難敵
「へへっ、俺の名ぁはザルバ。さぁ、どっちが地獄に落ちるか白黒つけようじゃねぇか!」
ザルバと名乗った悪魔は目をひん剥いて怒声を上げる。
両の手を大きく開き、挑発するようなポーズをとる。俺たちで勝てるかも分からない相手だ。恐らく相手も自分に勝てるとは思っていないんだろう。かなりよ余裕が感じ取られる。
「嘗められたもんだな・・・!」
「どうしたよ?かかってこいよ!それとも出来ねぇか!」
「ちっ!」
俺は挑発に乗って、形振り構わず地面を蹴飛ばして突進していく。
―――それだけ言うならどれだけの実力か見せてもらうっ!―――
速度を上げてザルバとの距離を詰めて行き、目の前まで来た瞬間に右拳を上から振り下ろす。
が、それはただ空を殴る感覚だけが俺に伝い判断を鈍らせる。目の前を見るとそこにザルバの姿はなかった。
「おせぇよ」
背後から声が聞こえてくる。
―――早い、反応が間に合わない―――
そう思って振り返ろうとした瞬間。背後から何かがぶつかる音が聞こえる。
「やるねぇ、嬢ちゃん」
「コウイチに手を出すなら殺すって言ったはずよ?」
振り返ればヘルディアとザルバが互いに蹴りを繰り出して足をぶつけ合っている姿があった。
ヘルディアはこの速度について来れたのか。
「聞いてないねそんな事」
「そうでしょうね」
互いに脚に力を込めて押し合い、そのまま後ろに下がって距離を取る。
「コウイチ、下手に挑発に乗って無鉄砲に飛び出したらダメよ」
「あぁ、悪かった。ここからは本気だ。顕現せよ、断罪の刃!」
「懺悔なさい、裁きの鎌!」
「そうこなくっちゃね。奏でろ、誘いの旋律」
互いに武器を顕現させる。ザルバの呼び出した武器は漆黒のギターの側面に刃のついた趣味の悪い物だった。
俺達は武器を構えて互いに攻めるタイミングを計る。暫くの静寂が流れた後、口火を切ったのはザルバだった。地面を蹴り俺の方向に一瞬で間合いを詰める。
「速いっ!」
冷静になってもその速度を捉えることは難しく、振りかざされた武器を何とか断罪の刃で防ぐ。しかし間髪を入れずに空いてる左手を横薙ぎに振るわれる。間一髪でそれを左腕で防ぐもその次の瞬間に腹部に強烈な痛みが走る。
「がはっ!」
腹を蹴飛ばされ後方に飛んでいく。―――クソッ、三手目までは読めなかった。
地面に転倒するも直ぐに受身を取り立ち上がる。
「コウイチ!」
「大丈夫だ」
体勢を立て直して、構え直す。いくら相手が強くても二対一なら勝機はあるはずだ。
ヘルディアが背後からザルバに突進して行き、大鎌を振り下ろす。それは紙一重で躱されてしまうが、間を空けずに左中段蹴りを繰り出す。
だがそれをザルバは左手で掴みそのままヘルディアを上に持ち上げる
俺はすぐさまザルバに近づいて、ヘルディアの開放を優先する。ザルバの左腕を斬り落とす。そう考えて断罪の刃を振り翳そうとした刹那、ザルバが振り返りヘルディアを俺目掛けて投げつけてくる。俺とヘルディアは重なるように吹っ飛び地面に落ちる。
「いてて、大丈夫かヘルディア」
「うん」
「清聴せよ『ダウンフォールメロディ』」
俺とヘルディアが体を起こしていると、突如としてザルバが右手に持ったギターの弦を爪弾く。
すると辺り一面を耳障りな不協和音が支配して俺達の頭に響いてくる。
「くっ、これは・・・。コウイチ耳を塞いで!」
言われるがままに耳を塞ぐがあまり効果はなく、精神に干渉してくる。
この音を聞いているとおかしくなりそうだ。何とかしないと。
徐々に動かなくなる体に鞭を打って、体を動かし断罪の刃を構える。
