8 届く願い
暗い空間の中を波に揺られるように微睡みながら漂っていた。
この世界に転生した頃を思い出すが、あの時と違いここには星空どころか一切の光さえなく、自分という存在さえこの闇の中に溶けてしまいそうだ。
そんな暗闇の中、遥か遠くにひとつの小さな光が灯った。
光は次第に大きさを増していき遂には視界のすべてを覆い尽くした。
はっとして目を開けると、こちらを心配そうに見つめる小さな女の子がいた。
紺色のワンピースにフリルの付いた白いエプロンを身にまとったどうみてもメイドな女の子が。
「シア様。お目覚めになられましたか」
少女の口から聞こえてきたのは、この世界に来てからずっとずっとそばに居てくれたあの子の声だった。
「もしかして……ルナ?」
「はい、そうです」
「その姿も気になるけど……隕石はどうなったの……? ……まだ……生きてるみたいだけど……?」
ただの光の粒だったルナはいつの間にか人の姿となっていたようだ。
私とは対象的な薄く金色に輝く髪がとても綺麗だ。
キリッとして凛々しい瞳は彼女の性格を表しているようで、正直なところルナらしいなと思う。
「実はシア様が気を失った後、能力のアナウンスが有りました。《新規目標を遂行するため個体名ルナに能力行使の一部を許可します》と。その力を使ってなんとか危機を脱することができたのですが、その際に私の格が上がったのかこのような変化が……」
「そう……そんなことが……」
未だよく回らない頭で状況を確認していく。
おそらく私が倒れる直前に願った『誰か助けて』という願いが遂行されたのだろう。
ここにはルナしかおらず、『誰か』に助けてもらうにはルナに助けてもらうしかないというわけだ。
そして私の力の一部を譲渡された結果、ランクアップしたという感じかな。
「でもあの状況からどうやって……?」
「はい。衝突のエネルギーで星に被害が出ないようにトンネル状に力場を生成することで衝撃に指向性をもたせ、破壊される範囲を限定して吸収しきれなかったエネルギーは反対側から相応の質量を排出することで相殺しました」
「ん? もう少し簡単に……」
「そうですね……振り子を並べて片方の玉を持ち上げてぶつけると反対側から振り子の玉が飛び出す、といった感じですね。うまく星を貫通するようにりんごの芯をくり抜くように筒を通した上でですが」
「それならなんとなくわかるわ」
振り子に関しては理科の実験でそんなことをやった気がする。
私では思いつかなかったし、そんな惑星規模の振り子なんてとてもじゃないが制御できる気がしない。
ルナは感情をあまり表に出さないため、私のように抽象的な『願いを叶える』といった使い方は難しいだろう。
しかし彼女は情報処理能力が異常に高い。
今回『星の願いを』の能力を使うにあたって、的確で精密な超局所的運用をすることでその力を最大限に引き出してくれたのだと思う。
私にはできない芸当だが、ルナはそれを成し遂げた。
彼女がいてくれて本当に助かった。
「今回の衝突で被害はありましたが、影響が大きいのは落下地点付近の表殻だけで済んでおります。能力による補正を合わせればすぐに回復できると思われます」
そう言われて窓から被害を確認しようとした時、遥か彼方におびただしい数の小惑星が見えてぎょっとした。
一難去ってまた一難ってこと? と思ったら小惑星群は徐々に私から遠ざかっていた。
「あぁ……あれが『排出された相応の質量』の私のかけらなのね」
「はい。あの小惑星群はかなりの質量がありますので、そのうちお互いの重力に引かれて1つの星になりますね」
「へぇ……あれだけ削れたんなら私だいぶダイエットしちゃったんじゃないの?」
そう言って腰に手を当ててくねくねする。
「はじき出されたのは受けきれなかった分の質量ですので……むしろ増えたぐらいですよ?」
光の粒のときと違いルナの声色だけでなく表情からも呆れている様子が見て取れた。
「うげぇ……太ったのか……ん? ちょっとまって。あれ……私と繋がってるわね」
目を閉じてよくよく意識してみれば遠ざかる小惑星との繋がりが感じられる。
元は私の一部だったんだから当然といえば当然だが、あれだけ離れても繋がっているものなのか……。
「このまま放って置いたらどこかに行ってしまうわね。もったいないからなんとか私の周回軌道にのせましょう」
「衛星ですね、よい考えです。いい弾除けになります」
「弾除けって……」
「名前はどういたしますか?」
「もう決めてあるわ。というかこれしか無いわね。あの衛星の名前は『ルナ』よ」
「そういうと思ってました」
「これからも頼りにしてるわよ、ルナ」
「はい。どこまでもお付き合いいたしますよ。シア様」
危機的状況を乗り越えたことでルナは新しい姿を得て、私達の絆はより一層深まったのである。