1 転生の儀式
気がつけば私は知らない部屋に居た。
足元には円や図形が何重にも重なった魔法陣らしきもの。
壁の高さは三メートルぐらいで、天井がドーム状の円形の部屋。
広さはテニスコート反面ほどだろうか。
白を基調としているが、天井は暗い藍色でプラネタリウムを模しているのか星座の模様がところどころに描かれている。
壁には豊かな自然の風景が描かれており、見慣れたものから実在しないような動植物群まで多種多様だ。
「目が覚めたかい?」
後ろから声をかけられドキッとする。
恐る恐る視線を向けるとそこには一二歳ほどの美少年がいた。
白い肌に腰まで届きそうな長い金髪、整った中性的な顔立ちで古代ローマのような白い布の服をまとった姿はどこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「そう警戒しないでよ。何もしないから」
屈託の無い笑みを浮かべて少年は肘を曲げて両手を挙げる。降参のポーズだ。
「すいません。ちょっとびっくりしてしまって……」
「そうだよね。急にこんなところに連れてこられたら誰だってびっくりするよね」
「……ここは一体どこなんですか?」
「ふふふ……どこだと思う?」
年相応に茶目っ気がある子のようだ。
あまりに唐突な事態だが、私はこの状況に心当たりがある。
意識を失う直前に見た光、おそらくあれで異世界に飛ばされたのだろう!
そういった小説を読んでいた私に抜かりはない!
勇者とか! 聖女とか! 魔法使いとか! これからの展開にいろいろと妄想を膨らませてしまう。
今までの世界に未練がないわけではないけど実際こうなったら興奮を抑えられない。
確信を持って言おう! 異世界召喚であると!
「私が元いた世界とは別の世界ですか?」
「んー半分は当たりかな」
「半分?」
「ここは世界と世界の狭間、転生する魂の休息所ってとこかな」
「え……? タマシイ……? ワタシ……シンダ?」
焦点のあってない目で首を傾げ頭に浮かんだ疑問をカタコトで紡ぎ出す。
「うん。君が見ていた流星群が張り切っちゃってね。いいとこ見せようとしてそのまま君にぶつかってしまったんだ」
「メテオインパクトォ!」
あまりの衝撃によくわからない単語が口から飛び出した。
少年もびっくりしてるよ。
というか流星群が張り切るってどういうことだよぉ!
「だ……大丈夫かい?」
「すみません、取り乱しました」
「意外と冷静で安心したよ」
ちょっと死因のインパクトで混乱したけど、召喚も転生もあんまり変わらないからね。
元の世界に戻れないだろうとか、この体とはさよならだろうってことぐらいしか。
……結構違うな……うん、迷ってても仕方ない。話の続きを聞こう。
「自己紹介がまだだったけど僕は君たちでいうところの神なんだ」
「あーそんな気はしていました」
「あはは、最近の子は順応力が高くて助かるよ。この姿も観測者がいて初めて存在するものだから、まぁ仮初のものだと思ってくれて構わないよ。話が戻るんだけど、君にぶつかった流星群が君を生き返らせてほしいと頼んできてね」
「流星群に意思があったことのほうが驚きです」
「この世にはまだまだ人類には観測できない未知もたくさんあるってことだよ。まぁそんなこんなで君をここに呼んだんだ」
死んだという事実にショックを受けてちょっと投げやりになってるせいか、今なら大抵のことは受け入れられる気がする。流星群も悪気があったわけじゃないし仕方ないよね。
「あっ記憶や人格はそのままだけど今までとは違う世界になっちゃうからそこはよろしくー」
うん、それもなんとなくわかってた。
というか神様、フレンドリーだな。
余計な気を使わなくて済むから助かるけど。
「それじゃ転生の準備をするからちょっと待っててね」
そういうと神様はどこから持ってきたのかダーツ用の巨大なルーレットをガラガラと押してきた。