「ええい、何とでもなれ!『真空斬』」
右手に持った断罪の刃を左から右に薙ぎ払う。
薙ぎ払うと同時に風が巻き起こり、無数の斬撃を放ちながらザルバへ向かっていく。
だがそれはあっさりと躱されてしまうが、耳障りな演奏は止まった。
それを機に俺達は行動を再開する。
「当たって!『ミステリアスレイン』」
ヘルディアは速攻魔法『ミステリアスレイン』を発動する。
発動と同時にザルバの頭上から青白い光を放つ細長い針の様な物が無造作に降り注ぐ。
ザルバはそれを走りながら躱して行く。
「させるかよ!『障石壁』」
ザルバの進行方向に地面から茶色い石で出来た壁が隆起し行く手を妨害する。
「っ!?」
流石にザルバも直ぐには対応出来なかったか驚いた表情を浮かべて一瞬動きが止まる。
そこに『ミステリアスレイン』が降り注ぎ何発かザルバに命中する。
俺はすぐさま移動して、『障石壁』の裏側に周り待機する。
破砕音を轟かせて『障石壁』が崩れザルバが姿を現す。
―――予想通りだ。
瓦礫中から現れたザルバに構えていた断罪の刃で斬りつける。
だが流石のザルバの反射神経と言わざるを得ない反応速度でこちらの攻撃を弾かれてしまう。
「くそっ・・・」
力と力がぶつかり合い互いに一度距離を取る。
するとザルバの背後にヘルディアが大鎌を構えて近付いていた。そのまま大鎌をザルバの胴体めがけて横薙ぎに振るう。
だが予想通りそれは屈んでで躱されてしまう。その後に屈んだ体勢で体を捻らせて背後に居るヘルディアに左足で後ろ回し蹴りを繰り出す。ヘルディアはそれに対応して足を左手で受け止める。
その隙を狙って俺も断罪の刃で斬りかかる。
しかし俺の攻撃は背後も見ないで頭上に掲げたギターの刃の部分に弾かれてしまう。
そして、右足で飛翔し宙に浮かんだ状態になりヘルディアの顔を右足で蹴り飛ばした。
「かはっ」
「ヘルディア!っくこの野郎・・・っ!」
頭が沸騰したみたいに何も考えられなくなり我武者羅に突っ込んでいった。
そのまま断罪の刃で斬りかかるが、ザルバの武器により弾かれてしまい顔面を左手で掴まれる。
「ぐぁぁ・・・」
思わず武器を手放して両手で何とか振りほどこうとする。両の手の爪を伸ばしザルバの腕に喰い込ませていく。ザルバの腕から血が滲み出てくる。
「ちっ!」
力強く握られた左腕を乱暴に振り払い投げつけられる。当然の如く俺は地面に落ち、体が地面を擦った。
苦痛に悶えて立ち上がるのに少し時間がかかってしまい、立ち上がった頃にはザルバが眼前にいて気付いた瞬間には顔面に強烈な掌底を食らわされ吹っ飛ぶ。
「かはっ・・・!」
宙を舞っているところに間髪入れずにザルバが距離を詰めてきて俺の背面を蹴り上げる。
「これで終わりか?呆気ねぇなぁ!」
すかさずザルバは飛翔して俺の真上に来ると武器を構えて不気味に嗤う。
「っ!?くそっ!『鉄甲護身』!」
咄嗟に自身の体を鉄のように固くする術を腕にかけて、その腕を前で交差させてザルバの武器の刃から身を守る。
腕は斬れはしなかったのもの、防衛術をかけていてもかなりの衝撃が腕を襲い地面に叩きつけられる。
「ぅぐ・・・」
「コウイチ・・・、大丈夫?」
ヘルディアが近付いてきて心配そうに覗き込んでくる。
はっきり言えば大丈夫ではない。かなり体へのダメージが蓄積されていてフラフラだ。
「あぁ・・・何とか」
力を振り絞り無理やり体を立たせる。
そのままの体で武器のある所に足を運びよろめきながらも武器を手にする。
「ヘルディアこそ大丈夫か?」
