平穏な日々と、もう一つの過去
少しでも多くの方に読んでいただけると作者としても嬉しいです。
魔界。一口に魔界と言っても、そこは俺が想像していたものとは大分違っていた。俺の想像では、魔界は常に闇に覆われていて、魔王なる存在が支配し悪魔の類が跋扈しているものだとばかり思っていたが、実際はそうではなかった。先ず地形は実際の地球と全く同じで、今俺がいるのは日本の裏側、妖和国と呼ばれる場所らしい。その中でも都心部である平妖京と呼ばれる所にヘルディアは拠点を構えているようだ。町並みはまるで江戸時代かそれよりも前の日本の様な建造物やらが並んでいた。俺はその情景を見てまるでタイムスリップでもしたかのような不思議な感覚に襲われた。
また魔界には魔王は一人ではなく、各国に一人ずつ存在していてその国を統治していると言う。一番驚いたのは、魔王は力でその国を治めているのではなく、圧倒的な指導力とカリスマ力によってほかの妖魔族を従えていると言う事だ。俺はてっきり人間界でいうところの独裁政治的な事をしているのかとばかり思っていたのでイメージが前提から覆った気分だ。ちなみになぜ魔界にも昼夜が存在しているのかについて事情に詳しい者がいたので聞いてみたところ。人間界に行く際に時間軸が同じでないと分かり難いからだと言う。ただ、妖魔族は基本闇に生きる者が多いため、昼間に活動するものも少なくまた、一週間に一度は、常に闇に覆われている日があるらしいことを聞いた。常にじゃないにしろやっぱりそういう事があるんだなって、そこだけは納得が出来た。
そして一番重要な妖怪治安維持管理委員についての情報だが、管理委員は基本人間界の各地域に散り散りになって出張っていて、過ごすのも基本人間界の為誰がその役回りをしているかは魔王しかわからないという。その為ヘルディアが言っていた魔界最強クラスの実力者については情報が全くと言って良いほどつかめなかった。それも、不自然なまでにそいつの事だけがついぞ分からないまま夜を迎えた。俺は夜になったのでヘルディアに教わった人間界と魔界をつなげる道を右手をまっすぐ伸ばし、妖力によって円形の道を作り出す。その中に入り込むと人間界に出た。
俺はさっそくヘルディアから貰ったマントのフードを被り身を潜める。ターゲットを探して歩いている所にちょうどいい標的を見つけた。そいつは、身長は大体百七十八センチほどで、髪を黄色く染めて逆立てている男だ。何故その男かと言うと、その男は自分よりも二十センチほど小さい女の子に人目もつかないような路地裏で絡んでいるからだ。俺はすかさず潜伏能力をその女の子に対して使用し、男だけに見えるようにした。そのまま近づいていき、右の手のひらに妖力を込めて作りだしたエネルギーの塊である妖気弾を作り出し、一度握りこむようにしてから、男の足元めがけて手のひらを開くようにして妖気弾を放つ。
ズガァン!放った妖気弾は、アスファルトの地面に円形の穴をあけて散っていった。その瞬間「な、なんだ!?」と男が驚きの表情で、飛んできた方角であるこちらを見やった。女の子に関しては声も出ないという様子でいた。
「だ、誰だテメェ!何モンだ!」
男は俺の存在に気づいたらしく、凄みを利かせてこちらを睨んでくる。女の子には俺の姿が認識出来ない為、男が明後日の方向に声を荒げているのが不思議の様だった。しばらくして、これはチャンスと思ったのか、女の子は足早にその場を立ち去って行った。ここまでは何とか俺のシナリオ通りだ。あとは殺さないように、恐怖を与えるだけ。
「テメェ、何モンかって聞いてんだよ!」
俺はその問いには答えず、地面を一気に蹴って一瞬で男の背後を取る。男は驚きの声を上げて俺の事を探しているようだったので、存在を知らしめるべく右手で男の近くの壁に対して斬鉄爪をお見舞いする。
「な!?か、壁が!」
壁に大きな爪の後が付き男はそれを見て、流石に恐怖した様だ。もうひと押しと行った所か。俺は妖力を右手に集中させる。
「顕現せよ!断罪の刃」
妖力を物質化させる言葉を叫び俺は右手に武器を呼び出し握る。そして、男の胸倉を掴み壁に押し付ける。
「や、やめろ!赦してくれ!頼むから殺さないでくれ!」
絶叫しながら助けを乞う男の言葉を無視して、俺は断罪の刃を男の顔めがけて突く。勿論殺してはいけないので、実際には顔のすれすれの所、俺から見て右側の壁に思いきり突き刺す。その衝撃で壁がガラガラという音を上げて崩れ落ちる。それと同時に男から手を放した事で、力なくその場に座り込みただ涙目で震えていた。
