第3話 新たな道
「はっ!」
目を見開くと、そこは白一色の空間で、周りには何も無い。
「夢…か?」
狛は、ついさっきの状況を思い出しながら呟く。確か、奏を庇って、鉄柱に体を押し潰されたはずなのだが…
死ぬ前に、幻想のようなものを見ているのかと思い、辺りを見渡す。やはりずっと白一色が広がっていて、近くには自分以外何も存在していないようだ。
遠くに何かを発見する。距離が遠すぎて、ぼんやりとしか見ることが出来ないが、人の様な影。
「誰かいる…」
ここが何処なのか。その疑問を晴らすべく、謎の人影に近づこうと、狛は一歩踏み出す。と、その時。
「こんにちは♪」
遠くに見えていた人影が揺らめくと、一瞬で狛の目の前へと現れる。そいつは、金髪の少女の外見をしていて、そして上機嫌に挨拶をしてくる。
「っ!!」
あまりにも突然の出来事に驚いた狛は、思わずその場で尻もちをつく。
「はぁ、はぁ…心臓が止まるかと思った…」
非現実的なドッキリに、本気で冷や汗をかく。
「あはは!ごめんね。」
そう言って狛を見下ろす、白いワンピースを着た金髪少女。少女へ後ろで組んでいた腕を解き、狛に手を差し伸べる。
「いや、大丈夫だ。」
狛は、見知らぬ少女の手を借りずに、立ち上がる。
そして、少女に説明を求める。
「それで、ここはどこでお前は誰なんだ?」
「ここ?ここは私のお部屋。そして…私は君たちの神様だよ!」
ドヤ顔で大して無い胸を張り、腰に手を当て仁王立ちする少女。
「はぁ?」
あまりに突拍子もない言葉に、気の抜けた声が出る。
「あー!信じてないなー?もう、ホントなんだからね!!」
怒ってますよ、とあからさまな態度で、べーっと舌を出す少女。
「そんな君は、こうだ!」
突然少女はそう言うと、腕を上に上げて行き良いよく振り下ろす。
瞬間。ゴンッという音と共に、狛の体が下へと押し付けられる。
「カハッ!」
上からのもの凄い重圧に、息が出来ずに空気が漏れる。
「ふふっ、どう?信じてくれる?」
狛の苦しむ様子を笑顔で見下ろす少女は、数秒程経つと、狛の拘束を解く。
「ゴホッゴホッ!くっ、はぁはぁ。分かったよ…信じる。」
不承不承とといった感じで、狛は頷く。
「良かった!じゃあ自己紹介もこれぐらいにして、説明といこうか。」
ニコニコした表情から一変して、少女は真剣な表情に。
「まず、ここはさっきも言った通り、私の部屋。君は私に呼ばれてここに来たってこと。」
少女は話し始める。
「君の事はずっと見てんだんだ。」
「ずっと?」
「うん。だから君が"鬼"だってことも知ってるし、そのことでどれだけ苦しんできたかも見てきた。」
「…」
少女は憂いを帯びた表情で話す。狛は黙って聞き入っている。
「だから、君が死ぬ前にここに呼んだんだ。」
先程の笑顔とは違う、慈愛に満ちた微笑みで狛を見つめる。
「死ぬ前?俺はあの時死んだんじゃ…」
そう。狛はあの時、何本もの鉄柱に体を押し潰され、無残にも命を落としたと思っていた。
「ほんの一瞬の隙を付いたんだ。」
「じゃあ俺はまだ死んでいないのか…」
「うん。君が今まで頑張って耐えてきたご褒美ってところかな。で、そこでなんだけど…」
少女は、少しタメを作り言う。
「君には特別に3つの選択肢をあげる。1つ目は、元の場所に戻って、本来味わうべきだった死を味わうこと。」
少女が左手をかざすと、そこには今にも鉄柱に潰されそうになる自分が映し出される。
「2つ目、今までの記憶を消してまた同じ世界で赤ん坊からやり直すこと。」
今度は右手をかざすと、そこには実家が映し出される。映るのは一人の幼い赤ん坊。記憶はないが、これが自分なのだろう。
「やり直し…って事は違う道を歩むことが出来るってことか。」
「うん。でも、記憶は全て抹消されるけどね。」
やり直すことで失う記憶。今までいい思い出など殆ど無かった。でも、ゼロではない。失う代償は大きい。
「そして。」
パンッと、少女が手をたたき、映し出されていた2つの景色が消える。少女は手を開くと、両手の上にまた1つの景色を浮かばせる。
「3つ目、姿かたち、記憶はそのまま。新しい世界に転移すること。所謂、異世界転移。知ってるでしょ?」
