10 生き物
この星で最初の生命誕生と聞いて私は浮かれていた。
「それじゃこの星で生まれた最初の生命を見に行きましょうか! 確か分身体を使って星に行けるんだっけ?」
分身体の生成を意識すると地表からなにかが生えた感触がした。
人型をしたそれとは強い繋がりを感じた。
『星の願いを』ではなく神力の方をつかってみたけどうまくいったようだ。
「案外簡単じゃないの。あっなんか意識を移せそうな気がする……ちょっと行ってくるわね!」
「あっ! シア様まだ準備が……遅かったようですね」
――ルナの制止も虚しくシアの体は眠るようにソファに沈み、彼女の意識は地表に生成された分身体へと降臨していた。
「これが私の星……!」
目を開ければ青い海と青い空、砂浜を踏みしめる感触、頬を撫でる風、打ち寄せる波しぶきの音。
地表へと降り立った私は景色に見とれて動くことができず、ただただ涙が止まらなかった。
二度と感じることはできないと思われたものがそこにはあった。
しかしそんな感動も長くは続かなかった。
「なんか……息苦しいわね……」
ふと手を見ると紫に染まってきており、その色味は少しずつ濃く変色していった。
「ゼー……ゼー……なに、これ……やばい……」
視界がぼやけて体にも力が入らず、砂浜に倒れ込む。
そういえば生き物を見に来たのに景色しか見てなかったなぁなんてことを考えながら、私の意識は闇へと沈んでいった。
気がつけば私の意識はソファに座る自身の体へと戻っていた。
眼の前には口をへの字に曲げたルナが居る。
「お戻りになられましたか?」
落ち着いてはいるが、ルナの声色には怒気がこもっていた。
床に正座をしてルナと向かい合う。
「うぅぅ……ただいま戻りました。でも一体何が……」
「シア様は分身体で死亡されました。分身体で死亡しても本体には影響がないのが救いですね」
「えっ! 私また死んだの!? ていうかなんでっ!? ……あの紫の腕……まさか毒!?」
「酸欠です」
「……え?」
「生物の自然な進化を促すために大気組成は未調整でしたので、空気中にほとんど酸素がありませんでした」
「でも私、一応女神なんだけど……」
「シア様が降臨する際に使用する分身体は、神格が上がれば能力を向上させたり神力を少し使える分身体を生成できますが、現在は転生前のお体とほぼ同じ状態で生成されます」
「それであんなに息苦しかったのね……」
「えぇ。生成直後は万全の状態で生成されますので、血中の酸素濃度も問題ないのですが補給できなければ酸欠になるのは当然です。ですからまだ準備が整っていないとお伝えしましたのに……次からはきちんと状態を確認してから降臨なさってくださいね」
「はい……気をつけます」
転生するときはわけも分からずいつの間にか死んでいたけど、今回の死はとても苦しかった。
あんな思いはもう二度としたくない。
本来の目的だった生き物の確認だが、星を映しているこの窓に念じれば好きな場所を拡大して見ることができるらしい。
ルナは電子顕微鏡もビックリの拡大率ですよなんて言っていたが、電子顕微鏡を覗いたことないのでなんとも言えない。
光量が関係なくて昼夜問わずしっかり見えたり、なんだか凄いってのは理解るんだけどね。
窓に向かって念じてみると星の俯瞰風景が地表へと迫って行って窓いっぱいに海が表示される。
更に生き物を写すように念じると海の中へと視界が飛び込んでいき、モヤのような物のひとつへ焦点があたって窓いっぱいに表示された。
それはウネウネとした形容しがたい謎の物体であり、一言で言えばアメーバのようであった。
「これが……生き物?」
「はい。極めて原始的な生物ですね」
「なんか想像してたのと違うわね」
「最初はこんなものです。ここから真正細菌と古細菌と細胞核を持つ真核生物が分派します。この三分類が生物の体源的な分類となります。細胞核を持たない真正細菌と古細菌は原核生物ともいいます」
「なんか聞いたことない単語ね……」
「真核生物は一般的な動植物、菌類、原生動物などですね。それ以外の細菌やバクテリアなどが原核生物にあたります」
「何はともあれ生き物が誕生したことだし! しばらく見守りますか!」
「そうですね。進化の過程については資料が少ないですからね。時間がかかってもシア様の地球の因子と『星の願いを』の補正に頼るのが一番かと思われます」
時間は無駄にしたくないが進化の過程については資料が少ない。
わたしの力と願いで補正がかかるので、直接的な手出しはせずにある程度自然に任せたほうが良いとの判断だった。
私はルナと、生まれたての生き物たちをのんびりと眺めていた。
波に揺られて、ゆーらゆら。
ご飯の有機物が流れてきたぞ、ぱーくぱく。
ぽんぽん増えたと思ったら潮に流され、ばーらばら。
あっちいってこっちいって増たり減ったり……まるでライフゲームね。
いやライフそのものか。
そんな生き物たちの様子を見ていたら次第にまぶたが重くなってきた。
いままで眠気なんて感じたことはなかったのに……さっき分身体で死んだせいかもしれない。
先程の苦しみの中で意識を失ったのとは違い、温かい微睡みの中で私の意識はしばしの眠りへと付くのだった。




