、この謎を解かなければいけなかった。自分が安心したいだけだとしても、この事件を自殺として片付けてしまうのは、いけなかった。


「わたしは、約束を破ってしまいました。わたしと三井くんが二人であの場所にいれば、流石に秋元先生も、口封じのために殺してしまおうとは思わなかったはずです。約束を守った三井くんが殺されて、約束をすっぽかしたわたしが生き残ってしまいました」


 だから、わたしのせいで三井くんは死んでしまった。

 改めて口にすると、なんて苦しいのだろうか。今まで沢山の人がわたしの自殺未遂によってとばっちりで死んでしまっていたことには、何も感じなかったのに。少しだけ知っている人が死んでしまうと、こうも、胸が締め付けられる。


「……ほたる」


 きっと酷い顔をしていたのだろう。刑事さんはソファに座っているわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「痛いです」

「痛くしたんだ」

「何でですか」

「生きてるって、実感できるだろうと思ってな」


 そう言って、無理して刑事さんが笑顔を作るものだから、わたしはどうも悔しくて、悔しくて、泣いてしまった。


 もしかしたら、わたしが死ぬと刑事さんに言う度に、刑事さんも今のわたしみたいに胸が痛かったのだろうか。だから、いつもいつも必死にわたしを止めてくれていたのだろうか。


「ほたるの話が全部あっているとは俺も思わねえが、一つだけわかったことがあるんだ」


 頭を撫でるのをやめて、刑事さんはポケットから紙を取り出した。四つ折りにされたそれは何かの資料のようだった。

 くしゃくしゃになったコピー用紙を、わたしに見せる。


「三井もさっきのSNSに登録していた。それが、あいつの最後の投稿だ」


 両手でその紙を受け取り、たった一文しかないその言葉を、わたしは何度も読み返した。




「――――『あの子は、まだ星が好きだろうか』」



 口に出したわたしの声があまりにも震えていたので、誤魔化すためにひとつ咳をした。


「それ、ほたるのことだったんだな」

「……ねえ、刑事さん」

「おう、何だ?」

「刑事さんは、わたしが連絡を入れずに勝手に死んだら、泣いてくれますか?」


 ずっと聞けなかったことを、今聞かなければいけないような気がして、刑事さんを見上げて問いかけた。

 ずっと聞けなかったというのに、答えは間もなく、そして自信たっぷりに返ってきてしまった。


「その時は毎日泣いてる俺に、幽霊になってでも謝りに来いよ」

「……ふふ、毎日泣いてくれるんですか」

「こう見えて俺は泣き虫なんだ」

「それはそれは。わたし、すごく安心しました」


 これではどっちがキツネのように『飼いならされている』のか、わかったものではないじゃないか。

 わたしがしにたがりなのは、刑事さんに出会うためだったのかもしれないし、星の王子さまは、刑事さんではなくわたしだったのかもしれない。


「刑事さんは、やっぱりわたしがいないと駄目ですね」

「おう、だから勝手に死なないでくれよ」

「考えておきます」



 だから、今だけはこうしていて下さい。

 そう小さく言葉にして、わたしはぎゅうと、刑事さんのお腹辺りにしがみついた。三井くんごめんなさい、と刑事さんにも聞こえないくらいの声で呟いて、涙を真っ白なワイシャツで勝手に拭った。







 わたしは、しにたがりだ。

 わたしは、星が好きだ。

 わたしは、まだ星が好きだ。

 わたしはもう、約束を忘れたくはない。

 だから、明日も明後日も、しにたくなっても必ず、――――刑事さんだけには電話をいれよう。




 そしてこのほしの部屋で、馬鹿みたいな話をしながら、甘いミルクティーと金平糖を二人で食べよう。













END


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