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39 サピちゃんとネアちゃん


 氷河期の厳しい寒さの中でも人類は着実にその種を次の代へと繋いでいた。

 比較的温暖な地域に定住できた種。

 過酷な環境で自然淘汰されながらも、個体差の蓄積による環境適応で耐えきった種。

 両者に違いはあれど、それでも彼らは生きていた。


「ほとんど現代人と同じ見た目ね」

「はい。現在地上にいるのは旧人類のホモサピエンスとネアンデルタール。猿人から連なる人類種、最後の二種です」


 覗き窓の画面が二分割されてホモサピエンスとネアンデルタールの様子が映し出される。


「確かホモサピエンスって賢い人って意味よね。あれ? ホモサピエンスって旧人類だっけ?」

「旧人類でも有り新人類でもあり、ですね。旧人類の頃から存在し少しずつ変化して新人へ至ります。その過程では段階ごとに数種類の亜種がいます」

「それじゃ今はまだ初期のホモサピエンスってことね」

「そうなります。ちなみに現代の人類へと至るホモサピエンスの正式名称はホモ・サピエンス・サピエンスです」

「……賢い賢い人?……」

「どんだけ賢いのよ……まぁ絶滅したネアンデルタールよりは賢いんでしょうけど」

「ところがそうでもないんです。ネアンデルタールのほうが脳容量も運動能力も優れていました」

「なんで種として優れているほうが滅んだのかしら……?」

「……世界七不思議……?」

「ふふふ、それでは今回は二つの人類種を比較しながら説明していきましょう」


 ルナが指を鳴らすと、覗き窓に標準的なホモサピエンスとネアンデルタールの姿が映し出された。

 温暖で日射量の多い地域に生息していたホモサピエンスは、色黒で引き締まった細身の体をしていた。

 一方で寒冷地で繁栄していたネアンデルタールの肌は白く、寒さに適応した体は脂肪を蓄えてずんぐりとしながらも、それ以上に筋肉質である。

 体だけでなく身につけるものにも大きな差異があった。

 ホモサピエンスは腰布に簡単な腕輪などまさに原始時代と言った風貌だ。

 それに対してネアンデルタールはホタテのペンダントを首から下げ、身にまとう毛皮は丁寧な加工がなされたこの時代にしては良質なものだ。

 他にも象牙を加工した装飾品など、知能の高さを伺わせる特徴が幾つもあった。


「マサイ族とバイキングみたいね」

「……まだまだ野性的……」

「ホモサピエンスは小型の草食動物やおとなしい草食動物を食料としていましたが、ネアンデルタールは屈強な肉体を活かしてかなり大型の獲物まで仕留めていました」


 覗き窓に映る景色では、二〇人ほどのホモサピエンスが群れからはぐれた草食動物や怪我をした草食動物を狙って狩りをしている。


 一方のネアンデルタールはたったの五人程度でマンモスと奮闘していた。

 死角から執拗に片方の後ろ足を狙い、隙あらば腹部へと槍を突き刺す。

 マンモスからの反撃で数メートル吹っ飛ばされてもすぐさま攻撃へと移る姿はさながらバーサーカーである。

 

 しばらくの格闘の後、片足の機能を完全に失いさらに腹部から臓物を吹き出しながらも、気迫だけで立ち続けたマンモスは力なく地面へと倒れ込み、ネアンデルタール達が勝利した。

 