「これぐらいならね」
ヘルディアまだ余裕そうといった様子だった。
・・・情けないな俺。
ヘルディアを一瞥し気合いを入れ直すために一度脱力する。緊張状態では冷静な判断もできない。
深呼吸をして呼吸を整えてからしかと倒すべき相手向き直る。
「くははっ!そうこなくちゃなぁ!」
地面に足をつけたザルバはあいも変わらずに憎たらしい笑みを浮かべている。
―――さて、どう戦ったものか
思考をフルで回転させるが突破口が見当たらない。今までの敵とは違って全て能力がこちらを上回っている。
「どうした!来ないならこっちから行くぜぇ!」
相手はスタミナも切れてないといった感じである。武器を構え猛突進してくるザルバの速さにギリギリで対応して臨戦態勢に入る。
横薙ぎに振られた武器を紙一重で後ろに下がり回避する。それと同時に構えた断罪の刃を上から斬りつける。
ヘルディアも遅れて背後から大鎌で斬り上げるのが見える。
しかし俺の攻撃はザルバの武器に防がれ、ヘルディアの攻撃は辛うじて掠ったが躱されてしまい命中には至らなかった。
どこを突いても隙のない奴だ。
そのまま後ろ蹴りでヘルディアを吹き飛ばした。
「きゃぁ!」
俺は武器を強く押し付けながらザルバと鍔迫り合いになっていた。
今は他人の、ヘルディアの心配ばかりしてられない。
「粘るねぇ。そろそろ諦めていいんだぞ?こんな弱っちい連中とは思わなかったぜ。正直飽きてきたんだわ」
「油断してると命取りになるぞ?ザルバさんよぉ」
ザルバの瞳が先程までの遊び半分だった表情から一転して、冷たく突き刺さるようなモノへと変貌していた。俺は余裕を見せるために軽口を叩いてみせたが、迫り来る死への恐怖で頭が一杯だった。
ザルバの全身から妖気が膨れ上がってくるのがひしひしと伝わってくる。
片手で構えていた武器を両手で持ちめいいっぱいの力を込める。相手の強大な気迫に飲まれないように相手の目を睨みつけながら武器に全身全霊をかける。
「まさかそれで本気じゃないよな?だとしたらとんだ的外れもいいとこだ」
ザルバはそう吐き捨てると、両手で相手をしている俺に対して片手だけでぶつかり合っている武器を弾き返し、余った左手で裏拳を俺の顔面に叩きつける。
「がっ・・・!」
完全に無防備だったために大きく体勢を崩す。
倒れそうになるのを右足を地面に突き刺すようにして落とし踏みとどまる。
「ほんとにしぶといよ・・・、もういい死ね」
俺がザルバに向き直った瞬間、間合いを零距離まで詰められ抜き手を俺の溝内にめり込ませる。
「かっ・・・はっ・・・!」
意識が遠のいていく。全身から力が抜け、両手で握っていた武器は脱力感から右手に何とか引っかかっているといった感じだ。俺はそのまま前のめりに倒れ込む感覚を感じ取り、頭がザルバの肩に触れた気がした。
「このまま貫いてやるよ。この後はさっきの嬢ちゃんだな。クハハハッ!」
ひとつのキーワードが俺の意識を強制的に引き戻した。
―――嬢ちゃん・・・、ヘルディア・・・?―――
「っ!?よ・・・妖術『雷電』!」
俺は左手に妖力を込めてザルバの背面に当てて強烈な稲妻の銃弾を完全至近距離で撃ち込む。
「んがっ!?」
一瞬ザルバが怯んだ。その隙を逃さずバックステップで少しの距離を取り、再び右手に持った断罪の刃を力を込めて握り締めザルバめがけて薙ぎ払う。
「うがぁ!?」
俺の起死回生の一撃は見事に命中し断罪の刃によって薙ぎ払われたバルバは右に吹っ飛んでいった。
しかし体の真芯を捉えたつもりだったが体が断裂することはなかった。
