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エルフの詩  作者: いっぱんじん
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エルフの日常

 最近リアルが忙しいので毎日は難しいかもしれませんが、出来るだけこまめに更新します。

 昔は楽しかった。

 

 生まれつき血中の魔力濃度が濃いエルフの中でも特に高い魔力と類い稀な技術で国定魔術師として魔術の研究を行う父、そして抽象的であり繊細な色遣いや風刺的なメッセージを込めた作品で国内外から高い評価を得ている画家の母。


 この二人から産み出されたリオは互いの才能を受け継いでいた。


 何をやっても褒められることが多く、両親もリオにやりたいことを好きなだけさせてくれていた。

 あくまでも昔はの話だが。


 今となっては遠い記憶で、靄がかかったように曖昧なものになってしまったが、少なくとも今とは違っていた。


 個人的な魔法の研究に没頭し、家族の為に働くことを放棄した父親。

 作品が売れる度にその報酬の大半を使い宝石を買い漁る母親。

 

 おまけに外出しようとすると烈火のごとく怒られるのだ。

 部屋にいて本を読むこと以外は何も出来ない生活。


 唯一の癒しと言えば召喚獣の一種である精霊と戯れることだ。

 一般的に召喚獣は人に懐かず、魔術を用いてそれを召喚する「召喚師」もあくまで契約を結ぶだけで手懐けさせているなどという話は滅多に聞かない。


 しかし、どういうわけかリオの場合は召喚獣である手のひらサイズの人魂のような精霊が勝手に接触してくるのだ。


 今日も昨日と変わらない、ただ精霊と戯れ、読み古した書籍に目を通す生活。

 唯一昨日と違うことは、少し下の階が騒がしいことくらいだろうか。

 

 リオは少女のような可愛らしい顔の裏で、下の階で起こっているであろう昨日との違いの要因を必死に考えようとしていた。


 それは、新しいことに対する興味というよりは本能的なもので......


「おいガキ! やっと見つけたぞ!」


 大きな音に反応してエルフ特有の長い耳がピクリと動く。


 荒々しく扉を蹴破って入ってきた男二人が来ている白い服にはおびただしい量の血が付着している。特に身長が高いオーガの服は元々赤色の服であったかのようだ。


 もう一方の細身の男が持っている道具は対象の魔力を封じる為の道具だろうか?


 直感的にそう感じたのはリオが先ほど読んでいた「世界の魔道具 禁忌編」によく似た道具が載っていたからだ。


「本当に女みてぇな野郎だな、こいつぁ高く売れるぞ」


 なるほど、あの道具を使われたのであれば国定魔術師の父親が殺されてしまったのも仕方がない。会話から察するにどうやら奴隷商の人間らしい。


 この危機的な状況にありながらも表情を一切変えず、男二人をじっと見つめるリオは男たちには諦めのサインだと映ったのだろう。


 手荒にリオを拘束すると足早にリオの家から出て行った。


 自分が現在進行形で誘拐されているにも関わらず、リオは何も抵抗をしない。

 12才から16才までの少年期を毎日部屋の中だけで過ごす生活でリオの心は疲れ切っていたのだ。


 今は取りあえず、固定された日常から抜け出して休息が欲しかったのだ。

 久々に吸う外の空気は美味しい。

 

 皆が寝静まった頃に起こったこの事件を世間が認知したのは、事件発生から一週間後のことだった。






 コンクリートで囲われた小さな部屋、鉄柵を挟んで向かい側にはこの部屋に繋がる刑務所のような細い通路、外で吹く風のみが唯一の外の情報だ。


 ただでさえ狭い部屋の中にはトイレと寝床が詰められ、余白はほとんどない。

 

 予想通りリオが連れられてきたのは奴隷を売りさばく為の施設のようだ。

 異世界からの転生者「ハセガワ」が整備した秩序において、最も重視されたのは奴隷の解放だった。


 今、いわゆる「ヒト型」と呼ばれる生物がこれ程までに、ハセガワ風に言うと中世ヨーロッパ程度までに発展したのは間違いなく彼のお陰だろう。

 

