リンゴは小人たちが美味しく食べました~if白雪姫~
城を追い出された白雪姫は、森で七人の小人たちと暮らしておりました。
ある日、小人たちが出かけているときに、ローブを着た一人の女性が訪ねてきました。
「美しいお嬢さん。リンゴはいかがかね? 甘くて美味しいリンゴだよ」
白雪姫は困ってしまいました。小さいころに食べたリンゴに青虫がいたのを見て以来、リンゴが大嫌いになっていたのです。
それでも、こんな森の深くまでリンゴを届けてくれたのです。もしかしたら、小人たちへの届け物かもしれません。
見るのも嫌いなリンゴですが、日ごろ助けて貰っている小人たちのためです。どうにかどうにか我慢して、そのリンゴをカゴごと受け取りました。
ローブの女性は、じっと白雪姫を見つめています。どうやら、この場でリンゴを食べてほしいようです。しかし、白雪姫はリンゴを食べる事が出来ません。
「あとで、皆さんと一緒にいただきます」
「そう……、本当に本当においしいリンゴだから、きっと食べるんだよ」
ローブの女性は何度も念を押し、元来た道を帰っていきました。その女性とちょうど入れ替わるように、小人たちが帰ってきました。
「いや~、疲れた疲れた」
森から戻った小人たちは、口をそろえて言いました。そして、白雪姫が手に持ったカゴのリンゴに目が奪われます。
「随分とおいしそうなリンゴだね。いったいどうしたんだい?」
「先ほど、親切な女性からいただきましたの」
「へ~、やさしい人もいるものだね。すっかり疲れていて、ちょうど甘いものが欲しかったんだ」
そうして、小人たちは一人一人リンゴを手にとりました。
「いただきまーす!!」
七人の小人は勢いよくかぶりつきました。幸せそうな顔です。そんな幸せそうな顔のまま、小人たちはバタリバタリと倒れてしまいました。
「どうしましたの? 皆さん」
一斉に倒れてしまった小人たちに、白雪姫はたいそう驚きました。声をかけても、揺すっても、誰も目を開けません。それでも小人たちは血色よく、肌つやは白雪姫もうらやむほどに綺麗でした。
「一体どうしたのかしら。急に眠るほどに、疲れていたのかしらね」
ピクリとも動きませんが、ただただ眠っているように見えます。えっちらおっちらと、どうにか七人を小屋のベッドに寝かせました。
それから何日も、小人たちは目を覚ましません。まさか、死んでしまったのではないか、そう思いながらも、これまで色々と支えらてきた事を思い出し、精一杯のお世話をしました。
姫として悠々自適な生活をしていた白雪姫。だれかのお世話などしたことがありません。それが、一度に七人も面倒を見なければいけなくなりました。みるみる内に肌は荒れ、心なしかやつれているように見えました。
お城では、王妃様が鏡の前である言葉を唱えます。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」
鏡は答えます。
「それは、王妃様でございます」
「そうか、やはり白雪姫はリンゴを食べて死んでしまったのだな」
王妃は喜びました。これで、世界で最も美しいものは王妃となったのです。
それでも王妃は疑り深い性格です。来る日も来る日も鏡の前で唱えては、その答えに満足するという日々を送っていました。
七人の小人が倒れてから、長い月日が経ちました。今年もまた、姫の名前と同じ白雪が森にも降り注ぐようになりました。何度目かの冬でした。
毎日の薪割りや雪かきで、白雪姫も随分とたくましくなりました。雪のように美しかった肌は焼け、細くスラリとした腕は筋肉に血管が浮くほどになっていました。
城の鏡は、とにかくきめの細かい美しい肌が好きでした。もうすっかり、白雪姫は鏡の好みではなくなってしまったのです。
しかし、これはこれで可愛い娘でありました。森のそばを通った男たちは、皆心を奪われておりました。まるで勇ましい鷹のように、孤高の美しさがありました。見惚れた男たちは皆、高嶺の花だと諦めてしまうのです。
ガコリ、ガコリ。
今日も薪割りに精がでます。日が落ちるのも早くなりました。暖炉に火をくべなければ、小人たちが凍えてしまう事でしょう。
ガコリ、ガコリ。
白雪姫が薪を割る音は、森の外まで響きます。ちょうどその時、森のそばを通る二人がいました。
「じいや、あの不思議な音はなんだろう」
「王子、あれはこの森に棲むガコリ鳥でございます」
「ガコリ鳥というのか。それは珍しい鳥だ。是非見てみたい」
「このまま城に戻っても、途中で夜になるでしょう。確か、あの森には小人たちが住む小屋がありました。そこで休むことにしましょう。小人たちには、ガコリ鳥を捕まえるように命令しますので」
王子は満足そうに頷きました。頭はあまり良くありませんが、素直で好奇心旺盛な王子。じいやは蓄えた立派な髭を撫でながら、目を細めました。
二人は馬を森の入口の木に結ぶと、森に入りました。小屋に着くと、そこには小人どころか、妙にたくましい娘が薪を担いでおりました。
その娘……白雪姫は担いでいた薪を小屋に運び終えると、次の薪を割り始めます。
ガコリ、ガコリ。
「じいや、これは先ほど聞こえていた音ではないか?」
「そうでございますね」
ガコリ、ガコリ。
