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28 特派員ラヴィー

挿絵(By みてみん)

 隕石の影響はまだ色濃く残り、環境も生態系も大きく変化している今はまさに時代の過渡期であった。

 調整をしたとはいえ、巨鎧種という想定外の事態がどのように影響を及ぼすのか予測もできない現状では、時代の移り変わりは慎重に見守る必要がある。

 

 そんな忙しい神の部屋の中で暇を持て余している存在が居た。

 赤い長髪が目を引く少女、ラヴィーだ。

 その瞳はいつもに増して眠たげだ。


 彼女について少し説明しよう。

 この星の意思であるシアが、惑星に住む甲虫の幼虫に何気なくつけた名前が加護となり、幼虫に突然変異をおこした。

 数万年を生きて巨大化した幼虫は成虫となり、単性生殖で仲間を増やし地上の生態系を大きく狂わせた。

 駆除されたものの、シアの慈悲によりその魂は人へと転生を果たした。

 その転生者こそがラヴィーと名乗る赤髪の少女その人だ。

 名付けの加護によって神格を得ていたラヴィーはシア達と共に惑星を見守ることになったのだ。 


 ラヴィーの主な役目は地上に顕現して現地視察をすること。

 虫との共感能力やフットワークの軽さをいかし、惑星管理に役立つ情報をシアたちに提供していた。


 だが隕石の影響で環境が目まぐるしく変わる今は、危ないからと地上顕現を禁止されていたのだ。

 顕現と言っても分身体を通しての間接的な関与で本体への危険はないのだが、シア達はラヴィーに対して過保護な面もあり、今回の顕現禁止もその一環である。


 やることがなくて暇なラヴィーは、転生した際に得た一般常識を頭の中で整理していた。

 人して生まれ変わってまだ日が浅いラヴィーは知識と経験の乖離が大きく、感情表現もまだまだ幼い。

 ときおり知識を引っ張り出してはその理解に努めていた。


「……これは……!」


 そしていま引き当てた知識は現状を打開するのに最適だと、彼女はどこか不穏な笑みを浮かべた。


 古今東西、暇な子供が思いついたものほど、ロクでもないことはないというのに……




 シアは地上の生態系を観察し、異常事態が起きていないか確認していた。

 その作業も一段落ついてお茶を飲んでいる時に、近づいてくる小さな人影に気がついた。


「あら、ラヴィーじゃない。どうしたの?」

「……神の部屋特派員の……ラヴィーです……」

「ブッーーーーーーー!」


 シアは口にしていたお茶を吹き出した。

 霧となったレモンティーであたりに爽やかな香りが立ち込めるが、シアの口から垂れるよだれは爽やかとは言いがたい。

 醜態を晒したシアであったが、その原因はラヴィーにあった。

 いつものふんわりとしたワンピースではなく、白と紺色の学生服を身にまとっていた。

 

「ら……ラヴィー、急にどうしたの?」

「ん……取材しにきた……」

「取材?」

 

 制服姿のラヴィーは手にマイクと思しきものを握っていた。

 社会人のスーツを正装と解釈し、年相応に合わせたために学生服になってしまったが、ラヴィーの中では立派な記者なのだ。


 記者として話しかけることで、忙しそうなシアに合法的に構ってもらえるという算段。

 これこそが暇なラヴィーが思い至った妙案なのだが、実はそんなことをしなくともシアたちは構ってくれるだろう。

 しかし忙しそうなシア達を邪魔しちゃいけないという配慮と、甘えたいという相反する思いからこのようなチグハグな行動へと至ってしまったのだ。


 精神的に未熟ながらも、シア達のことを大切に思っているラヴィーらしいといえばラヴィーらしいだろう。



「私が質問して……シア様が答える……」

「うーん、ここまでの流れがよくわからないけど何でもいいわよー! どんとこーい!」 


 そんなラヴィーの思いを知ってか知らずか、シアは乗り気である。

 もともとラヴィーには甘々だったのだから当然である。

 

「それじゃ質問……シア様はなんで星なの?」

「また微妙なところを……まぁ疑問に思うのは当然だけど……えーっとね、転生先を決めるダーツが星にあたってね……」

「一等賞……?」


 知識でしか持ち合わせていない言葉の中から該当しそうなものを述べるラヴィーだが、どこか的外れでもある。ダーツだけに!


「うーん、最初はハズレだと思ったけど能力のおかげで結構好き勝手出来るから、これはこれで良かったと思うけどね」

「ほむほむ……それじゃ……能力について……」

「はいはい。転生時にもらった能力『星の願いを』ね。簡単に言うと星である『私の願いをなんでも叶える』能力ね。ルナが言うには神格を得たものが使える神力と似ているけど、惑星規模で影響を及ぼせるのは規格外なんだって。使える範囲も惑星に限定されちゃうんだけどね」