力が完全に込もていなかったせいか、それともザルバが頑丈すぎるのか。
「うっ・・・くっ・・・『サイズタイフーン』!」
遠くで体勢を持ち直したヘルディアが大鎌を右下から左上に斬り上げる。それと同時に紫紺に輝く竜巻と三日月型をした斬擊弾を巻き込んで猛スピードでザルバめがけて向かっていく。
「くそっ!まだこんな力が残っていやがったか・・・!うぐっ!ぐぁぁぁぁ!」
『サイズタイフーン』は見事に命中し、ザルバの全身を斬り刻んでいく。
血飛沫を上げながら体に切り傷を増やしていき、地面に左膝をつく。
「こ、これはかなり効いたんじゃないのか?」
だが油断は出来ない。まだ余力を残してそうだ。警戒を怠っては死に直結する。
俺とヘルディアはアイコンタクトで互いに合図をして同時にザルバに斬りかかる。
「これで最後だぁぁ!ザルバぁぁ!」
「・・・かかった」
ザルバまでもう少しというところでザルバが持っている武器のギターの弦に手を掛ける。
「最後なのはお前らだ『ルナティックストリング』」
ザルバはギターの弦を五指で思いっきり引くと、ギターから無数の弦がうねりながら伸びてきて俺達に絡みつく。
「なっ!?」
鋼鉄の如く固く、ピアノ線のように細い弦が俺達の体を縛り上げ自由を奪う。
弦は全身の肉に食い込み血が滲み出てくる。下手に動けば腕や足が切り取られる状況になっている。
おまけに首にまで絡みついているために何時でも俺達殺す事が可能なのだ。
「言っとくが無理矢理解こうとしても無駄だぜ?クハハハッ、精々苦しみながら死んで逝くんだな!」
自分の勝利を確信したようにザルバは高らかに笑っていた。
「うくっ・・・、こんなところで死ぬわけにはいかないの。いつっ!」
弦が徐々に体を締め上げていく、ここまでの戦いでかなりの妖力をを使ってしまったために抜け出すことも出来ない。
妖力はいわば気力の様なもの。体力も削られた状況で使用するとなれば下手をすれば死にかねないほど体に負担がかかる。
「うぐぁぁぁぁ!」
容赦なく締め上げてくる弦の力にどうすることも出来ないでいた。
このまま俺は・・・、いや・・・ヘルディアも死んでしまうのか。
俺は大事な人一人守れずに死ぬのか。
そんなの嫌だ。折角気を許せる相手ができたのに、死にたくなんてない。
そうは思っていても食い込んでいく弦が俺から希望を削り取っていく。
果てなき絶望感だけが頭を支配していく、なす術なく俺は殺されて大切な人も見殺しにしてしまう。
「ヘル・・・ディア・・・。ごめんな・・・守ってやれなくて・・・、会えて嬉しかったよ・・・・・・」
「コウ・・・イチ?な、何を言ってるの!?」
全身が自分の溢れ出る血で熱かった、それと同時に体温を失っていく感覚も感じていた。
それは昔の俺が求めていたもので、今は受け入れたくない死である。
このまま死ぬのかと思うと自然と涙が溢れた。やっと自分を受け入れてくれる存在を、場所を見つけたのに。
「俺には生きる資格なんてなかったのかな・・・・・・」
最後かも知れないと思ってそう呟いた。
その時―――
「コウイチーーー!!」
突如として俺の体に巻きついていた弦が切り裂かれ体が解放される。
「んなっ!う、嘘だろっ!?」
ザルバが驚愕の声を上げているのが聞こえてきた。
俺自身も驚いている。状況が飲み込めないで地面に倒れ込んでいた。
「なんでっ・・・、なんであんなこと言ったのよ!」
目の前には涙で顔を濡らしているヘルディアの姿があった。
つまりこれはヘルディアが解いたのか?
