3 星ナビ
体感で更に数日が過ぎいろいろと変化があった。
宙域に漂っていたガスは薄れていき、超新星爆発をおこした場所を中心に新しい星として生まれ変わっており、中心部には新しい恒星があった。
恒星はその中心付近に漂っていた大量のガスやチリを吸収し安定した輝きを放ち、周りを公転する六つの惑星を照らしていた。
私が転生した星は内側から三番目である。
もしかすると他の星にも私のように意思があるかもしれない。
神様も流星群の意思とか言ってたし、ここは一つ挨拶でもしておこう。
「こんにちわー!」
……返事がない……もしかして言語が違う!? 星の言語ってなんだっ!?
スター! スタスター! スススタータースタスターー!
いやいや意味がわからない。
そもそも真空の宇宙空間で声なんて届かない。
私の呼びかけはもはやテレパシーのような感じで、意思を直接投げかけるものなので言語の違いなんて関係ないのだ。
光だって太陽から地球へは八分ほどかけて到達するらしいし、テレパシーだってそのくらい時間がかかるのかもしれない。
往復ならその倍はかかる。
もう少し待ってみよう。
寂しい……
他の星に呼びかけてしばらく経ったが返事は帰ってこない。
誰とも意思の疎通ができず、ただ一人で朽ち果てるのを待つだけの星生に軽い絶望を感じ始めていた。
考えることをやめて、ただ星を眺めながら微睡みの中へ再び意識が沈みかけたその時、私の本体である星に変化が現れた。
一定の温度を下回ったのか、惑星の中心付近がガス性のものからどろどろとした重金属の液体へと変わりつつあった。
そして幽霊のようだった私の体も輪郭がはっきりとしていき体の感覚が戻ってきた。
私は歓喜と共に身のうちに熱いものが宿るのを感じた。
死人のように白かった肌は徐々に赤みを帯びていき、艷やかなその口から熱い吐息が漏れる。
「んっ……あっ……あ……あつーーーーい! あついあついあついあついあつーーーーい!」
身を焼くような熱さにジタバタと手足を振り回してのたうち回る。
体を得たと思ったら何この熱さは!? いやいやいやおかしいでしょ!
滾り過ぎじゃない!? 私の体! ていうかそういう問題じゃなくて!
このままだと焼け死ぬよりも先に頭がおかしくなりそうなんですが!
「ダレカタスケテーーーーー!!」
「およびですか? マスター」
「!?」
誰もいないはずの空間から返事が聞こえた。
声のした方に目を向けると、手のひらほどの大きさの光る何かがふわふわと浮かんでいた。
得体が知れないが、今は藁にも縋る思いで助けを求める。
「この熱いのなんとかして!」
「わかりました。星との感覚共有によるフィードバックを許容範囲まで制限いたします」
さっきまで感じていた熱さが一瞬で消えた。
今は夏場の直射日光を浴びてる程度にしか熱さを感じない。
それなりには暑いが、さっきまでに比べれば十分耐えられる。
「ありがとう、助かったよ~あのままじゃ焼け死ぬところだったわ」
「いえ、あのくらいじゃマスターは死にませんし、私が手を出さなくても十億年程度で自然に快適な温度になったでしょう」
この光がいなかったら十億年はあの熱さだったのか……確実に精神がやられるところだった。
感謝してもしきれない。
「それでも感謝してるよ。ところであなたは一体何なの?」
「わたしはマスターのサポート役の惑星運営ナビゲーターと申します」
「あっもしかして転生する時に神様の指から出てきた光の?」
「そうです。覚えていてくださり光栄です」
「じゃぁ私がこっちの世界に転生したときからずっと一緒にいたの?」
「はい」
「えーーーー! それじゃなんで私が呼びかけた時に反応してくれなかったのよー! 寂しかったんだから……」
「……申し訳ありません。先程までマスターは魂だけの存在でしたので、私の能力では干渉することができませんでした。かろうじてパスが繋がっていたので場所だけは特定できたので、こうしてお待ちしておりました」
「そうだったんだ、怒ってごめんね」
「いえ、どうかお気になさらないでください」
この子もたった一人で私のことを待ち続けてくれたんだ……寂しかったのは私だけじゃなかったんだ……。
うん、この子のことは一生大切にしよう。
「ところで私が転生してからどのくらい経ったかわかる?」
「はい、貴方が転生してから七億六千万年ほど経過しております」
「そんなに……長い間私のことを待っていてくれたのね……寂しくなかった?」
「いえ、ほとんどの時間を休眠してましたので」
「……はい?」
「マスターの位置情報は自動で追尾してましたので、定期的に環境情報を取得していた以外はほぼ眠っておりました。こちらの世界での実働時間は五分ほどです」
「えぇーーー」
さっきまでの私のシリアスを返して欲しい。
「まぁいいわ。あなたにはいろいろ聞きたいことがあるんだから!」
「なんでもお尋ねください」
「星として生きるってどういう事?私は何をしたら良いの?」
「マスターのお好きなようになさって構いません」
「それがわからないから聞いてるんじゃない……」
「それではマスター」
「ちょっとまって。そのマスターって呼び方なんか慣れないし、あなたの名前も決めましょう」
「それでしたら私のことは惑星運営ナビゲーターとお呼びください。長ければ星ナビとでもお呼びいただければ……」
「星ナビは呼びやすいけど、それはあなたの機能みたいなものでしょ。そういうのじゃなくてあなた個人の名前よ」
眠っていたとはいえずっと私に付き添ってくれていた……そしてこれからもそばにいてくれる存在……となればこれしか無い。
「ルナ……あなたの名前はルナよ! 私がいた地球の衛星『月』、その呼び名の一つよ」
「……わかりました。それでは私のことはルナとお呼びください」
光の粒であるルナの表情は読み取れないが、心なしか声色が優しくなったような気がする。
「うん! よろしくねルナ!」
「それではマスターのことはなんとお呼びすれば」
「名前でいいわよ。私の名前は……あれ? ……思い……出せない……?」
私は自分の名前を覚えていない。
どうして今まで気にもしなかったのかわからないが、とにかく地球の知識や思い出はあっても自分の名前だけがさっぱり思い出せない。
「もしかすると転生の際に代償として失ったのかもしれません」
「うぅぅ……そんな事、神様は一言も言ってなかったのにぃ……」
「それではマスターのことはマスターとお呼びしますか?」
「いや、せっかくだから私も新しい名前を考えるわ。ルナ、なにかいい案はある?」
「そうですね……太古の昔地球に存在していた王の名前などいかがでしょう? その名もティラノサウルス」
「……却下で」
駄目だコイツ! 頼りになるのは自分だけだ!
う~ん、せっかくだから前世に関係のあるものにしたいわね。
それでいてルナと関係のある物もいいわね……となると地球かな……?
地球……ちきゅう……ちきゆ……違うな……アース……ジ・アース……ジアース……シアース……!
「決めた! 私の新しい名前はシア!」
ちょっと遠い気もするけど……まぁちゃんと縁はつながってるよね。
「あらためてよろしくね、ルナ」
「こちらこそよろしくお願いいたします、シア様」