 この世界全体の中で「強さ」という面においてヒト型程弱い生物はそう居ない。

 そんなヒト型を根本的に変えてしまった彼に関する書籍はかなりの数が存在し、リオが住んでいた部屋にもそれなりの数が置かれていた。


 ようするに、奴隷制度というものは過去から今に至るまでのヒト型史の中で最も権威ある人物が最重視した問題だということだ。


 その為国も、その上の守護女神様も奴隷商を潰すことには徹底しているはずだ。

 だからこそ、大体的に品評会のような形はとれない上にこんなにボロい施設でしか奴隷を管理できないのだろう。


 また、彼らが多大なリスクを冒してまで奴隷商という仕事をする最大の要因は莫大な金が手に入るという一点に尽きる訳だが、その貴重な商品を乱暴に扱うとは考えにくい。


 右肩に寄り添う精霊が弱い風に吹かれる火のように揺れているのを見ていると、なんとなくリオのことを心配しているようだ。


「ふふっ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


 実際リオの薄いピンク色の唇は未だみずみずしい。

 現在進行形でリオの部屋を監視している男二人も呑気に会話をしている。


「昨日なんか鼻の頭がムズムズしてさ、試しに鼻の頭を触ったらすね毛が付いてたんだよ!」


「ハハッなんだそれ、天井に全裸のおっさんでも張り付いてたのか?」


「そうなんだよ! なんで分かったの?」


「マジで!? お前の部屋大丈夫か!?」


 

 そんな下らない会話を聞きながら精霊と戯れていた時だった。


「あら~、本当に可愛いわ~」


 女性にしては太い声で語尾を上げながら話す恰幅の良い女性がリオの部屋の前に現れた。まさに魔女といった少し不気味な容貌だ。


 伸びきった癖の強い黒髪、にまにまとしている大きな目、厚ぼったくテカテカとしている大きな口。


 すべての要素がリオに不快感を与えた。


「あっはっは~、こんな子を滅茶苦茶にできるなんて世の中金よね~」


 どうやらこの人がリオの「ご主人様」らしい。


 奴隷には必ず主人が存在する。

 リオの部屋に置いてあった書籍によるとエルフが奴隷にされた場合、待っている運命は壮絶だった。


 ヒト型の中でも優れていると評される綺麗な容姿を、ズタズタにすることで快楽を得る人種。そんな人たちがエルフを奴隷にしたがるのだと、つまり自分がこれから送る生活は......


 ヒトはどんなに強力な魔法で脅されるよりも、ナイフ一本で脅されたほうが怖がるのだという。何故なら威力の想定も出来ないような魔法よりも、経験上確実に痛いことを知っているナイフの方が想像力が働くからだ。


 それと同じように、リオは家を襲撃されたときの死という漠然とした恐怖の何倍もの恐怖を味わっていた。


「ふふふっ、今日からその綺麗な顔が誰かも分からないように少しずつ変えていってあげるわ」


「このエルフでよろしいですか?」


 女の後ろから昨日リオを連れ去った細身の男が現れ彼女に確認を取る。

 彼女は特に返事をしなかったが、そのギラギラした目を見ればほぼリオを奴隷にするということで間違いないだろう。


 細身の男が気の毒そうな目でリオをみた。

 ヒトくらいなら平気で殺せてしまう彼であっても、今後のリオの生活には同情してしまうのだろうか。



「恐い」


 もともと色素の薄いリオの肌は白いを通り越して青くなってきている。

 碧色の大きな目からは涙が溢れ、全身の寒気を表すように長い耳が痙攣している。



「嫌だ」


 その時、初めてリオは自ら召喚獣を召喚したいと思った。


 今までのような気まぐれな精霊ではなく、自分を助けてくれるような。

 この状況を打開できるような飛び切り強い召喚獣を。


 

 ゴゴゴゴという音を立て、微かに地面が震えだす。

 リオの体全体に血管のように文字が浮かび上がり、黒い光を放ち始める。


「なによこれ?」


 先ほどまで目をギラギラさせていた女は突然の事態をうまく呑み込めずに、まるで別の国の料理を見たかのような小さな反応をした。

 

 男は流石だ、取りあえずの危機感を頼りに既に魔法具を構えて臨戦状態に入っている。


 リオの体に血管のように文字列が浮かび上がって鋭く光り、女と男の視界を奪った。


 リオが意識を手放す寸前に見たものは、黒い髪をなびかせた肌の白い女性だった。




 遠い記憶の中、父親と母親の微笑みが見える。

 リオがまだ小さかった頃の記憶だ。


 父親はリオの親友のような存在であったと共に、魔術の先生でもあった。

 共に高い魔力と知識欲をもっていたため、生活の中での会話の8割は父親とのものだった。


 歳にしては頭が良く、大人からすればまだまだというリオの頭に合わせて知らないことを沢山教えてくれたし一緒に議論もしてくれた。


 父親に褒められるのがたまらなく嬉しくて一生懸命魔術の練習をしたのを覚えている。


 母親はリオには想像もつかないような面白い世界観を持っていた。

 彼女には言葉に色が付いて見えるようで、一緒に絵本を読んでいるとこのページは黄色がいっぱいとか、温かいはずの「やさしさ」という言葉が青く見えるのが不思議だと言っていたのを覚えている。