「ネアンデルタールはずいぶん命がけな狩りをしてるのね」

「寒冷地という土地柄、相手が危険生物だろうと貴重な食料ですからね」

「……もっと暖かくて……安全なところに住めばいいのに……」 

「もともとは温暖な地域だったのですが、氷期が到来してほとんどの人類種が死に絶えたなかで、彼らだけが生き残れたのです」

「環境変化の外圧の中で、ネアンデルタールの生き方だけが適応できたってことね」

「そうなりますね。寒さに対応したネアンデルタールは胴長短足で指などの末端が短い、熱を逃さない体型へと進化しています」

「ネアンデルタールは生え抜きって感じよね」

「過酷な環境に耐えた猛者達ですからね」

「ホモサピエンスは二〇人規模で狙いやすい動物しか狩ってなかったのに、ネアンデルタールは五人でマンモス狩りかぁ……」

「……つよい……!」

「ますますネアンデルタールが絶滅したことが不思議でならないわね」

「……なんでネアちゃん絶滅したの……?」

「その理由は情報の共有にあります」

「……情報戦……?」

「これまたずいぶん原始時代らしくないわね」


 ホモサピエンスが誕生した時点では、過酷な環境で生き延びたネアンデルタールのほうが体格でも知能でも優れていた。

 そんな両者の決定的な違いが集団の大きさである。

 地球で発掘された遺跡から推定されるネアンデルタールの集団規模は、家族単位を基本とした一五から二〇人程度。

 対してホモサピエンスは家族関係を超えて集まった一五〇人規模、最大でなんと四〇〇人の集団で暮らしていたことがわかっている。

 

 大きな集団ではそれだけ大人数で情報が共有できる利点がある。

 この利点は時代が経つにつれて、道具の進化という形で顕著になる。

 遺跡から発掘されるネアンデルタールの石器は、初期からほとんど形を変えていない。

 一方ホモサピエンスの遺跡から出土する石器は、時代を追うごとに用途に合わせて適した形へと変化しているのだ。

 刺さりやすいように細く加工されたものや、皮をなめしやすいように刀身を直線上に加工したものなど、その変化は目まぐるしい。


 『道具の形状』という情報を集団で共有しさらに改良された情報が新たな発明を生む。

 これらの要素はホモサピエンスの『武器』となった。

 道具だけでなく獲物、気候、技術、地形や新しい住居の候補など生活に関するありとあらゆる情報の共有がホモサピエンスの行動様式を最適化へと導いていき、新しい発明や発想が次の時代の扉を開ける鍵となったのだ。

 

「そんなホモサピエンス達の道具の中でも画期的なものがアトラトルです」

「……あとらとる……?」

「この時代では主に投げ槍に用いられた投擲補助具で、その威力を約二倍に増幅するものです」

「二倍!?」

「はい。この道具は遠心力とテコの原理という二つの力学を応用したもので、この時代の狩りにブレイクスルーを起こしたと言っても過言ではありません」


 覗き窓にはホモサピエンスの集団が雪原でマンモス狩りをしている様子が映し出されている。


 前列でマンモスを威嚇する者と、距離をとってアトラトルと槍を構える者がいた。

 アトラトルの長さは40センチほどでその先端には槍を引っ掛ける突起がついている。

 槍はアトラトルと平行になっているが、槍の最後尾がひっこんでおりそこに突起があてがわれている。

 前衛が両脇に移動したのを見計らって、後衛がアトラトルを持った腕を大上段から思い切り振り抜く。

 槍はアトラトルによって素手で放つ倍の威力で中を飛び、深々とマンモスの体表へと突き刺さった。

 十を超える槍が深々と刺さったマンモスは悲鳴を上げて地面へ倒れ込む。

 むき出しとなった腹部へ前衛が何度も槍を突き刺し止めを刺していく。


 マンモスが動かなくなったのを確かめ、狩りの成功を確認したリーダーは勝利の雄叫びをあげる。

 緊張していた群れに歓喜が伝搬していく。

 いきり立って咆哮をあげるもの、高ぶる感情のままに頭上で手を叩くもの、その表現方法は様々ではあるが、皆一様に狩りの成功を祝っていた。


「ネアンデルタールの命がけの狩りと比べるとかなり安全ね!」

「……遠距離からビュンビュン……!」

「ホモサピエンスの『知恵』がネアンデルタールの『種の優越』を上回ったいい例ですね」




 情報の共有により飛躍的に進歩を遂げていくホモサピエンス。

 生物として優れたネアンデルタールでさえも、その歩みにはついていけなかった。


 後に訪れる激しい環境変化は、そんな両者の明暗をくっきりと分けるのだった。


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