「生きる資格が無いとか、お別れみたいな言葉を言うなんて・・・信じられない!」
「ヘルディア・・・?それよりどうやってこれを解いたんだ?」
「コウイチがあんなこと言うから、体が壊れても良いからなんとか助けようと思って気力を振り絞ってのよばかぁ・・・」
ヘルディアは悲しみで顔を歪ませていた。
「でも、あの状況じゃどうしようもないと・・・」
「なんですぐ諦めるのよぉ・・・。折角大事な人を見つけたのに死ねるわけないじゃない・・・。もう私を一人にしないで。もう大事な人が死ぬのは嫌なのっ!」
「っ!」
そうだよ、守るって決めたのは俺だ。なのになんで俺が先に諦めてんだ。
「ヘルディア・・・、悪かったな。そしてありがとう」
「分かったならそれでいいから、私達の力あの大馬鹿者に見せてあげましょ?」
ヘルディアは優しく微笑むと右手を差し伸べた。
俺はその手を握り全身を奮い立たせて立ち上がる。
「そうだな、目にもの見せてやろう。俺達を馬鹿にしたつけを払わせてやろう!」
「ちっ・・・しぶとい奴らだ。だがもう限界だろ?今更何ができるってんだよ!」
落とした武器を拾い上げ再びザルバに向き直る。
もう諦めたりしない、絶対にあいつを殺して生きて帰る。
「何だァ?もうフラフラじゃねぇか。くくく、このまま地獄に堕ちやがれっ!」
怒声を上げてザルバが突進してくる。
確かにもう限界寸前だ。だけどそれがどうした。
悲鳴を上げる体を黙らせて神経を研ぎ澄ませる。ここまで相対してきてるんだあいつの癖くらい見抜けないでどうする。
ザルバは右手に武器を構えて、斜め上から振り下ろしてくる。となれば。
「ここだっ!」
振り下ろされた武器をこちらの断罪の刃を左斜め下から斬り上げザルバの武器を弾き飛ばす。
「ば、バカな!ありえない」
「覚悟しなさいよ!」
すかさずヘルディアが手にした大鎌で背後から斬り上げる。
「んがぁ!」
ザルバの体は血飛沫をあげて宙に舞った。
俺達は追い討ちをかけるために追うように飛翔する。
「行くぞ!『俊翔』」
「わかったわ!『俊翔』」
俺達は同時に同じ術を発動して速度を上げる。
「俺達の連携見せてやるよ!」
空中で体勢を立て直したザルバを見据えて素早く移動する。
ザルバの目の前まで近づいたところで直ぐに進行方向を向かって右側に変更する。
ザルバからある程度の距離をとったところで、今持てる全ての力を以て断罪の刃を横に持って突進する。
そのまま猛スピードで近付き側面から腹部目掛けて斬り払う。
「うぐっ!」
「これで本当に終わりよ!『オーバーネクロクロス』!」
ザルバの上に移動していたヘルディアが大鎌を両手で構えてザルバめがけて急下降する。
そしてそのまま脳天から体を斬り割いた。
「う・・・そ・・・だろ・・・」
そう言い残してザルバは消えていった。
「これで終わったな・・・ヘル・・・ディア・・・」
力を使い果たした俺はそのまま力なく地面に落ちていった。
体が地面についた事を実感した時には意識は闇の中に沈んでった。
――――――
「う・・・ん?ここは・・・」
目が覚めたら見慣れない天井が視界に入った。いかにも和風建築といった木造の梁やらのが形作っていた。
「そうだ!ヘルディアは・・・、つっ・・・」
勢いよく起き上がったせいで鈍痛が全身を走った。よくよく体を見ると全身に包帯が巻かれており誰かが傷の手当てをしたのは間違いなかった。
「あんまり動かないほうがよろしいですわ」
左側から聞き覚えのある優しい声が聞こえてきたのでその声の主を見る。