「私にはあの娘が鳥には見えないのだが」
「そうでございますな」
王子はたいそうがっかりするかと思いきや、どうやら白雪姫を気に入ったようで、晴れやかな笑顔が見えました。
「もし、そこの娘。こんな森の中で何をしている」
王子が声をかけると、白雪姫は驚いて目をまん丸にしました。こんな森の中に来る客は、リンゴを届けに来た老婆以来の事でした。
白雪姫は答えます。
「お世話になった人たちのために、薪を割っているのです」
王子は不思議に思いました。こんな森の中、この娘以外に人の気配はしないのですから。
「お世話になった人とは、まさか既に土の下ということだろうか」
「いえ、小屋で眠っております。年を二つと季節が三つ過ぎましたが、眠り続けているのです」
まさか、と王子は思いました。人がそれだけ眠り続けられるわけがありません。
「その人を見せてもらえまいか。にわかには信じがたい」
「構いませんよ。小屋の中で七人。ならんで眠っております」
「「七人!?」」
王子とじいやは驚いて、同時に声を上げました。
小屋の中は、暖炉がぱちぱちと火をともし、とても暖かいものでした。その生き返るような心地に、雪の上を歩いてきた王子とじいやは溜息を吐きます。
そして娘の言う通り、七人が眠ったまま並んでおりました。普通の人の半分くらいの大きさです。森に棲む小人は人ではなく精霊の一種だと、じいやは聞いた事がありました。
なぜ寝続けているのかはわかりませんが、確かに精霊ならば長い年月を眠り続けても死なずに済むのでしょう。肌つやも良く、まるでついさっき眠りについたかのように見えました。
「まさか精霊とは、私も初めて見ました。王子、これは大変貴重なものですぞ」
じいやは王子に言いました。王子は目をランランと輝かせています。じいやは、王子が考えている事がありありと分かりました。
王子はそっと小人の一人に近づくと、その絹糸のように伸びた白い髭を撫で始めました。王子は、髭に目がないのです。
じいやの髭も、王子の趣味でした。王子自身が髭が生えない劣等感からか、りっぱな髭に強いあこがれを持っていたのです。
白雪姫は、雪のように冷たく白い目で王子を見ます。それに気が付くこともなく、王子は髭を撫でて引っ張って楽しんでいました。
するとその時。
「ハ、ハ、ハクション!!」
なんと、髭をいじられていた小人が大きなくしゃみをしました。あまりのくしゃみの勢いに、小人の喉からリンゴのかけらが勢いよく飛び出しました。
そうです。小人はリンゴの毒で眠っていたのではなく、喉にリンゴを詰まらせて気を失っていたのです。
「ハ、ハ、ハクション!!」
「「ハ、ハ、ハクション!!」」
「「「ハ、ハ、ハクション!!」」」
同じように髭をいじると、皆くしゃみをしてリンゴを吐き出しました。
白雪姫は驚きました。そして喜びました。長い眠りから、小人たちが目をさましたのですから。
王子も驚きました。そして喜びました。これほど美しい髭を持つものが七人。どうにか城へ招待出来ないだろうかと考えていました。
小人たちも、たいそう驚きました。この三人は誰なのだろうと。
その日の夜は、小人が眠っていた時の話をしているうちに、あっという間に過ぎました。小人たちの素晴らしい髭と、白雪姫の献身的で健気な姿に魅了された王子は、白雪姫を妃として迎えることに決めました。
白雪姫も、小人を生き返らせてくれた眉目秀麗な王子に心を寄せておりました。髭が好きすぎることを差し引いても、大変魅力的に思えたのです。
そうして、二人とじいやと七人は王子の城に向かうと、末永く幸せに暮らしました。
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小人が生き返った日の夜。王妃はいつものように鏡に向かって語りかけました。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」
鏡は答えます。
「それは、隣の国の城に住む、七人の小人でございます。彼らの肌はまるで雪のようで、たいへん美しくございます」
予想外で奇想天外なその言葉に、王妃は気を失ってしまいました。
それから数日後、粉々に砕けた鏡が、城の脇に捨てられていました。美しさに取りつかれていた王妃が、人が変わったように王や民を大事にするようになりました。
ある日、隣の国の王子が妻を連れて挨拶へ来ました。王妃は驚きました。王子の傍らには、変わり果てた白雪姫の姿があったのです。
真っ白だった肌はすっかり小麦色となり、華奢で折れそうなほどだった細腕と足は、そのあたりの農夫よりもしっかりとしたものとなっていました。
王妃は目に涙を浮かべると、白雪姫に向かって頭を下げました。城を追い出したあの日から、どれだけ苦労してきたのか、一目でわかるというものです。
白雪姫は、よく分かっていませんでした。リンゴを届けた魔女が王妃だという事に気が付いていないのです。それでも、場の雰囲気に流されて、良く分からないまま許しました。
こうして、二つの国の交流は栄え、皆が笑顔で暮らす国となったのでした。じいやだけは、頭の良くない王子と白雪姫に代わって、東奔西走しておりましたが……
めでたしめでたし。