 母親に抱かれて本の読み聞かせをされながら眠るのが至福のひと時だった。


 

 その次に出てきたのは昔よく夢の中に出てきたお姉さんだった。

 黒色の髪をなびかせ、優しい目をしていた......


 

 リオが目を覚ますと、そこは草原だった。


「おはようございます」


 まだ覚醒していない意識では昨日起こった出来事をさばくことが出来ないため、取りあえずは今起こっている事象に意識を集中する。


 少しぼやけた視界には女性が映っている。


「そして、お久しぶりですリオ様」


 いつか夢の中に出てきた女性だった。


 目の前いっぱいに彼女の顔が広がっているため良く観察できる。


 基本的にはこれ以上ないくらいに整った顔立ちをしている。


 長いまつ毛が切れ長の目を強調しているが、目自体はややたれ気味の為にキリっとした感じを上手く中和させていてずっと見ていると吸い込まれてしまいそうだ。


 高く細い鼻は顔の中心で他のパーツとのバランスを取り、その下に目をやると薄いピンク色をした絶妙な幅、厚さの唇がある。その唇はとてもみずみずしく、少しふれればそのまま吸い付いてしまいそうだ。


 そこまで考えてようやくリオにも状況の整理がついてきた。

 この状況はまずい。


 なにがまずいかと言うと顔が近すぎる。

 相手がこちらの顔を覗き込んできている上に、体勢がよろしくないのだろう。


 たったいま意識し、頭を支配している柔らかい感覚は彼女の太ももだろうか?

 リオが眠っている間、頭が痛くならないようにと膝枕をしてくれていたのだろう。


 それらを意識したとたんに、リオの体中の血液が顔に集中していくのが分かる。


「ち、ちちち近いです!」


 慌てて起きようとしたため逆に体勢を崩し、今度は彼女のお腹あたりに抱き着くような形になってしまう。


「ふふふっ、そんなに慌てなくてもいいんですよ? リオ様」


 彼女のセリフに対して色々と疑問に思うことがあるのだが、密着した状態で鼻をくすぐる甘い匂いがふにゃふにゃと考える力を奪ってしまう。


 急いで状況を打開すべく尻もちをつきながらなんとか体を引きはがしたリオだが、暴走した心臓はしばらく収まってくれなかった。



 ひと段落した後、彼女の方から話かけてきた。


「本当にお久しぶりです、リオ様」


 若干瞳を潤わせながら真っすぐとリオの目を見つめている。

 どう返していいのか分からずに固まっているリオを見て、さらに話を進めてくる。


「もしかしたら記憶が混濁しているのかもしれませんね、強い魔力を浴びると記憶が曖昧になりますから」


 そこでようやくリオの疑問をぶつけることが出来た。


「えっと、僕が昔よく見ていた夢があるんですけど」


 未だ頭が追いついていないのか、他人が聞いたらそれぞれの独り言のように聞こえるような返答の仕方であったが彼女は答えてくれた。


「その夢は夢ではありません」


「そうなんですか......」


 リオの頭の情報処理能力に対してあまりにも早すぎるスピードで会話が進むため、リオはただの相槌しか返すことが出来なかった。


「ではリオ様、その夢では何をしていましたか?」


「えっと、一緒にこことよく似た草原で遊んだ記憶があります」


「他には? 例えば大きな湖のこととか」


 それに該当する記憶は無かった為、リオは数回首を振る。


「そうですか......」


 少し気まずい沈黙の後、また彼女が喋りだす。


「では、これだけ覚えておいてください。

 リオ様、あなたは私の命の恩人です。 」


「え? 」


 また一つ新たな疑問が出てきてしまった。


「さてリオ様、この後はどうなされますか? 」


 かなり重要なことのような気がするが、なんとなくそれ深く聞いてはいけない気がしたので会話を続けた。


 あまりにも急速に展開される会話についていくのが難しすぎて頭がパンクしそうだったので


「家に帰りたいです」

 

 取りあえず、夢の中で見た昔の記憶にすがってみようと思ったのだった。

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