ルーレットの模様は扇状に幾通りにも区切られていて、光り輝く剣を持った勇者っぽいイラストや魔法使いなど様々な職業と思われるイラストが描かれている。
ルーレットを壁ギリギリに持っていくと、神様は一本のダーツを持ってこちらにやってきた。
嫌な予感に背筋が寒くなる。
「まさか……」
「じゃじゃーん! 転生後の職業はダーツで決めてもらいます!」
「えぇぇ……」
「流星群のミスとはいえ隕石にあたって死亡というのは普通にありえるからね。神々の手違いというわけでもない君の場合、転生できるってだけでもかなり特別なんだよ」
「それがダーツとどう関係が……?」
「そのほうがおもしろそうだからね!」
「おぉい! 人のセカンドライフで何を遊んでくれやがってますか!?」
「まぁまぁ落ち着いて落ち着いて。これはある意味君への救済でもあるんだよ」
「……救済?」
「そう。さっきも言ったけど転生できるだけでも特別で、このままだと君は一般人としてしか転生できないんだ。そんなのは君もつまらないだろ?」
「確かに……」
「そこでこのルーレットとダーツの登場だ。これは転生後の職業を運に任せる代償にそれに見合った特別な力を得る代物さ。まぁこのダーツを使わずに一般人として転生して自由に生きる道も選べる。そこは君の好きにして構わないよ」
普通の生活が嫌だって訳ではないけど、私だって小説で読んだような夢のある異世界生活をしてみたい。どんな職業になるかはわからないけど、ルーレットを見た限りではどの職業でも安定して活躍できそうな気がする。
「それじゃ……ダーツでいきます」
「そうこなくっちゃ! それじゃ……はいっ……そして……よいしょっ!」
神様は私にダーツを渡すと、掛け声とともに勢いよくルーレットを回した。
「頑張ってね。中心にある小さな金色の円に刺さったらルーレットに描いてないものでも好きに職業を選べるよ」
俄然やる気が出てきた。同時に自分の次の人生を左右する状況に緊張もしてきた。
「ちなみにねー、ルーレットだけじゃなくこの部屋の壁に描いてある物も君の転生候補だからね。この部屋には万物の可能性が全て描かれているんだ。ルーレットは結果が出るまで回り続けるからじっくり選ぶと良いよ」
「…………え?」
「ほら最近はドラゴンとかスライムみたいなモンスターから、はたまた無機物まで幅広く転生してるじゃない? その需要に答えようと思ってね。もちろんそれに見合った特別な力も貰えるよ。神様頑張っちゃいました」
まってまってまってまって、神様がドヤ顔ダブルピースしてるけど今それどころじゃないから。
壁に描いてあるのってあれだよね、見たことあるのから無いような動植物群。
その中でもアタリであろう可愛い人型の魔物はまだいいけど、ハズレっぽいオークやゴブリンと思わしき醜悪な魔物や雑草なんかにあたった日には目も当てられない。
確かにそういう需要もあるかもだけど、私はせめて人に転生したい!
これなら確実に一般人に転生できる方がまだマシじゃないか!?
「あっルーレットが回り始めた時点で転生の儀式は始まってるからねー無理やり止めると君の魂が壊れちゃうから気をつけてね」
「そういう大事なことは先に言ってくれないと困るんですが……!」
怒気を込めた声で責めるが、神様は頭に握り拳をあてて軽く舌を出しながら首を傾げて、てへぺろっ☆なんて擬音が聞こえそうなポーズをとっている。
間違いなく愉快犯である。
落ち着け私、万が一に人外転生しても特別な力は貰えるんだ。
それにまだ人外と決まったわけでもない。
ともかくルーレットに当たれば良いんだ。
そのことだけを考えよう。
そう思って再びルーレットに向き合った時、気づいてしまった。
ルーレットの周りの壁には『ハズレ』しか存在しないことに。
その様子に気づいたのか神様が声をかけてくる。
「このルーレットというか転生の儀式は、リスクを背負うことで転生後に得られる特別な力が何倍にもなるんだよ。僕の粋な計らいに感謝してほしいね」
この愉快犯め!
