7 届かぬ力
「……加速はこのままでいいのね?」
「はい。衝突時の落下ポイントの調整はすでに終えています。後はこのまま速度を上げて衝突の際の相対速度を下げるだけです」
私の案を元にルナがまとめた案はこうだ。
星の表殻を利用して積層構造の緩衝材をつくり衝撃を緩和する。
地表から大気圏ギリギリまで層を重ねても止めきれないので他の案も同時に行う。
公転速度をぎりぎりまで加速させて相対速度を減少させるのだ。
避けることはできないが、いくらかは衝撃を少なくできるはずだ。
また速度を上げることで衝突までの時間が稼げて衝突する地点も変わり、真横からぶつかる形だったのを逃げながら背中に受ける形にできる。
まともに受けずに入射角を調整することで星が崩壊しないレベルまで衝撃を緩和できるとのことだ。
今の所は順調に準備が進んでいるが、ルナが言うにはここまでやっても成功する可能性は五分五分。
不確定要素で一気に失敗に傾く……なんとも分の悪い賭けである。
しかし今の所これしか思いつかなかったのだから仕方ない。
万能と思われた私の力も外部からの影響にはめっきり弱いことが露呈した。
もしこの事態を乗り越えられたら肝に銘じておこう。
いや、なんとしても乗り切らねばならない。
ともかくいまは自分にできることをしっかりとやらなければ。
隕石の直径は私の三分の一ほどだが体積比では二七分の一、岩石が主成分の隕石ならば、密度が高い私と比べて質量は三%も無いだろう。
その速度の割にゆっくりと迫っているように見えるが、それは直径四千キロメートルという巨体のせいだ。
ルナの試算では、まともにぶつかった場合にはTNT火薬で換算して六京メガトンの衝撃と一万四千キロメートルのクレーターが生じるほどのダメージがになるらしい。
私の直径一万二千キロメートルしか無いんですけどね……
人類史で最大威力を誇る水爆の威力が五〇メガトンでその千二百兆倍の威力がある、と説明されたがとにかく『やばい』ということしかわからなかった。
ともかくルナの指示で対策と細かい調整はすでに完了した。
あとはその時を待つだけだ。
巨大隕石は私の公転軌道の内側から追いかけるように向かってきており、最初に見つけたときと違い今ではその輪郭をはっきりと捉えることができている。
公転速度を速めて今なお速度をあげているというのに巨大隕石はどんどん差を縮めてきている。
永遠にも感じられる張り詰めた時間が過ぎ、遂にその時がやってきた。
あと僅かで大気圏内に突入してくるだろう。
「いよいよね……」
「はい。何が起こるかわかりませんので、シア様は能力で補助ができるように備えていてください」
「わかったわ」
両手を窓の向こうの星へ向けて、いつでも能力が発動できるようにしておく。
「来ます……積層構造体が接触しました」
数百キロメートルの山のように積み上げられた積層構造帯は、巨大隕石が触れた端から飴細工のように砕け散っていく。
あえて隕石の片側だけに抵抗を作ることで入射角を調整しようとしたのだが、軌道の調整は思うように成果をあげていない。
「シア様! 想定より質量が大きいです! このままでは!」
「わかったわ! 補助は任せて! なんとか曲げてみせる!」
事前に打ち合わせしたものに加えて、今考えうるあらゆる方法を頭の中に思い浮かべ実行していく。
積層構造体の補強、それでも足りない……なら構造体そのものを押し出して、さらに構造体そのものを横にスライドさせて軌道を曲げる!
大気を操作して少しでも風の影響を!
まだなにかあるはず……そうだ! 自転速度を早めて衝撃を受け流す!
「ルナ! これでどう!?」
「シア様……まだ……」
「嘘でしょ……ここまでやったのに……!」
秒速七〇キロメートルで迫る巨大隕石が、地表から八〇〇キロメートルの大気圏に接触してすでに一〇秒。
残り一〇〇キロメートルを進むのにかかる時間は僅か二秒足らず……すべてが手遅れだった。
「地表に衝突します」
無情にもルナがそう告げた瞬間、隕石が地表に接触し凄まじい光が放たれた。
そして遅れてやってくる衝撃波。
星の大気が轟音を上げて荒れ狂い、巨大な地鳴りと共に大地が捲りあげらていく。
捲り上った大地の下には星の血液のようなマグマがとめどなく湧き上がってくる。
衝突によって現れた地獄のような光景は、これから起こる壊滅的被害の始まりでしかなかった。
でもその瞬間に私が感じてたのは絶望ではなく、今接触した隕石の感触だった。
「なにこれ……今までにない感覚が……そうかあの隕石も私の一部に……! だったら……やれるっ! 私の一部となった今なら能力で直接干渉できるはず! 軌道を曲げながら運動エネルギーを消失! 隕石を分解、分散!」
私は気力を振り絞って一心不乱に願い続ける。
大気圏に接触するだけでは感じられなかったけど、地表に直接接触したことで隕石そのものにも干渉することができるようになったのだ。
このチャンスを逃す訳にはいかない!
発動させた『星の願いを』による直接干渉で、巨大隕石が淡い水色の光に包まれていく。
それでも隕石は止まらない。
いくら『星の願いを』が強力な力とはいえ、いまだ能力をすべて使いこなせていない私では僅かな時間で隕石を止めることも曲げきることも無理だっていうの!?
ここに来て想う。隕石の持つエネルギーはこんなにも凄まじいものなのか、と。
「これでも駄目なの……!? ……お願い……誰か……助けて……」
私のの懇願も虚しく地表を貫通した隕石がマントルへと到達した瞬間、星の核へと猛烈な衝撃が伝わった。
その衝撃はあまりにも強く、制限していたとはいえ感覚を共有していた私にも多大な影響を及ぼした。
雷に打たれたような衝撃とともに眼の前が真っ白になった私は意識を失って床へと崩れ落ちていった。
「シア様! しっかりなさってください! シア様!」
《機能制限が一部解除されました》
そんな意識のない彼女の脳内に響き渡ったのは『星の願いを』の無機質なメッセージだった。