「これに懲りたら二度と弱い奴を虐めんじゃねぇぞ」
最後に俺はそう言い放ち、次のターゲットを探す。
―――
一通り悪人を脅して回っていたら帰る頃にはもう日が昇らんとする時刻になっていた。ヘルディアはもう帰っているんだろうか、なんて事を思いつつ、ヘルディアの家の扉に手をかけ開く。
「ただいまー」
何の気なしにそう言って家に入る。すると、すでに帰っていたようでヘルディアから返事が返ってくる。
「あら、お帰りコウイチ。遅かったわね。まさかこんな時間まで仕事をしているなんて」
「あぁ、ちょっと楽しくなってな、少し夢中になっていたみたいだ・・・」
そこまでいって俺はヘルディアの姿を見て一瞬硬直する。そこにはお風呂上りなのか濡れた髪をタオルで拭きながら全裸で部屋を歩いているヘルディアの姿があった。その姿を見て少しの間時間が停止してしまう。しかしすぐに思考を取り戻し、俺は勢いよく家から出る。
「あちょっと待って」
バタンと少し大げさに扉を閉めそのまま扉を背にしてズルズルと座り込む。
「わ、悪い。まさか風呂に入っていたとは思わなかった。今見たことは忘れるから許してくれ」
扉越しでも聞こえるように、大きな声で謝罪を述べる。
「そんなこといいから、家に入ってきてよ。何で出て行っちゃうのよ」
「なんでって、そりゃ、女の子が裸で部屋をうろついているとは思ってなかったし、大体そういうのは女の子は気にするもんだろ」
「私は別に、コウイチになら見られてもいいんだけど・・・」
「じゃあ言い直す。俺がよくない!いくらキスまでしたとは言ってもあれは儀式だったわけだし、俺らは付き合っているわけじゃないだろ!だからそういうのはよくないと俺は思う」
そこまで言うと少し不満げな声を上げながらも、じゃあ着替えるね、という声が聞こえてきてほっと一安心する。だが、俺も色々とまだまだ盛んな年頃、さっき見た光景を忘れようとしているんだが、どうしても頭から離れない。むしろ忘れようとすればするほど、より鮮明に先ほどの光景が脳裏をよぎり忘れるどころでは無い。そんな葛藤を知る由もないヘルディアが、もう着替えたから入ってきて大丈夫だよと言うので、俺は大きく深呼吸をしてから扉を開く。
そこには、昨日を同じネグリジェに身を纏い、お風呂上りと言う事もあって長い髪を肩まで下ろしているヘルディアが少しムスッとした様子でこちらを見ていた。
「むー、コウイチのバカ・・・」
何かを聞こえないように呟いていたが、微かにしか聞き取れず何を言っているか分からなかった。ただ妙に不貞腐れている事だけは嫌と言うほど伝わって来た。参ったな、またなんかやらかしたかな俺。ほほをポリポリと掻きながら、何とかこの場を治める言葉を探す。何かないか。そうだなダメもとで言ってみるか。
「な、なんか気に触ることしたなら謝るよ。ごめんな。・・・それと・・・なんだ、髪を下ろしてる姿も可愛いな」
そういた瞬間、一瞬で赤面した。ちょっと単純すぎないか?
「そ、そう?えへへ、嬉しいなぁ♥」
照れながら自分の髪を弄っている姿を見ると、自然と愛おしさを感じた。
「あ、そうだ。コウイチもお風呂入るでしょ?いまいい湯加減だよ♪」
「そうか、じゃあ、入ってくるかな」
「行ってらっしゃーい♪」
俺はすぐに脱衣所に入って服を脱ぐ、何か妙な寒気がするのは気のせいだと思いたい。俺はそのまま浴室に入ってシャワーを浴びる。
・・・・・・。まだ、あの光景が脳裏に焼き付いて取れない。ヘルディアは俺になら見せてもいいと言っていたが・・・。もしかして、俺の事・・・。い、いやそんな事ないよな。俺みたいな冴えない男のどこがいいんだか。・・・・・・・・・。でも普通気の無い相手にそんなこと言わないだろうし、一人でいる時間が長かったから、きっとああいう感じになってるのかな。ええい!ややこしい!
俺はそんな考えを振り払うように、頭を掻きむしった。我ながら乱暴な洗い方だと思った。そんなあほな事をしていると、
ガチャ
「お背中流しまーす♪」
「何で入って来た!何で入って来たぁ!?」
大事な事なので二回言いました。
「なんでって、一緒に暮らしてるんだから当たり前じゃない?」
「いやお前の理屈はおかしい。夫婦じゃないんだからそこまでしなくていいよね!?」
「っ!ひ、酷い!あの時キスしたのも、一緒に寝たのも全部遊びだったのね!そんな人とは思わなかったわ!」
「人聞きの悪い言い方するなよ!キスは儀式だって言ったのはお前だし、一緒に寝たのも特別な相手じゃなきゃ絶対しないから!」
・・・。あれもしかして俺、墓穴掘った?