「なんでも……」

「なんでもっていっても限度もあるし、具体的な願いじゃないと効果が強く現れないし、抽象的な願いは結果がもやっとしたものになりやすいけどね」

「……私もちょっと使える……」


 ラヴィーが人差し指を立てると、指先が淡く光りだした。

 光が収まるとそこには、ちいさなてんとう虫が止まっていた。

 星と呼ばれる模様が入った背中がパカッと割れると、翅を広げどこかへと飛んでいってしまった。


「そうね。私が名前をつけた時に、加護と一緒に能力の使用権限もすこし許可されたっぽいのよねー」

「ん……シア様からもらった……大切な名前と力……」

「うふふ……大事にしてね?」

「……とっても大事にする……! そうだ……次の質問……」

「私に答えられものならなんでも答えるわよー」


 えっへん!と胸を張るシアはどこか楽しそうだ。

 話ができて嬉しいのはラヴィーだけでは無いのだ。


「……いつもルナおねぇちゃんと……地上を見ながらお話してるのはどうして……?」

「あれは生き物の進化を『星の願いを』で指向性を持たせて、最終的に人類を誕生させるためね」

「指向性……?」

「そう、より具体的な願いのほうがいいから、ルナから地球の歴史を聞いて具体的にイメージできるようにするのよ。ちゃんと進化したか確認するために時代をちょこちょこ進めて様子を見ながら調整してるの」

「難しいけど……なんとなくわかった……そういえばさっき言ってた……神格ってなに?」

「それは私もよくわからないわね……神っぽいなにかかしら?」

「それならばわたくしが!」

「良いところに来たわね。ルナ!」


 突如現れたのは金色の長髪が印象的なメイド服の少女、ルナだ。

 ラヴィーより小柄ながらも、豊富な知識と高度な計算能力を生かして惑星運営の補助を務めている。 


「それじゃ……ルナおねぇちゃんに質問……神格って何……?」

「神格とは生命を上位存在へと押し上げる超常の概念です。大雑把に言えば神の因子ですね」

「ふむふむ……?」

「神格を得たものは想像したことを現実へ反映する力、神力を行使できるようになります。ですがあまりに強大な神格は事象を侵食するようになるので、神格を得たものは神域へと誘導されるのが常です」

「……私も連れてこられた……」

「私が連れてきた! ……私達のこの部屋が神域になるのよね」

「そうです。ですがここはあくまで星に付随するシア様のプライベート空間です。シア様の格が上がれば次元を超えて共有される上位の神域へも行けるようになりますよ」

「そんなのあるんだ!」

「いつか……行ってみたい……」

「シア様の頑張り次第ですね」

「んぐっ、そ……そういえば神力って私の『星の願いを』に似てるのよね」

「むしろ逆ですね。神から贈られた力ですから原理が神力なんです。とはいっても生まれたての星が持つ神力で行使できる領分を遥かに逸脱してますが……」

「地球の神様ってすごかったのかな?」

「そうかも知れませんね。46億年の歴史を持っていて、知的生命体の住まう星ですからね」

「シア様……すごい星からきた……」

「そうねー。私の星というか私自身だけど、うちにも早く人類が誕生して欲しいわねー」


 その後の三人は他愛もない会話でしばらく盛り上がった。

 シア達と話せて楽しそうなラヴィーだったが、新しい情報を一生懸命理解しようと頑張っていたせいか疲れてしまったようだ。

 次第にシアにもたれかかるような体勢になっていった。



「……いろいろ勉強になったし……ふたりとも話せてよかった……眠くなったから……ここで寝る……」


 そういうとラヴィーはシアの膝を枕にして腰に抱きつきながら眠ってしまった。

 シアは幸せそうな寝顔を見つめながらラヴィーの髪を優しく手櫛でとかしていく。

 赤い髪の光沢が揺れ、ラヴィーはくすぐったそうに身をよじる。

 そんな彼女を優しく見守りながら、シアはルナに話しかける。


「ここの所忙しかったから寂しかったのかしら?」

「シア様、子育て中のお母さんみたいな発言ですね」

「なっ!もぅ……どういう意味よ……」

「いえいえ、大人になられたなぁと」

「……体感では一年も経ってないから心はまだ未成年よ……!」

「物は言いようですね」

「もう! そんなことより私も気になった事があるんだけど、いいかしら?」

「私に答えられる範囲でしたら」

「強大な神格が事象を侵食するっていうのがぱっとこないんだけど、詳しく良いかしら?」

「直接言葉にするのは難しいですね……例えるならば、二次元のグラフに一つだけ三次元のグラフのデータが混じった感じ……ですかね?」

「あー縦横しか無いグラフに無理やり高さの要素を加えたら混乱するわね」

「はい。それが現実の空間で行われるのが事象の侵食ですね」

「……ゾッとしないわね……『空間の歪み』とかじゃなくて『事象』が対象の時点で得体の知れない怖さがあるわ」

「神域が存在しているこの領域も『事象の彼方』と呼ばれるくらいですし、それだけ神格という要素が与える影響が異質で大きいということです」

 

 

「ほんと、とんでもないものに生まれ変わっちゃったわね」

「そうですね。でも私はどこまでもお付き合いいたしますよ。シア様」

「頼りにしてるわよ。ルナ」




 いままでも何度となく交わされたそのやり取りは二人の信頼の証でもあった。

 

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