小説などでよくある、異世界へと移動すること。狛はそういった物も嗜んでいたのでよく知っている。
「どう?悪くないでしょ?異世界転移。」
「はぁ、最初から選択肢はひとつじゃないか。」
狛は呆れた様子で溜息をつけ。体が死ぬか、心が死ぬか、異世界に転移するか。散々嫌な思いをしてきた狛だが、性への執着は人並みにある。
だから、
「行くよ異世界。」
「あは♪そう言うと思ったよ。」
わざとらしく微笑む少女を狛は鼻で笑う。
「それで、その異世界はどういった場所なんだ?」
少女に問う。
「君が行くのは、異世界サティファ。剣と魔法の世界。もちろん魔物だっている、私の世界。」
「剣と魔法、魔物か。って、私の?」
少女が言った言葉を復唱すると、引っ掛かりを覚える狛。
「あれ?言ってなかったっけ?私の名前。私はサティファ。精神と空間を司る神だよ。」
「聞いてない。」
先程は渋々承諾した神と言う言葉が、現実化する。
「まぁそれは置いといて。異世界に行くにあたって、今のままじゃ君はすぐに死んでしまう。」
先程とは変わって重々しい声でサティファは言う。
「そりゃそうだ。今まで争いのない国に住んでいたんだしな。」
元の世界では戦闘など無縁な場所に居た人間に、いきなり戦えと言われても無理がある。
「うん。だからね君には特典を付けよう!今までのご褒美だよ!キラッ!」
サティファはそう言って、舌を出し、ウィンクをする。
「あざといな。キラッとか口で言う奴はじめて見たわ。」
少し引き気味に、サティファを見る狛。そんな視線を気にもせず、と言うより、無視して、サティファは続ける。
「特典の1つ目は、君の目を少し変えるね。」
そう言って、サティファはこちらに手を伸ばしてくる。そして、次の瞬間。
「ぐあぁぁあ!!」
狛の目玉を両方くり抜いた。狛の目元からは血が流れる。
そして、数秒後、サティファは狛の目玉を元の場所に戻した。
「いきなり何すんだ!」
「ごめんごめん。でも、これで君は真実を見通すことが出来るようになったよ。まぁ、あっちの世界に言った時に分かるよ。」
と、サティファは、全く反省する気などないかのように笑いながら言う。
「あー!くっそ痛…くは無いんだよなこれが…」
目玉をくり抜かれた瞬間は痛みを感じたが、今では全く何も感じない。
「じゃあ次ね、2つ目は、君の中に流れる、"鬼の血"の解放。」
サティファはそう言うと、狛の胸に手を当てる。
「血の解放?」
「うん。…はい完了。これもあっちに行ってからのお楽しみだね。」
狛は自分の体を確認するが、何も変化がないのを見て諦める。
「そして、最後。3つ目はこれ。」
そう言って、サティファはどこからともなく、真っ黒い鞘に収まった刀を渡してくる。
「今度は武器か…日本刀か?」
「まぁ、ただの日本刀では無いけどね。それは、神刀・覇鬼。これは、君のために、鍛冶の神が鍛えた最高傑作の、君専用の刀。そして、君が念じることで、どんな形にも姿を変える、千変万化の武器でもある。」
「神の刀…千変万化の武器か。ほんとに良いのか。」
「うん。君のために私が鍛冶の神に頼んだんだから。それに、君には死んで欲しく無いしね。」
そう言って、頬を朱に染めはにかむサティファに、狛の顔も赤くなる。
「そ、そうか。じゃあ、なるべく長く生きないとな。」
「ふふっ、そうだよ。じゃあ、そろそろ送るね。」
「あぁ、頼む。」
サティファが、右手で空を切るように下ろすと、空間が割れ、道が出来る。
「君が行くのは修羅の道。決して楽な道ではないと思う。でも、これだけは覚えていて。君を支え、そばに居てくれる人は必ず出来る。それに、私もいるしね。」
微笑みながらサティファは言う。
「それは頼もしい、神が付いているのなら。どうせ俺は鬼だ。このまま修羅にでもなってやろう。」
狛はニヤリと口角を上げて嗤う。
「じゃあな、サティファ。また会おう。」
狛はそう言って、サティファに背を向け開いた空間へと歩き出す。
「!…行ってらっしゃい。」
サティファの満面の笑みに送り出された狛は、裂けた空間に飲まれ、消えていった。
頑張るぞい