11 のびのび育つ
白に包まれた部屋の中で、薄っすらと桃色の光沢を放つ銀髪の少女がソファにもたれかかって眠る様子はどこか蠱惑的でもあったが、口から垂れるよだれがそれらを台無しにしていた。
そう! 絶賛お昼寝中の私である!
「はっ! 今何時!?」
「シア様誕生から五億年と少しでございます。分身体創造でだいぶお疲れだったようですね」
なにそれ、あれそんなに力使うの? いや神力の絶対量が圧倒的に足りてないだけか。
……いかんいかん、だいぶ昼寝をしてしまったようだ。
「んぐ……そういえば生き物はどうなった? たくさん増えたかしら?」
ふと窓に目を向けて意識を海中へ向けると思わず顔がひきつった。
そこはまるで宇宙生命体のような奇抜なデザインの動植物の楽園と化していた。
「だ……だいぶのびのび育ったみたいね」
カイトのような体で海を泳ぎ回る半透明の動物。
胴体から四方八方に幾本も足を伸ばした棒状の生物。
レンコンに大きな口と長い尾ビレがついたような形の魚モドキ。
それこそ魚になり損なった謎の遊泳物体。
進化の方向性を間違えたのではとかなり心配になってくる。
ん? 二本の牙と飛び出た眼球に海老のような胴体、足の代わりにヒレが付いて平べったい体! あれはたしかアノマロカリス! 三葉虫も居るじゃない!
それらは地球で遥か昔に絶滅した古代の生き物たちだ。
テレビのCGとはいえ、見知った姿があったことにほっと胸をなでおろした。
「今は地球での古生代カンブリア紀といったところですね。この時代の前に生き物は原始的な単細胞生物から多細胞生物へと進化し、一部の光合成を行うバクテリアによって酸素が大気中にも放出され始めます。酸素を利用したエネルギー獲得に成功した生命はその数と種類を爆発的に増やしていきます」
「それ聞いたことある! 何だっけ……確か……寒ブリ爆発……?」
「寒ブリは爆発しません。カンブリア爆発です。さっき古生代カンブリア紀と申し上げましたよね? なんで微妙に抜けてるんですか……」
「ほ……ほら寝起きだから……」
「もう、しっかりしてくださいね」
「んぐぅ。が、頑張るわ……それにしてもこれまただいぶ私が知ってる地球の光景よね。私が見たのは再現CGとかイラストだったけど」
「知識による無意識の補正か、シア様が持つ地球の因子のおかげかもしれませんね」
「星の大きさが似ていた事もあったわね……これからどうするのかしら? また見てるだけっていうのも何だし、時間を有意義に使いたいわ」
「この時代になりますとしっかりとした形で化石が産出されることもあり、学術的検証も多岐にわたりますので資料もだいぶ揃ってますね」
「じゃぁそれを元にイメージを固めていけば、より早く確実に人類誕生まで行けるってわけね」
「……シア様は抜けてるようでたまに鋭いですね」
「ちょっとちょっと、抜けてるって何よ」
「いえ、話が早くて助かります。それではカンブリア紀から生命進化の足跡をたどっていきましょう」
「よろしくおねがいします。ルナ先生!」
能力で制服に着替えて学習机と椅子を呼び出す。
そして窓を黒板に見立てて机と椅子を並べて腰掛ける。
ついでにルナには赤縁メガネを出して装着させる。
うん! 何事も形は大事なのだ!
