4 星の願いを
「そういえばさっき、なにか言いかけてたわね」
「はい、シア様。自分の体に意識を向けてみてください」
「ん? あら、私ったら裸じゃない! っていってもここには布もなにも無いし……」
「注目していただきたかったのは、そこではないのですが……シア様、『布よ出ろ』と念じてみてください」
ルナのいうとおりに念じてみると、淡い水色の光に包まれて一枚の大きな布が何もなかった空間に現れた。
よくわからないけど、これも星の力の一端なのかしら?
出てきた布を体に巻き付けてなんとか服っぽく取り繕ってみた。
うん、大事なところは隠れてるわね!
「ちょっと心許ないけどさっきよりはかなりましね」
「大丈夫そうですね。シア様、今度は自分の体の奥へと意識を集中してみてください」
「奥と言われてもよくわかんないけど……」
とりあえず言われたとおり自分の体の奥へと意識を向けると目の前にウィンドウが表示された。
「それが現在のシア様の状態でございます」
「ゲームのステータス表示っぽいわね」
「シア様の感覚に合わせてコンパイル……事象変換された結果と思われます」
「ほほう?」
よくわからない単語が出てきたが話の腰を折るわけにもいかない。
うん、私は空気が読める偉い子なんだから! 決しておバカというわけじゃない!
とりあえずウィンドウの中身を確認しよう。
惑星 シア 年齢 うまれたて
大きさ ちょっとちいさい
自転周期 はやい
公転周期 すこしはやい
傾き そこそこ ちょっとふらつく
表面温度 とてもあつい
中心温度 しぬほどあつい
「……なんかすっごく曖昧な情報しか表示されてないんだけど……」
「この世界ではできたばかりの概念ですので最適化がされてないのでしょう。強く念じることで具体的に表示したり新たな項目を追加することも可能なはずです」
「それじゃちょっとやってみるわね。とりあえず時間や温度は数値に直して、距離とかの定義は地球と一緒で表示っと……」
眼の前のウィンドウに手を向けて意識を集中させるとウィンドウの表示が変わっていく。
惑星 シア 年齢 生後〇日
大きさ 半径6250km
自転周期 0.85日
公転周期 0.94年
傾き 27.6度 安定していない
表面温度 5200度
中心温度 5万度
「……二つほど疑問があるんだけどいいかしら?」
「なんなりとお聞きください」
「私の体感時間は実際の時間の流れとかなり乖離していたはずなのに、さっきの覚醒を基準にしても生後0日っていうのはおかしくない? あといくらか違う点も有るけど地球に似すぎじゃない?」
「一つ目の時間の感覚に関しては、先程の熱さを制限したのと同時に前世と同じ水準に調整されております。これらは任意で調節可能です。二つ目ですが、星の魂がシア様だからだと思われます」
「どういうこと?」
「シア様は元は地球出身でございます。転生の際に似たような星が選ばれた、もしくは無意識のうちにシア様がそう望まれたから、かもしれません」
「……星の意思だけで大きや自転速度を変えるなんて、そんな事が可能なの?」
「通常では大規模な改変は難しいです。ですがシア様の能力を使えば可能となります。シア様が神様から与えられた能力は『星の願いを』。制限はありますが星の意思が願うことでそれを現実化する能力です。現在の効果範囲はシア様の惑星とその大気圏内となっております」
「なにそれ……まるでおとぎ話じゃない」
『何でも願いを叶える』……誰もが夢見る魅惑の力。
しかしその実、おとぎ話の中でも超常の存在がもっているようなその力は、人なんかが好き勝手に使えばすぐに悲惨な結末を迎えるような恐ろしい力だ。
一個人が所有するにはあまりにも大きすぎる力……気をつけて扱わないと……
「星になってる時点で充分おとぎ話ですよ。シア様」
「それもそうね……そういえばここはどこなのかしら?」
これまでは星の周りの何もない空間に浮かんでるだけだったけど、今はしっかりと床に足がついている、といっても床は透明で星空が足元に広がり、前方には私の本体の星が見える。
「一言で言えばシア様のプライベート空間になっております。厳密に言えば星の意思によって創造された別位相の空間、いわば世界の裏側に存在する神の領域になります。転生する際に訪れた地球の神様の部屋を参考に事象化されたものと思われます」
なんかとんでもない事を聞かされた気がする。
神の領域……がなんだって?
「神様の部屋と同じものを私が作り出したってことは私って神様になっちゃったの……?」
「星に宿る意思というのは得てして神格を持っています。本来なら長い年月をかけ神気を集めて神の御座へと昇り、それに見合った力を得るものなのですが、シア様の場合は『星の願いを』というスキルの形で先に神の力を得ている状態です」
「なんだかややこしい状況ね。過ぎたる力は身を滅ぼすと言うし正直不安しか無いわ」
「そのための私です。私は案内人としての役割と同時にシア様のサポート役としても機能も持っています。いざというときは私が全力でお止めいたします」
「それは頼もしいわね。そういう状況にならないように私も気をつけるけど、いざというときは頼りにしてるわ」
力はあるのに格が足りない……今の私はさしずめ見習い女神ってところかしら?