「貴女は、魔姫之さん?貴女が俺達を介抱してくれたんですか?」
「いいえ、傷の手当て自体はニツ花が致しました。見つけたのは私ですわ」
「そうだったんですか、すみませんお手数をおかけして・・・」
「いえいえ、それはお互い様ですわ。以前に私達を助けていただいたんですから、これくらいは当然ですわ」
手のひらを顔の前でひらひらと左右に振って微笑んでいた。
「それよりも光一さん、私達を襲った敵は倒せたんですか?」
「ギリギリでしたが倒せました」
「それなら良かったですが、無茶だけはされないでくださいね?」
心底心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「ははは、気を付けますよ。それよりヘルディアはどこで寝てるんですか?」
さっきから見当たらないような、ヘルディアは俺以上に無理をしていた。魔姫之さんの口ぶりから生きているのは間違いないだろうけど心配だ。
そう思っていると。
「うふふ、余程お疲れなんですね。お隣に寝ている事にも気付かないなんて」
「うぇ!?」
ふと右側を見ると俺の体に抱きつきながら子供のような寝顔で寝ているヘルディアの姿があった。
全く気付かなかった。
「ヘルディアさんも相当お疲れの様ですね。お二人は丸一日眠りっぱなしでしたのよ?」
「そうだったんですか・・・。ヘルディアには苦労をかけたな・・・」
ヘルディアの頭を撫でながらそう呟いた。
いつも助けられてばっかりな気がするな。こんなんじゃ駄目だよな。
「・・・、今回は相手が相手だけに生きて帰って来れるだけでも凄い事ですわ。ましてや勝利するなんて、お二人の絆は何者にも壊せない強固なものということですわね」
「・・・」
うきうきと瞳を輝かせてそう言ってくる魔姫之さんに俺は何も返せないでいた。俺は最後の最後に諦めた。ヘルディアは最後まで希望を捨てていなかったのに、俺は。
「俺は・・・弱いです・・・。肉体的にも、精神的にも・・・」
己を戒めるように、いっそ憎むようにそう告げた。
「今の俺じゃ・・・ヘルディアを守れない。もしかしたらヘルディアの側に居る資格なんてないのかもしれない・・・」
再び言い知れぬ虚無感が俺の脳内を支配した。陰鬱とした気持ちだけが俺の中で暴走していた。
ヘルディア本人に聞かれたらまた怒られそうな事だが、どうしてもその気持ちが消えなかった。
「側に居る資格・・・ですか?」
「俺なんかじゃまたヘルディアに無理をさせてしまう。また迷惑をかけてしまう。だから、そう思ったんです」
「それは違いますわ」
俺の言葉をいつもより語気を強めて魔姫之さんはピシャリと言い放った。
「なんで・・・」
「側に居るのに、人を好きになるのに資格なんて要りませんわ。ましてや迷惑などと、それはお互いに側に居る時はどうしてもかかってしまいます。ですが人間も妖怪も一人で生きているわけではありません。互いに困った時は支え合う、出来そうになかったら無理をせず休んでたまには身も心も預けられる。そういった事を出来る間柄が本当の絆だと思いますわ」
小さな子供を諭すような優しい言い方で話を続ける。
「私もこのお屋敷に何人も私に仕えてくださっている方々が居ますが、従者なんて思った事はありませんわ。皆さんは同じ場所に住む家族と思っておりますの。ですから自分で出来ることはなるべく自分でするようにして、皆さんにも何かあったら言うように伝えております。少なくとも私は主従関係ではなく一家族として考えております。失敗したからといって厳しく咎めるのではなく次は失敗しないようにどうするべきか互いに考え合って支え合う。そうする事で信頼関係が望めると考えています」