「と、特別な相手♥コウイチもそう思ってくれてたんだね。なら問題ないじゃない」
「くっ!はぁ、まあいいやじゃあ頼めるか」
もう突っ込む気力もないな。俺は流しっぱなしのシャワーを止める。それにしても今日はやけにテンション高いな。なんかあったのか。普通なら何か良い事があったときに上機嫌になるもんだが、コイツの場合、そうじゃない気がする。いやより正確に言えばいい事もあったのかもしれないが、まるで何かを誤魔化す様な・・・。そこまで考えていたところで思考を停止させる出来事が起きる。俺の背中に柔らかくて、あったかい何かが押し当てられる。おいこれってまさか!?
「えへへ♪コウイチ、どう?気持ちいい?」
嫌な予感を感じながら浴槽の鏡を見た。そこには一糸纏わぬヘルディアの姿と、その膨らみかけの胸を俺の背中に押し当てている構図が写っていた。そうか、そういう事だったのか・・・って
「お前何してんのぉおお!?」
「だってぇー、こうした方がコウイチ喜ぶかなって思ったから」
確かに嬉しくないと言えば嘘になる。男だからな、でも問題はそこじゃない!
「あ、あのなぁ、そういう気持ちはありがたく受け取っておくけど、そこまでしなくて・・・いい・・・から・・・・・・」
そこまで言って俺は鏡に映っているヘルディアの表情を見て言葉を無くした。彼女のどこか陰りのある表情がこれ以上何かを言うのを許さなかったからだ。
「・・・・・・・・・」
俺はしばらく沈黙し、俯いた。間違いない何かある。俺に隠したい何かが。それを俺が聞いても良いものか考える。コイツは、ヘルディアは俺の事を特別な相手と思ってくれている。それは俺も一緒だ。コイツとずっと一緒にいたい。そう思える相手をやっと見つけたんだ。そしてヘルディアも、きっとそうに違いない。なら、何も迷う事は無い。コイツが何をしたって、何をしてきていたって受け止められる自信がある。コイツが俺を受け入れてくれたように、俺は重い口を開いた。
「・・・なぁ、お前俺に何か隠してないか、帰って来た時からどこか言動がおかしい気はしてたんだが、何かあるなら話してほしい。・・・、さっきはああ言ったが、俺もヘルディアの事を特別な存在だと本気で思ってる。だから、もしお前も本気で俺の事を特別な相手と思っているなら話してくれないか。当然無理にとは言わないから」
「・・・。分かった。コウイチにそこまで言われちゃ話さないわけにいかないよね。」
さっきまでの上機嫌さを一気に殺し、真面目な声で話し始める。
「実はね、私、コウイチの恨んでる相手の、シュンスケを殺しちゃったの。本当はコウイチが復讐したかったんだろうけど・・・、私が人間界に行っている間に偶然見つけて、もともと話を聞いて私もそいつに怒りを覚えてて、文句の一つでも言ってやろうかと思ってたんだけど、目の前で大好きなコウイチの悪口を言ってるのを聞いてつい」
「なんだ、そんな事か。それなら問題ないよ。だって代わりにお前が粛清してくれたんだろ?それに調子に乗っていたとはいえ両親に復讐できただけで満足だよ」
「ゆ、赦してくれるの?わ、私はコウイチの楽しみを奪ったんだよ!?それをどうして・・・」
「そんなの決まってるじゃないか。俺もお前が大好きだからだよ。だからお前が何をしたって受け止められる。ただそれだけだ」
「っ!コウイチっ!い、今なんて!?」
「あんな恥ずかしいセリフもう一度言えってか、・・・大好きだよヘルディア。段階を踏もうとしないとこはちょっといただけないけどな」
俺は満面の笑みで、そう答えた。すると、感極まってか子供のように泣きじゃくり抱き着いてくるヘルディア。流石にこの状況で前を向いて抱きしめてあげる事は出来ないので、今は落ち着くまでそっとしておく事にする。
数分経ってからようやく落ち着いたのか、俺から一度体を放す。
「ありがとうね、コウイチ。私も・・・私もコウイチが大好き!」
そう言うと今までで一番の笑顔を見せた。やっぱり可愛いなコイツ。こんな子に好かれるなんて俺は幸せ者だな。ヘルディアに合えて本当によかった。
「そうだ、体冷えただろ、ずっとその格好だったんだから。どうだ、一緒に風呂入るか?」
「えっ?い、いいの?ほんとに?」
「俺から誘ったんだからいいに決まってるだろ。ただし、バスタオルだけは巻いてください」
「うん、わかった」
こうして俺達は一緒にお風呂に入って体も心もいやしたのだった。
―――