ともあれ絶対にルーレットに当てなければならなくなった……
やることは一緒なのに先程までの何倍もの緊張が襲ってくる。
手に汗がにじんで膝が震える。
少しでも緊張を抑えようとゆっくり深呼吸を繰り返す。
深呼吸のおかげでだいぶ落ち着いてきた。
いまなら行ける気がする。
「いきます」
少しでも気合を入れるため宣誓する。
おおきく振りかぶり、運命を委ねたダーツを投じるため、腕を振り抜いた瞬間…………すっぽぬけた。
あろうことかダーツは汗で濡れた指先からすっぽぬけて私の頭上、真上へと飛翔した。
ダスンッ! と大きな音を立てて『天井』のど真ん中へ突き刺さるダーツ。
訪れる静寂……。
私も神様も『天井』に突き刺さったダーツをアホみたいに見上げていた。
油の切れたロボットのようにギギギと首を動かして神様の方を向き、僅かな希望をこめて恐る恐る願望を告げる。
「の……ノーカンで……?」
「いやいやノーコンでしょ」
「ああああああああああああ誰がうまいこと言えとぉーーーーー! あああああああああああああ天井に転生なんかいやだぁーーーーーーーーーーー!」
「天井から始まる異世界生活 ~私、至高の天井になります~」
「あああああああああ! しねぇぇぇぇーーーーーぃ!」
今の私なら神さえも屠れる気がする。神をも恐れぬ女、それが私。しかしそんな私の渾身の右ストレートはひらりと躱されてしまった。
こんな状況であんないい笑顔で煽られて発狂せずにいられるだろうか? いや無理だね!
「冗談は置いといて、とんでもないものに転生することになったね、君」
「そりゃそうでしょ! 天井に転生とか意味がわからな……」
「ははは、まだ勘違いしてるんだね」
「え?」
「よく見てご覧、君のダーツが刺さったところを」
「ん? ん? ん?」
私が投げたダーツは相変わらず天井のど真ん中に刺さっている。
ドーム状の天井にはプラネタリウムのように星座が描かれているが、それらは日本から見た星座の配置ではなく地球の北極と南極を結ぶ地軸の延長線上、いわゆる天の北極を中心とした配置になっており、ダーツの真横にカシオペア座と北斗七星が並んでいる。
「もしかして……北極星……?」
「そう。君のダーツは『星』に刺さったんだ。君が転生するのは『星』だよ」
「え? ……えええええええええええええええええええええええ!?」
いきなりのことで状況が全く飲み込めない。
星に転生? 身近な無機物ですらどうなるか想像もつかないのに星ぃ?
星になって何すればいいの? 自転しながら公転するとかブラックホールになって他の星を吸い込むぐらいしか思いつかない。
頭を抱えて蹲り、不安しかないこれからのことを考えていると足元の魔法陣が青白く光り始めた。
「いやー星に転生なんて前代未聞だけど、きちんと特殊能力はつけてあげるから安心して転生してねー。それにしても天井の星座にもアタリ判定あったんだね……」
「最後の一言で不安で仕方ないんですが……!」
「ふふふ、君がダーツの記念すべき第一号だったからね。でも儀式はきちんと次の段階に進んだようだね」
足元の魔法陣から風が舞い上がり、その光は強さを増して部屋を薄水色に染めていく。
あまりの眩しさに目を開けていられない。
「ちょっとまって! まだ聞きたいことが!」
「その点は大丈夫、優秀な案内役をつけておくから」
神様が円を描くように小さく指をふると、指先に光が灯りふらりとこちらに飛んでくる。
「それじゃぁ期待の新星ちゃん。異世界転生いってらっしゃい!」
「やっぱりこいつ楽しんで……」
そこまで言った瞬間、光と風の奔流に飲み込まれ私の意識は途切れた。
一際まばゆい光を放った後、魔法陣は元の静けさを取り戻した。
そこに立っていた彼女の姿はどこにもなかった。
「面白い子だったなぁ。それにしても『星』とはねぇ……もしかしてこの結果も『あなた』の導きだったのかな?」
観測者を失い誰もいなくなった部屋の中、神の独り言だけが響いていた。