俺は目を逸らさずに魔姫之さんの話を聞いていた。そうか、そうだよな。また同じ失敗をしなければいいだけだよな。過ぎた事をくよくよ考えるより次どうするかに目を向けないと前になんて進めやしない。
「うふっ、いい顔つきになりましたわね。長々と失礼致しました」
正座をしたまま魔姫之さんは行儀良く頭を下げる。
「いえっ、寧ろお礼を言うのはこっちのほうですよ。とても元気が出ました、ありがとうございます」
俺も魔姫之さんに続くように頭を下げる。
少し体が痛んだがあまり気にはならなかった。
「んぅ・・・、ここはどこ?」
「あぁ、ヘルディア目を覚ましたか。ここは魔姫之さんの屋敷だ」
まだ寝ぼけ半分なのか目が半開きの状態で状況が掴めないといった感じだった。
「コウイチ・・・私達生きてるよね?」
「当たり前だろ?何をボケてんだよ」
苦笑してヘルディアの頭をポンポンと叩いた。
「これ以上は私はお邪魔そうですので戻りますね。やる事もありますので」
どこかいたずらっぽい笑みを浮かべて麩に手を掛けゆっくりと開くと最後にこちらを見返りふっと微笑んで退室した。
「コウイチっ!よかったよぉ・・・生きてたんだね・・・」
「それはこっちの台詞だよ、無茶しやがって・・・」
「あぅ・・・、ごめんね・・・」
「いんや、謝るのは俺のほうだ。ごめんな、あんなところで諦めて。あんな事を口走ったりして・・・」
「・・・うん、またあんな事言ったらお仕置きだからね・・・」
目尻に涙を溜めてそう言った。
「あはは、お仕置きは嫌だな。安心しろ俺はこれからもずっとヘルディアの側に居るから」
ヘルディアの頭を自分の胸に抱えて耳元で囁く。
「絶対だよ?約束だからね・・・」
「心配かけてごめんな」
「もう謝らなくていいから・・・、代わりに約束のキスをして」
聞こえなかった事にしたい。
「こ、ここでか?」
「今じゃなきゃ嫌」
頑として聞かない体勢だ。まぁ今は誰もいないからすぐに済ませればいいか。
覚悟を決めて俺は抱えていたヘルディアの頭を一度離して、両手をヘルディアの肩に乗せる。
「じゃ、じゃあするから目瞑って」
ヘルディアは無言で頷くとゆっくり目を閉じて待機する。
「ん・・・」
ヘルディアから艶っぽい声が漏れる。
互の唇が触れ合う感覚が伝わり全身が一気に熱を帯びる。
何度しても慣れないものだ。
「はふぅ・・・」
ヘルディアは幸せそうな表情で惚けていた。
「うん、ありがと。やっぱり私コウイチが大好き」
「俺もだよ」
そして互いに強く抱き合った。体の痛みなんて忘れてしまう程に今生きている事を、こうして出会えた事を改めて幸せを噛み締めながら互いの存在を確かめ合った。
「コウイチ、私今が一番幸せだよ。ずっと一人だった私に希望をくれた愛おしい人だから」
「もう人じゃないぞ?」
態と冗談めいてそんな事を言ってみる。
「むぅーー、そういうこと言うの?」
「ははっ、悪かったって。からかっただけだよ」
不意にもう一度ヘルディアに口付けをする。
「んぅ!?」
「んふ・・・、これで許してくれ。愛してるよヘルディア」
「ふわわっ!い、いきなりすぎだよ・・・もう」
「不意打ちには弱いのか?可愛いな」
「あっ・・・、ごゆっくりどうぞ」
「今見たものは忘れてくださいぃぃぃぃぃ!」
食事を持ってきた魔姫之さんに見られてしまった。
泣いてもいいよねこれ。
その後は魔姫之さんに散々弄られるという悲惨な目にあったのだった。