お風呂を上がった俺達は薄紅色のソファーに肩を並べて腰かけていた。ヘルディアは終始ニコニコして俺の肩に頭を寄りかからせていた。俺はその頭を優しく撫でて愛でていた。
「そういえば、ヘルディアは百年もの間ずっと一人だったんだよな。相当寂しかっただろう?」
不意に俺はそんな疑問を投げかける。百年もの長い年月一人でいるなんていったいどんな気持ちなのか正直気になった。俺も似たようなものだったが、たったの二十年だけだ。そんなのヘルディアに比べれば大した年月ではない。
「うーん、そうだね、今はコウイチがいてくれてるから寂しくないけど。昔は誰も相手にしてくれなかったから私の場合死んでから妖怪に転生しているから、実はあのキスは初めてだったりするの」
「そうだったのか、って一回死んでるのか!?どうやって妖怪に転生できたんだ」
「うーん、それがねよく分からないの。死んだと思ったら気が付いたら見た目も全くの別人に代わってて、ヘルディアっていう名前は正直に話すとコウイチに出会った時に考えた名前なの、死んだ時に幾つか記憶を失ったみたいで名前が無かったの」
「そうだったのか、まさかあの時つけた名前とは思わなかった。それで何で死んだかは覚えてるのか?」
「うん・・・」こくりと頷きヘルディアは記憶に残っていることをゆっくりと話し始めた。時は遡る事百年以上も前、ちょうど世界大戦などの大きな戦争が勃発しているころだったらしい、その時に空爆などに巻き込まれて死んだと言う事らしい。その際に友達や両親も失っていて、ヘルディアは一人ぼっちになっていたと言う事だ。おまけに何の予告もなしに、妖怪に転生したことで誰も人間は近寄ろうとはしなかった。何の身寄りもないヘルディアはただ一人で過ごしてきた。そして、大切な人間を奪った戦争を、人間を憎むようになったと言う。そして、吸血族に生まれ変わったヘルディアは、本能の赴くままに人間を襲い、生き血を糧に生きていたという。その時はあまり人間の善悪は考えずに人間を襲っていたらしく、それが原因で、五十年余りが経った時、件の妖怪治安維持管理委員の一人が現れその者に厳重注意と、精神が安定するまで魔界の牢獄のような場所に幽閉されていたらしい。それが大体四十五年以上もそこにいたらしくその間もだれかとの交流が無かったのだと言う。そうして長い時間を経て、ようやく外の世界に出れるようになった後自分の家を作り、そこで一人で生活しながら時々人間界に行っては悪人に狙いを済ませて生き血を求め彷徨っていたのだと言う。その後に出会ったのがヘルディアと同じ瞳をした俺と出会い、俺となら上手くやっていけそうだと感じ、妖怪に転生させたらしい。どうやら家族というものに憧れていたと言う事らしく、幼くして両親を亡くしているから、家族が羨ましかったのだと言う。しかし、俺の話を聞いて家族なんて血が繋がっているだけでロクでもない場合もあると知り、ますます人間に対して恨みを抱くようになったらしい。ヘルディアが話してくれたのはざっとこんな感じだ。人間だった頃家族とどんな事をして過ごしていたかはよく覚えてないけど、嫌な思い出ではないと語っていた。俺はその話を聞いて少し羨ましいと思ってしまった。仲のいい家族と友達がいたその事実が、それと同時に俺よりもずっと辛い思いをしてきたんだなと思い、何も言えなくなってしまった。俺には大切な人なんて今の今までだれ一人いなかった。だけど、ヘルディアにはいた。大切な人が、そして、その大切な人が目の前で殺された。その悲しみがどれほどのものか分からなかったが、今ならわかる気がする。俺はヘルディアがいなくなったらいやだ。絶対に、今は復讐よりも、誰かを守りたいそう思った。
ひとしきり話し終わったヘルディアの頭を俺はまた優しくなでて、
「ヘルディアも辛かったんだな。でも大丈夫だ、これからは俺が、お前の家族だ。だから、これからもよろしくな」
自分で言っておいて少し恥ずかしくなり、頬を掻きながら話した。
「うん、よろしくねコウイチっ!」
俺たちはそのまま互いに抱きしめあった。こんなにも暖かいと感じたのは初めてだ。ちはつながっていなくても、もう俺達は家族だ。きっと家族っていうのは血の繋がりの事を指すんじゃなくて、心と心が繋ぎ合っている者同士の事を指すんだろうなと、そう思った。
今回は結構ほのぼのとした話になっていると思います。読んでいる方がいらっしゃいましたら、どんなことでもいいので乾燥お聞かせいただけると作者のやる気にもつながるのでうれしいのです。