20 甘い香りにご注意を
「このままじゃって言ったでしょ? ルナ、一〇〇秒もたせられる?」
「しかたないですね。お任せください。シア様」
ルナが一歩前に出てカブトの注意を引く。
その間には私はティラノサウルスから人型へと分身体の組成を作り直す。
こちらのほうがいろいろ力を使いやすい。
カブトはいきなり小さくなった私にびっくりしたのか一瞬動きを止めたものの、小さいものには驚異を感じないのかルナに向き直す。
人の姿となったシアは距離を取ったあと、すぐそばの木々に向かって手を横に薙ぎ払う。
指先から真空の刃が飛び、数本の大木が倒れる。
『星の願いを』による環境操作の応用であるが、はたから見れば魔法のようだ。
シアが指揮をするように手を振ると倒れた木々は吹き荒れる風に運ばれ、折り重なるように積み上げられる。
最後の仕上げとばかりにシアが力を込めて指を鳴らすと、火が燃え盛りもうもうと黒い煙があがった。
その煙はシアが操る風によって地上二〇メートルほどの高さで大きな球を形作っていった。
カブトと向かい合っていたルナはつかず離れずの絶妙な間合いで牽制して時間を稼いでいたが、痺れを切らせたカブトが角を突き出して突進してきた。
ルナは突き出された角を躱したものの、間合いを詰めてきたカブトは強靭な顎による噛みつきを何度も繰り出してきた。
首の堅牢な盾の部分で攻撃を受けきり再び間合いを離したルナだったが、その動きを読んでいたのかカブトの対応は早かった。
先ほどとは違い、角を地面に擦り付けるような異様に低い体勢の突進を仕掛けてきた。
カブトはすばやくルナの下へ角を潜り込ませたと思ったら、なんとその勢いのままルナを持ち上げて放り投げた。
予想外の行動に全く反応できず一五メートルほど上空へ飛ばされたルナは、背中から地面へと叩きつけられ、そのまま動かなくなってしまった。
ピクリとも動かないルナにトドメを刺そうとカブトが近づこうとした時、突如その周りを黒い煙が覆って漆黒の球体を形作った。
突然の出来事にカブトは一瞬動きを止めるが、視界を確保するためにその場から離れようとする。
しかし黒い煙の球体は常にカブトの周りに付き纏い、カブトの視界は完全に暗闇に閉ざされていた。
「おまたせ、ルナ。大丈夫?」
「遅いですよシア様。あんまりにも遅いので昼寝をしていたところです」
倒れていたルナケラトプスの体が淡い光に包み込まれ消えていき、光が収まるとメイド服のルナが立っていた。
少しふらついている様子を見ると、先程のは強がりだったのだろう。
「シア様。あれは一体何ですか?」
「かなり濃くしてあるけどただ木を燃やした煙よ」
数十秒ほどで煙は薄くなっていったが、それとは対象的にカブトは苦しそうに暴れ始めた。
「シア様……これは一体なにが……?」
「煙に含まれる粒子状の天然樹脂やらタールを大量に肺に定着させたわ。美術の授業で使ったスプレー状の定着液を参考にしたのよ」
あれは確か合成樹脂を有機溶剤に溶かしたものだったかな……?
吸い込むと肺に定着するからよく換気して使いなさい、と注意されたのを覚えていたので肺がある巨鎧種にも有効だと考えたのだ。
まぁ私にそんな複雑な化学物質を生成する知識はないので天然物で代用したわけなんだけどね。
カブトは肺の中を樹脂やらタールでコーティングされて呼吸が満足にできず、すっかり動きが鈍くなっていたが威嚇行動はやめていなかった。
その様子を見つめていたシアがふとカブトへと歩み寄る。
「シア様危ないですよ!」
「……大丈夫よ」
ルナの制止を振り切って更に歩み寄り、手が届く距離まで近づく。
威嚇の音は激しさを増すがカブトは顎を鳴らすだけで精一杯なのか、その場から動かずシアを忌々しげに見つめていた。
「ごめんね。こんなに大きく育ったのに私の都合で殺しちゃって」
通じるかどうかはわからないが、思念波で語りかけながらカブトの体を優しく撫でる。
どれくらいそうしていただろうか。
気づけばカブトの威嚇は鳴り止み、心なしか穏やかな目でこちらを見つめていた。
そのまま体を優しく撫でているとカブトの体は弛緩していき、やがて全く動かなくなった……
原初にして最後の巨鎧種の王カブトは、その長い長い生に静かに幕を降ろしたのである。
王の最後を見届けたあと、ルナが私へと語りかける。
「そういえばシア様も酸欠で死にましたね」
「思い出させないでよぉ……というかそれ今言うことかな? ん? ん?」