その後、簡単な説明を受けた私はプライベート空間内で力の使い方の練習と部屋の改造に勤しむことになった。
まずは力の使い方だが、この空間内ならほとんどリスクなく行使できるようだ。
いつまでも一枚布を羽織ってるわけにもいかないので、とりあえずかわいらしい服を出してみた。
前世では着る期会もなかったようなふりっふりのかわいい服を想像してみたらすぐ思い通りのものが出てきた。
ついでに姿見や髪留めなども出して身支度をしようと思ったのだけれども、髪の色が薄い桃色がかった銀髪になっていた。
髪色も変えてみようと思ったけれど神格を得たものが持つ神気の質に影響されるようで、こればっかりは変えられなかった。
他にも星そのものに干渉する使い方は特別な手順が必要らしく、後で教えてくれるとのことだ。
案内役のルナが居なかったら一人であたふたしていたことだろう。
ルナにも彼女を帯同させてくれた地球の神様には頭が上がらない思いだ。
『星の願いを』の扱いも少しづつ慣れてきたのだが、あまりにも簡単に思い通りになってしまうので能力行使の際に『確認ウィンドウが出る』ようにルールを追加した。
『目に髪が入って邪魔だな』と思った瞬間に前髪がパッツンになったときは、この能力の恐ろしさを再認識した。
元に戻れと念じたら元通りになったから良かったけど……これが取り返しのつかない事だったら一生後悔するだろう。
そんな事にならないためのルールである。
あまりやりたくなかったが、確認の為に指先に切り傷を作ろうと念じたが体にも能力にも反応がなかった。
自分を傷つけるような願いは無効化されるよだが、体の一部である髪の毛には影響があったので無意識のうちに痛いことを避けようとしただけかもしれない。
あらためて思うが、ほんと何でもできる便利な恐ろしい能力だよ。
力の練習も兼ねたプライベート空間の模様替えも滞りなく順調に進んでいた。
部屋の内装のほうは、いくら外部から干渉されないといっても透明では落ち着かないので神様の部屋を真似て床と壁を白くしてみた。
天井も真似ようと思ったけど、外を見ればいつでも星が観察できるので白で塗っておくだけにした。
いくら思い通りに変化を起こせると言っても、細かい模様などはしっかりとイメージしないとダメでそれなりに労力が必用なのだ。
私の本体である星の方向だけは壁一面を嵌め殺しの窓にして観察できるようにしてある。
試しに普通の窓にしてみたがどうやら壁扱いになるようで開けることができなかった。
開けることができたとしても、異空間の外側になんて首を突っ込みたくないんだけどね!
部屋の大きさは調整できなかったが、力が強くなれば更に広くすることもできるらしい。
どこまで大きくなるのかいまから楽しみだ。
部屋の形や壁などを調整した後は家具を頭の中に思い浮かべてそれらを部屋の中に出していく。
絨毯とソファとテーブルとベッドとバスルーム!
だいぶ生活感出てきたわね!
トイレは必要性を感じなかったので設置していない。女神はトイレなんかしないんです!
真面目な話、転生してからそういった気配がないのでおそらく今後も必要ないだろう。
「だいたい終わったわ。色々いじったけど全然疲れないわね」
「この空間そのものがシア様の支配領域ですから、この中なら物理法則さえリスクなしに操ることができますよ」
「物理法則ねぇ……この空間の中なら全能に近いのね私……まぁこやってふよふよ浮かぶくらいしか思いつかないけど……そういえばこの空間が世界の裏側って言ってたけど表には出られるのかしら?」
「残念ながらシア様は、すでに神格を得て超常の領域へと足を踏み込んでしまいました。ですのでそのままの姿で干渉すると世界に歪みを生じさせ秩序の崩壊をもたらします」
「世界に歪み……?」
「はい。世界の歪みが大きくなると因果が捻れてしまいます。例えば昨日まであったものが記録や記憶ごと抹消されたり、逆に存在しなかったものがさも当然のように出現したり、複数の存在が混じり合う、などということが起こります」
「それは……想像するだけでも怖いわね……」
「ですから超常の存在が通常の世界へ干渉する場合には分身体が利用されます。シア様の場合ですと本体である星そのものから生み出されます」
「……私の本体、まだ燃えてるんだけど……」
窓から見える私の本体は未だ何千度という高温で燃え盛っている。
あんなところに分身体が出来てもすぐに炭になってしまうんじゃないかな!
「まだしばらく先になりそうですね。それではこれからの方針決めと、力の使い方の練習をどんどんしていきましょう」
「お手やわらかに頼むわ……」