32 薄毛原人
石器を手に入れた猿人たちは最初の頃はナイフのように使うだけだったが、群れの世代を重ねるごとに様々な用途で使うようになっていった。
棍棒の先に溝を作って石をはめ込んだ石斧や、長い木の棒の先を石器を使って削って尖らせた槍、削るのではなく鋭い石の刃を埋め込んでつくった石槍など、狩りに使う道具の発展は目を見張るものがあった。
最初こそ一部の猿人しか石器を使っていなかったものの、たまたま遭遇した他の群れが興味を持ったり、群れからはぐれた猿人が他の群れへ伝えるなどしてまたたく間に広がっていった。
石器が普及することで猿人達の生活水準は上がり、石器の使用用途も多岐にわたるようになった。
猿人達は器用な手先で道具を使うことで様々な刺激を得て知能を発展させていったが、石器との出会いは彼らを新たな段階へと導いていく。
ただの石でも明確な意図を持って使用すれば広義の石器たりえるが、シアが猿人へと授けたのは加工を要する打製石器。
物を加工するという行為は完成形を明確にイメージする必要性が有り、それらは脳の認知機能や創造性を司る機能をより複雑に高度化させていく。
高度化した知能は脳の容量を肥大化させ、猿人は原人へ進化していく……
「猿人の次は原人になるのかしら?」
「そうですね。猿人と原人では知能も見た目も大きく変わり、まさに猿から人へといった進化になります」
「原人って言うとジャワ原人とかいたわね」
「ジャワ原人は後期の原人ですが、その系譜は現代へとつながっていない絶滅した原人の種ですね」
時代は進み、地上では猿人の頃よりも大きくなった原人たちが歩いていた。
彼らはボロのようなものではあるが、毛皮の腰布を巻いている。
その全身は猿人の頃と違い、毛皮ではなく薄い体毛になっていてところどころ肌が露出している。
石の刃がついた槍を持った数人のグループがあたりを見回して何かを探していた。
「……服着てるけど……さっきより寒そう……」
「ラヴィーちゃんは良いところに気が付きましたね! その薄い体毛が彼らが発展した大きな理由です。今までと違って原人達の生活の跡からは大量の草食動物の骨が見つかっています」
「それって狩りをして獲物を仕留めていたってこと?」
「そうです。ちょうど狩りを行なっているようですし観察してみましょう」
「ん……観察、観察」
先程の原人のグループは遠くに獲物を見つけたようだ。
彼らの目標はトムソンガゼルのような草食動物だ。
身を低くし、うまいぐあいに風下側に回り込みながら距離を詰めていく。
しかしあと二十メートルといったところで獲物に気づかれて逃げられてしまう。
原人たちも慌てて後を追いかけるが、時速四十キロメートル以上で走る獲物にどんどん距離を離されていく。
「あー失敗しちゃったわね」
「……かわいそう……」
「いえいえ、ここからが彼らの本領発揮ですよ。よく見ててください」
獲物に逃げられた原人たちは距離を離されてもしぶとく追い続けた。
十分もした頃に変化は訪れた。
次第に獲物との距離が縮まってきたのだ。
獲物の動物は息が荒くなり、次第に立ち止まる時間が長くなってきた。
一時は一〇〇メートル以上も放されていた距離も今では一〇メートルほどだ。
獲物の疲弊を確認した原人達は顔を見合わせて合図をし、散開して三方向から距離を詰めていく。
そして獲物との距離が五メートルを切ったとき、後方から追い立てていた原人の一人が槍を大きく振りかぶって獲物へと投げつけた。
槍は獲物の後ろ脚へと刺さりピギャっと悲痛な叫び声が聞こえた。
獲物は負傷した脚を庇いながらぴょこぴょこと逃げていたが、やがて観念したかのように座り込む。
原人達は反撃を警戒しながら距離を詰め、各々が持つ槍でもって獲物へ止めを刺したのだった。
「原人……すごい執念だった……!」
「ほんとねーすごい持久力だったわ!」
「その持久力の秘密がさきほどの『薄い体毛』にあります。体温調整能力に優れて長時間の運動に適したその体は、獲物が疲弊するまで追い立てるという狩猟スタイルを確立させます」
「……運動して暑くなるから……寒そうな格好でも平気……」
「この間まで捕食される側だったのに、立派なハンターになったのねぇ。人類もどんどん成長してるわね!」
「そうですね。こうして多くの獲物を狩れるようになったことで彼らの食糧事情は大幅に改善します」
「たくさん食べて大きく育つのね!」
「……ご飯いっぱいで元気もりもり……!」
「え……えぇ。そんなところです」
パワフルな二人の勢いに押され、苦笑いのルナだった。
原人は猿人の頃よりも多くの食料を得られるようになったことで、エネルギー消費が激しい脳の肥大化という新たな進化の扉を開くになる。
そして著しく発展する脳機能とともに、その精神性までも成長していくのだった。




