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鬼の嗤う世界  作者: 雪華
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第2話 理性の鬼

授業が終わり、終業の鐘がなる。


「はぁ。」


この後の予定を思い出し、狛は一つ溜息をつく。


「鬼羅君、帰ろ?」


「んぁ?あぁ。」


後からいきなりかかった声に、思わず変な声が出てしまう。


2人で学校を出て路地を並んで歩く。隣からチラチラと度々視線を感じるが、話しかけてくる様子は見えない。


「…話があったんじゃないのか?」


ついに、無言の時間に耐えかねた狛は、奏に声をかける。


「へ!?あ、そうなんだけど…」


しかし、奏は何かが詰まった様に言い淀む。

顔を仄かに赤らめ、視線は右往左往している。



「あ、あぁそうだ!駅前にね、新しくケーキ屋さんがオープンしたの!だから…一緒に食べに行かない?」


突然奏は、誤魔化す様に声を大きくして言う。


「いや、話があるんじゃ…」


「まぁまぁ!よし!行こう、今すぐ行こう!」


奏は元気にそう言って狛の手を引っ張り、歩き始める。


「おい…はぁ。まぁいいか。」


狛も奏の強引さに押し切られ、呆れたように溜息を付いて、奏の後ろを歩き始めた。



それから2人はケーキを食べ終えると、奏のこれまた奏の提案でゲームセンターや服屋を見て回った。


「疲れた…そろそろ帰るか。」


奏に終始引っ張られていた狛は、疲れた様子で腕時計を見ながらそう言う。


「そうだね…」


腕を後ろで組み、空を見上げて奏は呟く。


空はまるで染めたかのように茜色が広がり、夕日が辺りを照らしている。2人が歩く大通りには他に、仕事終わりのスーツを着た大人や、子供連れの主婦らしき人が、各々の家路についている。


「話なんだけどさ、2人きりになれるところでいいかな?」


奏は微笑を浮かべ、そう言う。夕日が奏の顔を照らし、赤く染めている。


「あぁ。」


狛は短くそう言うと、奏を先導し、歩いていく。



少し歩いて、住宅地へと入る2人。大通りとは一変、車の通りもほとんど無く、どこか物寂しい程に静かだ。


「ここでいいか?」


「ここ、工事中なの?」


「あぁ。」


「そっか…ありがと。」


狛が奏を連れて着たのは、人一人の気配も無い、工事中のマンション敷地内。まだ、クレーンや、鉄柱などが沢山残り、工事が進められている事が分かる。


狛はマンションを背に立ち、奏が話し始めるのを待つ。


「じゃあ、話すね…」


先程遊んでいた時とは違い、奏の顔は少し強張り、緊張した様子が見て取れる。


意を決して、奏は続きを話し始める。


「本当はもっと早くに言いたかった事なんだけど、すぅー…はぁ。よし!」


そう言って奏のは深呼吸をする。パシッと自分の頬を両手で叩くと、顔を赤くし言う。


「私、篠崎奏は…前から、鬼羅狛君が好きです!よ、良ければ、お、お付き合いをしてください!!」


若干声が上ずったり、噛んだりもしたが、紛れもない奏からの真剣な告白。奏の顔は言ってるうちにどんどんと赤くなっていき、今は林檎の様に真っ赤になっていた。


奏は目をギュッと瞑っているが、表情は不安に満ちていて、胸の前で握った両手をふるふると震えている。


「…」


そんな表情をされては困る。断らなくてはならないのに。俺とは関わっては行けないのだ。ましてや恋人など、以ての外だ。


だが、何故だろう。断ろうと、否定しようと拒絶の言葉を出そうとするが、声が出ない。


あぁ、そうか。

脳が、心が、本能が拒絶を拒絶しているのだ。

いつからか自分も、篠崎奏と言う一人の人間を、一人の少女を好きになっていたのだ。


俺もお前が好きだと。言葉に出来たらどんなに嬉しいか。どんなに幸せか。


何故だろう。何故こんなに苦しまなければ行けないのだ。自分が好いた人に、好いていますと言えない。何故こんな悲しい思いをしなければならないのだろう。


現実は非常で無情だ。


人と交わる事は出来ない。この血は、この"鬼の血"は受け継いではいけない。


だから、ほんの僅かに残った理性が、感情を、心を、本能を押さえ込み、握りつぶす。


化け物に残った唯一の、化け物の様な理性が、人並みの思いを踏み潰す。


「…すまん……すまん………付き合えない。」


やっとの思い出吐き出した理性は、酷くしゃがれていて、小さく響いた。


「…そっか…うん、分かったよ。」


奏は、途切れ途切れに言葉を漏らす。表情が見えない。


「振られちゃったなぁ…でもさ、でもさぁ…鬼羅君…そんな、そんな顔で言われたら、私諦めきれないよ…」


ポロポロと、涙を流しながら、奏は言う。帰り入りそうな声で狛を見つめながら。


「え…」


狛の頬を、なにかが伝う。それは、顎まで伝い地面に落ちると、コンクリートにシミを作る。


ポツ、ポツと増えるシミ。狛は手で顔を触ると、熱い雫がとめどなく零れてくることに気づく。


「ぁ…」


止まらない。止まらない。泣いた事など殆ど記憶に無かった。それが今になって、決壊する。


拭っても拭っても止まらず、それどころかもっと流れてくる。


化け物じみた理性が押さえ込んだものが、押し出されている様に。今流れている涙は、感情であり、心であり本能である。


10数年間、溜まりに溜まったものが、目という穴から吹き出した。


「ダメだ…止まらない。」


「えへへ…鬼羅君が泣いてるところとか初めて見たよ。」


そう言ってはにかんだ奏は、目を赤く腫らしているが、もう泣き止んだようだ。


奏は今もまだ泣き続ける狛を見詰め、口を開く。


「理由聞いてもいい?」


「…言えない。」


「そう…ねぇ、好きだよ。」


奏のストレートな言葉に、また涙が出る。理由も言わずに告白を断った男をまだ好きでいてくれるのか。


「…俺も…好きだ。」


だからか、つい本音が零れてしまう。吹き出した感情が言葉となる。


「そっか…それが聞けただけでも嬉しいよ。」


奏は満面の笑みを浮かべ、そう言った。




「じゃあそろそろ帰ろっか。」


狛がようやく泣きやんだ頃には、夕日が完全に沈み、辺りは闇に包まれていた。月明かりだけが、マンションを背に座り込む2人を照らしている。


「あぁ。その…ありがとな。」


「いいえ!」


2人は敷地内から出るために立ち上がる。


「明日からもこうやって…」


しかし、奏が言いかけた時のことだった。


パツンッ


と、何かが切れる音がした。


「悪い、()。それは無理そうだ。」


そう言って、狛は奏を突き飛ばす。


「え?」


なるほどな。これが、当然の報いか。


「明日は無いみたいだ。」


そう呟いた、次の瞬間。

大量の鉄柱が頭上から降り注ぎ、狛の体を貫いた。


当然の報いだと言わんばかりに。禁忌を犯した醜い鬼が、この世から消え去った。






進まない…

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