そんな私の行動をすでに諦めたのか気にもかけず、ルナの説明は始まった。
「……古生代の最初期であるカンブリア紀は、地球では誕生から四〇億六千万年目の出来事です。シア様はまだ生まれて二億年も経ってないのでかなり速いペースですね。生命の種類が増えたと言ってもその舞台はまだまだ海の中です。この時代の生物は奇異な姿のものが多くカンブリアンモンスターとも呼ばれています」
たしかに私が生きていた頃の動物と比べると『やっべー奴』という表現がピッタリのモンスターしかいない。
「一方で姿は多少違いますがサンゴはこの時代にはすでに誕生しています。化石で発見されたものが現代でも生き残っている、そんな生物は時に『生きた化石』などと呼ばれていますね」
言われてみればサンゴっぽいものもちらほら見える。
「先ほどご覧になった三葉虫やアノマロカリスなどの無脊椎動物と藻類が繁栄していましたが、脊椎動物もこの時代にはすでに誕生していました」
もしかしたらあのへんの足がたくさん生えてるのとかが人類の先祖だったりするんだろうか……
うーん想像もつかないなー。
「さて次はオルドビス紀になります。この時代も生物の多様化が爆発的に進んでいきます。オゾン層が生成され始め、オウムガイのような軟体動物や節足動物が繁栄します。またこの時代に繁栄したフデイシと呼ばれる半索動物は進化の速度が早く、年代によってその形が変わるため地層の年代を特定するのに一役たちました」
新しい説明が始まると、それに合わせて私のイメージが具体的になり『星の願いを』の補正力がより強くなる。
それに合わせて体感時間を進めてやれば適切に生物たちを導いていくことが出来る。
窓から見える生物群もルナの説明に合わせた進化を遂げ、一歩づつではあるが人類誕生に近づいていく。
カンブリア紀に比べると奇抜な生き物は少なく、説明にもあったオウムガイや巨大な円錐状の巻き貝を持つイカのような生き物や、サソリのような節足動物が見えるようになってきた。
ルナの説明に合わせて進化の様子が見られるように体感時間を速めているので、進化の早いフデイシの形はコロコロと変わっていく。
ちなみに、何万倍という早送りの風景を見ても一瞬すぎて理解できないので、窓に映っている風景はかなり要点をまとめたものに編集されている。
言うなれば今映し出されているのは星に生息している生き物の縮図であり、その時代の生き物を集めたアクアリウムを眺めているようなものだ。
「オルドビス紀の後期には生物の大量絶滅が起こっており、長らく繁栄した三葉虫もこのころから衰退していきます」
あぁ……三葉虫ちゃん減っちゃうのか……というか生き物減らないわね……
「……大量絶滅おきないわねぇ……」
「このままですと次の時代に影響が出てしまうかもしれませんね……」
「ん~じゃぁちょっと減らしとく?」
「そうですね。なるべく歴史に近づけたほうが能力による補正値を少なくできますからね」
「そうだ。あれ使ってみても良いかしら?」
「ちょうど良いですね。でも出力は抑えてくださいね」
「わかったわ」
一旦窓の風景を星の俯瞰映像に切り替えて、右手を前に突き出して下側から左手で軽く支える。
人差し指を曲げて指先を親指で抑えながら力を加え、軽く弾く。
「いけっ! 女神の鉄槌!」
私の動作と掛け声に反応して大気圏ギリギリを周回していた遊星のひとつが、まるで弾かれたように軌道を直角に変えて地表へと落下していく。
「名前が変わってませんか?」
「い、いいのよ! ほら! 将来的に悪いやつを懲らしめるのに使ったらちょうどいい名前でしょ!?」
「一理ありますね。しかしこれは……」
この間の巨大隕石ほどではないが、海へと落下した隕石はその威力を示すかのように巨大な波紋を生じさせて海洋環境に多大な影響を及ぼしていった。
対隕石迎撃遊星群『女神のおはじき』を対地攻撃に利用した『女神の鉄槌』。
威力はかなり絞ったつもりだったんだけど、予想以上に『鉄槌』のイメージが強かったようだ。
生き物の減少度合いを見ながら数発かけて調整するつもりが、一発で許容値ギリギリの大量絶滅を引き起こしていた。
「い、一回ですんだし手間が省けたじゃない!」
「うまく言ったから良いものの……次からはもう少し慎重に行きましょうね?」
「うぅ……はい……」
しっかり者のルナにだんだん頭が上がらなくなってきた私であった。




