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40 時代の終わりに 



 とある山肌に空いた洞窟、人が二人並んで通れるほどの細まった入り口を抜けると、そこには天然の大空洞が広がっていた。

 地下水の浸食や鍾乳石の流失によってできた空洞の中心には大きなかがり火が据えられていた。

 その周りには数十人のホモサピエンス。

 かがり火から十メートルほどの距離をとっている彼らの前にはひときわ目立つ人物がいた。

 ライオンマンである。

 獅子の毛皮を用いて作られた獅子の被り物を被り派手な装飾品を幾つも身につけた彼は、まさに半人半獣の司祭だ。

 


 ライオンマンとは地球のドイツで発見された三万年前の象牙彫刻であり、その最大の特徴は獅子の頭をもった人物像という点だ。

 この彫刻は動物の擬人化とも神の映し身ともともいわれている。

 だが興味深いことに遠く離れたアフリカ大陸に位置するナミビアでもライオンマンの壁画が残されており、ナミビアではシャーマンは動物に変身することが出来ると信じられていた。



 そのライオンマンが今ホモサピエンス達の前でシャーマンとして激しく歌い踊り始めた。

 それにあわせて流れ出す音楽。

 いつの間にかライオンマンの四方を囲むように笛を持ったホモサピエンスが取り囲み、音楽を奏でていた。


 地球における最古の楽器は遺跡より出土した三万五千年前の骨製フルートだ。

 私達の知る音楽というものは実は三万年以上の長い歴史を持つ文化なのだ。


 五線譜もメトロノームもない人類最古のオーケストラは、ライオンマンの踊りに合わせて音楽を奏でていく。

 その旋律は現代の音楽と比べたらお世辞にも上手いといえるものではないが、不思議と心を掻き立てられるメロディーであった。

 そして熱狂的な踊りと音楽によって気分の高揚したホモサピエンス達が我も我もと歌い踊りだす。

 

 洞窟の中で行われる狂宴は彼らの興奮を高め、なお続く。

 極限状態のなかで煌々と燃え上がるかがり火の炎は、彼らにとってどれほど神聖に見えただろうか。

 この瞬間、彼らの中には共通体験を通しての一体感が生まれていた。

 

 体力の限界を異常な興奮状態で支えていた彼らにも終わりがやってくる。

 精も魂も尽き果てたライオンマンが唐突に倒れたのをきっかけに、緊張の糸が切れたホモサピエンス達は次々と気を失い昏倒していった。




「なんだかずいぶんと盛り上がっているわね」

「……ドンチャン騒ぎ……」

「滅茶苦茶やっているようですが……確かに滅茶苦茶ですね」

「えぇ……」

「通気性の悪い洞窟で火を焚けば酸素濃度が下がり、まともな思考ができなくなります。ましてや儀式という異様な状況の中であんな激しい運動をすれば、集団は容易く幻覚や催眠などのトランス状態に陥るでしょう」

「いくらなんでも無茶しすぎじゃない? ホモサピエンスの方々……」

「連帯感や一体感を生む極めて原始的な宗教儀式ですからね。ここから次第に洗練され、より複雑な儀式、崇拝、戒律など高度な宗教的要素が生まれてきます」

「うーん、私の介入する余地はなさそうね」

「生贄などの非人道的行為、迷信に基づく非科学的儀式などが今後出てくる可能性がありますが……」

「女神の私が望んでないのに生贄なんてもってのほかよ! 生贄は禁止! 非科学的儀式は……まぁ周りに迷惑がかからない程度ならいいかしら?」

「わかりました。 それではそのように調整していきましょう」

「はー。私の方でも、変なことしないかしっかり見とかないとね!」




 この時代の人類には、すでに死後の世界という死生観が生まれていたと考えられている。

 死者を埋葬する際に、様々な装飾品を添えて埋葬しているのだ。

 これは死後の世界へと旅立つ死者を見送るという宗教的観点から行われたと推定されているのだ。


 原始宗教の儀式を通して共有される共通体験と死生観は集団に連帯感を生み結束を強めていく。

 その結束は集団内だけにとどまらず、やがて複数の集団にまたがって強い繋がりを持つようになる。


 この原始宗教によってもたらされた繋がりが特に顕著なのがホモサピエンス達であり、彼らにとって大きな追い風となる。

 一五〇人規模の集団が横のつながりを持ち、複数の集団から成る千人を超える大きな繋がりとなったのだ。

 情報の共有からもたらされる恩恵はますます増えていき、やがて訪れる激しい環境変化にも地域差を活かした互助という形で乗り越えていくのだった。

 

「ですがこの急激な環境変化に耐えられなかったのがネアンデルタールです」

「……ネアちゃん……」

「いくら生物として優れていても限界ってものがあるわよね」

「それに加えて『寒冷地に適応しすぎた』というのもあります」


 ネアンデルタールは長い間寒冷地を住処とし、寒さに強い特徴が色濃く遺伝していった。

 しかし温暖化をともなう急激な温度変化にはその特徴が命取りとなった。


 氷期に対応した白い肌や熱を逃さない作りの体は日射病にとても弱かった。

 急激な環境変化で食料は激減し、屈強な肉体と肥大化した脳が消費するエネルギーを賄うことが困難となった。

 ハイコストハイパフォーマンスな消費の高い体が仇となったのだ。


 環境変化についていけなかったネアンデルタールは徐々にその数を減らしていき、やがて時代の表舞台からその生息域を消していくのだった。


 しかしネアンデルタールが絶滅したかというと厳密には違う。

 現代地球においてアフリカ以外の地域に住む人類の遺伝子に、ネアンデルタールの遺伝子が二%ほど含まれている。

 これはホモサピエンスがアフリカから進出した極初期、各地に拡散する前の早い段階でネアンデルタールと交配していた可能性を示している。

 ネアンデルタールの遺伝子によりそれまでホもサピエンスが持っていなかった種類の免疫などが備わり、過酷な自然環境で生き抜く助けとなったのだ。





 森の中を一頭のマンモスが行く。


 マンモスと言うと雪原を歩く毛深い象をイメージすると思うが、あれはケナガマンモスという種類だ。

 マンモスとはこの時代の象の類縁種の総称である。

 象の類縁種であって直接の先祖ではなく、やがて絶滅してしまう種ではあるが、現代最大の象、アフリカゾウの二倍近い体高の巨大なマンモスも生息していた。


 ネアンデルタールの凋落と時を同じくして大型哺乳類は生息数を激減させ、幾つもの大型種が絶滅していった。


 過ぎたるは及ばざるが如しというものの、環境の変動次第ではホモサピエンスすら滅びていた可能性もある。


 幾つもの奇跡と自然淘汰そして滅びていった人類種の屍を超えて現代の人類は誕生したのだ。


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